34:役目を果たす以外の選択肢がないでしょう?
「――もうっ、僕から離れないでって言ったのに!」
「離れてはおりませんが」
「あっち向いてたらいっしょだよ! 僕を見てて欲しいの!」
「それはまた」
無理難題だな。
アルストは、その言葉だけは辛うじて飲み込んだ。
王家の紋章が掲げられた馬車は大層広々としており、
豪奢な装飾に彩られていたのだが、イルディアの気を引くものではなかった。
延々と相手をしてくれとせがむものだから、
馬を休憩させたいなどという口実で、少し馬車から降りたらこの有様だった。
アルストは溜め息を飲み込んだ。
このままでは、吐き出せなかった呆れが腹の底に溜まってしまう気がした。
乗合馬車などとは比較にならない。
広々とした馬車内の座席は、ほどよい柔らかさを持っていた。
座席の裏には、寝台代わりのスペースまで確保されている。
移送陣が使えないため、急遽用意されたのだろう。
「アルストー?」
馬車を眺めていたアルストの視界に、イルディアの顔が入り込んだ。
相変わらず、どこをどう見ても美しい顔立ちをしている。
これで性格がもう少しマトモであったなら、と考えて
アルストは小さく笑ってしまった。
(マトモであったなら、どうだというのか)
どちらにしても、アルストの役目は変わらない。
女神であろうが神であろうが、少年だろうが少女だろうが、
眼前の存在を、戦地に送り込むだけだ。
「ねぇっ、アルストってば」
「何でしょうか」
「いつになったら、到着するの?」
「次の移送陣が使用可能な状態でしたら、ひとつきは必要でしょうか」
「えー!?」
「使用不可能でしたら、馬車で三日ほどになります」
「えぇ?」
イルディアが怪訝そうに眉を寄せた。
それもそうだろう。
アルストでも、何も知らなければ似た反応をしたに違いない。
移送陣を使うために満月を待つ――などと、あまりにも馬鹿馬鹿しい。
「使用できないことを祈りましょうか」
アルストは、薄いカーテンに覆われた窓に目を向けた。
馬車に揺られる時間が続けば続くほど、戦地が近付いてくる。
それが良いことなのか、違うのか。
アルストは、複雑な気持ちになった。




