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138 王女様の慰問

モルゲン兵と名乗る賊の被害に遭ったネーザルを、私ことイヴァンジェリンは慰問に訪れた。


足腰がダメなので馬車での移動だったけど、例の『道路』のおかげでかなり楽に移動できたと思う。

馬車、というわけで馭者にはロシナンテ傭兵団の工兵――トビーさんと、あと王女様一行という体面を保つためのお付きの者として、ウィリス村の女の子――ジュリアとソフィー、護衛の名目でダドリー君が一緒だ。私も含めて五人。


少ないって言わないでよ?


なんたってお金がないんだから。


農民と見紛う…実際農民なんだけど…野暮った~い従者たちと流行遅れのドレス着た女が『王女様御一行だひかえおろ~』とか言っても、胡散臭さしかない。よって慰問に当たって、全員の服を新調したのだ。金貨が吹っ飛んだわよ…。



幸い、道中トラブルもなくネーザルに到着できた。早速、被害のあった『美姫』を栽培する村に向かう。


村人に案内されたのは、思ったよりもずっと小さな集落だった。広さにして、旧ウィリス村と大して変わらない。


そして…


一面あたり麦畑ほどの広さの、黒くてモシャモシャした植物が繁った『畑』。周りを杭を打ち込んだ、強固な三重の柵が囲っている。


「あれが『美姫』になる魔草でございます」


なんか、思ったより地味な植物だ。よく見ようと近づこうとした私の肩を、誰かが無遠慮に引っつかんだ。


「おい、それ以上近づくな」


振り返れば怖~い顔をした髭面のオッサンが、腰に鎌を差して立っていた。


「見てろ」


言うや、足元に落ちていた小石を柵の向こうに投げ入れ…


ボコッ!


畑の真ん中が爆発…いや、凄まじい勢いで地中から蔓が飛び出したんだ。そして、蔓の先についていた大きくて鮮やかな黄色の花が、飛んできた小石をバクッと食べた!



なにあれ。



「人食い魔草だからな。凶暴だ」

と、オッサン。


そう言えば『美姫』って、花を加工するんだっけ?

つまり、さっき小石を食べたヤツを。


何?ウサギ(エサ)に縄ひっかけて畑に放り込むの?で、アレが食いついたところを釣るとか…


恐々とする私に、オッサンは鬱陶しそうにため息を吐いて、


「危ねぇってわかっただろ。さあ、余所者は帰…」


「どうやって収穫するんですかぁ?」


大胆にもオッサンを遮って、メイドに扮したジュリアが口を挟んだ。おおう!オッサンが鬼の形相にィ!?


「鎌使うんだろ」


そこで平然とダドリー君が会話に加わったぁ!ウィリス村民!空気読んで!オッサンが噴火寸前だよっ!


「畑に入って振り回すの?」


「なぁ?切り取ったヤツを拾う係が要るよなぁ」


オッサンの顔を見ていないのか、好き勝手にお喋りするウィリス村民。おおいっ!現地の人を怒らせてどうするの!


「「見たぁ~い」」


鬼の形相のオッサンに上目遣いでお願いのポーズを取るジュリアとソフィー。どっかのキノコじゃないけど、命知らずっ!


……。


……。


…きっとね。お願いしたのが若い女の子だったからだと思うんだ。オッサンは渋々といった体で、腰の鎌を抜いた。そして、ゴツゴツした分厚い手袋を装着し、ゆっくりと柵に近づいた。


「ギシャアァァ!!」


畑のさっきと同じ辺りから、土埃をあげて黄色い花が飛び出して、まっすぐオッサンの頭目がけて飛んできた。よく見ると、花心にギザギザした鋭い歯がびっしり並んでいる。アレに食いつかれたら、指なんか簡単にちょん切れちゃいそうだ。


オッサンはすんでのところで花の突撃を躱すと同時に、鎌で蔓を切り落とした。ボトンと地に落ちる花。だが、オッサンが拾おうとすると、葉の並んだ口を開けてオッサンの手に噛みつこうと暴れ、のたうち回る――めっちゃ凶暴な植物だ。


とそこへ。


「砂まみれで、傷まないのか?」


ダドリー君が余計な指摘を…


「あ゛?」


まさか自分の『収穫(?)』にケチをつけられるとは思わなかったのだろう。オッサン、マジで顔が怖い。殺気だった顔でダドリー君を睨んでいる。い、一触即発ゥ!!


「私もやりたぁ~い」


ソフィーよ、アンタは死にたいのか。


「切った所に袋があればいいんだよぉ」


ジュリアがいそいそと馬車から麻袋を持ってきて、中身をあけた。やる気満々。


「うふふぅ、鎌持ってきてよかったぁ」


なんとマイ鎌持参!嬉々としてソフィーが畑に近寄ると、間髪を入れず人食い花が飛び出してきた。しかも、三匹同時。


「おいっ?!」


ギョッとするオッサンの向こうで、


シュッ ザンッ スパーン!


お仕着せのスカートが舞い、ソフィーのお下げ髪と鎌の軌跡が残像となって消え。切り落とされた黄色い花が宙を舞ったかと思うと、


「おっとっと…」


ジュリアが、見事それらを麻袋で受けとめ、素早く口を結んでしまった。


「……。」


「……。」


何、今の動き…。



ウィリス村民、スペック高ぇ!!



「フン。俺なら七、八匹でも余裕だ」


…ダドリー君、アンタもか。

いや、君は猛獣狩って無傷だもんね。これくらい余裕か。


ふと気づけば、私の横でオッサンが地に(くずお)れて咽び泣いていた。…なんかスミマセン。慰問にきたつもりが、プライドをこれ以上ないほどへし折ってしまって…


◆◆◆


その夜、私たちは村長の家で歓待を受けていた。どこって、もちろんネーザルのだ。


あの後、ジュリアやダドリー君もやりたいと言いだし、挙げ句私やトビーさんまで巻き込んでの人食い花収穫体験――あ、ちゃんと現地の方の指導のもと、狩り尽くさないようにしました。ご心配なく――となり…


「嬢ちゃん、頼む!嫁に来てくれっ!」


「ぜひウチの嫁に!」


「娘は村一番の器量よしなんだ。ぜひ婿に…」


独身のウィリス村民三人+トビーさんは、嫁(婿)に来てくれ大合唱の只中にあった。田舎の農民の考えることなんて、決まってるよねぇ…。


対する四人はというと、


「そんなっ…大したことないですぅ」


「あれくらい子供にもできるし」


困ったように、顔の前でぶんぶん手を振る二人。ネーザルの男たちの目が死んだ。…子供にもできるって言われたらそりゃあね。ネーザルの人達曰く、怪我人どころか下手したら死人も出す魔草らしいから。え?私?鎌なんて危険物使えないから、魔法でスパッとやりましたが何か?


私たち、何しにきたんだっけ?

プライドへし折るために来たの?



ちがうやろ!!



「ウィリスは、女子でさえこれだけの手練れ揃いなのですか…」


王女様、という身分のおかげで『嫁に来てくれ』合戦の蚊帳の外にいた私に、引き攣った顔で村長さんが話しかけた。


「え…ええ、まあ…」


私は、曖昧に笑ってお茶をにごした。


いや、ウィリス村民のレベルがおかしいだけだから!

コレが標準じゃないからね?モルゲン市民はフツーだよ!


私の内心の叫びも知らず、村長さんは白くなった顎鬚をさする。


「ウィリスは以前、モルゲンの支配下にあったと聞きます。モルゲンは…この上を行くのですな」


それはちがう!とんでもない勘違…


「なるほど…。合点がいきました。村を襲った賊はモルゲン兵なはずがない」


「……へ?」


あ、あれ?いきなりどうした。


「ごく普通の村人だというあの方たちが、なぜこれほど良い服を着ておられるのか不思議だったのです。これほどの手練れなら、仕事は引く手あまたでしょう。豊かなのも納得がいきます。辺境の村でそうなら、モルゲンはさぞ豊かなのでしょうなぁ…」


えっとぉ…。良い服は、王女様御一行に見えるように、見栄で無理して買ったものだし、あとモルゲンそんなに豊かじゃない。貧民もいるし、何より戦後復興で国庫が火の車デス…


「そんな豊かな土地の者が、どうしてわざわざこんな田舎くんだりまで、盗みを働きに来るというのでしょう。有り得ませぬ。そうだろう、皆」


村長さんが問いかけると、


「女子で手練れだもの。稼いでるに違いねぇ。嫁に来てくれ」


「こんな田舎に強盗に来る理由がねぇ。娘は美人だぞ?」


「こんな良い服買えたらねぇ。息子はイケメンよぉ~」


口々に…語尾に何らかの売り文句をつけて、村人たちが同意する。みんな目がギラギラしてる!いや、モルゲンへの好感度はある意味爆上がりしたけど!これ…帰れなくない??



…気づくのが遅い。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 国のトップたる、皇帝ならびに、高位貴族たちとの、 顔合わせという名の、政治的、鞘当の様子を、 ユーモラスな部分も交えながら、表現されていて、 楽しんで読み進めております。 [一言] 炊き出…
2020/12/01 07:40 退会済み
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