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121 起死回生の商品

「イライジャさん!パロミデスの職人さんにツテがあるって言ってたよね?左官さんって呼べる?」


朝っぱらから興奮して飛び込んできた私に、帳付けをしていたイライジャさんは、びっくりしたのか「はへ?!」と珍妙な声をあげた。


「おいおい、どうしたんだい?サアラちゃん…」


ああ。イライジャさんも私の本当の性別を知っているよ。というか、人質さん以外は知ってるんじゃないかな。声高に言わないだけでさ。


「ねぇ!こっちではモルタルに何を使うの?」


「え?え?も…もるたる??なんだそりゃ」


おい。モルタルだよ?あるでしょ絶対!


「なっ…ほら、石造りの建物作るときに目地に使うでしょ!アレだよ!」


けれど、イライジャさんはポカンとしている。

ややあって、


「あー…。石造りの建物ってのはな、錬金術で形作るんだよ?知らないのかい?」


「はあぁ?!」


錬金術…いや、そういう職業の人がいるのは知っているけれども!


「サアラちゃん、石で建物造るには、石と石をくっつけなきゃいけない。石が(のり)でくっつくわけないだろ?釘だって使えないし。腕の立つ錬金術師に形状固定の術式を組んでもらってだな…」


イライジャさん曰く、錬金術師を雇うには大金がかかり、だから石造りの建物は貴族や大商人などの金持ちしか建てられない――一種のステータスだという。なんてこった!


「んで?左官ならパロミデスのギルドの知り合いに頼めば紹介してもらえるけど…」


「すぐウィリスに呼べる?!早馬っ!それから大急ぎで小麦運搬用の荷馬車をありったけ用意して欲しいんだ。砂利を満載しても壊れないヤツ!」


「はぁ?!砂利だぁ?!いや本当にどうした?!」


わけがわからない、という顔のイライジャさんに頼むだけ頼んで、私はバレン卿のもとへ走った。


「えぇっ?!バレン領へ行きたいんですか?」


案の定、バレン卿は面食らった。あの不毛の地へ何の用だ、と顔に書いてある。


「火山灰を採りに行くんだよ」


「オホッ!小僧よ、ついに血迷ったか!」


…出た。

アロガントのオッサン。

この人の顔には、ヒマでしょうがないって書いてある。


「…アンタも来る?ヒマなんだろ」


「なっ!?貴様庶民のくせに生意気なっ!」


顔を真っ赤にして怒鳴るオッサン。


「その庶民が、今は王配だから。アンタこそ、元・貴族で今は庶民だって忘れてない?もう、アンタを守ってくれる兵隊はいないんだよ。それから…ここは敵地だ」


釘を刺したら、オッサンは黙り込んだ。その辺りは理解しているんだろう。小屋から一歩も外に出ようとしないのは、復讐が怖いからだし。


「いつまでも安全なこの家にいられると、本気で思ってる?」


「……。」


オッサンは答えない。無言で私を睨んでくるだけだ。


「私はいつまでも無駄飯喰らいを養ったりしないよ。使えないなら、奴隷として売り払うかもしれないし、害をなすなら容赦しない。覚えておいて」


それだけ言って小屋を出た。


◆◆◆


翌日。ハチに荷物を積んでいると、意外な人がやってきた。


「僕も、行く」


フェリックス君だ。

一人で…じゃないな。彼の後ろに太ましい柄がちら見える。


「おいらも~!」


…うん。エリンギマンAGはついてくると思ったよ。「ヒマだぁ~!」って喚きながら、子供みたいにひっくり返って暴れてたし。ティナがうるさがってた。


「念のため聞くよ。コイツに脅されたの?」


え?ちゃんと知ってるよ。このエリンギがフェリックス君につきまとっていたのを。相棒(ティナ)から報告を受けています。


「違う。僕の意思だ」


「そう。でも、かっ飛ばすよ?」


何せ国庫(?)が火の車だからね。実験してオーケーだったら、すぐに売り出したいし。


「でも…行く」


彼の目は本気だった。


外に出る気になったと捉えてもいいかな?まだ子供の彼に多くを求める気はないけれど、できる限りのことはしてあげたい。貴族だ人質だと言ったって、彼を孤児にしてしまったから。



結局。


フェリックス君は私の前に乗せることにした。私なら、彼が万が一暴れても対処できるし、他の人に任せるのは、不安があったから。まだ子供だけど、ウィリス村の皆が彼に抱く感情は決して優しいものではないからね。


◆◆◆


バレン領まで、馬をかっ飛ばして十日もかかった。直通する街道がないからだ。距離的には王都に行くより近いはずなのに、倍の時間がかかるなんて…。


ともあれ、辿り着いたバレン領は、卿から聞いた通りの灰色の街だった。灰色――火山灰の色だ。


「春と秋の年二回、風で灰が飛ばされてくるんです」


バレン卿が説明した。だから、この辺りの土は黒ずんでいるのだと。


「作物が育たない土地とは、アロガント卿から聞いたでしょう。でも、それだけではないのです。この辺りの川の水は、灰で濁ってしまってとても飲めたものではありません。降灰が酷い時には、屋根に積もった灰で家が潰れてしまうことも珍しくありません」


サラサラした土を手に、バレン卿は困りきったように眉を下げた。くっついてきたフェリックス君は、無言で灰色の街を眺めている。


「火山灰はそこら中にありますが…」


こんなモノをどうするんですか?と、バレン卿は私に尋ねた。


「モルタルを作るんだよ」



モルタルは、消石灰(石灰石を焼いて作る)と、火山灰と水を混ぜて作れる。建築では、石材同士をくっつける接着剤として使ったりするし、このモルタルに砂利を混ぜて(かさ)と強度を増したのが、ご存知コンクリートだ。


配合はイチから実験しなければならないので、一緒に来てくれたロシナンテ傭兵団の工兵さんと試行錯誤して…


「できた!」


思っていたより固まるのに時間がかかるため、実験だけでさらに十日費やしてしまったけど。


コンクリート、完成しました!!


バレン卿もフェリックス君も目を丸くして、カチコチに固まった火山灰の混ぜ物を、触ったり叩いたりしていた。


「ハンマーで叩いても割れませんぞ!」


「少し前までドロドロだったのに!」


フフフ。人類が新石器時代から使っていた叡智だよ。


「けど、これをどうするんだ?」


フェリックス君、よくぞ聞いてくれました。

私はニヤリと笑ってみせた。


「全世界に売り出すのさ」

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