102 戦火
戦闘シーンです。直接的な表現はありませんが、想像すると残酷です。ご注意ください。
数多の剣戟の中に、私はいた。
「《破砕雷》!」
私の役割は、敵兵を守る結界の破壊だ。幾筋もの雷撃が地を砕きながら走り、数メートル先の透明な壁を打ち砕いた。途端に真横を風切り音が掠める。
「放て!!」
「《結界》!!」
相手だってただ結界を砕かれてくれるわけじゃない。結界が無くなるタイミング――お互いを守る盾がなくなり無防備になる瞬間を狙って、一斉に矢を射かけてくる。突撃してきた敵兵の一団が爆炎に吹き飛ばされた。ロシナンテ傭兵団の仕掛けた罠が、そこかしこで的確に敵兵を殺していく。
いつの間にか横にいた仲間が消え、屍が積み重なってゆく――
頬に散った血は己のものか、あるいは――
眼前には、面を埋めつくす敵兵。叩いても叩いても後から後から湧いてくる――
まだ、血を流し、戦い続けるのか――
「右翼乱れた!突き崩すぞー!!」
カリスタさんの怒号にハッとする。
「《雷撃》!!」
足並みの崩れた敵兵の真ん中に雷を落とし、隙を作り。そこへ雷の轟音も恐れず突っ込むモルゲン兵。両者入り乱れての激しい戦闘を繰り広げた。
◆◆◆
日が落ちると共に、両者は互いの陣へ退いた。
あくまでも、今日の戦いが終わっただけだ。相手が斃れるまで、明日も明後日も戦いは続く。互いの兵力を削りながら――
「おぅい、英雄を回収するぞ」
非戦闘員のロシナンテ傭兵団の工兵部隊が、私たちと入れ替わりに戦場へ赴く。斃れた仲間の屍を回収するために。遠ざかる彼らの背が夕陽に照らされ、地に長い影を伸ばした。
「お疲れ。飲め」
差し出されたのは、葡萄酒。
普通のワインと違って、どろりとして強い芳香がした。黙って受け取ると、トンッと強めに背を叩かれてその兵士は去っていった。
「飲んでおけ。戦は体力勝負だ」
血と泥に汚れた鎧を纏ったフィルさんが、私に促した背後で。
「英雄、五十七」
先ほど戦場から戻った兵士が、死者の数を告げた。
「敵は二百弱」
「ああ、よく防衛できている。ウィリス村民は弓の扱いが上手いな。敵兵を確実に削っている。モルゲン兵は勇猛な戦いぶりだった。相手にさぞや恐怖を与えたろうよ」
フィルさんが一日戦った兵を労う。誉め言葉と、前向きな見通しを話して、ともすれば暗くなりそうな空気を払拭しているのだ。労いに応える兵士も、また然り。酒を満たしたジョッキを掲げて、気勢をあげ笑い合う。
「サイラス、おまえの魔法が頼みだ。明日に備えてしっかり休んでおけ」
私は、みんなみたいにとても笑顔にはなれない。だから、せっかくの雰囲気を壊さない内に、家の中へと姿を消した。
自室のベッドで膝を抱える。外からは賑やかに騒ぐ兵たちの歌声が聞こえてくる。
この戦いは絶望的よ。
心の内に潜む『私』が言った。
わかるでしょう?相手はこっちを消耗させる作戦に切り替えたわ。あれは総攻撃じゃない。こっちとほぼ同数の兵力を何度もぶつけて、疲労させようとしている。敵兵の出陣は数日交代で、休息も十分に取っている。
モルゲン兵と戦える男たち――ロシナンテ傭兵団や市民の志願兵やウィリス・ニマム村民を全部合わせても、二千に届かない。それにひきかえ、敵はどんなに少なく見積もっても七千はいると、フィルさんたちは話していた。
それがスタート地点での話。
数度剣を交えた今、互いの兵は着実に数を減らしている。
向こうに犠牲者が多いのは、大半が魔法を使わず、剣や槍で戦う兵士だからだ。カリスタさんみたいな一騎当千の魔法使いもいない。戦線に投入できる魔力の差で、ウィリスの結界は堅く、相手の結界は薄い。さらに、有能な工兵であるロシナンテ傭兵団が魔道具で幻惑魔法を発動させたり、落とし穴などの罠、塹壕を作り、地の利を最大限に活かした戦法を取れているのも大きい。その結果、なんとか犠牲者を抑えつつ防衛ができているのだ。でも…
数じゃないんだよ。
確実に、かけがえのない人間が、命が喪われているんだ。
でも、いちいち感傷的になることは許されない。これは戦争だから。しみったれた空気を垂れ流せば、たちまち集団に伝播し、破滅をもたらすから。だから――
泣き声をあげちゃいけない。
泣き顔も見せちゃいけない。
護るために。
でも…
「うっ…ふえっ…」
嗚咽を堪えきれない私は、なんて弱いんだろう。もう、後戻りなんかできないのに…
「サイラス…」
静かにドアが開いて、父さんが入ってきた。大きくて温かな手が、そっと肩を包んだ。
「泣いていいんだよ、我慢しなくていいんだ」
よしよしと背を撫でる手はあまりに優しくて。ぼろぼろと涙が止まらなくなった。
「どうしてっ…!なんで殺すんだよ!こんな…ド田舎の村が何やったっていうんだ!」
わかっている。
豊かになったから。発展したから。金目の物があるから。だから、手に入れたいと思うヤツが出たんだ。
わかっているけど…でも…
「どうして…人は、喪ったら戻ってこねぇんだ馬鹿野郎!!」
激情を、こんな情けない格好で吐き出すしかできない自分が不甲斐ない。父さんの胸に顔を埋めて、私は泣きながら怒鳴り散らした。
◆◆◆
ウィリスから遥か彼方。
王女サマの馬車は爆走を続けていた。
「ねぇ、フリッツさーん」
シャレにならないレベルで尻が跳ねる馬車にしがみつくフリッツに、御者台から呑気な声が話しかけた。
「なんだ……よぉっと!」
念のため、命綱のロープを腰に巻いているが、恐ろしいことこの上ない。同乗者のメンタルが弱いオッサンは、気絶しまくるので、柱にロープでぐるぐる巻きにして固定してあった。
何せ、この王女サマときたら、幌馬車なのに目も眩むような崖からダイビングするわ、「レリゴ~♪」とか歌いながら村に突っ込み、家屋回避に氷の坂道作って大ジャンプ……
中に乗っている人間はことあるごとにショックで寿命が縮み、平均寿命から逆算すると、現在フリッツは十数年前に死亡したという訳の分からん結果が出ている。
「殺気立ってる農民を説得できるようなぁ、神言葉って知らない?」
「……まあ、善処する」
王女サマ――イヴァンジェリンとフリッツたちが幌馬車をぶっ飛ばして向かっているのは、ヴィヴィアンの小村だ。目的は、武器を得るため。
「おかしーと思ってたんだよ。普通、戦争なり反乱なり起こすのにさぁ、武器って必要不可欠じゃん?だから事前に武器を買い集めるんだよ。それなのに、南部蜂起ではそんな兆候がなかった」
でも、武器なしで戦いなんて有り得ない。魔法だって、みんながみんな高魔力保持者じゃないしね。
王女サマは言った。
「リアちゃんのおかげで、絡繰りがわかったよ」
オフィーリアは、ウェスト村の反乱を不審に思い、件の村にフリッツを向かわせた。そこで彼が見たものは――
「ああ。連中は武器で反乱やってたんじゃない。農具振り回してやがったんだ」
反乱軍の武器は皆、農具の形をしていた。鋤、鍬、スコップ、鎌――。
だが、一見農具なそれらは、いずれも過剰なほど研ぎ澄まされ、全てに魔力付与の呪印が刻まれていた。さらに多くが、内部に魔石を仕込んであったのだ。
「各地の領主――税関の役人は、農具の形をした武器を、商品タグ通りに農具として記録した。だから、武器が出回った記録が残らなかった。ぱっと見は完全に農具だし、何十本も纏めて縛って、且つ先端をよく見えないように襤褸布で隠してあったんだろ。気づかれないまま、反乱軍の手に渡っちまったってわけだ」
だから、領主は小村なのに反乱を鎮めることができなかった。
何せ呪印付きの武器で、内部に魔石を仕込んである。魔力の少ない農民でも、魔法戦士並の攻撃を繰り出すことができた。一地方の領主軍は、どうしても装備で彼らに劣る。よって、小村なのを理由に鎮圧は先送りされ、放置されたのだ。
「けど小村の人口ってたかがしれてるじゃん?仮に全員に呪印付き農具を配っても、領主軍とは数で脅威の格差が出るはず。それでも領主軍に勝ったってことはぁ~」
イヴァンジェリンの言葉をフリッツがやれやれといった口調で継ぐ。
「小村には有り得ねぇ人数がいるか、大量破壊兵器があるかのいずれか」
「そゆこと~」
話題の小村まで、あと数時間。




