表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/54

16:想定から勝手に抜け出すんじゃない

「……こんなことって、ありえない」


 イルディアは、寝台の上で完全にへそを曲げていた。


「有り得ます」


 対するアルストは寝台脇に立ち、手櫛で髪を整えていた。


「僕を跳ね除けるなんて、正気じゃないよ」

「男に組み敷かれる趣味はありません」

「上が良かったってこと?」

「ご冗談を」


 首をかしげたイルディアに、アルストは鼻で笑ってみせた。


「そもそも貴方に手を出す不埒な輩がいるはずがありません」


 魅了状態であった四十人余りの神官達ですら、イルディアに手を伸ばそうとはしなかった。

 寵愛などと口にした若い下位神官であっても、それは同様だろう。

 アルストは、神官という職業に幻想は抱いていなかったが、それなりの誇りは持っていた。


「神官だから?」

「ええ。……ええ、そうですとも。神官は己を律し、欲を制するものです」


 だからこそ、イルディアの問いに向ける答えは模範的なものとなった。

 欲望に忠実でいる者は、獣と大差がない。

 理性を伴ってこその尊厳というものがある。


 だが、イルディアは理解できないと言わんばかりだ。


「でも、ご飯は食べるし、夜はきちんと眠るでしょ?」

「はあ、それはそうですが……」

「食欲も睡眠欲も認めてるのに、どうして性欲はだめなの?」


 あまりにも曇りのない目を向けられて、アルストは一瞬たじろいだ。

 それを説明しろというのか。


 欲望には種類がある。

 必ずしも、生命の維持に必要ではない欲求も存在する。

 だが、それをわざわざ欲望としてカテゴライズすることは稀だ。


 概ね禁じられているのは──


「──待ってください。私がいつ貴方に性欲を向けました?」

「そういう話じゃないの?」

「違います」


 アルストは片手で顔を覆った。

 本気で言っているのか、からかっているのか。

 アルストは、本心のうかがえない相手は、得意ではなかった。

 そして、定型文で対処できない相手は久しぶりでもあった。


「アルストって、僕のことは綺麗だと思う?」

「思いますが?」


 それが何だというのか。

 アルストは、もう全く我慢などできずに眉を寄せた。


 確かにアルストにとっても、イルディアは美しい。

 見目麗しいなどと月並みな言葉では表現できないほど、容姿は端麗に思えた。

 創り上げられた理想の姿というべきか。

 人間が絵画や彫刻に閉じ込めたがる美が、そこにはあった。


「でも、魅了は効いてないよね」

「……あなたがそのように仰いましたが」


 イルディアが何を言いたいのか。アルストはじっと言葉を待った。


「ということは、だよ?」


 イルディアは少しもったいぶった。

 何せ、イルディアにとっての彼は例外中の例外だった。

 神官であることを差し引いて──その必要もないが──それでも尚、彼は特例だ。


 制御がなければ強制的にかかるはずの、イルディアの"魅了"が利かない。


「アルストは、僕の魅了がなくても

 僕のことが美しくて可愛くて魅力的で仕方がないってことだよね?」

「そこまでは申しておりません」


 アルストはぴしゃりと否定しておいた。


(まったく、何を言い出すのかと思えば)


 召喚者には作用しない──というわけではないのだろう。

 もしそうであれば、そもそもイルディアが知らないはずもない。


 アルストは怪訝そうにイルディアを見た。


 だが、思案げにしていたイルディアは、視線に気づくなり笑みを浮かべるのだ。


「僕、例外とか大好きなんだよね。想定外って楽しいじゃない?」

「そうでしょうか」

「そうだよ。僕のイレギュラーは君なんだし、しばらく楽しめそうだなぁ」

「……」


 寝台の上に寝転がって天蓋にじゃれつくイルディアに対し、アルストは静かに肩をすくめた。


(イレギュラーなど、最悪だ)


「それはそれは。良いことです」


 私はあまり好みませんが──とは、さすがに言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ