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141 凱旋式

えて公:お猿さんのことです

「南部鎮圧の功を称え、王太子に『英哲公(えいてつこう)』の称号を与える。また、グラヴェル、ドラート及びフェリングの地を直轄地として、王太子に統治を委任する」


跪いたライオネルの前で、正装した国王陛下が朗々と口上を読み上げる。そして、燦然(さんぜん)と輝く宝冠をその頭に載せた。それを合図に、傍らで儀式を見守っていた貴族たちが一斉に拍手を贈る。


「見てくれだけは実に立派だこと」


「ハッ。『英哲公』だと?『えて公』の間違いではないか?」


万雷の拍手に隠れて、一部の貴族――ライオネルが手当たり次第に手紙を書いた相手だ――はコソコソとライオネルを嗤っていた。


しかし、ライオネルはそんな輩がいると気づかない。頭を垂れ、貴族たちが見えなかったのもあるが、何より彼の頭は南部のことでいっぱいだった。結局、彼の地の困窮に何の手立てもないまま王都に来てしまった。手当たり次第に出した手紙は、返信も来ていない。先程父王から戴いた宝冠は、まるで己の肩にかかる責がごとく、ずしりと重かった。


「誉れ高き王太子に命ずる!」


式典は続く。


国王がカンペ――金箔を捺した羊皮紙の巻物をチラチラと見ながら、続く口上を読み上げる。アドリブで喋らせると、何十分でも続く口上対策である。


「その武を以て、モルゲンに巣くう邪竜を討伐し、彼の地を安寧たらしめ、簒奪者共より民を取り返し…」


あれ?なんかカンペ通りじゃないぞ。

国王の後ろに控える侍従がそわそわし始めた。


「エールの醸造に尽力せよ!ことエールの魅力とは…」


あ~あ。やっぱり脱線しちゃった。


酒好き演説好きの国王は、どんなイベントでも必ずエール礼賛の後に、三本締めをするのだ。ちなみに、国王陛下にも尊称みたいなものがあって、その名も『酒傑公』。ちなみに非公式の尊称である。


「……それでは、エールの素晴らしさを祝しまして、」


集う貴族たちも慣れたものだ。大半がいつものように三三七拍子の構えを取った。


「三三七拍子!!」


「お待ち下さいっ!」


…水を差された。


何事かと目を瞠る国王と貴族たちの前で。

すっくと立ち上がったライオネルがまっすぐ国王を見上げていた。見てくれだけなら恐ろしく立派なので、何も知らない人間が見たら、すわ感動の一場面かと勘違いするだろう。


「その王命には、従えませぬ!!」


まさかの宣言に、広間は水を打ったように静まり返った。


(どうもペレアスの王族は、場を混乱させるのが得意らしい)


(やはりバカはバカでしかないな。どうせ前回と同じく、王都から出たくないと言うのだろう)


貴族たちは、だいたいこういった感想を抱いた。だから、ライオネルの次の言葉の意味が一瞬、よくわからなかった。


「南部は!困窮しております!戦で鉱山の働き手が減り、銀の採掘量は大幅に少なくなりました。試算しましたが、今のままではとても民を養えませぬ!戦をする金はない!むしろ、南部の立て直しを助けて欲しい!」


その顔は、よくよく見れば必死で。貴族たちは、目を瞬いた。


バカ王子の口から、民の話?!採掘量?!

…俄には信じられない台詞だ。


王太子の隣で跪く少女――彼女はアナベルと王太子妃の座を争っているらしい――までもが、ポカンと口をあけている。


「試算をした者が、そなたに誤った情報を与えたのでしょう」


こんな時に冷静に諭せるのは、さすが母親。貴族たちは、安堵したように王妃を、事実上の最高権力者を見つめた。


なるほど。暗愚な王子に誇張した数字を示し、金貨を己の懐に入れようと企んだ者がいたというのか。皆がそう考えた。


「無能の言葉を鵜呑みにしては…」


「試算は私がやりました!」


「……は?」


思わぬ返しに、王妃は目を瞬いた。口を開きかけるが、思いとどまる。さすがにこの場で、『英哲公』にしてしまった王太子を無能呼ばわりするわけにはいかない。

沈黙する周囲に不安になったのか、王太子はオロオロしたかと思うとハッとして、己の頭に載った宝冠をガシリと掴んだ。


「母上!これを下さるのですよね?誰か!商人はおらぬか!コレで買えるだけの食糧を!」


国王から下賜された宝冠をその場で売り払う――前代未聞の愚行に、流石の王妃も声を荒げた。


「ライオネル!血迷いましたか!何を馬鹿なことを!」


「馬鹿馬鹿しいのはこの儀式だ!無駄にカネをかけて、いったい何の意味がある!そんな余裕があるなら、南部を助けてくれ!」


驚くほどに正論だった。


さらに、勢いをつけたライオネルは、南部の窮状を具体的な数字とともに切々と訴える。広間はしばし、ライオネルの独壇場と化した。


◆◆◆


バカ王子がまともなことを言っている。通常運転がバカ王子なら、まともな今は発狂中とでも言えるだろうか。


ライオネルの隣で大人しく跪いていたノエルは、頭を垂れたまま王妃達の反応を窺っていた。


(なんだか予想外の展開になったけど。モルゲン討伐か…)


正直なところ、邪竜云々にはまったく興味をそそられないが、モルゲンはノエルからベイリンを簒奪したのであって…


(ふふふ。モルゲンの北はニミュエだったわね。上手くすれば、あの女も巻き込めるわ)


ニミュエがモルゲン独立を察知できなかったとは思えない。つまり、彼らは協力関係にある。


(銀山は教会に売りつけるとして…)


目算をたて、ニヤリと笑い、ノエルは顔をあげた。


「ライオネル様のお言葉は真実でございます、王妃殿下」


テンパっている王子の手をさり気なく握って、ノエルは可憐な訴えに聞こえるよう声を張りあげた。


「戦から立ち直れぬ彼の地の民を、どうして捨て置けましょう!」


広間に玲瓏としたノエルの声が響く。


「ですから王妃様、私たちに()()()()許可を下さいませ!」


「ノエル、何を…」と、戸惑うライオネルの手を大丈夫だと握り返し、ノエルはこっそりと魔力の糸を伸ばした。


「取り戻す許可とは?討伐に行くのじゃから、取り戻すのは当たり前であろう」


適当に支配した下級貴族に喋らせる。


「恐れながら、討伐で得た物資と財貨、すべて南部の救済に使いたく存じます!討伐のご命令には従います。ですから、すべて我らに下さいませ!」


広間が大きくざわめいた。


ノエルは、討伐の名の下にモルゲンから財貨を奪い取り、その全てを懐に入れると宣言しているのだ。そもそも、魔物討伐と銘打っているのなら、その地の民の持ち物たる物資や財貨は取りあげまい。つまり…


討伐ではなく侵略したいと言っているのだ。


「良かろう」


「?!」


王妃、まさかの即オーケーの返事である。

いいのか?!侵略戦争だぞ?!

貴族たちが、戸惑いも露わに顔を見合わせる。小娘の悪知恵を受け入れる――国内の侵略戦争が許されるということは、理由さえあれば、他領に攻め入ってよい、つまり平和が脅かされることに他ならないからだ。


「それはなりませぬぞ!領主の離反をま…」


叫んだ貴族を、素早く《傀儡術》で操って黙らせる。


「聞けば、かの領はただの砂を売って金貨を荒稼ぎしているとか。神をも恐れぬ所業ではないか!」


「なんと!」


「王太子殿下!そのようなあくどい方法で得た金を取り返し、民のために使うに何を躊躇(ためら)いましょう!」


口々に叫ぶ貴族たち。語気の荒さとは裏腹に、その目は操り人形のように虚ろだ。ライオネルがビクリと肩を揺らすが。


「直ちに討伐隊を組織なさい。出立は早い方がいい。いいわね?」


王妃の命令と恋人の提案の間で、モゴモゴと言い淀み、下を向いた。宝冠を掴んだ手はぶらんと下がり、その姿はずいぶん萎縮して見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 正直言って、ライオネルは素晴らしい人物だと、 この時、思いました。 悪いほうへと、傾き続ける天秤に、 歯止めは効くのか、毎回、楽しみですね。 [一言] 形式、儀式など2の次で、 本当に窮し…
2020/12/10 16:41 退会済み
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