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西洋魔導研究会  作者: 戸賀内藤
3/15

忘れえぬオサナナジミ 3/5

 木鳩はおとぎ話にでてきそうな古臭い鍵をポケットから出すと、おもちゃのように指でくるくる回し、ドアにさしこんでひねる。木鳩に続いて矢淵が入り、中を見回して驚く。まるで本の虫の夢だ。3メートルはありそうな高さの壁に、本がみっしりと詰まっている。踏み台代わりか、レールで稼働できる梯子がかかっている。


 広さは教室一つ分くらいだろう。案外広く、明るい。天井には、いくつも白色の照明が取り付けられ、現代に舞い戻った感じがある。床には綺麗で艷やかな木材が使われ、上のようにタイル状ではなく、高級感がある。


 部屋の中心には曲線の特徴的なロココ調の赤いソファーと机が置かれている。周囲の時計や装飾品同様に金がかかっていそうだ。家具の配置は応接室を思わせる。


 矢淵はかばんを持つ手が震えた。体中にワイヤーを通されたように感じ、ぎくしゃくする。それはこの高級感のある景色に圧倒されたこともあるが、座っている人物が問題だった。


 柔らかく艶のある黄金色の金髪、手入れされた品のいい目元は涼しげながらも柔らかさがある。その瞳は清流の青にも似て透き通り、見入った人間を上気させる。上流階級の気品というものが発するオーラじみたパワーを感じずにはいられない。


 彼女の姿に矢淵は見覚えがあった。確か、この学園の経営をしている一族のお嬢様ではなかったか。名前を加賀崎沙都利(かがざきさとり)といい、男子の間では手が出ないというより手をだせない本物のお嬢様として有名だ。本物の高嶺の花というのは、遠巻きに眺めることしかできない。


「あなたが矢淵さんですわね。どうぞ、お座りになって」


 そんな彼女が自分の名字を呼んだだけで、ぎくしゃくどころかふらふらとしてきてしまうのもしょうがない話だ。


 紅茶に浸けたカップから艶かしく口を離した彼女に、「ハイ」という二文字すら言うのに苦労しながら、なんとか言われた通りの場所に腰を下ろした。すると、彼の前に彼女のものと同じカップが置かれる。中には赤い液体が注がれていた。矢淵はそれが紅茶だと理解するのに、臭いを嗅ぐ必要があった。気圧されていたせいでもあるが、こんなにも綺麗な色がでるものなのか、と彼は感心しきっていた。


 矢淵は紅茶に口をつけるのも忘れて周囲を見渡した。ここには魔法瓶も電気ケトルもない。書庫なのだから当たり前なのだが、だったらどこで淹れたのか。


「えっ」


 彼が驚くのも無理はない。再び机に目を戻してみれば、今度はクッキーが置かれていたのだ。それも彼の好物のレーズンとバターが挟まれた、濃厚な甘みと塩っ気のあるヤツだ。普段の一人暮らしでは、高いので滅多に買うことがない。そもそもこれらが売っているデパートに買いに行くことすらないのだが、ひさびさに拝んだ好物に彼はすぐに手をだしそうになる。


「うんまー」


 が、彼より先にそれをつまんだのは木鳩だった。矢淵と体一つ分あけてソファーの端にいつのまにか座っている。実に無遠慮にさくさく口に放り込む姿は、金を食っているように見える。


「木鳩、依頼者より先に手を付けるとは何事ですか」


 背後から聞こえた声に振り向くと、そこにはもう一人、美少女が立っていた。黒髪を編み込んで短くまとめ、頭に銀色のカチューシャをつけている。矢淵より背が低い女子はそれなりにいるが、矢淵よりぐっと低いのはなかなかいない。確かこの子が、加賀崎の召使いと言われている女子だろう。


「いやいやいや。ちょっと考えてみればわかるよ。矢渕くんは依頼者ってわけじゃないんじゃない? だから私が食べてもいーんじゃない?」

「屁理屈ですね。お客様に変わりはありませんよ」

「あーあ、後輩に冷たいなぁベルちゃんは」

「ベルタ先輩。勝手にあだ名で呼ばない」


 木鳩の軽口で思い出した。確かベルタ・スピーゲルという帰化ドイツ人だ。田舎の高校では、言い方は悪いが変わり種は目立つ。


「木鳩が食べてしまった分、補充します」


 彼女は皿の上に追加のバターサンドを並べると、長身痩躯の加賀崎の横に座り込んだ。そのせいか、妹と姉のように見える。


「さて。お話に入らせていただきますわ。先日は木鳩ちゃんがご迷惑をおかけしたようで、謝罪したくてまいりましたの」


 謝罪したいといいながらも呼びだす。それが彼女が生まれついての上流階級だからか、理由があるのかはわからない。だが少なくとも、矢淵はまったく気にしていなかった。


「いえ。迷惑だったのは、僕じゃないですし。気に、しないでください。もう終わった……ことですので」


 1単語ずつ区切るように矢淵は言う。まだまだ緊張がほぐれていないのだ。すると、ベルタが小さくすらりとした手で、どうぞと言わんばかりにクッキーを手で示す。じゃあ、と矢淵が半分ほど咀嚼してみると、それは彼の知っている好物とは似て非なるものだった。鮮度が違うのだ。まるで今日の朝つくられたような、するりとした舌触りのクリームに、サクッとパラっとほどける、バターの香ばしさのあるクッキー。


 美味しさに目を見開いていると、ベルタと矢淵の目があう。ベルタは人差し指で自分をさす。矢淵がクッキーを指差す。ベルタは満足げに頷く。つまり、ベルタが作ったということなのだろう。彼女は両手で親指を立てる。ちょっと遅れて矢淵も両手で親指をたてて返すと、無愛想な人形のような顔をわずかに崩して、ニッと笑う。意外とおちゃめな人なのかもしれない。


「ベルタのお菓子は私の心の拠り所なんですの。美味しいでしょう? ベルタ、私もつまんでいいかしら?」

「もちろんです。いくらでもご自由に」

「はぁ、ダイエットが大変になっちゃう……。木鳩ちゃんももう食べていいわ」

「ひゃはー! 待ってました!」


 いつの間にか矢淵の緊張はほぐれていた。なぜだか、警戒しなくてもよいと悟ったのだ。彼はこのバターサンドと紅茶を味わうことに集中する。レーズンとクリーム、クッキーのバターの香りを、紅茶で洗い流す。さあもう一個、と永久に食べ続けられそうだった。


 それは加賀崎も木鳩も同様のようで、ひょいぱくひょいぱくと口に運んだ。ベルタだけが、一切手を伸ばさずに、彼女らが食べるところを田舎のおばあちゃんのような満足げな笑みを湛えて眺めていた。


「ところで先程の話ですけれど、迷惑がかかったのは結局どなただったんですの?」


 クッキーの余韻を楽しみ、紅茶を一口すすってから加賀先が聞いた。


「僕の幼馴染の美智留……っと、佐藤美智留がですね、木鳩の隣に住んでいるんです。それで大家の僕に注意してくれないかと言ってきたわけで」

「なるほど。それではその人にも謝罪の品を贈ろうと思います。このクッキー、美智留さんのお口にかなえばいいのですが」

「大丈夫です。僕も美智留もこういうの大好物です。ところで……木鳩さんの問題を、どうして加賀崎さんが謝るんですか?」


 すると加賀崎は、人差し指を頬にたてる。それから斜め上を見つめる。


「うーん。世間的には私が関わる必要はないんでしょうけど……。私達は同好会のメンバーですの。木鳩ちゃんは私の後輩ですし、私からも謝罪するべきだと思ったんですわ」


 矢淵は「うちのばあちゃんにそっくりなことを言う人だ」と思った。一昨年死んだ彼の祖母も、過剰なくらいに人付き合いに関わる人だった。お中元やお歳暮のたびに、一族郎党その友人にまで電話をかけていた。そのおかげか、葬式の参列者は凄まじい数で、祖母の人徳に驚かされたものだ。加賀崎も、同じタイプの人間なんだろう。


「ところで、美智留ちゃんとはどういうご関係なの?」


 矢淵の顔が真っ赤になる。そう改まって聞かれると、なかなか答えづらいものだ。


「単に、子供の頃から家族ぐるみで付き合っていたので、いるのが当たり前というか。兄妹のようなもんです。えっと、僕の両親の事故のことはご存知ですか」


 加賀崎とベルタが頷く。


「その事故でお互い天涯孤独になってしまったので、僕のアパートで一緒に暮らそうってことになったんです。なんとかお互い支え合って、生き抜いてこられました」


「同じ部屋で……ですの?」神妙な面持ちで加賀崎が問う。


 そんなことはないと知っているくせに、木鳩が「高1でそれは早いよ!」とはやし立てる。こいつ、もしかして中身は金本じゃないか。


「いやまさかそんな。部屋も階数も別ですよ。僕が101、美智留が201で、せいぜい夕飯を届けてやるくらいです。美智留は昔から料理が苦手なんです」

「そう。その時は、直接お渡しになるのかしら?」

「ええ、そりゃもちろん」

「なるほど。それは興味深いですわ。私、アパートも一人暮らしも縁がなくて。矢淵さんはお料理は得意ですの?」

「それなりに、という感じです。パスタとか、カレーとか。和食はあまり得意じゃないですね」

「まあ、それでは私より自活力がありますのね。私はベルタに任せっきりで、全然自分で作ったことがありませんの」


 ということは、加賀崎とベルタは一緒に住んでいるのか。召使いという話も、あながち嘘じゃないのかもしれない。それにしても同年代の召使いとは恐れ入る。本物の上流階級の世界では普通の話なのか?


「加賀崎さんほどの人になればそういうこともあるんでしょう。でもこんなお菓子を作るくらいだから、きっとベルタさんの料理は美味しいんでしょうね」


「ええ。でも料理中に厨房に入ると、ベルタはとても怒りますの」


 はぁ、と悩ましげに加賀崎がため息をつく。そしてクッキーを口に運んだ。さっきから結構な頻度で口に運んでいるのだが、上品で、所作に無駄がない。


 それに比べて、木鳩の食べ方はまさに貪るという表現が近い。矢淵が二口で食べる大きさのクッキーを、先程からぽんぽんと口に放り込んでいる。ベルタは皿の上が空きそうになるたびに、手品のように新しいクッキーを皿に補充していく。どこかからとっている風でもなく、彼女が手をかざすたびにクッキーが2倍に増えるのだ。


「それ、どうやってるんです?」

「たんにどっさり焼いてきただけですよ」


 はぐらかすような物言いで、再びベルタはクッキーを皿に置く。あくまで手品の種は教えないつもりなのだろう。


「ところで、美智留さんはどんな人なんですか?」

「どんな、と言われても……」矢淵は答えに詰まる。

「そうですわね、どんな髪型と髪色ですの? 可愛い感じなのかしら、性格はベルタのように、大和撫子ですの?」

「ん……」


 大和撫子、と言われて矢淵はなんとなくベルタを見やる。髪は黒いが、肌の色は真っ白できめ細かく、粉砂糖でも振られたようだ。それに、眠たげに見える瞳は金色だ。見た目だけなら大和撫子とは遥かにかけ離れているだが、性格に関して言っているのなら、近い気がする。


「どうでしょう。大和撫子というよりちょっとわがままな甘えん坊ですかね。だいたい、面倒なことは僕に押し付けるんです。今日なんか、あいつの代わりに電気代を払うんですよ。後で返してくれるからいいですけど」

「……彼女のどこが好きなんですの?」


 唐突な質問に、矢淵は手に持っていた食べかけのクッキーを落としてしまう。それを察知した木鳩が、落下中のそれをキャッチすると、即座に自分の口に運んだ。犬を思わせる機敏さだ。


「べ、別にそういうわけじゃ……」

「ぜひ」


 ずいっと身を乗りだしてきた加賀崎は、目をらんらんと輝かせ、実に楽しそうである。周囲を見渡してみるが、ベルタも木鳩もじっとこちらを見つめてきていて、余計に矢淵は恥ずかしくなった。ここまですっぱりと言い切られるほどわかりやすかったのか、と。


 矢淵は何も語らず、なにか話題の転換になるものはないかと探す。そこではたと時計に目をとどめた。時間は5時になろうとしている。なんとなく予感がしてスマホをみると、そこには美智留からのメッセージが表示されていた。帰りが遅いから心配しているようだった。


 彼女自身ひとりで心細いのだろう、と矢淵は察する。病気のときはそうなりがちだ。彼はストラップのついたスマホをしまいこむ。


「す、すいません。そろそろ夕飯を作りに帰らなくちゃいけないので」

「そう。それは残念ですわ」


 意外なほど簡単に引きさがった加賀崎はベルタに目配せする。ベルタはソファーの裏に置いてあったバスケットを取りだすと、かばんを持って立ち上がった矢淵に手渡す。綺麗な模様の布で覆われたその中には、どっさりとさっきまで食べていたクッキーが入っている。それを受け取った矢淵は、こういう形でクッキーをもらうことなんて初めてなので、ついまじまじと眺めてしまった。


「矢淵さんが毒味をしてから、美智留さんにお渡しください。手製なので、味が変わってしまうとも限りません」

「ご馳走様です。でもそこは心配しなくても大丈夫ですよ。家はここから近いですし、外はちょっと暑いですけど真夏でもありませんし。バスケットはあとでベルタさんに返せばいいですか?」

「ええ。そのうちまたお会いしましょう」


 ぺこぺこと頭を下げながら矢淵は部屋からでていった。こつこつと階段を登り、うるさく防火戸が閉まる音が響く。それから本に囲まれた部屋の中で、3人の美少女はお茶会を続ける。


 しかし、和気あいあいと楽しむというより、どこか真面目な雰囲気だ。


「やっぱりいないね、ほら」


 木鳩がベルタにスマホを放り投げる。そこには飛行機事故の犠牲者の名簿が表示されている。新聞に載せられているものだ。加賀崎とベルタはそれをひたすらスクロールする。


「佐藤という名字は世の中にあふれている割に、この中にありませんね。悔しいですが、木鳩の言うとおりのようです。佐藤美智留という女子は存在しません」


 ベルタがはっきりと断定した。


「矢淵の名前はありますから、彼が事故の被害者であることは確実ですわね。学校でも大変な騒ぎになりましたし」

「矢渕くんは自分から事故のこと言うような人間じゃないし、みんな戒厳令下みたいにそのこと喋らないようにしてるからね。それに入学してすぐでしょ、事故が起こったの」

「それで矢淵さんが妙な名前を口にしても、誰も疑問に思わず、聞けもしなかったと」

「親切心がこの嘘を覆い隠していたわけですわね」


 ふぅ、と加賀崎はソファーにもたれかかる。


「それに、彼が美智留ちゃんのことを公に言い出したのはここ最近だからね。いつから彼の中に住み着いているのか知らないけど。そもそも、私の隣に住んでたら顔ぐらい合わせたことくらいあるはずなのに、それも一切ないし。隣はめちゃくちゃ静かだし」


 得意げに語りはじめた木鳩を、加賀崎が笑みを浮かべて眺める。


「ずいぶんよく知ってるのね、悠季ちゃん」

「え、あー。そりゃー同じ屋根の下に住んでたらね?」


 木鳩はおどけたジェスチャーで誤魔化す。


「さて。どういたしますか? 精神感応系だとしたら、本体の火力はさほどでもないと思いますが。穏便に事を進めますか?」


 加賀崎はそれには答えず、ソファーから立ち上がる。よっしゃ、と木鳩が呟き、ベルタが小さく聞こえないようにため息をつく。


 ソファーの真後ろの本棚に手をかけた加賀崎は、ドアのようにそれを開く。隠し扉だったのだ。


 そこには檻がかかったもう一室があった。壁にかけられているのは、大量の銃と刀剣、鈍器だ。加賀崎は鍵を取りだすと、武器庫を開け放った。


「私達に『穏便に』という言葉はふさわしくありません」


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