8:女神の──神の"特別"になどなってたまるか
「僕の魅了ってね、体質みたいなものなわけ。だから、かかるのが普通なのね。
それで、かからないときっていうのは、僕がかけてないだけ。ほら、あの、誰だっけ?」
「神官長と司祭でしょうか」
「あ、たぶんそれ。あの人達には、かからないようにしてあげたの」
だって、話が進まないでしょ?と笑うイルディアに、アルストは悪寒を覚えた。
「……そのご慈悲、ぜひとも他の神官にも分け与えていただきたいところでしたが」
イルディアの主張を信じるのであれば、他の神官達が魅了状態に陥ることを知っていたはずだ。
ならば、そこに意図的なものを感じざるを得ない。
しかし、イルディアは「あれは事故だよ」などと言う。
アルストは寸前のところで溜め息を飲み込んだ。
このままでは、腹の底が溜め息でいっぱいになってしまいかねない。
「君に効かなかったから、そういうことになったのかと思って」
「そういうこと、とは?」
「んー、だからさぁ、なんていうか。魅了対策とかしたのかなぁって」
なるほど。アルストはイルディアの言葉に納得し──なかった。
対策されるような体質だと思うのであれば、尚更、防ぐべき、あるいは手立てを講じて然るべきではないか。
「だけど、君だけが例外だったみたい」
イルディアは肩を竦めたが、その顔は笑っていた。
「君がその、何神官?」
「高位神官でしょうか」
「そう。それ。だから、効かないのかと思ったけど……違うみたいだね。君だけ、特別だ」
イルディアは、笑みを深めた。
しかし、アルストの顔には笑みなど浮かばない。
それどころか、アルストは内心げんなりしていた。
「ご冗談を。偶然でしょう」
女神の──神の、"特別"になどなってはならない。
そのような大それた──もとい、面倒くさい事態に巻き込まれたくなどなかった。
しかし、イルディアは笑う。
「まさか。僕が間違えるわけないよ」
一体その自信はどこから来るのか。
アルストは緩やかに首を振った。
「いいえいいえ。私め程度にそのような。
仮にそうだとしましょう。召喚の術を施した者に限定されているのではないでしょうか」
そうでなければ、非常に厄介だ。
アルストは自然と頬が引きつるのを感じた。
だめだ、だめだ。このままでは、面倒ごとが離れる気配がしない。
しかし、アルストの気持ちなど何処吹く風。
イルディアは、天使のように愛らしい笑みを浮かべた。
「ううん。君が特別なんだよ」
こんなにも嬉しくない"特別"があるだろうか。
アルストは夜通し説得を試みる決意をした。