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100 戦いの始まり

王都を発って五日後の夜、私たちはようやくウィリス村に帰り着いた。


ウィリス村に戻ったのは、私、ヴィクター、そしてお嬢様の三人だ。エヴァは、モルゲンの手前で別行動をするからとフリッツ、そしてモルゲンに入れず彷徨っていたイライジャさんを連れてどこかへ行った。たぶん、彼女の行き先はニミュエかな。王女の権力を振りかざしてくる…とか言ってたし。



「サイラス!ヴィクター先生!」

村に入ると、ダドリーとリチャード、そしてフィルさんたちが駆け寄ってきた。辺りには篝火が焚かれ、兵士や村人たちが慌ただしく行き来し、非常事態を肌で感じる。


「みんな無事か?!」


ハチから下りて尋ねれば、リチャードが現状を教えてくれた。


「ダライアス様はピンピンしてるぜ。ギデオン様がベイリン側に難癖つけたり行軍妨害して時間を稼いでくれてる。何度か原野で交戦はあったけど、カリスタ姐さんやモルゲン兵が押し返した。それに、メドラウド公爵様が食糧を送って下さってるんだ。今のところ、村に損害は出てないぜ」


「ああ。男爵様やフィルさんの適切な指示で、混乱も起きていない。フェイクの村も役に立っている。だが、いつまでもこのままとはいかないだろうがな」

とは、ダドリーの言。


相手は数千の大軍だ。追い返せただけでも奇跡だけど、潰走させたわけじゃない。敵が一旦退いただけ。必ずまた攻めてくる。


「敵の様子はわかる?」


「モルゲンの市街地に陣を張ってる。ギデオン様の屋敷に避難した領民の中に妙な噂を垂れ流そうとした奴らが数人混じっていたが、既に捕縛済みだ。心配はいらねぇよ」


フィルさん曰く、そいつらは「君たちは完全に包囲されている。投降すれば命も財産も保障する」的なことを喚いていたらしい。


「アンタの街づくりは正解だったってわけだ。ギデオン様との縁然り、ロシナンテ傭兵団の受入然り、村人全員参加の避難訓練とやらも役に立ったな」


ニッと歯を見せて、フィルさんが私の肩をバシバシ叩いた。


「そっか」


元々ヘンな奴が村に入りこんだらわかるように、村人や住人とのコミュニケーションを密にしようと狙って始めたイベント――災害大国日本みたいに、小規模な支部制を導入して、去年から定期的に避難訓練をやっていたんだ。『お祭り』に代わるちょっとした『レクリエーション』になれば一石二鳥と思って――だったけど。そうか…。アレが役に立ったのか。


「アレがなかったらもっとパニックになってたろうよ。誇っていいぞ!」


ガシガシと頭を撫でられれば、むずがゆいような照れくさいような何とも言えない心地になる。


闇に沈むモルゲン。既に夜は更け、闇の向こうは静まり返っている。


「市街地に陣を張っているの?中に市民は?」


「いや。逃げ遅れた市民はいるが、どうやらベイリンの兵が街の外に連れてったらしい。おおかた、避難させたとか言って後方支援に使ってるんだろうよ。なんだ?奇襲する気か?」


さすが軍師。私のポッと出な考えなんかお見通しだ。


「どこに潜んでるのかわかれば」


答えた私に、フィルさんはニヤリと笑った。


「確かに奴らは広い市街地にいる。けど、軍隊には狭い通りがひしめく街中は動きづらい」

地図持ってきな!と、団員さんに指示して。


「予測するに、この広場と…」


フィルさんが示した地点は、いくつかの広場と市場、そしてメインストリート。隊列組んだらすぐに動ける場所だ。


「この辺りは古い家しかありませんし、広場に近い。障害物の家を壊しているかもしれませんね」


ふと別の声が割り込んできた。地図を指さしたのは、


「貴方は…!」


覚えている。昔、アルと入ったカフェで会った紅茶師さんだ。


「あの時は、ありがとうございました」


頭を下げる私に、紅茶師の彼は微かに笑みを浮かべた。


「ここ、地図上では城壁だけど、デカい穴が開いてるぜ。ギリで馬も入れる」


「オリバー!?」


いつの間に来ていたのか、小柄な少年――昔、市場で売り子やってたチビの一人だ――が立っていた。


「んで、その下は大人の背丈くらいの段差がある。穴の外側は草ボウボウだし、あの辺は寂れてるしな。気づいてないと思うぜ」


「うん…わかった」


大切な仲間たちがいる。彼らを守るためにも。生活を、取り返すためにも。


「ハチ、力を貸して」


愛用の弓矢を背負い、私は使い魔に跨がった。やられっぱなしになってたまるか。ウィリスの農民風情を舐めるなよ!


◆◆◆


濃い闇の中、三騎が疾走する。

街道から遠く逸れた原野を駆ける私たちに気づく者はいない。教えられた城壁の穴から易々とモルゲン市街地に侵入した私たち――私、リチャード、ダドリーは、立ち止まることなくフィルさん達から教わった地点へと駆ける。


「サイラス、見ろ」


リチャードの示した方向に、天幕らしきものがあり、傍に数頭の馬も繫がれている。物資と思しき木箱も丸見えだ。


ビンゴ…!


「一丁ご挨拶しようぜ!」

リチャードが弓を引き絞る。紋様に魔力を込めれば、矢はたちまち紅い炎を纏った。


広場の天幕を三カ所ほど襲った頃、夜襲に気づいた敵の数騎が追いかけてきた。


「リチャード、ダドリー、前へ!」


二騎を先に行かせ、私は敢えてスピードを落とし、近くの広場――奴らが陣を構える次の襲撃ポイントへ馬首を巡らせた。しばらく追いかけっこをして存在をアピールしてやれば、予測通り数十の敵兵が私を迎え撃つべく広場に集まっていた。蹄の音に一斉にこちらを振り向いた敵兵に向かって、


「《雷撃(ライトニング)》!」


一閃が走り、広場をカッと照らした後、地を揺すぶるような轟音が轟いた。突然の攻撃にパニックに陥る広場を駆け抜け、一度影に潜る。

恐らく、この街のどこかに総大将たるアーロンがいるはずだ。影からなら兵士たちに邪魔されずに、奴の寝首を掻くことができる――が。


「ッ…!魔除けか」


場所は、ダライアスの屋敷付近。

ぐるりと魔除けが張り巡らされている。ハチは魔物のため、魔除けを越えることはできないのだ。仕方なくアーロン夜襲は諦めて影から抜け、先行する二人に合流する。


「城門突破するぞ!」


バラバラに襲いかかってくる敵兵を蹴散らし、一路城門へと駆ける。


「《破砕雷》!」


後方の追っ手には、地を砕きながら奔る追撃型の雷撃を。石畳を破壊しながら、進撃する雷に結界を発動した兵が吹き飛ぶ。どうやら、敵方に強力な魔法使いはいないみたいだ。眠っているだけ、とも考えられるけれども。


ものの三十分ほどで私たちは城門から脱出に成功する。振り返ったモルゲン市街からは、天幕を焼く煙が幾筋も暗い夜空へ立ち上っていた。


◆◆◆


一方その頃。イヴァンジェリンたちはというと。


「なあ…王女サマよ」

フリッツの呼びかけに、幌馬車の御者台にペタンと座るイヴァンジェリンは顔をあげた。


「あの大量の荷物はなんだ?」


フリッツが示したのは、幌馬車の大半のスペースを埋めつくす木箱の山だ。王都からウィリス村に駆けつける途中、武器を仕入れるのだとイヴァンジェリンが寄り道した店から運びこんだ大量の……




ピンクのウサギカチューシャ。




何に使うんだよ?!


一応、俺らこれから『紛争地』に行く予定なんだけど…。


対する王女サマは、「う~ん」と小首を傾げてから、

「これからぶっ飛ばすから、舌噛まないようにね」

にっこり笑って明後日な返事をくれた。


◆◆◆


夜襲から明けた翌朝。予想通りというか、ついにベイリンが数千の兵力を連れて街道を、北進してきた。


「ここからが本番よ、アンタたち!」


居留地の前、鎧を纏ったカリスタさんの号令に、整列したモルゲン兵が手にする槍や剣を掲げて応えた。


「うむ。久方ぶりの合戦だ。腕が鳴るわい」

何でかギデオン様まで混じっている。


いいの?

加勢はありがたいけど、メドラウドの立場が悪くならない?


「ギデオン様、干渉するとマズくないですか」


私の懸念に、当のギデオン様はワッハッハと大笑した。


「なぁに。我らははじめからベイリンとかいう者共を気遣うつもりなどないわ。アレらは下らん理由で我が屋敷の平穏を脅かした。戦うにそれで十分じゃ」

まあ、念のため鎧はメドラウドの紋が入ってないヤツを使うがな、とギデオン様は言った。



もうもうと砂煙をあげて大軍が迫る。

モルゲンの存続を賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。

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