128 敵国からぼったくれ!
クィンシー=グワルフ第三王子セヴランです。魔法学園編以来の登場ですが、覚えていらっしゃいますでしょうか。
「できたっ!これ、売れると思わない?」
プロのお針子さんたちと一緒に連日徹夜して完成させたのは…
超高級、ダウンコート!
表地は絹。刺繍を施す時間がないので、シルクスクリーンの要領で花柄をプリントし、女性らしさを。デザインも、どんな形のドレスの上からでもすっぽり羽織れるポンチョ型にした。そして、襟と袖口にファーを縫いつけて…
この苦労と達成感だけで、感動の大長編が書けるよ。間違いない。
「絶対に売れますわ!」
「これは逸品ですもの!」
お針子さんたちも太鼓判を押す、この出来栄え!信じられないだろうけど、キルティングから何まで全部手縫いだよ?
「結界って便利ですねぇ」
「あれがないと羽毛が飛び出してきてとても縫えたものじゃないもの」
お針子さんたちが、肩を鳴らしながら言う。
フワフワと軽くて、手で押さえても飛び出す羽毛は厄介だった。でも、縫合する部分に小さな結界を張って羽毛を押さえれば、飛び出すこともなく、とても作業がしやすかった。こんな使い方があるなんてね。
ともかく!
こんな便利で保温性の高い上着は今までにないはず!貴婦人向けの防寒着として売りつけて、大儲けをしよう。まずはニミュエ領かな。
…いや。
ペレアス王国内は、よろしくない。
新商品が悪目立ちすれば、ベイリンがこちらに降ったことがバレかねない。
ならどこに売るか…
あ。
アイツらに売りつけよう。
素早く『お誘い』の手紙を書き上げた。
「レオ、クィンシーに手紙出せる?」
「ギギッ?」
「アイツらから金貨を巻きあげるの!」
「ギッ!」
私の企みを理解したのか、レオはすぐさま飛んでいった。
グワルフはペレアスよりもさらに北に位置する。つまり、めちゃくちゃ寒くて、ダウンコートが欲しくてたまらないに違いない。限定品なら尚のことだ。
それに…
クィンシーは、騎士学校時代から衣食に不自由していなかった。それに、フリーデさんも。まあ彼女の場合、自慢の容姿で男に貢がせてそうだけど。
彼らは間諜業に勤しんでいて、国内で何かやって稼いでいる風ではなかった。アルも、クィンシーには給金を出していないって言ってたし。
つ・ま・り。
奴らに資金援助してる奴が、王国内にいる。
金蔓を持っていると考えていいだろう。たぶん、商人かなぁ…。
私はニタリと悪徳商人もゾッとする笑みを浮かべた。
◆◆◆
そのクィンシーたちはどうしていたかというと…
「ね~え~…私たち、まだ帰れないのぉ?」
寒風吹きすさぶ王都のメインストリートをとぼとぼと並んで歩いていた。
「成功間違いなしって確信してた奇襲作戦がおじゃんになったからな。しかも、奇襲部隊全滅っていう最悪な結果のオマケ付きだ」
それだけではない。
何せこの作戦にかけた歳月も費用も伊達ではない。それがポシャったとなると…
「本国で親王族派と革新派が、責任のなすりつけ合いの泥沼に嵌まってる…」
「嗚呼…」
つまり、潜伏中の自分たちの存在など綺麗に忘れていることだろう。
「先の見通しは?」
「あるわけないだろ、そんなモン」
「よね~」
『先輩』が肩を落としている。
「まあ、指示を待ってたって何も始まらないからな。俺は俺で動く」
らしくもない宣言をしたセヴランに、「あら」とフリーデが顔をあげる。
「何よ気持ち悪い。王子様をやる気になったの?」
「まあね」
どうも…本国のゴタゴタの影に思惑を感じる。革新派は火を噴くバケモノが火竜ということまで掴んでいた。と、いうことは…
(どっかの誰かが情報を流したんだろうな)
あの場にいたのは…
彼の脳裏に一人の『少女』の姿が浮かんだまさにその時。
「ギッギッギッギー♪」
妙に楽しげな様子の蛾の使い魔が、目の前に舞い降りた。
◆◆◆
「サアラちゃんからお手紙?ラブレターか?」
「ギッギー♪」
この使い魔……やたら機嫌がいいな。怪しい。
いつもはステルスなくせに、今日に限って姿を見せたどころか、嫌っているセヴランの膝の上に乗り、早く読めとばかりに足で手紙を叩いて催促する。……ますます怪しい。
「…なんか企んでるだろ」
「ギギッギギッ!」
「そこは認めるのか…」
なんだかんだ言って、この魔物は正直だ。ただし、コイツの主は底知れないところがあるからな…。
「ギッ!」
「わかったよ。今読むから…」
クルクル巻かれた紙を広げ、文字を追ったセヴランから表情が抜け落ちた。
親愛なる間諜殿
やあ、その後楽しく過ごしてるかい?
突然だけど、取引だ。
奇襲作戦が失敗して、さぞや肩身の狭い思いをしているんじゃないかな?そんな君たちに、胸張って故郷に帰れるネタを売りたいんだけど、買う気はあるかい?
君たちの金蔓前で待っている。
サイラス・ウィリス
「金蔓…だと…?」
まさか、自分たちが故国からの金を受け取っている店を特定したというのか。魔法学園に抜けて以来、彼女と大して接触した記憶はない。機密をバラした覚えも…。
どうして嗅ぎつけられた?!
王国だってあの店の正体には気づいてないというのに!
いったい、どうやって…!
「ギギッ…ギギギッ」
「おいおい、おまえか?」
膝の上で、ご機嫌でブラシ触角をピコピコさせる使い魔を見る。いや、コイツじゃないだろう。魔物だし、尾行されてたらさすがに気配でわかる。
「まあ、でも…」
どちらにせよ話したいことには変わらない。何か企んでいるようだが、ここでぐずぐず考えるのは、セヴランの性に合わない。呼び出しに応じることにした。
◆◆◆
「で?来てやったぜ?」
手紙で指定した日。
久しぶりに見るクィンシーの顔は、見事に引き攣っていた。それもそのはず。彼らに資金を渡している店に、本当に私がいたんだから。
種明かしをするとね。
私は、奴らの資金提供源が王都のどこかだろうとしか予想していなかった。だから、奴に送った手紙の封蝋にミニエリンギの胞子を混ぜ込んでおいたのだ。
胞子はクィンシーの手を伝って奴にくっつき、ヤツの頭に透明なキノコを生やした。で、見えないキノコからさらに胞子が落ちて……ミニエリンギが胞子後に生えたキノコを辿って、足取りを追わせてもらいました!
取引だと言えば、奴は金を用立てるべく件の店に行くと、簡単に予想できる。
「これを買い取って欲しい」
早速、店の応接間でお針子さんたちと作った超高級ダウンコートを広げてみせる。
「とある魔物の素材が手に入ってね。軽くて防寒性抜群だ。注文してくれるなら増産できるし…ここだけの話、グワルフだけに販売したいんだ」
…正確には、グワルフだけにしか販売できないのだが。
ギリで嘘はついていない。
「本当だ…軽いのに驚くほど温かい。こんな素材見たことないぞ…!柄のセンスも良いし、このデザインなら体格を問わず着れる…!」
同席した会頭さんの反応は上々だ。
「で?なんでグワルフだけ、なんだよ?」
胡散臭そうに尋ねるセヴランに、とっておきの情報を教えてやる。
「実は…モルゲン、独立したんだ」
「……はぁ?!」
案の定、セヴランは目を限界まで見開いた。
会頭さんはフリーズ。隣の王子様をチラチラ見ながら「意味わかんないんですが?」と目で訴えている。
「敵の敵は味方。コネ作っといて、損はないと思うぜ?」
ニタリと笑う私に、さすがの第三王子サマは笑い返して見せた。
「じゃ、タダでくれるんだよな?」
うん。そう言ってくると思ったよ。
私は王子様に向かって人差し指を立てて見せた。
「?」
「実は、建国早々国内でカモ被害が出ちゃってさぁ…」
「へ…へぇ~、そりゃお気の毒だな」
嘘はつかれないとわかっているからか、王子様の顔に余裕が見える。
「本当だよ。せっかくベイリンを丸ごと手に入れたっていうのに、費用が嵩んじゃって、ね…」
「え…?」
王子様の顔から笑顔が消えた。
「ベイリンって…手に入れたって…」
ベイリン男爵領は、王子様――世間一般の認識では北部のニミュエ公爵領に次ぐ豊かな土地で、且つ王妃派貴族の影の実力者。そんな土地を、ペーペー新参国家が手に入れたとか、普通なら信じない。鼻で笑う。
でも…
コイツは私の言葉が真実だと、はっきりわかってしまうのだ。
「ああ。戦争に勝ったからな。丸ごとモノにしたよ」
「なっ…!」
情報はね、出す相手も出すタイミングも大事なんだよ。そして、言い方も。
「ああ…。周辺の領主への根回しもあらかた終わったんだ。安心して取引してくれていい。彼らは、我が国に逆らえない」
コンクリートや新型馬車の取引で互いに利がある。だから、その利と戦争を天秤にかけたら、絶対に彼らは敵対しない。
詳しいことさえ明かさなきゃ、物は言いよう。
目の前の王子様は、「ベイリンとの戦争に勝った」と言われて、間違いなくこっちの軍事力を想像した。それに畳みかけるように「逆らえない」と言えば、勝手にウチが強力な軍隊を持ってると勘違いするだろう。「逆らえない」って、あくまでも「(経済的に)逆らえない」って意味なんだけど。
私はもう一度、人差し指を立てて見せた。
「一枚…?」
「他に話を持っていってもいいけど?」
北にある国は、別にグワルフだけではないしね。
「百…?」
「まさか」
鼻で笑うと、王子様の顔が引き攣った。
嗚呼…私は今、悪徳商人。
ちなみに、貴婦人向けのドレスが一着あたり百~三百フロリンくらい。参考までに。
「おい、まさか一千だと?!」
「ちょ…ぼったくりよ!!」
コソ泥さんからぼったくり……い~いねぇ~!
「一国の支援だよ?普通なら万単位になるところを、友情価額で千に負けてるんだぜ?ちょ~おお買い得だぜ?しかも超高級ダウンコートの専売契約とサンプル付きだ」
「くっ…この悪魔め!」
「グワルフの王妃様には、このコートはすっごく嬉しい贈り物だと思うけどなぁ~」
最高権力者への贈り物、効くよ~?
グワルフって冬が長いってきくし?雪もいっぱい降るんだとか。
「…ッ!今、用意できるのは九百が限度だ。負けろ!」
「ええ~」
「九百二十!俺のポケットマネーだ!」
王子様がヤケクソで、懐から袋を出して中身をテーブルにぶちまけた。
「ふふ…。恩に着るよ。これから、末永くよ、ろ、し、く?」
有り金を巻きあげた私は、それを懐にしまうと、今一度ニタリと笑って、契約書類にサインをしたのだった。




