2:とっとと戦地に送ってやろう
「そもそも、僕が手を貸すとして──それなら、君たちは僕に何をしてくれるの?」
イルディアの言い分に、アルストは目を瞠った。
助けを求めれば、手を差し伸べられる。
救いを欲すれば、与えられるもの。
──だが、しかし。教えのとおりにはいかないもの。
少なくとも、昔はそう思っていた。
忘れていただけ。
アルストは、信者の傲慢さに気がついた。
見返りは、何なのか。必要には違いない。
「お望みをお聞かせいただければ」
「従ってくれるの?」
「いえ、参考までに」
「上から来るよね」
「いいえ、そのようなことは決して」
イルディアは、やや呆れた目を向けた。
だが、アルストはそれどころではない。
「イルディア様。あなたは女神です」
「違うよ」
「いいえ、女神です。間違いありません。ですので、どうぞ、内密に」
自分のためにも、イルディアには"女神"でいてもらわなければならない。
アルストは歯噛みした。
自分が召喚した存在が、女神ではなかった、だなんて。
そんなことは、決してバレてはならないのだ!
「イルディア様は幸いにも大変お美しい」
「うん、そうだよ」
「なればこそ、その美貌は武器にもなりましょう」
「うん?」
「あなたに仕える者達を虜になされば、あなたの望みは叶えやすくなりましょう」
「そうかなぁ」
アルストは、どちらが神なのか分からなくなって来た。
神の望みを人間が叶えるなどとはおこがましい。
だが、アルストは自分の身体や心、財産の何一つとして捧げるつもりはなかった。
正当な手順に含まれていないからである。
「イルディア様。麗しの御身に装飾は不躾かとは思いますが……」
「宝石? 僕、好きだよ」
「それはそれは。では、用意させましょう」
女神だということにして、さっさと魔王を倒してもらおう。そうしよう。
アルストは、心の奥底で決めた。
イルディアが"彼"であることは、決してバレてはならない。
「さて──では、外に出ましょう。ああ、ご心配なく。私が彼らの相手をいたしますので、イルディア様はどうかお気になさらず」
アルストから見てもイルディアは、黙ってさえいれば理想的な女神としての美しさを持っている。
僕だの、男だなどと言い出さなければ、他の者達を騙すことくらい容易い。
そう考えたアルストは、ついていた膝を伸ばした。
扉の向こうには、今か今かと待っている者達がいるはずだ。
「今からあなたを、別の場所へご案内いたします」
「綺麗なところ?」
「勿論ですとも。あなたの美しい声で他の者達が昏倒しかねませんので、どうかお声は出さずに」
「えー、うーん。わかったよ」
イルディアは、さっぱり理解できないでいた。
人間とは何と面倒な生き物なのだろう、と。
いっそ哀れにさえ思った。
しかし、イルディアがどのように思おうが、アルストには関係なかった。
(移送陣でとっとと戦地に送ればいい)
あとは女神が──神が、どのようにするか。それだけだ。
正しい手順は呼び出しを示すに留まっている。
戦地における責任者は自分ではないのだから──アルストは自分を落ち着かせるために長く息を吐いた。
そして、扉に手をかけたことを後悔するのだ。