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142 暗躍する二人

ウィリスを発った私は、まずニミュエにあるギルドで冒険者登録を済ませた。


ハチに跨がって、レオやキノコを連れていると無駄に人目を引く。市街地に立ち寄らない、もしくは市街地の出入りを夜間に限るなら、身分証のことを考えなくてもいいけど、今回は時間に余裕がない。


独立が王国に察知されたとなれば、モルゲン領主発行の身分証は役に立たないどころか、下手したら捕まる。というわけで、冒険者となったわけだ。


冒険者ならば、各地の検問を余計な詮索なしに通過できる。但し、検問所で少々高めの通行料を支払わないといけないけどね。


それはさておき。


バレン、ニミュエと経由して、私は今、洋上にいる。

ニミュエの港から船に乗るとき、「アンタ、魔物の気配がするんだが…」、と船長さんに止められた時はヒヤッとしたよ。「使い魔が三匹いるんで」とゴリ押したけど、本当は……。私そのものが魔物になりかけてるから、妙な気配になっているんだと思う。黒い鱗は既に身体の半分まで浸食していて、幻惑魔法なしではとても見せられない状態なんだ。


左腕の下にあるであろうイヤリングに触れる。


これから向かうのは、グワルフの王宮。エヴァによれば、そこの王妃様――クィンシーもといセヴラン第三王子のママは、幻惑魔法を見破る『真実の目』と『真実の耳』とやらを持っているという。できれば彼女には会わずに済ませたいけれど…。


凪いだ海をゆく船旅は順調だ。海路ならグワルフもさして遠くはない。



今は、間に合わせることだけを考えよう。まずは飛び込んで見てから。そう、私は自分に言い聞かせた。


◆◆◆


ペレアス王都、中央教会。


ペレアス国内の正教会の総本山に、ノエルは訪れた。もちろん、南部の鉱山を売りつけるためである。ライオネルの名代と言えば、大司祭だというでっぷり肥った男が応対に出てきた。


「王太子殿下の名代と伺いましたが、何用で?」


相手が小娘とみるや、途端に見下した眼差しを隠そうともしない。この世界は、徹底した男尊女卑だ。それは、貴族も庶民も関係ない。


(脂がのっていること。火刑は大司祭でも面白そうね…)


ノエルは見下されたことに腹を立てることもなく、そんな感想を抱いていた。


(そうだわ!モルゲン討伐のついでに大司祭を火刑にしたらいいのよ!バカ王子の命令で聖職者を火刑!『聖女様』の権威も地に落ちるわ!名案ね!)


是非ともこのよく燃えそうな脂ギッシュ大司祭を討伐に連れていこう。ノエルは密かにそう決意した。


「邪竜討伐へご協力をいただきたく、参上しました」

と、まずは建前としての用件を告げる。


教会は数少ない光魔法の使い手を囲っている。魔物討伐や呪いの解呪を行い、民からの絶大な信心を集める――それが正教会の位置づけだ。しかし……


大司祭はフンと鼻を鳴らした。


「その邪竜というモノの存在は確かで?教会にそう言った魔物の報告はございませんが?」


そう。教会は好き好んで魔物討伐をするわけではないのだ。


信者から寄付される莫大な寄付金で贅沢な生活をしている彼らにとって、地方へ討伐の旅に出ることは億劫でしかない。動かないでしょうねぇ、とはノエルも思っていた。


「王妃様からのご命令なのです…」


哀れっぽく言い縋れば、大司祭は面倒くさそうにため息を吐いた。



教会は、光の使い手たる王妃を、二十年ほど前のグワルフ戦での活躍から『聖女』に祭り上げた。『聖女』が異端たるグワルフを退けたと、当時はそれは多額の寄付金が信徒から集まったものだ。『聖女』の活躍は教会の権威を高め、『聖女』もまたその称号により人心を得た。利害が一致して()()


しかし――。


状況は変わったのだ。

グワルフの『改宗』という一手によって。



精霊信仰によって異端とされたグワルフの王家が、正教会に鞍替えを表明したのだ。彼の地には、王家の寄進で立派な教会が建ち、寄付金も無視できない額が集まっている。


グワルフを攻撃する大義名分は消え失せた。


むしろ、教会としては信徒を攻撃する『聖女』を諫めねばならなくなった。だというのに、国内には『聖女』を礼賛するような『戦乙女』の絵が出回り、『聖女』信仰はなくならない。奇妙な板挟み――教会が『聖女』たる王妃を煙たく思うのも仕方がない。


「実は、討伐に際し、内密で王太子殿下より言伝を預かってございます。正教会に南部へのご支援をお願いしたいと」


『支援』という単語に大司祭は眉をひそめたが、ノエルは構わず続ける。


「討伐に赴けば、領が疎かになると殿下は案じておられます。しかし、王命による討伐、異論など挟みようもございません。そこで、正教会に領の鉱山を買い取るという形でご支援をいただきたいのです」


売価はこちらで、とノエルが差し出した書面に、大司祭は渋い顔から一転、目を丸くした。


鉱山から産するのは銀。まさに金の卵を産む雌鶏だ。書面に記された売価は確かに大金だが、産出する銀を考えれば破格の値だったのだ。大司祭は、数度ノエルと書面を見比べ、やがてわざとらしく咳払いをした。


「王太子殿下の民を(おもんぱか)るお心、感服いたしました。この件、お受けしましょう。邪竜討伐にも光魔法の使い手を派遣し、支援するとお伝え下さい」


「ありがたき幸せでございます」


敬虔な信徒のフリをしながら、ノエルはさあここからだ、と密かに気合いを入れた。大司祭(燃料)を動員するのだ。


「大司祭様、どうか私たちに力をお貸し下さいませ」


まるで心酔するかのごとく、大司祭のぶくぶくに肥った両手を己が手で包みこみ、ノエルは跪いて哀願した。その際、さり気なく羽織っていたショールをはらりと落とす。露わになった白くて華奢な肩とため息の出るような美しいデコルテに、大司祭の目が釘付けになる。よしよし、とノエルはほくそ笑んだ。


「大司祭様が同行して下さるのなら、どんなに心強いことでしょう」


ずいと近づいて言葉を重ねれば、大司祭は簡単に落ちた。二つ返事で了承した大司祭に、ノエルは嬉しそうに擦り寄った。


(ふふ。楽しみだわ!)


◆◆◆


グワルフの王都に辿り着いた。


船旅だけで数日を費やしたため、陸路は夜間もハチを走らせて頑張ったのでヘロヘロだけど。王宮を訪ねる前に、宿で身を清め、予め用意していた王国兵の鎧を纏う。安っぽい鎧だけど、ちゃんと王国紋が入っているから、ちゃんと使者に……見えるはず。


「余計なこと言わないでよ?」


念のためワクワクを隠しもしないミニエリンギに釘を刺す。


「大丈夫だよマスター。門前払いされたら、おいらの特効薬で門番を永久Y字バランスにすればいいんだしィ」


…期待するのはやめた。


私は無言でミニエリンギを引っ摑むと、麻袋に放り込んで袋の口を固く縛った。中で「めんごめんご~!」とか喚いてるけど無視だ。


王宮の正面門の前で深呼吸して、私は屈強な門番に近づいた。


「ペレアス王国が王太子、ライオネル殿下の使いで参りました。第三王子殿下にお取り次ぎ願いたい」


「なに?」


あー…。やっぱそういう顔するよねぇ。

なんせ敵国の王子様(しかもお馬鹿と評判の)の使者が予告もなく現れたのだから。しかも第三王子に取り次げと。怪しさしかないわな。


「こちらが王子殿下からの親書でございます」


懐から出した親書(エヴァが偽造した)を差し出せば、門番は難しい顔をしたものの、とりあえず預かると中へ持っていった。


(頼む…!引っ掛かってくれ!)


エヴァ曰く、『真実の耳』も『真実の目』も生き物に対して有効らしいから………偽造した手紙の内容が嘘か本当かは見破れないはず。一応、手紙の内容はバカ王子がうっかりやっちゃった失敗、グワルフにとっての美味しい話なのだけど…。


悶々として待つこと数時間。


もうダメかと思っていたら、親書を持っていった門番が出てきて、入ってよしと言われた。よかった…。


◆◆◆


「れ?!サアラちゃんじゃないの!」


通されたのは、植えこみが見事な庭園に設えられたテーブルの前。ちゃんと本来の姿――白銀のロン毛に紅い瞳の美男子――のクィンシー……いや、セヴラン第三王子殿下と、あと黒髪の知らない女の人が、紅茶のカップ片手に顔をあげた。その目が微かに見開かれる。


「貴女…、その身体は」


女の人の目は私の身体と左腕をじっと見ている。よくよく見れば、彼女の瞳の色は、セヴランと同じ紅玉………おい、まさか。



この人、『真実の目』を持っているというグワルフの王妃様?!

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