23:キョウダイって言ってもそういう意味ではないから!
「彼はイデア騎士団所属のサディスト・エルメットです」
アルストのしれっとした紹介に、イルディアは驚きの目を青年に向けた。
イデア騎士団といえば、王都周辺の警備が主な仕事だ。
戦や魔物の討伐に勤しむ組織は、また別に存在する。
王都が抱える四つの騎士団のうち、最も高い地位を持つといえばわかりやすい。
青年は慣れた様子で
「サフィスト・エルメットだよ」
やんわりと訂正した。
だが、アルストは知らぬ存ぜぬだ。
そのような様子が珍しくて、イルディアは彼ばかりを見つめている。
しかし、アルストはどうにも視線を向けてはくれない。
「アルストのお友達ってこと?」
不満げな表情を浮かべたイルディアは、わざわざ問い掛けてみた。
「そうだよ」
「違います」
同時に返って来たのは、全く意味の異なる二つの言葉。
イルディアは目を丸くした。
「友達だよ」
「違います」
めげずに肯定を返すサフィストに対して、アルストは引かない。
「私にこのような悪趣味な友人などおりません」
にべもない。
ぴしゃりと言い切るアルストに、サフィストは静かに肩をすくめた。
イルディアは、まじまじと二人を見比べた。
アルストは、冷たい印象ながら顔立ちは整っている。
真面目そうではあるが、とっつきにくさがあった。
対して、華やかなタイプのサフィストは人当たりが良さそうに見える。
しかもキラキラと光が見えそうな男前だ。
二人が一緒にいても不思議ではないが、かといってウマが合うとも思えない。
イルディアの疑問は深まるだけだった。
「だったら何?」
答えを欲しがるイルディアに、サフィストは笑みを浮かべた。
そして腕を伸ばして、アルストと無理やりに肩を組んでみせた。
「俺たちね、兄弟なんだ」
「やめてください」
「兄弟って言っても、アッチの意味じゃなくて……」
「やめてください」
「血の繋がりはないんだけど、乳母兄弟っていうか……」
「やめてください」
「名前もちょっと似てるでしょ?」
「やめろ」
肩組みの状態から離れたアルストは、サフィストの手をベシッと叩いた。
大して痛くもないだろうに叩かれた手を揺らした彼を見るアルストの目は冷たい。
「任務があってここまで来たはずだ、サディスト・エルメット」
「サフィストだよ」
二人のやり取りを眺めたイルディアは、少し笑ってしまった。
だって、あまりに仲良しに見えたから。
「そうさ、任務だ。急遽仰せつかってね。
三騎士団とも戦に出ちゃってるから、うちから人数を出さなきゃいけなくなったんだよ」
「でしょうね」
「俺は女神様とお前の護衛って話を聞いてたんだけど、……あ」
サフィストの言葉が不自然に途切れた。
数秒の、不自然な間を置いてから、彼はあわてた調子でイルディアを見た。
「────大変失礼いたしました。女神イルディア様、サフィスト・エルメットと申します」
「うん。何回も聞いたよ」
唐突に膝をついて手を取ってきたサフィストに、イルディアは笑いながら言い返した。
イルディアの斜め後ろにいるアルストを見た彼は、「さっさと教えてくれよ」と恨み言を口にする。
「もう今更です。そのような態度は取らずとも良いそうですので、サディストは普通にしてください」
「サフィストだって。まだあの時のこと、根に持ってるのか?」
「永遠に忘れません」
「こわすぎる……」
ぶるりと震えたサフィストは、ゆっくりと立ち上がった。
「申し訳ございません。イルディア様。とんだご無礼を──」
「僕ねー、そういうの好きじゃないから、さっきみたいなのでいいよ」
しれっとイルディアが言い切れば、サフィストは不安げな眼差しをアルストに向けた。
「──……アルスト」
「罠ではありませんから。女神様からのご要望です。失礼のないよう、普段通りの態度でいなさい」
「引くほど難しいこと言う……」
しょんぼりと頭を下げたサフィストだったが、すぐに顔を上げた。
落ち込むことに慣れていないのだ。
「……?」
顔を上げたサフィストがイルディアを見た。
その様子を眺めていたアルストは、僅かに眉を寄せた。
サフィストは確かにイルディアを見ている。
それも、これほどまでの至近距離だ。
だが、何の変化もない。
「……イルディア様。只今は"抑えて"おられますか?」
「え? ううん。何もしてないよ」
イルディアは不思議がって目を丸くすると、ワンテンポ遅れてサフィストを見た。
視線を受け止めたサフィストは、少し口許を引き攣らせた。
何せ、イルディアは女神。
そして──随分と気安くしてしまったが──付き人として選ばれたアルストは、女神の使者だ。
サフィストは、そんな二人から注目されて平然としていられるほど、常人離れしたメンタルではなかった。
「……魅了が効いていないな」
アルストの言葉に、今度はサフィストが首をかしげた。