18:負けるはずがなかろうとも!
「魔王様!」「陛下ッ、お美しい!」「魔王陛下ッ!」「お可愛らしい!」
「愛らしいです!」「可愛いっ」「魔王様っ、こちらを向いてください!」
「ああっ、なんと麗しい!」「魔王陛下っ、一生ついていきます!」────
────玉座の間に響き渡る兵士達の大喝采。
玉座の前に立った魔王は、ない胸を大きく張った。
彼女が手を振るえば、兵士達はすぐさま静かになる。
「良いか、わらわは美しいだけではない。強く気高く、そして愛らしい。
あやつを太陽などと呼び崇める人間共に知らしめよ。わらわの玲瓏たる月の如きこの姿を!
此度の戦こそ、負けられぬ。我が剣となり我が盾となり、忠義のもと、わらわに尽くすが良い!」
魔王の声に応じて、士気の高まった兵士達が歓声を上げた。
方々から上がる声を聞きながら、シエンは緩やかに肩をすくめる。
「まるでファンクラブだ」
「間違っちゃいないでしょ」
「そうだが」
傍らの相手にだけ聞こえる程度の声で、シエンとクイリィは囁き合った。
もっとも、そう気を遣わなくとも、兵士達の歓声が激しすぎる中では魔王にまで声は届かない。
「トワイライトとの対面は厄介だ」
「そうねェ、確かに少し早いわねェ……どうする?」
「移送陣を破壊する」
「それがいいわねェ、残りの二人も呼び戻しておくわ」
「ああ」
シエンの短い声に、クイリィは唇を尖らせた。
「ツレれないわね。いいのよ? もっと頼ってくれて」
「遠慮する」
「大丈夫よ。私ね、女の子も好きだけど、男の子だって好きよ」
「遠慮すると言ったぞ」
あちらこちらから歓声と称賛の嵐が巻き起こる中、魔王の目が二人を捉えた。
途端、シエンとクイリィは改めて背を正した。
だが、遅かった。
「──シエン、クイリィ」
魔王の一声によって、玉座の間はたちまちに静まり返った。
「はっ」
「はい」
二人分の声だけが響く。
「そなた達はトワイライトを見たことがあったな? ならば、答えよ。
金の如き輝きを持つ美しさとやら、太陽の如く地を照らす光とやら。脅威となり得るか」
魔王の声は鮮明に二人へ届いた。
揶揄もない。扇動の響きもない。
面白味のない称賛を求めるものでもなかった。
薔薇色に染まった真紅の瞳が冷えた視線を向けている。
クイリィは、背がぞくりと震える心地に口許へと笑みを浮かべた。
「──まさか」
答えたのは、シエンだった。
「トワイライトが陛下の力を上回る筈がない」
シエンは、低い声ではっきりと告げた。
「全ての魔物は貴女様のもの。魔族一同、貴女様の虜。
ならば、勝利は然り。我らのもの。陛下の愛らしさの前に、トワイライトを傅かせましょうぞ」
その瞬間、兵士達が雄々しい声で口々に叫んだ。
ある者は魔王を讃え、ある者はトワイライトへの呪詛を叫び、ある者は勝利への咆哮を上げた。
満足したらしい魔王が玉座に座った瞬間、クイリィは黒髪の肩を叩いた。
「随分と言うじゃない」
「当然だ」
負けるはずがない。
シエンは四天王の中でも慎重な男ではあったが、今回の確信は本気であった。
「我が魔王がこの世で最も可愛らしいからな」
「あんたもファンクラブじゃないの」
うちの子が一番かわいい──それは、魔族も人間も同じであった。