127 ブラック・カモ・ラプター襲来
ベイリン領都。
季節は真冬に移行した。
旧敵に吸収併合されても目立った混乱もなく、ヤバい宝石を隠していたと思しき領主の館も取り壊した。旧統治体制がしっかりしていたため、さほど手を煩わせずに済んだ、ということもある。加えて王国側も、この地の支配者が変わったことを未だ感知していない様子だ。実に運がいい…。
「ぶふぇっくしっ!!」
…だから、文句を言っちゃいけないのだ。
「ちくしょぉ~…」
……この程度のトラブルなんかに。
グワァー!グワァー!
ベイリン領都の寒空を、たくさんの黒い巨体が飛んでいる。
「カモ……」
私の横でフェリックス君が呆然と空を見上げ…
「…ブラック・カモ・ラプターの群れね」
自然災害的なモノよ、と横に立つカリスタさんが遠い目で言った。
ブラック・カモ・ラプターは、魔物である。
ただし、こないだ巨大化したカルガーモと違って、れっきとした害鳥だ。奴らは大変いやらしいことに、群れで来襲して家畜を襲う。牛や羊を襲うくらいだから、人間も襲う。そう、鴨みたいな見た目のくせに、コイツらは肉食。ついでに体長一メートル、翼を広げると三メートルは越える大型鴨。しかも、ワーム同様市場価値はない。固い、エグい、パッサパサの三悪そろい踏みな肉。ゲテモノ食いだって背を向ける。骨も脆くて使えないし、皮は鳥肌だしね…
何度も言うけど、今は真冬である。
言わなくてもわかるだろうけど、クッソ寒い。そして…
ベイリンは牧畜が主要産業。
カモのエサが、食べてくれとばかりに放牧されているのだ。しかも、冬って家畜は出産の季節。良質なエサがいっぱい…
うあ~…
「くっそぉ~!《雷撃》!」
そういうわけで、私は牧場のド真ん中で寒風に吹かれながら害鳥退治を余儀なくされている。さっっむっ!!
「文句言うんじゃないわよ!キャーッ!よくもやってくれたわねぇっ!!」
…群れだからね。空から奴らの糞(特大)も間断なく降り注いでくる。
こうなるとわかっていたら、ウィリスから狩人動員したのにっ!いや、急いで応援は呼んだよ?雷魔法使い二人+レオの分身一匹だけじゃ、到底始末しきれないもん。
「終わった!みんな家畜小屋に入れたっ!」
フェリックス君が牧場主さんと一緒に走ってくる。
子供だからとか言っていられない。子供だろうがネコだろうが働かせますとも!
「《雷撃》!」
丸々肥えた牧場主さんに迫ったカモを雷撃で仕留め、ホッと一息。
でも…牧場はここだけじゃない。
「次…行きますか」
死骸は後で処理しよう。
◆◆◆
寒さに震えながら、しつこい害鳥どもを追いかけ回して早二週間。二週間だよ?ウィリスから駆けつけた狩人たちと、害鳥どもをようやくベイリンの空から追い払えた。
めっっちゃ疲れた。休暇を下さい…
でも、まだ終わりじゃないんだ。死骸の処理が終わってない。それに、頭が痛いことに家畜にガッツリ被害が出たんだよね…。この埋め合わせはキッツいよ。
「ご指示通り、魔物避けの陣を設置しましたが…、この図体を燃やすったって、どれだけ薪が必要か…」
山積みにされたカモの死骸を前に、牧場主さんは途方に暮れた。
…だよね。
仕方ない。被害ヶ所すべて回って私が《暴食》しますか…。それが一番手っ取り早い。
……私がめちゃくちゃ疲れるだけで。
たくさん食べたのか、丸々肥った腹を天に向けたカモの死骸を前にため息をつく。ホント、コイツに利用価値があるといいんだけどね。
これが終わったら、ふっかふかの布団で惰眠を貪りたい。
「…布団??」
はたと我にかえって、目の前の巨体を見る。
…デカい。一羽からどれだけ…
「ちょ…!サイラスさん?!何やってんですかい?!」
牧場主さんがギョッとして、急に死骸の腹をまさぐりだした私を止めにかかった。
牧場主さんに羽交い締めにされた私だけど、
「ふわっふわ…」
…うん。売ろう!
何が何であれ売ろう!
これは『ダウン』だ!
その後、牧場主さんを説得して死骸の胸毛を毟り取るのを手伝ってもらい、収穫した羽毛から不純物を取り除いて脂を落として……羊毛と勝手が違うから、牧場主さんと試行錯誤してようやく、私は黒いフワフワダウンを手に入れた。
「これをどう売るか…」
よくある使い途では、羽根布団とかクッションだけど、それなら羊毛布団やクッションがあるからね。ぱっと見が似たような商品は、売れにくい。羽根布団の良さがわかってない人たちを相手にするわけだし、何よりカモ被害額を補填できなきゃ意味がない。迅速にカネに変わるもの――
「腕のいいお針子さん、何人か紹介してくれない?」
◆◆◆
サイラスたちがベイリンで一攫千金な商品開発に勤しんでいる頃。ペレアス王国王宮では…
「この役立たず!!もう冬なのよ?!王女が消えたのは夏!なぜ見つけられないの!」
自らの宮で、王妃が吠えていた。
あのいけ好かない転生者が姿をくらまして、既に半年が経過した。なのに、未だ何の手がかりも掴めずにいる。これは彼女にとって由々しき事態だ。何故なら、ライオネルルートの始まりは来春。この年に、ヒロインは魔法学園に入学する――ゲームが始まるのだから。
「隠しキャラになんとしてでも『お願い』を叶えてもらわなきゃいけないのに…!」
ギリギリと扇を握りしめた。隠しキャラに会うためには、ライオネルルートをハッピーエンドにしなければならない。なのに、悪役が欠けているなんて!
「探しなさい!冒険者ギルドに指名手配を!賞金をかけなさい。もおおっ!あんなド派手な赤紫色の髪の娘がどうしてみつからないのよっ!」
◆◆◆
ウィリス村。
雪が降りしきる中、せっせと資材を載せた荷車が行き交っている。
「そういやアンタ、なんで鬘なんかつけてたんだよ?ハゲじゃないの…イッテェ!!」
今日も今日とて、リチャードはうっかりストレートに失礼な質問をして、脳天にシェリルの拳骨を受けた。
「ん~…つけてた方が温かいんだけどねぇ。ほら、髪伸びてきたし?」
そんな答えと共に、イヴァンジェリンは肩ほどまでに伸びた紫紺の髪をつまんで見せた。
「はぁ~…地道な印象操作が役に立ってればいいんだけどね」
ところでこの辺って冒険者ギルドある?と、話題を変えるイヴァンジェリンに、
「あー……モルゲンにはないわね。ニミュエか…ヴィヴィアンにはあったかしら?」
曖昧な記憶を辿るように、部屋に入ってきたオフィーリアが答えた。
「魔の森があるから、この近くに冒険者ギルドはないわ。阿呆な冒険者どもがホイホイ来て、森を刺激したら困るもの」
モルゲン領主は代々、敢えて領内に冒険者ギルドを許可しなかった。そういう土地もあるのだ。
「…納得。どおりで」
「冒険者ギルドがどうかしたのか?」
首を傾げるリチャードに、イヴァンジェリンは苦笑を返した。
「私、家出してるからさ。指名手配がそろそろ出されてるんじゃないかと思って」
冒険者ギルドは基本世界各地にあり、魔物討伐や素材採取の他、賊をはじめとした犯罪者の捜索・捕縛なども請け負っている。大変珍しい事例だが、行方不明の王女様の捜索依頼も、捜索範囲が広くなると騎士団の手に負えないので、各地に支部を持つ冒険者ギルドの担当になるのだ。
ちなみに、都市部限定なら犯罪者捕縛や家出人捜索は王国騎士団の担当だし、魔の森を抱えたモルゲンでは、こういった『人』関連の厄介事は領兵の担当だったりするが。
「それで鬘を…」
「そ。三歳で記憶戻って髪色の意味に気づいて、さらに毒殺されかけてさ。少しずつ赤みが強くてド派手な紫髪の鬘に変えて、いかにも地毛ですって顔してたんだぁ。ほら、すこーしずつ色が変わったって気づかないじゃん?あ、ちなみに瞳の色も本当は金色なのよぉ」
こっちは怖がられるから、普段から魔法で茶色に変えているけどねぇ~。けらけらとイヴァンジェリンは笑ってみせた。




