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西洋魔導研究会  作者: 戸賀内藤
1/15

忘れえぬオサナナジミ 1/5

「きゃー」


 わざとらしい悲鳴をあげて逃げるのは、ピンク色の髪を振り乱す女生徒だった。辺りは真っ暗で、頭上に月が輝いている以外に灯りはない。女生徒は必死に坂道を走っており、その後ろからは恐ろしい形相の男が追いかけていた。


 坂の上にはがっしりと門を閉じられた高校があり、おそらくそこの生徒なのだろう。窓には灯りの一つもない。だが諦めきれず、彼女は校門を叩き、助けてと叫ぶ。


「この辺りにゃ何もねえ。ここにかよってんなら知ってんだろ?」


 男はバチバチと電流の流れる手を光らせる。異常な光景に、男は今まで襲ってきた女性の顔を思い浮かべて下卑た笑いを浮かべた。さぞかしこの女も怯えるのだろう、そう思っているのだ。だがスパークで照らされた女の表情は、怯えているようには見えない。それどころか、くすくすと笑っているように見える。


 首を傾げた男が、自分の後ろから近づいてくる足音に気づいて振り返る。そこには追われていた女生徒と同じ制服を着た女生徒が、二人立っていたのだ。


「なんだ、まとめてヤられに来たってのか?」

「おやめなさい。魔術はそのように振り回すものではありませんよ」


 背の高い女生徒が静かに、なだめるように言った。それを聞いた男はぎょっとした。


「魔術だってわかってんのか。もしや、お前らも魔女か?」

「ええ。あなたより格上ですが。無駄な抵抗はやめて従いなさい」


 今度は背の低い女生徒が言う。


「ムカつくガキだなあオイ! だったら味わってみねえか。俺の電撃(エレクトリガー)を」


 両手を突き出した男は、自信満々に言い放つ。


「わっるいんだけどさぁ。私そういうの大嫌いなんだよね」


 吐き捨てるように、背後の悲鳴をあげていたはずの女生徒が言った。再び振り返った男が目にしたのは、一気にこちらに間合いを詰め、拳を引く女生徒だった。油断しきっていた男は胴体ど真ん中に拳を受け、空中に放り上げられる。


 背の低い女生徒は、背後に隠していたショットガンをあっという間に構えると、得点競技のフリスビーを撃ち抜くようにあっけなく撃ち放った。田んぼと小麦畑ばかりの周囲に、残響を伴って破裂音が轟く。


 体をずたずたにされた男は、それでも死んではいなかった。空中から渾身の電流を放ったのだ。それは自然の稲妻と同じように、背の高い女生徒へジグザグに空を走る。だがその稲妻が女生徒に届くことはなかった。何かとぶつかり、激しい閃光と共に中和されてしまったのだ。


 男は無様に地面に落ち、曲がらなくなってしまった首の先にいる女生徒達を見つめる。


「ガキども……いったい……」


 男はごぼごぼと血を吐きながら、それだけ言う。残滓のように男の体が発光し、彼女らを照らしだした。一見すると、やはりただの女生徒にしか見えない。


 背の高い女生徒が手を振りあげた。その手からは化学式のような六角形の障壁が現出し、輝きながら連なって男へ覆いかぶさっていく。


 後に残ったのは、溶け落ちてガラス質に変化したコンクリートと、かすかに煙る肉の焼ける匂いだけであった。


「西洋魔導研究会ですわ」


 いなくなった男の問に答えるように、彼女は一言だけつぶやいた。




「さいとぉ……?」


 一人の小柄な男子高校生、矢淵准(やぶち じゅん)はアパートの郵便受けの前で郵便物をひらひらと振り、素っ頓狂に独りごちた。彼の郵便受けに入っていたのに、知らない人物の名前があったのだ。彼は思わずアパートの廊下をざっとみやって、部屋の番号と住人の名前を照合していく。だが一階の101~104には思い当たるフシがない。


 彼より長生きのアパートをざっと眺める。タイル張りの廊下はところどころ割れてヒビが入り、蛍光灯がまたたいている。そこに夏の入り特有の羽虫がたかっている。


 ペンキが剥げかけているからか、日が落ちたせいか、アパートの古さを際立たせる。アパートの囲いの向こうには、その向こうにある川まで延々と畑が続いている。もはや見慣れたとはいえ、寒々しい光景だ。


 矢淵は少し考え、やはりそんな人物はいないと結論づける。


 彼がどうしてこんなにも他の住人に詳しいのかと言うと、大家だからだ。不幸な飛行機事故によって、彼の両親は空中か海上にて爆散し、彼に孤独とアパートという遺産を残した。老人ならば孤独死を連想させる組み合わせだ。


 彼が遺産のアパートに越してから数ヶ月、ここまで生き抜いてこれたのはアパートを管理しなくては、という使命感に他ならない。義務感とも言い換えられる感情が、喪失感と孤独感に襲われていた彼を緩やかな自殺から救った。


 もちろん、それ以外の理由もある。彼にとっては近すぎて気づかなかったものだ。


 その理由が着信音を鳴らす。彼は丸くてピンク色のキャラクターのストラップのついたスマホをとりだした。


『いま風邪で寝込んじゃってて、もし電気代の督促がきてたら、悪いんですけど払ってもらえないですか? 必ず返しますから』


 佐藤美智留(さとうみちる)、という名前が液晶に表示されている。彼はなんだ自分の読み間違いかと思い、改めてはがきの名前を確かめる。佐藤美智留、とそこには書かれていた。薄暗くて見間違えたのだろう。


 矢淵は「わかった」と返事を送った。


 それから看病に行くべきだろうか、と考える。同じ境遇として放っておけない、何より彼女に会いたい、というのが彼の正直な気持ちだった。


 美智留と矢淵の一家はいわゆる家族ぐるみの付き合いをしていた。彼らの両親は、たまたま福引で海外旅行のチケットが当たったこともあり、同じ飛行機で海外旅行としゃれこんだ。それがまさか人生最後の旅行になるとは知らずに。これほど裏目にでた付き合いというのも世の中には少ないだろう。


 天涯孤独で一人の家に暮らしていても辛いだけだろう、と矢淵は大家になったアパートに美智留を誘い、一室を貸した。それからこの数ヶ月暮らしている。高校入学という一般的に緊張しがちな時期にとんでもない事件が重なったことも相まって、なおさら結束は高まった。


 彼女を悲しませてはならない。それが自殺を思いとどまった理由だった。


『ごめんなさい。あまり准くんに迷惑かけるわけにもいかないし、准に見せられる顔じゃないから……』

『わかった。いつでも頼ってね』


 返事を送って、彼は行かないことに決めた。だがそれとは逆に、脳裏にけだるげでだらしなく、それゆえに色気を放つ美智留の姿を思い浮かべてしまう。青少年としてよくある発想ではあったが、それを許せるほど彼は自分に優しくない。


「最低だぞ」


 自らに言い聞かせるように呟き、考えを振り払う。だがそこに届いた追伸を見て、彼はきっと前を見据えると、どかどかと2階にあがる。101に住んでいる彼の部屋の真上、201に彼女は住んでいるのだ。が、彼はその部屋をすっ飛ばして隣の202の部屋のインターホンを押した。


「大家です。木鳩悠季(こばとゆき)さん、お話があります」


 どたがらという慌ただしげな騒音と共に、部屋の主がドアを勢いよく開け放つ。矢淵はとっさに一歩引いたのでぶつからずにすむ。初めて挨拶をしに行ったときにこのドアに奇襲を受けていたので、今回は教訓が活きたわけだ。


「はいはーいハンコありまーす! って、アマゾンかと思ったら矢渕くんかぁ。えっと今取り込んじゃってるんだけど、何かなぁ?」


 ふわりとしたピンク色の髪を揺らし、パジャマ代わりのスウェットのまま美少女が飛びだしてきた。急停止したせいか、厚ぼったい生地の中にある膨らみが揺れる。


 矢淵はとっさにそれから顔を逸らす。


「隣の美智留ちゃんから苦情です。何を喋ってるのか知りませんけど、常識の範囲内でお願いしますよ」

「結構ガチめなやつー! 今ちょっと声だしてたからそれだ。だいじょぶ、そろそろ終わるから!枠取っちゃったしさ、期待を裏切るのもみんなに悪いし」


 矢淵は口をあんぐりとあけて頭を垂れる。大家として挨拶しに言った時も、彼女はこういうことを言った。何の話だかまったくわからない。あの時から、彼はこの美少女が苦手だった。絶妙な距離感の近さは、無遠慮とも言い換えられる。少なくとも矢淵はそう感じていた。


「あのね……」

「あ、ところで明日って数学の宿題あったっけ?」


 彼の顔面をがっしとつかんで、彼女は可愛らしく首をかしげる。彼はその距離感と圧倒的質量から逃げようと内心胸を高鳴らせながらあっちこっちへ視線を巡らせる。


「……あるけど」

「くぁーマジかー。准くん見せてくんない? どうせもう終わってるっしょ? 部屋あがってく?」

「そんなことを言っても見せてやらないぞ。僕には効かない」


 ただからかわれているという自覚が彼を冷たく振る舞わせていた。すぐとなりに美智留がいる、という事実も彼を引き締めている。


「相変わらず真面目だねー。とにかく、静かにしまーす。それじゃまた明日、ね」


 彼女はドアをしめる。

 木鳩はいわゆるクラスメイトだ。大家の仕事は気に入っていたが、その独特さのせいか彼女に対してだけは面倒になりつつある。


 ため息をつく彼のスマホが、また着信を知らせる。


『ありがとう。私、木鳩ちゃん苦手だから言ってもらえて助かったよ』

「……どういたしまして」


 液晶上のテキストメッセージを読んだ彼は、美智留のためだ、と心に活を入れる。それから夕飯を作るために、一人きりの自分の部屋に戻った。


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