14:大人とは、なんとくだらない生き物だろうか
「──はい?」
出立を控えた早朝。
神官長から呼び出しを受けたアルストは、その言葉に耳を疑った。
「すまない。あちらの移送陣に反応が見られないそうだ。
不測の事態だろう。予定を変更し、ひとまず中間地点に移送────」
神官長の言葉を聞き流しながらアルストは、歯噛みしたい気持ちでいっぱいだった。
もちろん、神官長の前でそのようなことはしない。
極めて真摯な顔つきを作り、話を聞いている振りをしていた。
早々に現地の騎士達に託そうと思っていたアルストにとって、中間地点への移送は予定外。
そうでなくとも、そもそも召喚以外の任務を引き受けるつもりなどなかった。
通例に従うのであれば、二度目の出立は更に次の満月。
中間地点で一ヶ月近く過ごさなければならないということだ。
アルストはそろそろ、いい加減にしろと怒鳴りたかった。
「……承知しました」
しかし、アルストはこれでも優秀な神官を演じ続けてきた。
今になって、その仮面を放り出してまで殴りかかる気にはなれない。
「すまない。アルスト。君には苦労をかける」
(そう思うなら代われよ)
アルストは努めて、穏やかな笑みを浮かべてみせた。
「いいえ。このような大役を頂戴するなど身に余る光栄にございます」
もはや、口にするのはテンプレートに過ぎない。
大人のやり取りなど、ある程度の定型文で事足りる。
特に形式を重んじる神官であれば、なおのこと。
アルストは、眼前にいる男を心の底では睨みつけていた。
「……移送先には護衛を配置する手筈になっている。危険はない。万が一の場合は──」
説明など聞くまでもなかった。
移送先には護衛が配置され、そこから戦地に赴くだけのこと。
無事に女神を送り届けよ──たったそれだけの話に、早朝から呼び起こされたわけだ。
(……全く、くだらない)
形式的な会話に意味などなかった。
彼らはアルストが死んだとしても、名誉の死として扱うだろう。
生きて帰れば、栄誉を与えられるに違いない。
結局のところ、神官長にとっても司祭にとっても、自分の生死など問題ではない。
大切なことは、女神を戦地に送り届けること。
そしてその女神を、神官が呼び覚ましたという事実。
神官長の一室を辞したアルストは、広い廊下を進んでいた。
下位の神官が活動するよりも更に早い時間帯。
見張りや見回りの者達とすれ違う程度で、挨拶以外の言葉は交わさない。
それが通常だ。
余計な言葉は必要ない。
私情も私語も不要。
アルストは、"女神の寝所"へと通じる廊下を守る扉の前で足を止めた。
奇しくも今朝方の当番も、ロアン・イルグだった。
「お、おはようございます」
ロアンは、アルストの機嫌を損ねないようにビクビクしている。
アルストは目を細めると、ゆっくりと手で払う仕草をした。
「通しなさい。女神様が私をお呼びです」
つかなくても良い嘘をついたのは、久しぶりだった。