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130 夜だから…?

ちょっとしたラブシーン…のつもりです

アナベルがやってきたその夜。


私たちは歓迎の意を込めて、ささやかな宴を開いた。ささやかな、というわけで私の部屋に酒食を持ち込んで酒盛……ゴホン、ここは女の子らしく『パジャマパーティー』と言おう。


参加者は、アナベル様、オフィーリア、イヴァンジェリンに私の四人である。フェリックス君は、ギデオン公の屋敷にお泊まりしてもらった。


「でェ?どういう心境の変化?」


口火を切ったのは、エヴァ。

質問の相手はもちろんアナベル様だ。


「貴女…いいえ、ニミュエ公爵なら、仮に押しのけられても、藁にかじりついてでも中央に居続けると思ってたけどぉ?」


…うん。ニミュエ公爵もアナベル様も、国の現状を憂えているからね。戦争ばっかりに注力する王妃派の影で、国を支えてきたのは彼らだ。彼らが様々なフォローをしているから、この国はなんとかやっていけていると言ったって過言ではない。


「んー…病気療養中の名目でしばらく身を隠せって、お父様はおっしゃったわ」


王女サマの追及に、困ったように言葉をすぼめるアナベル様。


病気療養中って簡単に言うけど、下手したら身体に瑕疵アリってことで、王太子妃不適格と見なされるんじゃ?

命の危険があるなら、素直に守りの堅いどこぞに引っ込んだと言えばいい。余計な理由をつける必要なんてないのだ。


「ほへぇ~。まさかの何にも見通しナシ?」


「う…」


ウサギのぬいぐるみ(特大)を抱いたエヴァに尋ねられ、言葉に詰まるアナベル様。エヴァはプクッと頬を膨らませた。


「サイラス君は渡さないからねっ!アタシの恋人なんだからぁ!」


むぎゅ~。


「えっ?!」


人目も憚らず私に抱きつくエヴァに、アナベル様は一瞬、フリーズした。


…大丈夫。エヴァはこーゆー人だから。


ちなみに、今の私は楽な格好――胸を潰さないモコモコの夜着を着ています。声も女子。


「ここにはどれくらいいらっしゃるんですか?」


苦笑して尋ねると、アナベル様はモジモジと視線を彷徨わせた。


「実は…旅に出たいなって」


「「「旅??」」」


三人分の声が被った。いや、どうして?


「身分を隠して、南部に。その…この目でちゃんと見て、できることがあればどんなことだってやりたいの。それに…デズモンド領も、気になっているわ」


キュッと白い指先に力をこめて。


「私、王太子妃じゃなきゃ、何もできないってずっと思っていたの。でも、それは違うわ。王太子妃()()じゃ、何もできないのよ。だって、国を動かしているのは、実際に現場で働いている民だわ。そこを見て知って、実際に手を入れなきゃ、きっと何も変えられないわ。だから…」


不意にアナベル様のブルーグレーの瞳が私を見つめた。


「?」


「身分も…立場も…その、性別も、そんなの用途に合わせて変えれば、女の私じゃなかったら…」


あああ…アナベルさん?!まさか、君……


男装するって言ってるの?!



無理やろ。


その巨乳は潰しても真っ平らにはならないよ。体積的に。

悔しいっ!じゃなくて。それ以前の問題…


「おおっ!面白そうだね!てか絶対イケメンになれそー!」


私の困惑をよそに、キャッキャと手を叩くエヴァ。この子、楽しんでる。


「けど、護衛と世話係は不可欠よ?」


「ウッ」


オフィーリアの真っ当すぎる指摘に、アナベル様はショボーンと肩を落とした。生粋のお嬢様だもんなぁ。


「護衛は仕方ないとしてぇ、身の回りのこと(サバイバル術)ならリチャード君が得意だよ。きっと親切に教えてくれるってぇ」


むしろ、ストレート過ぎる指摘がグッサグッサ突き刺さりそうだけど!


エヴァさん、親切そうな顔で無垢な乙女に悪魔の提案をする。うん…こういう性格なんだよね、この子。


オフィーリアは、そんな二人に遠い目をした。


「あっ!私ちょっとトイレ~」


と、そこでエヴァが言いだし、オフィーリアが付き添うべく腰を浮かせる。トイレに行くには階段を降りなきゃいけない。エヴァに階段の上り下りはけっこうしんどいので、大概誰かが付き添っているのだ。今回はお酒も入ってるし。


「サイラスく~ん♡つきあって~」


ご指名された。松葉杖を取って手渡すと、にっこ~♡とご機嫌で突き返すエヴァ。ハイハイ、肩貸せってことね…。ギュウ~ッとしがみつくエヴァを半ば抱っこするように、私はいったん席を外すことにした。


◆◆◆


階段を降りて、一階にあるトイレ……に行かずに、エヴァは二階の客室へと足を向けた。そして、パタリと自分に与えられた部屋の前で足を止めた。


「ね~え~、コレ、新しい扉だと思わない?」


「…何言ってるの。そんなもん開けなくていいから」


そっちの世界(ガールズラブ)に踏みこむつもりはないからね?


ジト目の私を面白そうに眺めて、エヴァは「じゃあ、」と隣の部屋を示す。


「こっちは?」


エヴァの隣の客室は、アルが使っている。


「そうやって一瞬黙っちゃう素直さ、嫌いじゃないよ?」


…エヴァ、性格悪いって言われない?


「何?トイレじゃないの?」


ムスッとして尋ねると、突然ギュッと抱きしめられた。…まあ、エヴァがスキンシップ過剰なのはいつものことである。


「ねぇ…アナベルとは結婚しないでね?」


「はい?」


突然、『結婚』というワードを出されて、私は目を白黒させた。結婚って、私と?アナベル様が?


「考えてみてよ…。サイラス君は社会的には男性だけど、本当は女性。結婚したって、真実を明かせば、アナベルに瑕疵はつかないの。だから、万が一サイラス君と結婚して離縁したって、アナベルの価値はそのまま。都合がいいよねぇ」


「…何が言いたいの?エヴァ」


アルの部屋からは、例のミニエリンギの声が聞こえてくる。アルの声は聞こえない……また悪戯してるのかな。相変わらず命知らずなエリンギである。


「加えて、サイラス君とアナベル…将来どうなるかはさておき、今のところニミュエの方が格上」


耳もとで囁く声のトーンが落ちる。


「サイラス君…国のトップになるってことはね、政略結婚をリアルに考えなきゃいけないの。肉体的にどうこうできなくてもね」



格上の家と結婚――『どっちの』家が主導権を握るかなんて、わかりきってるでしょ?



「サイラス君の性別はとっても便利なの。社会的な『結婚』は有効で、肉体的な『結婚』は無効。主導権を握った方がどうとでもしてしまえる」


もっとあからさまな言い方をするとね――エヴァは囁いた。


「ニミュエはアナベルを貴女の妻にして、貴女の国を乗っ取ることもできるんだよ」


「…ッ!」


目を見開く私の首に腕を回し、エヴァは憂いを帯びた声で続けた。


「私も…アル君も」


ハッとする。

そう…アル――メドラウドも、格上なのだ。


「貴女の代はともかくとして、その次の代はわからない。『あっち』でも継承戦争にお家騒動の話題に事欠かなかったでしょ?」


クスッと自嘲的な笑みを零して。


「だから…アル君、聞いてるとは思うけど、いろんな意味で気をつけてね?」


「え?!」


カチャリと開いた扉から、アルがため息交じりに顔を出す。

例のごとく、「トウッ」と彼の影から私に飛び込もうとしたミニエリンギは即座にはたき落とされたが。


「まったく…。人の部屋の前でデカい声で話し始めたと思ったら」


「ふふ…わかったぁ?勢いでサイラス君を抱かないでね?」


ニタァと笑って親指を立てるエヴァに、アルは眉間を揉み、チラと私に目をやった。


「ッ!?」


…夜だからかな。気怠げな眼差しに無駄に色気があるような…?


「別に…了解もなしに襲ったりしない」


「ふぇい?!」


グイッと腕を引かれたかと思うと、顔がアルの胸にぶつかった。な…なななっ?!


「言った傍から触るんじゃねぇよ?!」


…あれ?エヴァさん、言葉遣いが乱れてない?


「ああ…『女』のサアラだ…」


私を腕に閉じこめ、髪を指に絡めてアルが耳もとで囁いた。吐息が首筋を掠める。うわぁあ?!


「おい!ざけんな?!堪能してんじゃねぇぞ!」


エヴァが吠えた。


大変!王女サマの素がぁ!素が漏れてるぅ!


…彼女の『前世』が何だったのか、ひっじょ~に気になるんですが…


「酒を飲んだか?サアラ…頬が赤い」


頬を撫でる指先にハッと我にかえる。顔をあげた私の目に映ったのは、蕩けるような笑みを浮かべるアルで…


「色気があっていいな。もっと…酔わせてみたい」


はいぃ?!あ、アルフレッドさん?!そそ…それはどういう…


「人の話を聞けよ?!」


「うぇ~い♪もっとやれー」


後ろで王女サマとミニエリンギがシャウトしている……

カオスだ。


「心配するな、サアラ。エヴァの論理には穴があってな。どんな政略でも、利が優先される。自由を与えた方が利があるなら、乗っ取りという選択肢は取らないんだ。搾取は、少なからぬ軋轢(あつれき)……火種を生むからな」


それに、とアルは付け加える。


「帝国から見て、山岳地帯を挟んだここは実に護りづらい。維持する労力を考えれば、吸収するメリットが少ないんだ」


…気のせいかな、アル。

君の瞳に有無を言わせぬ圧を感じるんだけど…


「だから、安心して先に進んでいい。ああ…どこぞの侯爵に夜這いを仕掛けて跨がったらしいが、今夜俺で上書きすれば問題ない」


「へ?!」


なななっ?!なぜアルがそれをっ?!


「そう言えば…借金の返済がまだだったな。なんならチャラにしようか?」


対価は言わなくてもわかるな?


アル、いい笑顔だ。

めっちゃお怒りのようで…


「あ…アル、その跨がった云々はキノコの作り話で…」


冷や汗が!冷や汗が止まらないよぉ!!


「サアラ…時間はたっぷりある。素直になってくれるだけでいい」


足が宙に浮く。アルの横顔がすぐ目の前に…

ちちち、近い!


「お姫様抱っこかよ?!ごちそうさまです…じゃなくて!推しに手ェ出したらドタマかち割ンぞ!」


サラブレッド舐めんなよ!、とエヴァが喚きながら…

ふわぁ!エヴァさんの目が金色にィ?!当てられたミニエリンギが溶けてるぅ!


「大丈夫…優しくする」


「聞けよっ!」


噛み合わない攻防は、声を聞きつけた父さんが駆けつけるまで続いた。


◆◆◆


ペレアス王国南部。


ノエルは、炊き出しに並ぶ民を前に聖女の微笑みを浮かべながらも、内心では別のことを考えていた。


(ふふ。ようやく手に入れたわ!私の手札に銀山を。これでどんな遊びをしようかしら)


ノエルの手札は、銀山と替えの効かない王太子、そして反則的な動きもできる悪魔の従者。


(まずはライオネル様に南部の独立を宣言させて、銀山を王妃から奪い取る。その上で、古参派の小領主――デズモンドみたいに南部を支援してきた所がいいわね――そいつを捕まえてきてバカ王子の理不尽な言いがかりで火刑にしたら…)


替えの効かない王位継承者による叛乱。そして凶行。

王妃とニミュエは動かざるを得ない。銀山をちらつかせて、三つ巴の醜い泥沼の争いに持ち込めたら……


なんて素晴らしいのかしら!


土は血に染まり、屍が積み上がるだろう。聖女は我が子と殺し合い、ニミュエにはロイの形を取ったあの悪魔を差し向けて斬り合わせる。みんなみ~んなグチャグチャに…


「ノエル!」

そんなノエルを、件のバカ王子の声が現実に引き戻した。


「あら。ライオネル様?」


どうかなさったのですか?、と小首を傾げたノエルに、ライオネルは息を切らせてこう言った。


「二人きりで話したかったんだ」


「ふ…二人きりなんて、ライオネル様ったら」


最近構ってなかったから、寂しくなったのだろうか。ノエルは初々しい恋人らしく、頬を染めて俯いてみせた。


「炊き出しはもうやめるんだ」


バカ王子から飛び出した予想外な台詞に、思わず「え?」と、瞬いた。ついでに表情も削げ落ちたのだろう。ライオネルは一瞬たじろいだものの、ノエルの肩を掴んで正面から顔を見つめ、


「このままだと、春が来る前に食糧が尽きる……けけ、計算したんだっ!」


ライオネルが簡単な数式が三つくらい並んだ羊皮紙をかざす。なんとバカ王子、あれから執事の目を盗み城内を駆けずり回って調べたのだ。食糧の備蓄と、春からの鉱山からの収入見込み、領民の数――数字はかなり大雑把なものだが、奇跡的なことに大局は間違っていなかった。


そして何より、バカ王子はバカだったからこそ、単純明快でわかりやすい説明をすることができた。


「な…」


ノエルは目を大きく見開いた。単純な数字は、単純だからこそ危機感を煽る。


「このままではいけないが、なら…どうしたらいい?」


まあ、調べて理解しただけでもバカ王子的にはよくやったと褒めてよいだろう。それはノエルも十分過ぎるほどわかっている。


(…どうしようかしら)


企てを実行するにせよ、春になってからだ。伝令などに要する時間も考えれば、それだけ長くここを保たせなければならない。かと言って毎日のように行っている炊き出しをやめれば、民に不満が広がるのは必然。


(お金が必要だわ)


ここを運営する金をいかに用立てるか。そんな折、二人の元に王都からの早馬が到着した。


◆◆◆


暗闇で『ロザリー』は目を覚ました。


「嗚呼…人間の身体というのは不自由ですねぇ…。夜の活動がこれほど日中に影響するとは」


独りごちて、執事服に袖を通す。


人間の身体を得たはいいが、肉体なので当然動けば疲れを感じるし、飲まず食わずでは死んでしまう。夜更かしすれば、朝早くに起きられなくなってしまう。


身支度を終えた彼は、窓の外を見てクツクツと笑った。


「ふふ…実に呑気なものです」


炊き出しを提案したのは、他ならぬ『ロザリー』だ。人心を得るためと言えば、あの娘は二つ返事で頷いた。『ロザリー』を信頼しきっている。召喚者と使役者は、必ずしも一致するわけではないというのに。


ああ…あの娘は、己の父が戦に負けたことに未だ気づいてないのだったか。『ロザリー』の求めていたモノは殺戮による大量死と地上に絶望をまき散らすことだ。アーロンが負けたことは別にどうでもいいが、それを知った娘の反応には興味がある。


「さあ…絶望したレディはどんな顔をしますかねぇ」

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