20:いいえ、退屈程度では死にません
とうとう七人目。
神官長が口を開いてしばらくのこと。
イルディアは、急に片腕を軽く持ち上げた。
いったい何事かと周囲にざわめきが起こり、
神官長は女神の機嫌を損ねたのではないかと、ひどく顔を強張らせていた。
もっとも、誰よりも(おいお前やめろよ)と思ったのはアルストである。
「──やめて。そういうの。好きじゃない」
イルディアはそう言い放つなり立ち上がった。
そして、宙を踏みながら少し舞い上がり、アルストの隣に立った。
アルストの方は、呼び覚ました当初に同じ台詞を聞いたな──と現実逃避をしていたところだ。
内心ぎょっとした彼と同じく、神官達もまた女神の思わぬ行動に驚いていた。
「あと、面倒だから先に言っておくけど」
その台詞にも、アルストは覚えがあった。
何より言葉遣いに対して、落ち着かない。
ハッとした彼は、イルディアを見た。
だがイルディアは、ホールを満たす神官達を見つめている。
「僕が綺麗なのはわかるけど、誤解しないで」
アルストは、その言葉にも聞き覚えがあった。
だから、次に続く言葉を知っている。
まさか、ここで言うつもりなのか。
片手で軽く顔を覆うアルストをちらりと見たイルディアは、桃色の唇に笑みを乗せた。
「僕は、みんなを守る為に呼ばれたんだから。
アルストのことも任せてよ。心配しなくていいからね」
ホール内がシンと静まり返った。
アルストは気が気ではない。
イルディアが身軽な調子で長椅子に腰を下ろした瞬間、神官達が口々に声を上げた。
大絶賛の嵐にアルストは拍子抜けした。
また魅了でも使ったのかとイルディアを見るが、素知らぬ振りをされた。
「みんなぁー! !僕のことは好きー?」
甘えるような声でイルディアが言葉を投げた。
その瞬間、
「もちろんです!」「かわいい!」「女神さま、素敵です!」
「笑ってくださいっ」「大好きです!」「ああっ、目が合った!」
「かわいいー!」「ひぃっ、こっち見てくれたっ」「眩すぎるっ」
「美しい!」「惚れ惚れします!」「麗しい!」「まさに女神!」
「天使!」「愛らしいっ」「美の化身!」「最高です!」
神官達があちらこちらから声を上げた。
(絶対に魅了使っただろ)
アルストは頭痛と共に頭を抱えたい気持ちでいっぱいになったが、何とか眉を寄せる程度に留めた。
神官達の歓声とも悲鳴とも何とも言えない声は、なかなか落ち着く気配を見せない。
それはイルディアが食事を求めてから更に加速する有様で、壇上に来ないことが不思議なほどだった。
「……イルディア様」
永遠に続くのかと思うほどの騒がしさの中、アルストはとうとう耐え切れずに名前を呼んだ。
イルディアは勝ったとばかりに笑みを浮かべ、それはそれは嬉しそうに彼を見る。
「なぁに?」
「鎮めてください」
「えー? 面白いのに」
「静めてください」
二重の意味で。
アルストは深々と溜め息をついた。
到底、神官長と司祭の様子に視線も意識も向けられない。
(……本当にこいつが魔王に勝てるのか……?)
アルストは、今からでも付き人を代えてはもらえないかと叫びたくなった。