1:失敗なんてしてたまるか
アルストは懸命に考え込んでいた。
女神ではなかった──など、有り得ない。有り得てはならないのだ。
手順は正しかった。間違いなどない。
自分の魔力が不足していたはずもない。
ならば、何が不測の事態を引き起こしたのか。
「──ちょっと、聞いてるのー?」
「待ってください、女神。考えておりますので」
女神──違った。神、いや、そもそもこの子は神なのか。
アルストは頭を抱えたい気持ちを殺して、真剣な表情で彼女──もとい彼を見た。
その容姿は、まるで絵画から抜け出たかのよう。
理想を彫り出した彫刻。あるいは、人形の如く。
可憐で美しく可愛らしい。
だが、しかし。彼女──彼は自分で言ったのだ。
「女神じゃないってばー。あと、扱いが雑じゃない?」
そう、女神ではない──有り得てはならない不測の事態だ。
アルストはこの、儀式の間に一人きりであったことに安堵した。
召喚の助手を願い出た神官長候補や他の神官達を叩き出した一時間前の自分に感謝した。
「……しかしあなた。お名前は、イルディアでいらっしゃる?」
「そうだよ」
「しかし、救いの女神ではないと?」
「救いのってとこがわかんない」
十代前半と思わしき少女──少年を前にして、アルストはとうとう盛大な溜め息をついた。
確かに人間ではないだろう。
今まさに宙に浮いている彼女──彼が、人間であろうはずはなかった。
だが、求めていた存在ではないかもしれないのだ。
有り得ない。
失敗したというのか? このアルストが?
アルストは自分の手を見つめて、わなわなと震えた。
「……いいえ、あなたは救いの女神イルディアに間違いありません」
「僕の話、聞いてた?」
「いいえ、聞きません。聞きたくありません」
「すがすがしい拒絶ー、僕ビックリー」
正式な前口上を拒絶されたのだから、これくらいは許されるだろう。
アルストは開き直ることにした。
成功でなければならない。失敗であるはずもない。
「ひとまず、私の話を聴いていただきます」
「え、ごーいん。別に嫌いじゃないよ」
「有難うございます。全然嬉しくありません」
「え、感じ悪っ」
「──さて、では」
説明いたしましょう──と。アルストは、少年を見た。
救いの女神を求めた理由は、つまりのところ簡単に言えば"魔王を倒して欲しい"の一言に尽きる。
魔王が率いる魔族達は、強大すぎる魔力を秘めていた。
魔力の面において人間が叶うはずもない。
物理的な力よりも魔力、だが、魔力よりも強力となる武器──それは、愛の力である。
何を言うのか馬鹿馬鹿しい。
十二歳の頃、アルストは心底からそう思った。
しかし、"救いの女神"は確かに最初の記録では──140年前。愛の力で魔王率いる魔族達を打ち破り、人々の平和を取り返した。と、されている。
次に80年前。二度目の侵攻を喰い止めたとの記述が残っていた。
魔力さえ上回る"愛の力"とやらがどういったものなのか。
80年前の戦など体験していないアルストには、全く実感がなかった。
「……要するに、我々があなたに求める役割は一つですので、それさえ果たしていただければどうでいいわけですよ」
「あー、そーなの」
「そーなんです」
話をすればするほど、彼──イルディアが無関心そうな態度を取る。
アルストは、やさぐれた肯定を返して溜め息をついた。
まさか。女神ではありませんでした──と報告するわけにもいかない。
失敗は、許されない。
(どうしたものか……そうだな……)
アルストは、イルディアの身体をまじまじと眺めた。