24:愛の手駒って何だよ!?
「魅了?」
サフィストは、何のことかも分かっていない様子だ。
幼少期から彼を知っているアルストからすれば、
その反応は本当に何も知らないと判断できるものだった。
そもそも、知らない振りをする必要があるとも思えない。
アルストは、問いの意味を込めた視線をイルディアに向けた。
「そういうこともあるよ。愛って、両立するものとしないものがあるからねー」
イルディアはしれっと言い放った。
が、それは到底アルストが納得できる答えではなかった。
「愛ってさ、いろんな種類があるんだよ」
「友愛、性愛、家族愛、真の愛ですか?」
その程度は知っていると言わんばかりのアルストに、イルディアは唇を尖らせた。
「そんなの、君たちが勝手に分けちゃっただけじゃん。
親愛も信愛も自己愛も慈愛も、とにかく全部が愛ってわけだよ。愛の形はひとつじゃないの」
「……それと、魅了を無効化することは、どのように繋がるのでしょうか」
アルストの素っ気ない態度に、イルディアはひどく不満そうな表情を浮かべた。
機嫌を損ねるつもりのないアルストだが、かといってご機嫌取りをするつもりもない。
「神官たちが僕に魅了されやすいのは、僕を信仰しているからだよ。
愛を禁じておきながら、愛を信仰するってわけがわかんないけど」
「つまり、サディストは信仰心が薄いという意味でしょうか?」
「だからぁー、そうじゃなくってー」
イルディアはやきもきした。
しかし、アルストこそ、要領の得ない説明に苛立っている。
「サフィストね」
そしてサフィストは、空気を読んだ上で割り込んだ。
何せ、そこは譲れないところだった。
そんな彼を見たイルディアは、「もうっ」と言って肩を揺らした。
「揺らがない自己愛があるか、本当に愛してる人がいるかとか!
たとえば、信仰を上回る愛があるかどうか! ってことなの!
僕は愛を司るんだから、人から愛を奪ったりしないの! わかったっ?」
勢いよく言葉を放ったイルディアは、その美しい顔をアルストに近づけた。
一気に近づきすぎたせいで、吐息がかすめるほどの距離となる。
だが、アルストは動じない。
「つまり、サディストはあなたの剣にも盾にも成り得ない、という意味でよろしいでしょうか」
「サフィストね」
サフィストは、さらりと言葉を挟んだ。
しかし、アルストは聞いてもいない。
「僕が本気で魅了をかけたら別だけど、完全な魅了状態で操るために愛を消費したら無意味だよ」
ついでにイルディアも聞いてはいない。
「では、サディストから愛の力を受け取ることは可能でしょうか」
「サフィストだって」
「それはできるよ。愛って巡り巡るものだからね。愛は、誰かに愛されるほど溢れるものだよ」
「でしたら、自己愛であれ何であれ、サディストは理性を伴ったまま手駒として使えると理解しても?」
「サフィストだよ──ってねぇ、すごくひどいこと言ってない?」
「うーん。できないわけではないよね」
「聞いてる?」
議題には上がっているというのに、会話には参加できない。
そんな状態のサフィストは、困ったように笑った。
幼馴染が女神を連れて来ると聞いた時には、どうなったのかと不安にも思ったものだが。
相変わらずの様子で、何よりだ。
そうとでも思わなければ、やってはいられない。
「──という訳です。サフィスト、協力なさい」
「サディストだってば。あ、違った──え? なに?」
唐突な言葉に、サフィストは目を丸くした。
「ですから」
アルストはゆっくりとイルディアを見遣る。
そして、その視線をサフィストへと戻した。
「愛の手駒となる時が来たと理解しなさい」