3:そんな馬鹿な話があるか
「嘘だろ、おい……」
アルストはとうとう耐え切れず、両手で頭を抱えた。
扉を開いた瞬間に押し寄せた神官達の流れ──それ自体は想定内だ。
口々に女神を求める声──これもまた想定の範囲内だ。
だが、大きく開いた扉の向こうに現れた女神を見た彼らが、
揃いも揃って悶絶するなどと予想できるはずもなかった。
「ごめんねー。僕、美しすぎてチャームがフルなんだよね」
何言ってんだコイツ。
アルストは振り返りたい気持ちを堪え、手前に倒れている仲間の傍で膝を折った。
ある者は手を組み、ある者は目を押さえ、ある者は耳を隠し、ある者は両手で口を覆っている。
「……これは」
頬を赤らめ、耳まで染め、祈りの形でひれ伏す者達の様子に
アルストはハッとしてイルディアを振り返った。
「魅了──」
実際に見たことはなかったが、それは"魅了"と呼ばれる状態だとアルストは判断した。
それは対象の者達から思考の力を奪い、虜にしてしまうという──
「イルディア様!」
「なんとお美しい!」
「まさに女神! イルディア様!」
「私にもその目を!」
「こちらにも視線を!」
「ああっ、お声を聞かせてくださいっ」
「イルディア様ッ!」
一斉にあちらこちらから上がった歓声だか悲鳴だかに、アルストは思わず耳を塞いだ。
空中から舞い降りて、彼らの中心に降り立つイルディアの様子は確かに女神の降臨。
「みんなぁー、僕の手足になりたいー?」
「もちろんです!」「手にも足にも!」「武器にでも!」「防具にでも!」
「えー、本当かなぁ?」
「無論です!」「それこそ喜び!」「我が使命!」「イルディア様!」
イルディアの一言に、四十もの人数に達する男達が揃って声を上げる様子がおぞましい。
アルストは、頬を引きつらせた。
そして、仲間達を掻き分けて中心へと進み──
「──まさか、あなた! サキュバスではないでしょうね!」
四十人+一人分の視線を浴びながら、大声を放った。
華奢な身体は薄く、肉感的な肢体を持つという淫魔の特徴とは一致しない。
だが、目を見ただけで、声を聞かせただけで、それどころか姿を見ただけで魅了に掛かるなどと。
それこそ、有り得ない。
プラスの一人であるイルディアは、笑みを浮かべたあとで目を閉じた。
そして、ゆっくりと目を開く。
「──あんな奴らと一緒にしないでよねッ!!!!」
「そうだそうだ!」「アルストさんひどすぎますよ!」「あのお顔を見てください!」「麗しい!」「おみ足がっ」「謝れ!」「なんとお美しい!」「神々しいッ……」「撤回しなさい!」「ああっ、見ていられないっ」「太陽の如き金が!」「雪の肌ではないですかっ!」「サキュバスだなどとッ」「清純清純!」「イルディア様っ、こちらを!」「まさに女神様!」
イルディアの大きな否定を皮切りに、仲間達が続々と声を上げた。
アルストは射殺さんばかりの視線に晒されて、降参するより他になかった。