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11 アイザックの回想◇アイザック目線◇

私はアイザック・ウィリス。モルゲン領主ダライアス様に仕え、ウィリス村の管理を任されている。…言うなれば村の代表。一応、貴族らしいが、そのように感じたことは一度もない。爵位もない、貴族とは名ばかりの農民である。


困ったことに、私には跡取りとなる子供がいなかった。跡取りがいなければ、決まりにより私はウィリス村の長ではいられなくなる。そうなれば、ダライアス様がどこぞから代わりの人間を連れてくることになっていた。しかし、それは困る。よそから来た人間は、ウィリスの森のことなどわからないだろうから。あの森は、つきあい方を間違えると死を招く。だから、私は村の長でいなければならない。



ともかく跡取りが必要だ。血のつながりなどなくてよい。私か妻のいずれかと見目が似ていればそれで十分だ。私は、条件に合いそうな孤児を探すことにした。


人身売買は合法である。しかし、売買だからして相当額を払わねば買えない。そんな金など持っていなかった。だから、孤児を探すのだ。モルゲンの貧民街、孤児院に行ったが、ダライアス様に疑われてしまい、断念した。だが、モルゲン以外に大きな街となると、領外に出るしかない。困った。私は途方に暮れ、街道を彷徨っていた。そして――


あの死んだ村に辿り着いたのだ。

恐らく、賊にでもやられたのだろう。火をかけられて見る影も無いが、少なくともウィリスよりは大きな村だったのだろう。


しめた…!

ここに生き残った子供でもいれば、それを跡取りにできる。誰の目もない。一人(さら)っても、気づかれはしないだろう。

私は倒れる(むくろ)を裏返しては、生き残りを探した。



「俺にしろよ。俺ならアンタに…特大の幸せと金持ちの老後をやるからよ…!」



不意に強くズボンの裾を引かれた。ぼろぼろに痩せた幼子だった。年は五つくらいだろうか。短い茶色の髪に瞳は春空のように澄んだ青。ギラギラした目が私を見つめて、カラカラに渇いた唇で引き攣るように笑って、幼子はそう言った。


それが、私と息子サイラスとの出会い。


瀕死の幼子を村に連れ帰り、キャサリン――妻に息子にすると話した。妻も了承した。そして――。



拾った幼子は、女の子だった。



瀕死状態だった幼子。妻が服を脱がせ、体を洗った時に判明した。けれど、私たちはそれを黙殺した。そして、幼子――息子の名前をサイラスと決めた。私は長であるために。息子は生きるために。


死の淵から生き延びた息子は、十日くらいたつとすっかり元気になった。魔力が強いのか、それとも元々の生命力が強かったのか、病気一つせず、私たちはひとまず胸をなでおろした。



息子は、子供らしくない子供だった。

いやに賢くて、どこか達観したところがある。私のことを「父さん」と呼ぶし、自分のことは「俺」と言う。気味が悪いほどに、『できた子』だった。


そんな息子を、披露目のため、隣村とダライアス様のところへ連れて行った。

ニマムの領主のところへ挨拶に行かせれば、

「アイザック・ウィリスが息子、サイラスと申します。以後、お見知りおきを。」

と、私でも言わないような立派な挨拶をして見せた。大人相手にそつなく対応し、決して出しゃばったりしない。なんとできた子なのだろうか。その時までは、私はすっかり感心していた。

だから、モルゲンを訪れた時、キョロキョロとあちこちに目をやる息子に、初めて子供らしさを見出したような気分になった。もし、恙なくダライアス様に認めていただいたら、少し街を見せてやってもいいかもしれない。時には、この子の望みも叶えてやりたいと思った。叶わなかったが。


ダライアス様にも、息子は(つつが)なく挨拶をした。しかし、やはりダライアス様だ。サイラスの聡さを疑い、いとも容易く息子ではないと見破られた。


やはり、ダメだったのか…。

神も恐れず、死んだ村で骸を漁った罰が下ったのだろうか。


牢に入れられ、絶望的な気持ちになる私の前で、サイラスは突然「穴を掘れ」と言いだした。沈みこむ親を励まし、穴を掘って脱獄を試みる幼子――本当にこの子は幼子なのだろうか。兵士から槍の穂先を突きつけられても、気丈に「本物の息子だ」と言い張るサイラス。おまえのその強さは、いったいどこから出てくるのかい?



なんとか解放されて村に戻ったら、今度は村の子供たちにくっついてこっそり森へ入った。そして、魔草である腐り花を釣り上げて返り討ちにあい、メリッサのところに担ぎこまれた。


血の気が引いた。なんと危ないことをするのだ、と。


幸い一命はとりとめたが、私はサイラスをきつく叱った。かなり感情的になったと思うのだが、サイラスは泣かなかった。ちゃんと話を聞き、謝ったばかりか、一緒に森に入った村の子供を庇った。全部自分が悪いのだと。その子たちは巻き込まれただけだと。サイラスは一番年下だというのに、三つも四つも上の子供を背に庇う。やはり、この子は普通の子供ではないのかもしれない。


だからといって聞き分けがいいわけでもないようだった。


死にかけたというのに、また一人で森に入り、腐り花を採ってきた。売れば金になると知っての行動だった。きちんと理由を説明すれば、森に入るのをやめたのでほっとしたのだが。


その後は、何やら雑草を採ってきて、皮を剥いで煮て叩くという、謎の行動を取り始めた。当人曰く「紙を作っている」のだという。何を言うのか。紙は動物の皮から作るものだ。そんな雑草からできるわけないだろうに。だが、あの子は「できる」と言い張った。ここまでわけがわからないと、もう見守るしかない。危ないことだけはしないように言いつけ、しばらく彼女の不思議な行動のことは忘れていた。


それから半年くらい経って。


そろそろ森のことを教えようかと、私はサイラスにキノコ狩りへの同行を許した。ウィリス村で次期長となるには、ウィリスの森の知識は不可欠だ。子供の頃から森に馴染み、知識を蓄えなければならない。魔力も、そろそろ頃合だろう。どうもあの子の魔力は、他より強いようだから。


さすがに素質があったのか、あっという間に基本の魔法を覚えてしまった。これなら、弓を教えてもよさそうだと、村の狩人の息子と弓の練習をさせた。これは、子供らしく四苦八苦していて、微笑ましかった。


そんなある日。


定期報告に言ったダライアス様の屋敷で、オフィーリアお嬢様にお会いした。お嬢様は、田舎に興味津々だ。うっとりした目つきで、森のことや村のことを尋ねてこられる。

「ねえ、アイザック。お土産を頂戴?」

足元に纏わりついて強請られ、何気なく持っていたサイラス作の紙(?)を差し上げた。珍しいものにお嬢様はたいそう喜ばれて、褒美だと私にご自身の御髪につけておられたリボンを下さった。


これはサイラスにあげよう。


私はそう決めた。『息子』にしているが、中身は女の子だ。こういうものにも興味があるだろう。現に、村の女児たちと一緒に遊ぶサイラスは楽しそうにしていたし。


「サイラスに、」

そう言って、小さな手にお嬢様のリボンをのせた。サイラスは目をぱちくりさせて、しげしげとリボンを眺め、触って…

「父さん!どこで絹のリボンなんか手に入れたんだよ!」

つかみかかってきた。


なんでそうなる?

嬉しくないのか?


私は大いに面食らった。喜ぶと思ったのに。少し、本来のこの子らしい部分を見てみたかったという期待もあったが。


やはり、サイラスは変わっていたというべきか。

なんとリボンを売って、インクを買いたいと言いだした。インクなんかどうする気なのか。そもそも子供の欲しがるものでもないと思う。だが、サイラスは真剣だった。大急ぎで、あの紙とやらを作ると、モルゲンに連れて行ってくれと頼んできた。



ダライアス様に会う前に、サイラスは市場を見たいと言う。言われたとおり連れて行けば、サイラスは店の人間に片っ端から質問をしてまわり、結局その日はそれで終わってしまった。


翌日、ダライアス様を訪ねると、なんとあの紙もどきを『商品』だと、差し出したのだ。『めっせーじかーど』?が何なのか、私にはいまいちよくわからなかったが、たぶんお嬢様に売りつけようとしたのだということは、なんとなく察せられた。結果、お嬢様は『めっせーじかーど』とやらをたいそうお気に召され、サイラスの口車に乗せられ掛けて、ダライアス様に部屋を追い出された。サイラスは、諦めずに懇々と難しいことを言ってダライアス様を説得していたが、ダライアス様は折れなかった。しかし、なんとサイラスに読み書きを教えて下さるという。ウィリス村の農民風情の息子に。いったいどういう風の吹き回しだ。


呆然とする中、私たちはまたあの屋根裏部屋に押しこまれ、二日後、私だけが解放された。サイラスはダライアス様が預かるという。もう、何がどうなっているのやら。しかし、学も知恵もない私は、何もできず、ただ村へ帰るしかなかった。

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