4:そいつ、女神じゃないんだと
結論から言えば、司祭と神官長への報告は首尾よく終わった。
上等な椅子に腰掛けたイルディアを担ぎ上げた神官達という光景は、見たいものではなかったが。
結果的には良い。結果的には。
「──ああ、女神イルディア。どうかお力添えを。何卒、我々にご慈悲を──」
ひざまずいた司祭と神官長が捧げる言葉は、アルストには届かない。
美しい白亜の石で仕上げられた壇上で椅子に座るイルディアも、ひどく退屈そうに聞いている。
司祭と神官長の後ろに控え、頭を垂れているアルストは何も言わなかった。
浮遊できるというのに椅子に腰掛けている姿。
あまりに傲慢なものだと、アルストは吐き出したい溜め息を喉の奥で殺すことで精一杯である。
(しかし、妙だ)
アルストは顔を伏せたまま、眉をひそめた。
あの場にいた神官達は全員が魅了の効果を受け止めてしまっている。
しかし、司祭と神官長には、それらしい効果が出ていない。
のちのち駆けつけてきた他の神官達にも、魅了の効果が出ている様子はなかった。
つまり、先ほどの魅了は意図的なものだろうとアルストには思えた。
(……何が目的だ?)
今も椅子の上で大人しくしているイルディアは、恐らく退屈そうにはしているのだろう。
だが、「男だ」「女神ではない」などと言い出すことはしない。
自分の役割を思い出したのかもしれない。
あるいは、"女神"との伝承が間違っていたのだろう。アルストはそう思うことにした。
古くからの言い伝えには、事実と多少の差異が見つかるものだった。
それが性別であれば──特に今回は、その見目が誤解を招きやすい分だけ納得はできる。
些細なことだ。
イルディアが神であり、魔王を払うための武器となるのであれば、アルストは役目を果たしたことになる。
あとは戦場に送り出す──ただそれだけだ。
アルストは早く終わらないかと、右から左へ司祭の声を聞き流していた。
前線は遠く、まだ大陸の最東端にあると聞く。
王都や自分達のいる聖都までは距離があった。
アルストからすれば、ひどく現実味のない他人事だ。
戦火に逃げ惑う者達も女神の降臨でさぞや安堵するだろう。
(……女神を、早々に戦地へ送ればいい)
それで、事足りる。
伝承においても、そうだった。
そうなればアルストは解放される。それまでの辛抱────
────だと、思っていたのに、だ。
アルストの耳に信じられない言葉が飛び込んできた。