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13 招かれざる客

オフィーリアお嬢様の勉強はゆっくりだ。

おっとりしたお嬢様と私の家庭教師――ヴィクターというワインレッド髪のおにーさん――は、そんなマイペースな生徒に手を焼いている。なぜならお嬢様は、勉強が嫌いだから。まあ私(※中身アラサー)からしたら、面白くない教え方をするヴィクターにも原因があると思うけどね。


「ヴィクター、疲れてしまいましたわ」


今日もお嬢様は、授業半ばのところでこう言いだした。


「オフィーリア様、まだ3ページしか進んでおりません…」


「まあ、もうそんなに?ああ…道理で眠いはず」


「…お嬢様」


肩を落とすヴィクター。

私?私はノーコメント。発言権ないもん。

ちなみに、お勉強の間はあの強面の監視役はいない。ヴィクターが家庭教師兼監視役。


「あと一節、頑張りましょうか。そこまでで休憩にいたしましょう」

粘るヴィクターだったが…


「そんな!あと6ページも!無理ですわ。横暴ですヴィクター」


必殺セリフ『横暴です』に、眉をひそめた。

うん…そりゃ無理だよ。やる気ないもん、この子。

不毛なやりとりを尻目に、私は黙々と教科書を写す。今は歴史の授業なのだ。



ウィリス村のアイザックに拾われた私の世界は、小さな村と森の一部、あとはニマム村とモルゲンのみ。そこから先は知らない。笑っちゃうことに国の名前すら知らないんだ。だから、歴史とか地図とか、この世界がどんなところなのかについては、いっとう興味がある。特に地図!いつか欲しい。



カッカッカッと私がチョークを動かす音に重なって、お嬢様とヴィクターの不毛な駆け引きが続く。ヴィクター頑張って。子供は勉強が嫌いな生き物なのだよ。あと少しで地図が写せる…


「ンもう!ヴィクターよりサイラスの教え方の方がおもしろいもの。私、サイラスとお勉強するわ…!」


「なっ?!」


こら、お嬢様。何言ってるのよ。私、教えた覚えないぞ。


「この子、いつもおもしろい歌を歌っているのよ?」


ふふん、と胸を反らしたお嬢様は、私の自作の覚え歌を諳んじてみせた。


(ちょ…!)


あくまでも自分が覚える用、なものだから、全体的におちゃらけた言い回しで、お上品からは程遠い…。しかも、


「メ~ガネメガネ♪女々しいパンツぅ♪牛の尻尾とちょび髭三本でせ~んせい♪」


おおいっ?!

女の子が歌っていい歌じゃないよ!!

なにドヤ顔決めてるんだお嬢様ァ!



……ちなみに、『先生』のスペルの覚え歌でした。悪意はないよっ!


「サ~イ~ラ~ス~…」


魔王ヴィクター降臨。


氷点下の眼差しが私を捕らえた。そう言えばヴィクターってば眼鏡かけてて、髪を後ろで三つ編みにしているのが牛の尻尾に見えなくもない。あとちょび髭。

うあ~…見事な一致。


……いや!他意はない!悪意もない!

覚え歌だよただの!カ…カタカナとか!アルファベットとか!

そっちだからね?!



…絞られた。

鍛錬だと(←つーか五歳児に鍛錬させる?)模擬剣持たされて素振り100回打ち込み100回とか…コテンパンにされました。全身筋肉痛だよまったく…。やっぱ根性論なのこの世界?!


◆◆◆


お嬢様をなんとかしよう。

勉強がいやになる度にヴィクターを刺激されては困る。おにーさんの鍛錬コワイ…。


とりあえず…授業が続くようにアシストしよう。私の平穏のために。


ヴィクターの授業は、なんというか大人向きだ。分厚い教科書を数ページ一気読みして質疑応答。七歳の子供にする授業じゃないよ。


よって私は、ヴィクターが教科書を朗読している間に、ササッと内容を箇条書きしてお嬢様に見せることにした。余裕があるときは手書きのイラストも添える。対子供のお勉強は、飽きさせない工夫が大切なのだ。ふざけたイラストを書いても、擦ったら即消せる。ヴィクター対策もばっちりだ。


「ふふふ…」


私の石板を見たお嬢様がクスクス笑う。

よし、本日も平和だ!ほ~んと、ヴィクターを刺激しなければ、天使みたいなお嬢様なんだけどな~。


◆◆◆


そんなある日のこと。


ヴィクターからお嬢様に来客があるから今日の勉強はナシだと言われた。お友達でも来るのかな、と思って頷いたら、体を洗えと言われた。はて。


とりあえず言われたとおり井戸から水を汲んでくる。


ダライアスやお嬢様はバスタブで入浴するらしいけど、庶民はそうはいかない。濡らした布で体を拭いて清める。それだけだ。まだ春先だし、井戸水はすっごく冷たい。だから、いつものように魔法を使う。


村で覚えた空気を温める魔法の応用だ。


井戸水に意識を集中して、冷水をお湯にする。今では数秒でできるけど、最初は魔力を込めすぎてグラグラ沸く熱湯にしてしまった挙げ句、魔力切れでぶっ倒れたりで大変だった。水をお湯にするのは、空気を温めるより格段に魔力を使う。何度魔力切れでヒイヒイ言ったことか…。


それはさておき。


いい湯加減にした井戸水に布を浸して体を拭く。


「魔法が使えるのか」


「ほっ?!」


すぐ後ろにヴィクターが立って見下ろしていたから、びっくりした。

ナニ見てるんですか、アンタ。セクハラだよ?


「髪も洗いなさい」


言われるがままに、もう一杯井戸水を汲んでお湯にしてから髪を洗う。石鹸は街で売ってはあるけど、買っていない。けっこう高いのだ。セドリックの手伝いでもらうお小遣いは、雀の涙だしね。

髪を濡らしてゴシゴシして、軽く水気を拭いたら、ドライヤーをイメージして、さっきの魔法で髪を乾かす。短い髪だから、あっという間だ。すると、ヴィクターがやってきて、乾いた髪に何か臭うものをつけられた。


「今日は特別に、です」

とか言いながら、櫛で髪を梳かされた。


…つけられたのは整髪剤か。

男物の整髪剤…うぅ、複雑な気分。ちなみに、服はそのままでいいらしい。


「来客は、ベイリンの若様です」


ベイリン…そう言えば何度かダライアスから聞いたことがあるな。確か、羊皮紙――羊の放牧をしているんだっけ?植物紙を売り出そうとして、ベイリンが…と言われたのは記憶に新しい。


「ベイリンはモルゲンの東隣の領です。領主様は旦那様と同様、男爵であらせられます。モルゲンとは互いに商人が行き来していますが、旦那様はあちら様をよく思ってはおられません」


よくは思っていない…つまり?


「ベイリンの領主様は野心家です。常にご自分の領を広げようとお考えでいらっしゃる。旦那様にも何かと繋がりを持とうとされています」


なるほど。

それで若様がお嬢様に会いにくるわけね。ダライアスよりもお嬢様を攻略しようって魂胆か。

ヴィクター曰く、相手はお嬢様との婚約を望んでいるが、ダライアスは突っぱねている、とのこと。ちなみに若様は、ベイリン領主の三男。大きな声では言えないが、妾の子だという。たぶん…ダライアスはその辺りも気に入らないんだと思う。


私の任務は、お嬢様の隣に控えて、いざという時若様からお守りすること。いざってなんだよ。いざって。


「いいですか。相手につけいらせるきっかけを与えてはいけません。ちょっとした粗相でも、尻の毛まで毟ろうとしてくる。それがベイリンです。くれぐれもお嬢様を傷つけさせぬよう」 

最後にそう念を押されて、私は若様を迎える応接室に押しこまれた。……尻の毛までって。すんごい言われようだな、ベイリン。


◆◆◆


そして。


やってきたベイリンの若様は、縦にも横にもデカい…いや、遥かに横の比率がアレな男だった。歳は聞かなかったけど、お嬢様より軽くひとまわり以上は上だな。顔の脂がヤバい。吹き出物がすんごいことになってる。仕上げに、口を開けば虫歯だらけだ。

……うん、これは娘を嫁にやりたくないわ。納得。


そのおデブな若様が、現在なんとかしてお嬢様を口説こうとしています。歯が浮くようなセリフで。

……シュールだわ。

お嬢様は、にこやかに応対しつつも、若様のスキンシップをさり気なく躱している。


今日のお嬢様の装いは、まるでショートケーキのようなクリーム色に紅いリボンを随所にあしらった「ザ・とっておき」。たぶん、お客様をおもてなしするために気合いを入れたんだね。天使なお嬢様が一段と可愛らしい……んだけど、対若様にこの装備は余計だったのかもしれない。めっちゃ目つきがイヤラシイよ、あの若様。


……。


……。


そうしてのらりくらりと懇談すること数分…。

いっこうにお触りさせてくれないお嬢様に、若様が逆ギレした。


「いけませんだと?優しくしてやれば図に乗りやがって!舐めるなよこのガキがぁ!」


念のため言うけど、応接室には若様とお嬢様の他に、私、双方の護衛と付き添い役のメイドさんがいる。けっこうな人数がいるんだよ。なのに誰も動かない。

おい。


「若様、落ち着いて下さいませ!」


仕方ないから五歳児の私が泣きそうなお嬢様を背に庇う。


思い出すな~、昔バイト先で客同士が喧嘩して間に入ったことがあったっけ。こういう時、宥めつつも決して相手に触ってはいけない。お触りしちゃうと敵意ありと思われて、殴られるからね。そんなことを思っていたせいか、私の感覚は完全に平和な国の日本人だった。


「退けクソガキ!!」


衝撃を受けて床に転がって初めて、そうだ異世界だったと思い至る。


……阿呆か。


平民が貴族に盾突くのは言語道断だけど、貴族が平民に暴力振るっても咎められないのだ。……道理で誰も動かないはずである。


(いったぁ~い)


蹴り飛ばされたときに口の中を切ったのか、血の味がする。幼児相手に手加減なさすぎだろあんにゃろー…。

がんがん痛む体を叱咤してお嬢様を見れば、彼女は床にペタンと座りこんで震えていた。そこに、下卑た笑みを浮かべたデブ男が迫る。


まずい。


くっそぅ…お嬢様を守らなきゃいけないのに…

何か…何かできること…


ハッ!そうだ!


床に転がったまま、意識を奴の口元に集中する。


熱く…!


例の空気を温める魔法。魔法を使った途端、頭がグラッとしたけど、構わずその一点に魔力を集める。


熱くなれ熱くなれ熱くなれ~…


イメージしたのはデブ男の口の中。唾液を熱湯にできないかな、と酔狂なことを考えた私も相当焦っていたんだ。今思えば。


…熱くなれ!


なのに、何の変化もない。何かに抗われているような…。やっぱりターゲットが魔力のある人間だとうまくいかないんだろうか。


でもお嬢様が…!


焦って焦って、あらん限りの魔力をデブ男の口に集中させた。頭の血管切れるんじゃないか、と思い始めた頃、突然つっかえが外れたように先ほどまで抗っていたモノが消えた。


…?


そしてデブ男の動きが止まった。口許を押さえ、静かになったかと思うと…


「ぐ…ぐぎゃあぁぁ!!!」


頬を紅潮させて絶叫する。ヒイヒイ言いながら床を転げ回るデブ男。


よし、この調、子…で…


意識が霞む。魔力がもうない。やがて、私の意識はプツンと途切れた。

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