6:嘘?偽り?ばれなきゃいいんだ、そんなもの
女神が戦地に赴くのは、月が明るく空を覆う日──
であると、決まっている。
確かに座学で学んだなと、アルストは溜め息をついた。
つまり、出立は次の満月まで待たなければならなかった。
女神の寝所などと称される一室にいるであろうイルディアについて、アルストは考えざるを得ない。
本来であれば、あとは司祭と神官長が引き継ぐところ。
そして、満月の夜に移送陣で送り届けるのだ。ここより遥か東の戦地へと。
(それが、なぜだ)
何を思って自分がついていかなければならないのか。
それも戦地に、だ。
「さすがアルストさん!」「アルスト、これは重要な役割だぞっ」「粗相のないように努めなさい」「必ずや女神様と共に」「何としても魔王を打ち破るのです」「アルスト、がんばってください」──
──仲間達の声が脳裏に蘇る。
(クッソ、他人事だと思ってよ)
アルストは苛立ち紛れに、寝台を叩いた。
次の満月は明後日。
もしも晴れなければ、良いタイミングではない証として延期となる。
馬鹿げた風習だ。
あろうことか、アルストは古くからの言い伝えの大半を信じてはいなかった。
神官としてはあるまじきことだが、いまどきの若者としてはそう珍しくもない。
魔力よりも愛の力が上回るという言葉も、アルストはさほど真剣に信じてはいない。
愛などという不確かなものよりも、原動力として確かな魔力の方が信頼できた。
もしも愛の力というものがあるのならば、それは魔力が別の形で解き放たれただけだろう。
アルストは溜め息をついた。
この一人部屋で過ごすのは、今夜と明日の夜だけ。
明後日には、この聖都を発たなければならない。
(あいつ……本当に女神ではないのか?)
それが神ではないという意味なのか、女ではないという意味なのか。
意味の違いによっては、むしろ払わなければならない災厄ではないだろうか。
アルストは心底から不安になり、寝ている場合ではないと起き上がった。
アルストは聖職者の中では最上級から二番目にあたる神官長を目指している。
何故か。最上級の司祭になりたくはないからである。
しかしながら、他の平凡な神官達と同列に扱われることはプライドが許さない。
面倒臭がりの天才は、程よき加減のところに狙いを定めていた。
だから、司祭と神官長の手前、決まり切った文句をイルディアに捧げるより他になかった。
(何者だ、あいつ……)
月明かりが薄く差し込む窓辺を見たアルストは、意を決して立ち上がった。
女神の寝所に立ち入ることは気が引けるが、相手は男だ。
自分と同じモノがついている、はず。
そして、女神ではないと言っている。
(確かめなければならないな)
アルストは部屋着を脱ぎ捨て、神官としての正式な衣装に袖を通した。
そして上着を羽織り、一息を残して部屋を出る。
目指すは、女神の寝所。
当然ながら警備の者に咎められた。
いいや、咎めというほどではない。
理由を尋ねられたのだ。
しかし、今やアルストは女神を呼び覚まし、そしてその女神当人より指名を受けた身。
アルストの言葉は、神官達にとって女神の言葉同然。
アルストは努めて、柔らかな微笑を浮かべた。
「通しなさい。イルディア様が私をお呼びです」
保身の為ならば、アルストは嘘も厭わない男であった。