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145 討伐前夜

役者が揃った。


歓迎と銘打った宴の会場――モルゲン市街を建て直した時に、領主の館を改装して一階部分を大広間にした――の一画、目も眩むようなイケメン集団がいる。


金髪碧眼の見た目だけは素晴らしいペレアス王国王太子ライオネル、白銀の長髪に紅の瞳の軟派なグワルフ第三王子セヴラン、そして黒髪に切れ長の緑玉の瞳が印象的で、精悍な顔立ちの帝国の公爵子息アルフレッド。


…うん。アルが一番美形だし、超絶カッコイイわ。


ライオネルはタコ殴りの袋叩きにしてさらに毛という毛を全部剃って切り落としてやっても飽き足りないくらい憎いし、セヴランはいけ好かないセクハラ野郎だし。性格までイケメンなのはアルしかいないっ!


「なぁに~?アル君が一番カッコイイとか思ってるの~?」


ちょいちょいと服の裾を引っ張って、メイドに扮したエヴァがニヤニヤと囁いた。そんな彼女を、私は広間の隅を示して窘めた。


「エヴァ、あんまり目立っちゃダメだよ?」


予想より早くあの人――王妃様はやってきて、素知らぬ顔で宴に参加している。自称『ただの旅人』だけど、目立つこと目立つこと。ただの旅人がキランキランなドレス着てるはずないやろ…。


「ん~。予想外なのはヒロインちゃんよねぇ。大司祭ってモブ以下なんだけど…仲良し?」


「ああ…」


アイツも大っ嫌いだけど。

ノエルとかいう小娘は、象のような脂ギッシュデブにせっせとお酌をしていた。王子様は放置。まあ、アレはどうでもいい。対策はしてあるし。


「テキトーにお酒飲ませて、バカ兄を別室に連れ出して王子会談に持ち込む…。サイラス君はママンには近づかないようにね。あの人の光魔法、貴女には毒でしょ?」


心配そうなエヴァに、私はぎこちなく笑った。

そう……。光魔法どころか聖魔法でさえ、今の私は受け付けないんだ。聖魔法って人体には無害なはずなのに。


「…大丈夫?裏で少し休んでる?」


私の身体の変化を知っているからか、最近のエヴァはとても優しい。私は彼女を安心させるようにニカッと笑った。


「うん…。ここ最近働き過ぎだったしな。引っ込んで休んでる」


私の代わりは、ヴィクターに頼んである。

幻惑魔法で私の姿を取り、素知らぬ顔でおもてなしを続けてもらう予定だ。彼なら、私の口調や仕草もよく知っているしね。適任だったんだ。


さり気なく席を外し、ヴィクターと入れ替わる。すれ違う時、彼は軽く私の左手を握り、何食わぬ顔で会場に入っていった。


この温もりを忘れないよ…

さようなら、ヴィクター先生。


会場を出た私は、家に帰らずに別室で待機してもらっている会談のメンバーのもとへ赴いた。


「おや、サイラス殿?宴は終わりですかな?」


そう尋ねてきたのは、白髭を蓄えた司祭様。この人、実は懐かしの騎士学校に乙女を探しにやってきたあの男色司祭様だったりする。魔物討伐に聖職者は必須(?)らしいから、ツテを頼ってお呼び立てした。正教会上層部にしては珍しく布教熱心な方で、だからこそ私利私欲で余計なことはしないだろうと踏んだ。この人を騙し通せば、それは高い壁になるだろうし、いずれにせよ王都になったウィリスに教会が一軒もないのはマズいしね。


「邪竜とやらが現れたら例え夜中でもすぐに知らせてくれ。ギルドでも指折りの冒険者を連れてきているからな」


そう言ったのは、ニミュエの領都にある冒険者ギルドのギルドマスターだ。今回は、冒険者ギルド代表として来てもらっている。他にも、ニミュエ及びグワルフ駐屯兵の隊長さんや、ヴィヴィアン、パロミデスをはじめとした盟友の代表者に来てもらっている。


「ああ…書面の確認をしに来たんです。お構いなく」


会談では、各駐屯部隊の細かな約束事――居留地同士の不可侵とかいろいろ――を記した書面に、バカ王子も含めた全員の署名をして、平和条約締結とする予定。不備がないかを今一度確認して…


「サイラス殿は仕事熱心ですなぁ」


褒めてくれるどこぞの隊長さんに笑顔を返す。


「なかなか立場の違う者同士、集まることがないですからの。魔物討伐とはいえ、楽しく過ごさせてもらっている」


「そう言っていただけると、駆けずり回った甲斐があったというものです」


心配していた敵対関係にある代表同士も険悪な雰囲気はない。大人の対応なだけかもしれないけど、話し合いの席につけたこと自体、大きな意味がある。…安心していいかな。


「もう少ししたら王子様方も揃いますので、今しばらくお待ち下さい」


笑顔で会議室を後にした。




さて。


私も仕込みに入るとしようか。この茶番の肝、邪竜に――。


◆◆◆


街灯やネオンの光で星なんか見えない日本と違って、異世界の、それも辺鄙な田舎の夜ともなると、外は真っ暗闇だ。森の中はいっとう闇が濃い。今はとても近く感じる闇に、私は一人、足を踏み入れた。


「ティナ、湖まで連れていって」


暗闇に浮かび上がる、私にしか見えない幼女の背を追う。もう、戻るつもりはない。サクサクと、土を踏む音だけが聞こえる。


「着いたよ、サアラ」


前を行くティナが振り返った。私は微笑みを返した。ここで私は潰える。瀕死だったところを奇跡的に父さんに拾われて、魔法を覚えていろんな人と出会って、前世ではできなかった恋もして――


いい人生だった。


さあ、ひと思いに…


「《聖なる光よ!縛めの檻となれ!!》」


凛とした詠唱と共に、闇を照らす幾本もの光の鎖が現れ、瞬く間に私を取り囲んだ。


「え?!」


虚を突かれて立ち竦む私の後ろから、また別の声が詠唱する。


「《我が力を彼の者に与えよ!威力増幅!》」


狭い光の檻に囚われた私は、ようやく気づいた。ここ、『悪食の沼』じゃない!なんで?!


「捕まえたぞ!サアラ!」


「え…アル?!なんで…」


「世を儚んでるような顔してたから!なんかやるとは思ってたけど!」


「エヴァ?!」


二人とも宴の会場にいたはずじゃ…?!


「あったぁ!!火竜を呼ぶ魔石よ!」


この声はフリーデさん?!来てたの?!


「さすが先輩!超優秀!超絶美人!」


なっ?!クィンシーまで?!


「ハァ~。久しぶりに帰ってみれば、自殺しようとしてんだもんな~」


「フリッツ?!」


光に照らし出されたのは、湖とはまるで違う草原。そこによく知る面々――アルにエヴァ、コソ泥エルフにクィンシー、さらにフリッツまでもが私を見ている。そして彼らの後ろで、ティナが俯いていた。え……ティナ、どうして…?


「しばらくここで大人しくしてろ。茶番は俺たちが引き継いだ」


終わったらちゃんと出してやる、とアルが光の檻に触れた。


「うふふ~。討伐するのが邪竜でも火竜でも大差ないよねぇ」


目を丸くする私に、ニヤニヤ笑いながらエヴァは一転、ハの字に眉を下げた。


「私たち、諦めてないからね?」


「ッ!」


「茶番は任せろ!平和になってからゆっくりアンタを元に戻す方法を考えようぜ!」


「…クィンシー、アンタまで」


なんで……私は、バケモノなのに。もう、鱗は顔の一部まで侵食している。元に戻せっこないのに…。


カクンと地に膝をついた。


「バカ…。これじゃ逝けないじゃない」


皆の前で泣くなんて、格好悪いし恥ずかしい。でも、それ以上に胸が熱くて――


私の心を折ってどうするのよ。悪役、できないじゃんか。

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