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136 救世主…?

人気のない回廊で、やんごとなき真性の男色家に迫られる――


そんな私を助けてくれたのは、意外にも可愛らしいご令嬢だった。


「皇帝陛下ッ!!」


声のした方を振り向けば、シルバーグレイの髪にルビーの髪飾りをつけ、ベリーレッドの瞳を憤怒に燃やした令嬢がツカツカと大股で歩いてきた。


「皇帝陛下…?」


今、あの子「皇帝陛下」っつった??

え?この人皇帝陛下なの??


た…確かに、声に聞き覚えがある。


ハッ!てことは…



衝撃!!!アルスィル帝国皇帝は真性の男色家だった?!



脳内に週刊誌の見出し風にドババーンとゴシップ記事が効果音と共にスライドイン……マジか。


「レナリアか…。余は今、忙しいのだ」


年齢不詳のBL美丈夫……じゃなかった皇帝陛下は、面倒くさそうにシルバーグレイの令嬢に答えた。顔を見もしない。そんな皇帝陛下の態度にご令嬢がキレた。


「私という者がありながら、そこの少年に破廉恥なことをなさるのにお忙しいと?男色家ですか、陛下は!」


うわお!超ストレートに言っちゃった!


「アレは気にしなくてよい」


皇帝陛下、まさかのダメージゼロ!ターンエンド?!

私、ピーンチ!


「では男色家であることをお認めになるのですね。我がエクラ公爵家を蔑ろになさる理由は男色家ゆえ。では、到底未来にお子も成すのは絶望的と、私、父と評議会に申し立てて参りますッ!」


おーっとぉ!ここでご令嬢が切り札『お父様と評議会に言いつけちゃうわよ』!ターンエンドォ!!


「…駄犬が」


「飼い主がダメ人間では、いかに駄犬でも危機感を抱くというもの。そうは思いませんこと?」


ふ、ふ、二人の間に、殺気と見えない火花が飛び交ってるぅ!!



なにこれ。


「犬など人にかかれば、一捻りぞ。すぐ先の未来も読めぬ馬鹿な犬は好まぬ」


こちらの方が余程おもしろい、とさらに私との距離を詰める皇帝陛下。ご令嬢の放つ殺気が増幅した。


絶対わざとや。間に挟まれた私は、冷や汗が止まらない。


「犬には社会性があるのをご存知?ボスに手を出せば、配下も一斉に襲いかかりましてよ?人間とは、当たり前の結果も予測できないのかしら?」


尚も言葉の剛速球…いや、明らかにデッドボールを狙った口論は続く。


「弱い犬ほどよく吠えると言うが?」


「あら。弱い犬を上手に使えてこそ立派な飼い主ですわ。優秀な犬ばかり使うのは初心者か無能です」


よくよく見れば、皇帝陛下とやりあっているご令嬢も、ゴテゴテしていないけどキラーシルクワームの絹フルコーデっぽい。身につけている宝石も大粒で色が見事だ。


侃々諤々(かんかんがくがく)丁々発止(ちょうちょうはっし)


「…駄犬の話は長くて敵わん。手短に言え」


先に音をあげたのはなんと皇帝陛下だった。ご令嬢強ぇ…


「グワルフ第一王子とのお茶会。約束の刻限です」


「余は遅れると言え」


「皇太后様が首を長くしてお待ちですわ」


「チッ!」


忌々しげに舌打ちした皇帝陛下は、艶やかな所作で踵を返した。近くにいたのだろう、侍従と思しき数人がすぐさま彼を取り囲み、嵐のような皇帝陛下は遠ざかっていった。


「はあぁ~……」

…めっちゃ怖かった。


皇帝陛下が男色家かぁ~。シークレットブーツやめて、ツルッパゲの(かつら)被って腹に詰め物して、近寄りがたいチビハゲデブス男にでもなろうかな…。敵は権力者だし、この際プライドは捨てて。


「貴方、大丈夫?」


…髭メガネもかけよう。


「貴方?大丈夫?立てまして?」


おっと。アナベル様にも引けを取らない美女が、心配そうにこっちを見下ろしている。巨乳じゃないけど、私より大きい。くっ!


「失礼。貴女様のおかげで助かりました」


シークレットブーツをさとられないよう、足元に注意して身を起こす。えーっと?こっちから先に名乗ればいいんだっけ?


「申し遅れました。私、モルゲン・ウィリス王国が王配、ルイ・ジョルジュ・モーリス・アドルフ・ロシュ・アルベール・アベル・アントーニオ・アレクサンドル・ノエル・ジャン・ルシアン・ダニエル・ユージン・ジョゼフ・ル・ブリュン・ジョゼフ・バレーム・トマ・トマ・トマ・トマ・ピエール・アルボン・ピエール・マウレル・バルテルミ・アルテュ・アルフォンス・ベルトラン・デュドネ・エマニュエル・ジョズエ・ヴァンサン・リュ・ミシェル・ジュール・ドゥ・ラ・プラン・ジュール・バザン・ジュリオ・セザール・ジュリアン、と申します」


「ええっ?!」


当然ながら、ぶっ飛ぶような長大な名前に仰け反るご令嬢。

いかん…。さっき謁見の間で五回も言わされたからつい口から…

落ち着け、自分。


これはアレだ。全部男色性悪皇帝のせいだ。

失言も胸の大きさで負けたのも明日の天気が悪いのもみぃ~んなあの野郎のせいだ。そうに決まってる。


「…長いので、サイラス・ウィリスとお呼び下さい」


しれっと流して、ご令嬢の手を掬い上げて、手の甲に口づけを落とす。うん…これが紳士の挨拶だったはず。


「アルスィル帝国エクラ公爵が長女、レナリア・グィネヴィア・エクラですわ」


ご令嬢――レナリア様は堂々たるカーテシーを披露された。なんか…優雅なのにドスがある。身を起こした彼女は、私を射るように見つめて、


「ところで、さっきの長ったらしい名前のどこにもサイラス・ウィリスが入ってなかったのだけど?」

と、小首を傾げた。


声と態度にいちいちドスが……まあいいや。私は、皇帝陛下にした作り話を今一度レナリア様に説明したのだった。


◆◆◆


その夜。

宮殿では、盛大な歓迎の夜会が開かれた。


オフィーリアをエスコートして会場に入れば、体育館かっちゅうくらいの広い空間を煌々と照らすいくつものシャンデリアの下に、大勢の着飾った男女が笑いさざめいているのが目に映る。彩り鮮やかな人々の間を、黒服の給仕が行き来し、所々に設えられたテーブルには見たこともないご馳走の数々。楽団が優雅な旋律を奏でている。


「私たちはその他大勢の招待客、ね」

横にいるオフィーリアが囁いた。


「ま、弱小新参国だしね」



アル曰く、夜会の時は身分の低い者から会場入りするらしい。重要な客人もまた然り。この夜会で歓迎される対象は、決して弱小新参国の国王夫妻ではない。大国であるグワルフ王国の第一王子である。


と。


「モルゲン・ウィリス王国の国王夫妻とお見受けする!」


いきなり話しかけられた。


オフィーリアを背に庇うように、私が声の主を振り返ると、若い女の子を連れた黒髪の中年男性がいた。


「失礼。私は、アルスィル皇帝陛下が忠実なる家臣、子爵位を賜っておりますコーダイ・コウ・コックローチと申します。以後お見知りおきを」


早口でまくし立てたコックローチ子爵は、私たちが挨拶を返すのも待たず、横にいた女の子をずいと前に押し出した。


「娘の、バシリーカでございます。美人でしょう?」


明らかにエロいことを言いたそうな眼差しで、私をジロジロ見てくるコックローチ子爵。私が怪訝な顔をすると、サササッと子爵が身を寄せてた。ふわっ!息クッサ!


「いかがでしょう?胸の大きな自慢の娘です」


はーん。わかったぞ。


このオッサン、娘を愛妾として私の隣に座らせたいと。清々しいほどまっすぐな財産狙いだね。

言っとくけど、その売り文句は、実は女子な私には通じないよ。


「申し遅れました。私、モルゲン・ウィリス王国が王配、ルイ・ジョルジュ・モーリス・アドルフ・ロシュ・アルベール・アベル・アントーニオ・アレクサンドル・ノエル・ジャン・ルシアン・ダニエル・ユージン・ジョゼフ・ル・ブリュン・ジョゼフ・バレーム・トマ・トマ・トマ・トマ・ピエール・アルボン・ピエール・マウレル・バルテルミ・アルテュ・アルフォンス・ベルトラン・デュドネ・エマニュエル・ジョズエ・ヴァンサン・リュ・ミシェル・ジュール・ドゥ・ラ・プラン・ジュール・バザン・ジュリオ・セザール・ジュリアン、と申します。卿にもご息女殿にも、ぜひ先祖代々受け継いできた由緒正しき名を呼んでいただけましたら幸いです」


新年会のネタがここまで活躍するとは…!


いきなり長大な『本名』をぶっ込まれたコックローチ子爵親子は、揃って目をテンにし、オロオロした挙げ句、もごもご言いながらいなくなった。


「モルゲンは、帝国にどんな風に捉えられているのかしら」


オフィーリアの呟きに答えたのは、


「メドラウド公の覚えめでたき、辺境の小国…と言ったところかな」


「アル!」


夜会服に身を包んだメドラウド公令息が、逃げていくコックローチ子爵親子に呆れた眼差しを送る。


「話を聞かずに正解だな。あの家は借金まみれで、力もない。ちなみに皇帝陛下の忠臣にあんな虫野郎はいない」


さっきのやり取りを聞いていたらしい。ククッと喉を鳴らして嗤ってると、悪い男に見えるよ。


「…巨乳の娘はいいよぉーって、売り込んできた」


私が明かすと、アルは肩を震わせて笑う。ツボだったみたい。


「フッ…売り文句を間違えたな」


ひとしきり笑って、アルは目顔で周りを見るように促した。


「新国家の実態を正確に知っている人間は皆無だ。だが、俺の名に引っ掛かって近づいて来るヤツは、それなりにいる」


促されて周囲に目を走らせれば、確かに視線を感じる。なるほど、私たちを足がかりにアルに近づきたいってことか。


「オフィーリア嬢は一人になるなよ。二人同時に別々のヤツとダンスもするな」


「強引な人間もいるってこと?」


「その辺りはペレアスと同じだ」


…ふむ。

要はアウェーって理解でいいかな。


チラッとオフィーリアを見ると、彼女も頷いた。


「壁で花になってる」


「それがいいだろうな。だが、人目につかないところには行くな…いや」


ん?どうしたの、アル?


何だか歯切れが悪い。


「来い。盾になるヤツのところへ連れていく」


気づけば、会場には招待客が出揃ったようで、広間の中ほどでは既に数組の男女がクルクルと優雅に踊っている。そういや皇帝陛下が口上っぽいのを言ってたような…。


「ちなみに、その方のお名前を伺っても?」


オフィーリアの問いにアルは、


「遠い親戚だ」

とのみ答えた。


◆◆◆


そして。


大広間を反対側の端まで歩いて歩いて辿り着いたのは…


「レナリア、紹介したいヤツがいる。今いいか?」


アルがぞんざいな口調で呼びかけたのは…


「もっとマシな話し方はできないのかしら?」


皇帝陛下をやり込めた、シルバーグレイ髪のドスのある美女、レナリア様だった。

確かレナリア様はエクラ公爵令嬢。アルはメドラウド公爵令息。てことは、血筋的には近い…


()()親戚よ」


「そうだな。()()親戚だ」


絶対嘘や。()()ってわざとらしく強調して。もっと近しい関係だぞ、この二人。


「危うくこの女が婚約者になるところだったんだ。酷い話だろう?」


「断ってあげたじゃありませんの。私、野蛮な男は嫌いなの…あら?」


そこでようやくレナリア様が、私たちに気づいた。


「ご機嫌よう?ルイ・ジョルジュ・モーリス・アドルフ・ロシュ・アルベール・アベル・アントーニオ・アレクサンドル・ノエル・ジャン・ルシアン・ダニエル・ユージン・ジョゼフ・ル・ブリュン・ジョゼフ・バレーム・トマ・トマ・トマ・トマ・ピエール・アルボン・ピエール・マウレル・バルテルミ・アルテュ・アルフォンス・ベルトラン・デュドネ・エマニュエル・ジョズエ・ヴァンサン・リュ・ミシェル・ジュール・ドゥ・ラ・プラン・ジュール・バザン・ジュリオ・セザール・ジュリアン様?」


…一度聞いただけの三十六語フルネームを完璧に諳んじてしまいましたよ!このお嬢様!やっぱ強ぇ…


「お…お見それしました」


「まったく…もっとセンスある作り話になさいな。陛下、お茶会で王子を揶揄(からか)うのにアレを使ったのよ」


てことは、皇帝陛下も完璧暗唱できるんだな?

よくわかんないけど、スミマセンデシター!誰か知らないけど、被害者さんゴメンねー?


「で?アル。男色に目覚めたのね?気持ち悪いから近寄らないでくれる?」


うーん。レナリア様、ブレない。

けれど、アルが何やら耳打ちすると、レナリア様はベリーレッドの瞳を零れんばかりに大きくした。その目が私とオフィーリアを行きつ戻りつする。


「アルフレッド様、」


察したオフィーリアが咎めるような顔をアルに向ける。

…アル、私の性別バラしたでしょ。


「歩きにくそうにしていたのは、それ…」


レナリア様の視線が私の足元――シークレットブーツで身長を嵩増ししていた――をじっと見つめる。


「な?既にバレてるだろ?さすが皇妃候補サマだ」


「「皇妃候補?!」」


私とオフィーリアの声が被った。あの皇帝、独身だったんだ……。


あ。でも、納得。

あのへそ曲がり皇帝の隣に立つには、身分、美貌はもちろんのこと、『ドス』が必要不可欠だよね!


「貴方、今失礼なことを考えたでしょう」


め、滅相もございません!!


「いいわ。私と踊りなさい」


自信満々に命令するレナリア様。うん…拒否権、ないのね?


◆◆◆


結果から言おう。


けっちょんけっちょんのコテンパンにされました。

辛辣で容赦ないダメ出しがビシバシ飛ばしてくる地獄のダンスタイムだったよ。


「フン。惨憺(さんたん)たるステップね。どうせアルが教えたのでしょう?」


勝ち誇った顔で、レナリア様は私のダンス評価をマイナス三十点に処した。ちなみにレナリア様は重箱の隅もつつけないくらい、めちゃくちゃお上手でした!


こうして、私の貴族初の夜会はレナリア様に『ざまぁ』されて終わった。

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