125 怪獣大決戦?!
「グワアアアァァァ!!!」
「シャアアアアァァ!!!」
紅い宝石を食べたカモとカナブンが巨大化しました。
森の高い木々を軽く越える――十メートルよりは大きいだろう。突如現れた怪物に、フェリックスを取り囲んでいた子供たちは一斉に逃げ出した。その内の一人が、迷うように立ち止まって、地に転がったままのフェリックスを見ていたが…
「グワワアアアッ!!!」
「うわああっ!!」
大きな嘴が降りてきたかと思うと、バクンと彼を掬い上げ、飲み下した。
「!!!」
目の前で、人が喰われた…。
恐怖で動けないフェリックスの前に、スローモーションのように黄色い嘴が真っ赤な口を開けて…
バクン!
巨大なカモは、二人の少年を丸呑みにした。
そして…
「グワアアアァァァ!!!」
「シャギィアアアッ!!!」
同じく巨大化したカナブンに大きな翼を広げて突撃していった。真昼のウィリス村の外れで、巨大カモVS巨大カナブンの怪獣大格闘が勃発した。
◆◆◆
気がつくと、一面ピンク色のヌメヌメした空洞にいた。鼻をつくすえた臭いにフェリックスは眉を寄せた。
「くっさ…」
そして、薄暗い空間を見渡してハッと息を飲んだ。すぐそばに少年が転がっている。うつぶせに倒れた少年は、腕が妙な方向に曲がっていた。
「お、おいっ!」
駆け寄って揺すぶったが、ウンともスンとも言わない。ただ、その身体は温かく、よくよく見れば背が上下している。つまり、死んではいない。怪我をして気を失っているのだ。
「ど…どうすれば」
七歳の貴族のボンボンに、応急手当の知識などない。オロオロしながら辺りを見回すだけだ。
と、そのとき。
ドオン、と空間が大きく揺れた。
「なっ?!イテッ!」
思わず尻餅をついたフェリックスの耳に…
「〇◆※~!」
「*・□∵▽……!」
人の声だ!!
いや、何を言っているかはわからないけれども!
「ハッ!魔物を討伐しにフッ?!」
またしても大きな地震のように地面が揺れる。ピンク色の地面で一回転したフェリックスは、ふと嫌な予感を覚えた。
自分とこの少年は、カモの魔物に喰われた。ということは、ここはカモの胃袋なのだろう。そこが激しく揺れて、外で人の声がする。
「ひょっとして…このカモ、攻撃されてる?!」
◆◆◆
人が近くにいることは、大いに嬉しい。でも、彼らはフェリックスたちがカモの胃袋にいることを知っているのだろうか。
…いや、きっと知らない。
だって、取り囲んでいた子供たちはフェリックスたちが飲み込まれる前に逃げてしまった。目撃していない。何より…
魔法で…それこそ火炎魔法や雷撃魔法を仕掛けられたら、カモどころか胃の中の自分たちまで丸焼け(もしくは蒸し焼き)にならないか??
それに、考えたくはないけど、物語に出てくる勇者みたいに大剣でカモの胃袋あたりをざっくりやられたら…
「死ぬじゃん!」
叫んだ途端、またしても大きな揺れにフェリックスの軽い身体は吹っ飛ばされ、顔からピンクの胃壁にベチャッと突っ込んだ。
「?!」
頭が痺れたような…。けれど、そんなものは一瞬だった。
なぜなら…
(なっ?!おい、槍はやめろぉ!!!)
数人の村人が眼下にいて、彼らは今しもカモのお腹に槍を突き立てようとする『映像』が視えたのだから。
「よ…《避けろっ》!!!」
必死だったフェリックスは、自分が咄嗟に魔法を使ったのにも気づかなかった。無意識に《傀儡術》を――糸のような魔力を伸ばしていたのだ。
地響きとともに、カモの巨体が槍の穂先を躱して後退した。
フェリックスはといえば、必死にカモの胃壁にへばりついていた。なんだかわからないけど、こうしていれば、カモの目に映る光景が視える!
「ど、どうしようっ!ここにいるって知らせないと!!」
槍で串刺しにされるのなんか嫌だ!
フェリックスは、必死で考え…
「おい。あの魔物、なんか様子がおかしくないか?」
村に突如現れた巨大カモの魔物を見上げ、ダドリーが言った。彼の手には大型のグラートンをも仕留められる極太の長槍がある。
「あ?そうか?」
答えるリチャードの手にも槍。
狙うはカモの心臓……位置的には胃袋の後ろあたりだ。
「グワワッ!グワッ!」
二人の会話が理解できるはずもないだろうに、カモは慌てたように後ずさった。
「グワッグワッ!グワッ!」
なにやら喚きながら翼を広げたカモは…
右の翼を器用に折り曲げて左胸の前に当て、巨体をプルプルさせながら……お辞儀した。
「「は………?」」
ダドリーとリチャードの目が点になった。
◆◆◆
攻撃の意思がないことを示すため、貴族式『恭順の礼』をやってみました!
…通じたかな??
カモの胃袋で、フェリックスはハラハラしながら、槍を持った二人の狩人を見つめていた。
あの二人…名前は知らないけど、強いことだけは知っている。特にあの緑色の髪の狩人は、こないだ身の丈二メートル越えのウサギ耳で豚鼻の鋭い牙と爪がたくさんある魔獣を引きずって歩いてた。アイツはヤバい。カモは奴にとって雑魚に違いない。
…地味にこの体勢はキツい。
『恭順の礼』は、(カモの)アキレス腱がピリピリする。もう頭上げていい?もう(カモ的に)限界!
カモにとって楽な姿勢に戻ると、視界にあの人――サイラスが映った。フェリックスの中に「助かるカモ!」と、淡い期待が生まれる。あの人には複数の使い魔がいる。魔物と意思疎通できるかもしれないじゃないか!
「グワッグワッ!グワワッ!」
喚きながら、自身のぷっくりしたお腹を翼で撫でさする……カモ。
なんだ?腹??
「コイツ…知能あるの?」
「さっきお辞儀したんだ」
「俺もびっくりした」
駆けつけたサイラスは、ダドリーとリチャードと、妙ちきりんな動きをするカモを見て首を傾げた。ちなみに巨大カナブンは、既に討伐されてひっくり返っている。雷撃を喰らって黒こげだ。
「グワワーッ!グワワーッ!」
ヨチヨチ、ズシンズシンと地響きを立てながら、なんか必死な巨大カモ。黒こげカナブンを見ては、両翼を胸に当てて、なにやら訴えている。
「…なんかさ、こないだシェリルの着替えうっかり見ちゃった時、シェリルがとったポーズに似てねぇ?」
リチャードが言った。
ちなみに、ラッキースケベの後、リチャードはシェリルの魔法で氷漬けにされたとか。
「『いやーん♡』のポーズだな」
ダドリーも言った。
男の思考ってこーなっている。
……フェリックスは『カナブンみたいにしないでっ!』と必死でジェスチャーしていたのだが。カモの翼が短くて、上手く『バツ』ができなかったのだ。
「とりあえず捌こっか。カモだし」
…なんでそうなる?!
こんなにアピールしてるのに!!
胃袋の中のフェリックスは冷や汗が止まらない。
と、その時。
「う…」
うめき声を上げて、一緒にカモに飲まれた少年が目を覚ました。
「だ、大丈夫か?!」
カモの胃壁にめり込んだまま、フェリックスは後ろに声をかけた。ついでにこの危機的状況を打開する知恵を出してくれたら嬉しい。けれど、少年は腕を骨折している。シクシクと泣き出した。
…困った。
このままでは、カモごと雷撃で丸焼きにされて二人とも一巻の終わりだ。何とか、ここに人間がいると知らせないといけないのに。
「ハッ!コイツが外に出ればいいのかっ?!」
カモの口から少年が出てくれば、他にも喰われた人間がいるとわかってもらえるかもしれない?!
フェリックスは一旦胃壁からベリッと顔を剥がすと、辺りを見回した。
「あった!上に行く道!!」
つまり、あっちがカモの口だ。
「おいっ!おまえ歩けるか?」
シクシク泣く少年に怒鳴ると、ようやく少年はフェリックスの存在に気づいたらしい。泣きながらも、よろよろと立ちあがった。よしっ!
「今から、カモを寝かせる!おまえはそこから何とか外に出て、助けを呼んでくれ!!」
一方的に言いつけると、フェリックスは再び胃壁に顔をくっつけた。
ヤバい、サイラスの手に雷!!黒こげの未来がすぐそこまで迫ってた!
大慌てでカモを操り、ゆっくりと巨体を倒し、口を開ける…
「おいおいっ!倒れるぞコイツ?!」
「なんだなんだ?!」
この魔物、やはり様子がおかしい。
突然現れたし、カナブンと大格闘したかと思えば、お腹ナデナデして「いやーん♡」ってやるし…。これが人間なら、ただの変態である。
とりあえず一旦距離を取って、三人がカモの動きを見つめていると、カモは地面にお腹と首をピッタリつけてお尻を突き出し、大きく嘴を開いた。
「これ…何のポーズ??」
「さあ……。『バックからどうぞ』…?いや、『もうどうにでもしてェ』、かなぁ??」
どうでもいいけど、狩人たちの思考がエロに傾きすぎている。
すると…
「え?おいっ!誰か出てきたぞ?!」
ダドリーがパカッと開いたカモの嘴を指さした。
「えっ!?アレ、ジャックなんじゃ?!」
「行くぞ!」
私たちは大急ぎで、カモの嘴まで走り、出てきた少年を抱き上げた。
◆◆◆
「えっ!?中にもう一人いる?!」
ジャック――カモから出てきた少年の応急手当をした私は、驚愕に目を見開いた。
「フェリックスが…カモの胃に、めり込んでて…助けを、呼んで来いって…」
なんてこった…。
ジャックによれば、あのカモはもともとそこら辺にたくさん生息している無害な魔鴨カルガーモで、巨大カナブンも元々は無害な魔虫カナブーンだったらしい。
「俺たち、アイツが何か隠したから取り上げようとして…そしたら、アイツ、取り返そうとしたんだ。赤色の宝石みたいだった…。それを、カモとカナブンが食べて…」
ごめんなさい、と泣き泣き謝るジャックの頭を撫でつつ、私は「赤い宝石…」と呟いた。ずーっと昔、似たようなことがあったよ。確か…
「水蜘蛛…」
そう。私とアルが突如現れた巨大な水蜘蛛に襲われて死にかけたこと。思えば、あの時もキラッと赤い宝石みたいなモノがあったような…
まあ、それは後で考えよう。
ジャックから聞いたところ、フェリックスは広い空間――カモの胃にいるらしい。
「カモの首を焼き切るか…」
リチャードが、腰の剣に手を伸ばす。この剣は、リチャードの魔力を流すと炎を纏う。
「そうだな。カモを殺さんことには、助けにも行けん」
ダドリーも頷くが。
それをジャックが必死の形相で止めた。
「ダメだ!アイツ、よくわかんないけど内側から、たぶん魔法でカモを動かしてるんだ!カモを殺したら、アイツもどうにかなるかもしれないじゃんか!!」
「なっ?!」
「内側から、動かしている?!」
それって…もしかしなくても《傀儡術》かな。
アーロンはその手の魔法が得意だったらしいし。魔法が遺伝するか否かはわからないけど、それならあの不自然な動きも納得がいく。彼なりに何か訴えていたのだ。操ってるのがカモだから、いまいち通じなかったけれど。
「むぅ…。じゃあどうするか。アイツの胃袋に俺が助けに入って、リチャードがカモの首を切り落とすか?」
「それじゃ危険だ。正確な位置がわからんしな」
ダドリーの提案をリチャードが却下する。
「いっそコイツをカモのケツにぶちこむか」
リチャードが、長槍をヒョイと持ち上げた。
「それはそれで悲惨なことにならない?」
いろいろ逆流したらどうするの。可哀想だよ。
「あ。ミニエリンギに眠り薬作らせて、その間に救出するとか?」
「それで行こう、あっ!」
エリンギマンAG、道路工事させてるんだった…。
思いの外進捗が早くて、めっちゃ遠くにいるよ。
一番安全な手段が使えなかった…。
五分後。
「じゃ、行ってくるから。リチャード頼むよ!」
仕方ないので、私がカモの胃まで救出に行くことになりました。




