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53:それはいわば煩悩に等しいでしょうから

 恥ずかしさのあまりへたれ込んでしまったサフィストは戦力外だ。

 アルストは早々にそう判断してから、傍らに女神を侍らせた状態で魔族の女を見た。


「それで、話は何でしたか。ああ、あなたも私を魔王軍に勧誘なさるおつもりで?」


 シエンはそんなことを言っていた。

 それが何を意味するのかまでは、アルストの知ったことではない。


「ええ、アナタはとても立派な耐性(モノ)をお持ちだもの」


 この上なく嫌な言い方だな、とアルストは心底から思った。


 あなたもご立派なものをお持ちですよと、サフィストは言いたくても言えずにいた。

 今それを言ったなら、きっともっとえげつない秘密を暴露されるに違いないからだ。


「でも、アタシは知りたいの。アナタがどうして、そんなに魅了耐性を持っているのか……」


 甘い吐息交じりに言葉を紡ぐテトラの妖艶さに、地面に伏しているサフィストの方が反応してしまいそうだ。

 だが、やはりそこは四天王のひとりに鉄仮面と呼ばれた神官。

 アルストは表情ひとつ変えずにいる。


「いい加減に離れてほしいんだけど!」


 イルディアの方は、いよいよ我慢の限界が近いようだ。

 シエンと言い合いをしていたときよりも、よほど苛立っているらしい。

 そんな様子をちらりと見たアルストは、音もなく溜め息をついてから言った。


「知りたいですか」

「え!?」


 アルストの言葉に驚いたのはイルディアだ。

 そして、テトラもまた意外そうに目を丸くしている。


 ついでにサフィストも顔を上げてアルストを見た。


「えっ、知りたい」

「女神様には不要でしょう」

「アタシも知りたいわ」

「まずは手を離していただきたいのですが」


 アルストの言葉にイルディアとテトラが同時に手を離した。


「それでは、あちらをご覧ください」


 アルストが野営地の方を示すと、イルディアもテトラもそちらに顔を向けた。

 しかし、少し離れた位置に騎士達がいて、テントが張られており、馬車が待機しているだけだ。

 それ自体は何ともない。

 困惑の空気が広がった次の瞬間、アルストは片腕を高々と掲げて「トリシュナー!」と声を上げた。

 パチンと指を弾く音によってテトラが慌ててアルストを振り返ったが、もう遅い。


 テトラの足元から舞い上がった青い光が、あっという間にその身を包み込む。

 そして、後ろ手に腕を拘束し、胸元から胴体にかけても青い光が縄のように縛り上げた。


「な、なっ……」


 一瞬の出来事すぎて、サフィストは我が目を疑った。

 悲鳴を上げてその場に尻もちをついた魔族の女は、豊満な胸元が大変なことになっている。

 大変すぎて二度見してしまうほどだ。そして、サフィストはそのまま凝視してしまう。


「おやおや、あなたはどうやら縛られたい願望をお持ちのようですね」

「ちょ、ちょっと、何よこれ」

「魔法です」

「そんなこと、どうだっていいのよ! 何のつもりよ!」

「何と言われましても」


 アルストはわざとらしく首を傾げた。


「根源的な欲求や衝動を叶える機会を差し上げました。それはあなた自身の願望ですので、私からは何とも」

「このヘンタイ! ドM女! おっぱいおばけ! ざまぁみろー!」


 平然としているアルストに抱きついたイルディアは、ぎゃいぎゃいと声を上げた。

 あまりにも幼稚な語彙力にアルストは何か一言くらい言いたくなったが、すぐに自分を制した。

 口は災いのもとである。


「何よっ、教える気になったんじゃなかったわけ!?」


 テトラもなかなか素直な女らしい。

 アルストの性格を知っているサフィストは、敵ながら少し同情した。


「教えるだなんてとんでもありません」


 抱きついているイルディアを完全に無視しているアルストは、澄ました顔でしれっと言い放った。


「私は、"知りたいのかどうか"を確認したに過ぎません」

「やな男!!」

「僕に負けたからって往生際が悪いよ」

「アンタは何もしてないでしょ!」

「アルストは僕のアルストなんだから、僕に負けたようなものだよ」

「何なのその理屈は!」


 キーキーと声を上げる魔族の女は何とか拘束から抜け出そうとするが、

 どうやら本当に抜け出せなくなっている様子だ。

 そのことに驚きながら、サフィストはおずおずと立ち上がった。

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