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131 エロテロリストと発明品

「フッフッフッフッ!」


あれから一週間。日に日に寒さは和らぎ、春が近いと感じられるようになった。


リチャードの指導の下、身の回りのこと…と言う名のサバイバル術を習い始めたアナベル様は、今、火おこしの練習中。ドレスは動きづらいからと、とりあえず私の服を貸したら胸が入らず、仕方ないので小柄なロシナンテ傭兵団員さんの…つまりは男物のシャツを借り、前ボタンは留めずに胸の下で裾をギュッと結んで、人生初のズボンに、陽光のような金髪はポニーテールにしておられる。


そんな格好で、弓を使った火おこしなんてさせてごらん?

無駄に寄せてあげられた巨乳がぶるんぶるん揺れること揺れること…



アナベル様は、エロテロリストになられた。



男どもの視線を独り占めである。訓練の見学者がめっちゃいる。で、たまに数人が奥さんなり恋人に見つかって、悲鳴と謝罪の叫びとともに間引かれていく。当のアナベル様は、火おこしに夢中で全く気づいてないけど。


「ハァッハァッ……け、煙?!火、火がつきましたわぁ!」


額の汗を拭う仕草もまたセクシーだね。

彼女が満面の笑みでガッツポーズをすると、大きくて白い胸が揺れた。にやけ下がった顔の男がいっぱい…。


◆◆◆


「春になるし、そろそろ武器を手放してもいいんじゃないかい?」


冬の終わり、行商から戻ってきたイライジャさんが言った。


「俺が見る限り、戦争を始めようってな不穏なモノの動きはない。錆びる前に売れる物は売った方がいいぞ?」


「そうですね…。呪印付武器はともかく、それ以外は手放しても大丈夫かもしれません」


フィルさんも提案に同意する。

独立を秘匿しているとはいえ、私たちは戦争終結後もすぐに武器を売らなかった。万が一情報が漏れて、王国が攻め込んで来たときのために備えていたのだ。けれど、現状そのような動きはない。


「なら、不審に見えないように少しずつ売ろうか。お金は欲しいしね」


会議をする窓の外を、エロテロリストサバイバーなアナベル様が槍を片手に走っていった。男性陣の目がすいーっと吸い寄せられ、咳払いを一つして、目を戻した。もはや様式美と言っていい。


「とりあえず、嵩張(かさば)る鎧から売ろう。倉庫から出して、錆びついてるのは女たちに磨かせといてくれ」


「りょうかーい」


会議を終え、私も鎧磨きに加わることにした。事務ばっかりしてないで、たまには身体を動かさないと。


「ダメだよマスター。巨乳女神にマスターはどう頑張っても勝てな…ぶぎゃあ?!」


失礼なことを言いながら、膝によじ登ってきたミニエリンギはぶっ飛ばした。



広場に山積みにされた鎧の山から、兜を二、三個持ってきて、てきとーに腰をおろす。鎧と言っても、貴族の城に飾ってあるようなフルプレートアーマーではない。本当に急所を護るためだけに作られたそれらは、意匠なんかなく実にシンプルで、兜なんかほぼヘルメットだ。ザ・量産品デザインだね。



私の横では、フェリックス君や村の子供たち、少し向こうでは人質の皆さんが鎧磨きを手伝っている。アロガントのオッサンも、表情は見えないけど加わっている。聞くところによると、家族から説得されたとか。ああ…少し前に父さんに背後から殴りかかろうとした人質仲間が、問答無用で奴隷商人に売りつけられたのが効いたのかな。



彼らの数も冬の初めに比べたら少なくなった。バレン卿のように、ベイリンに戻って領地経営に勤しむ人や、棍棒(こんぼう)野郎みたいに奴隷商人に売られた人が抜けたからね。


「キ~ノコキノコ♪シ~メジシイタケマイッタケ~♪」


ミニエリンギがヤスリをシャカシャカ鳴らしながら何やら歌っている。嫌な予感がして横を見たら、奴の磨く鎧が妖しげな紫色に変色していた。


「ああ~!干しキノコになるぅ~!」


悪戯ミニエリンギを近くの木に吊し、作業を再開すると、フェリックス君たちの方から話し声が聞こえた。


「見ろよ、これ。倉庫に転がってた」


「おい、勝手に持ってきたら怒られるぞ」


数人の子供たちがコソコソと、何かを弄っている。


「びよ~~ん♪」


「バッ!見つかったらどーする?!」


ほ~ぉ。甘いな、君たち。内緒話してるつもりだろうけど、丸聞こえだよ。持っているのは、物音からしてジャイアントラーバの皮かな。馬車のタイヤに使った残りを拾ってきたのだろう。


「コラ。首に巻いて遊ぶな。絞まったらどうするの」


伸び縮みさせて遊んだんだろう。皮の切れ端は、馬鹿になったゴムみたいに変形してぐんにょりしている。こうなったらもう使えない。

叱られた子供たちはヘラヘラしながら「ごめんなさ~い」と謝った。うん。全っ然反省してねぇな。


「畑の手伝いと(うまや)の掃除、どっちがいい?」


にっこり笑ってお仕置きの選択肢を与えると、彼らは「ゲッ」と漏らして顔色を悪くした。


「ほら、行きな」


「ご…ごめんって!」


「厩クッサいもん!やだ!」


聞き分けの良いガキンチョって、幻想だよねぇ~。


ワルどもは、ちょうど休憩に入ったアナベル様(巨乳女神様)が優しく諭して厩に連れていった。な…なんか、言いようもない敗北感……。


没収したぐんにょり皮は腐り花のエサにでもしよう。捨てるのはもったいない。


「あ、ここにいたぁ~」

と、そこへエヴァがやってきた。


「帝国皇帝からお手紙届いたんだよぉ」


…ノーマンさんからじゃなくて?


「そ。皇帝からぁ」


そう言って、チラと私の手にあるぐんにょり皮を見たエヴァは、クスリと笑った。


「なぁに?使い古したお弁当箱のパッキン特大ィ?」


「芋虫の皮」


「ゲッ!」


最近気づいたことだけど、エヴァは虫…特に芋虫毛虫系がダメっぽい。にしても、使い古したお弁当箱のパッキンかぁ。言い得て妙。


「サイラス君、ヘルメット、ヘルメット」


言われて磨きかけの兜を持ったままだったと気づく。返してこよう。


「ふふ…。そういや昔、兜を鍋と蓋代わりにしてポップコーン擬き作ったなぁ」


そう。それでアルと出会ったんだよねぇ。


「それって、こんな風に?」


「そうそう!」


エヴァが兜をくっつけて作った丸い球。懐かしいなぁと目を細める。それを…


「ねぇ…サイラス君。コレ、売れないかな?」


エヴァは何か思いついたように、私の手にあるぐんにょり皮を指さした。


◆◆◆


「どうどう?これぞ、手回し洗濯機!」


十分後、エヴァがドヤ顔で指さしたのは、ブヨブヨ皮ゴムパッキンをくっつけたヘルメット兜をくっつけて、さらに脚とレバーをくっつけた…何とも言えないフォルムの『道具』。なんだこれ?


…ちなみに、エヴァは指示しただけで、実際に作ったのはロシナンテ傭兵団の工兵さんだ。


「もうもうっ!知らないの?この中に洗濯物を入れてぇ…」


「ギャーッ!それ、私のっ?!」


どっから取ってきた?!私のブ…


「ぬるま湯と洗剤を投入!蓋をパコッと閉めてぇ…」


無視して実演を続けるエヴァ。

…後でブツの出所を尋問しよう。


「レバーを回すと、中の洗濯物が攪拌されて汚れが落ちる!」 


「オーッ!すげぇ!!」


私じゃなくて、ロシナンテ傭兵団員さんが感動している。…彼は独身、彼女募集中。


「洗濯ってみんな手洗いじゃん?絶対売れるってぇ!!」


エヴァ激推しで、異世界に昭和の手回し洗濯機がデビューすることになった。


◆◆◆


一方。ライオネルたちのいる南部では――


「どうすればいいかしら」


真夜中の執務室。未だ金策の当てはなく、ノエルを悩ませていた。



ノエルは、良くも悪くも『女』だ。

狡賢(ずるがしこ)くはあれど、政治手腕も経験も皆無。どこぞの転生者のように前世の知識もない。チラと先日やってきた早馬の(もたら)した書状を見て、ノエルは舌打ちをした。



にっくき王妃(あの女)に先手を打たれてしまった。



南部鎮圧の功績をもって、王太子ライオネルに彼の地を下賜する。


あの女の国から銀山を奪い取るどころか、首輪をつけられ手足にされてしまった。実に腹立たしい。


「そこまでお怒りにならずとも。次期王妃として、将来手に入れるモノの大きさが変わったわけではございませぬ故」


したり顔で口を出す悪魔に、ノエルはギチッと歯軋りした。

そう…書状には、ノエルを王太子妃にとも仄めかされていた。断言してこないところがまた、いやらしい。


「おまえは黙って」


ともかく、金を集めなければ。

かといって、今の南部はないもの尽くしだ。売れるものといったら土地くらいだが、耕作に向かない土地の値などたかがしれている。


「そんなことより、よいのですか?凱旋式のお衣装をご用意なさらなくて。栄えある王太子殿下の横に並ぶ次期王妃様ともあろうお方が、庶民のようなみすぼらしい格好で」


これ見よがしにククッと喉を鳴らして嗤う従者に、ノエルはカッとなって叫んだ。


「ッ!出ていきなさいっ!」


生意気な従者を追い払ったものの、指摘はもっともだ。ノエルは儀礼用ドレスなど持っていない。誂えるにしても、儀礼用の重厚なドレスはオーダーしてから仕上がるまで下手をしたら一年近くかかる。


「…幻惑魔法ね」


急場凌ぎだが仕方がない。生意気だが、あの悪魔は命令には素直に従うのだ。なんとかさせよう。ノエルがそう結論づけたとき、窓の外から蹄の音が近づいてきた。


「?何かしら、こんな真夜中に…」


◆◆◆


「ノエルお嬢様、ご無事で何よりでございます」


深夜の訪問者――かつてノエルの侍女だった女は、ノエルの顔を見るなり深々と頭を下げた。


「お嬢様に報告せねばならないことが…」


元侍女は、ベイリンの屋敷にいた者だった。そして、彼女の話によれば…


「お父様が戦死…?ベイリンがモルゲンの手に落ちたと」


目を見開くノエルに、侍女は懐から小さな包みを取り出して主の前で広げて見せた。


「こちらを回収して参りました」


襤褸布(ぼろぬの)の中で、幾粒もの紅い宝石――『賢者の石』が妖しく(きら)めいた。

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