13:約束って、大抵は嘘なんだよね!
「ご出立は、明日の夜でしょうか……?」
「……ええ」
移送陣を使った移動は満月の夜。それが通例だった。
今更、確認することでもない。
そしてそれを、指導院長の孫が知らないはずもなかった。
一体、何の話をされているのか。アルストは曖昧な調子で肯定した。
「アルストさんがご不在の間、どのようにすれば良いのかと……」
不安げに目を伏せるエンツァ。
アルストは、斜陽の角度が変わった窓辺に視線を向けていた。
「ご用向きは他の高位神官が承りますので、ご心配は……」
早く自室に戻りたい。
その一心で答えていたアルストは、彼女に視線を向けた瞬間に再びぎょっとした。
なんとエンツァは、その大きな青い瞳からぽろぽろと涙をこぼしていたのだ。
はらはらと頬を伝って落ちる雫が、斜陽を受けて染まっている。
(いやいや、まさかそんな。やめろ。やめてくれ。勘弁してくれよ……ッ!)
議事録を落としかけたアルストは、頬を引きつらせた。
このようなところを誰かに見られては堪らない。
「……エンツァさん。こちらへ」
廊下を更に進めば、あちらは神官の私室棟になっている。
だが、まだ廊下だったことが幸いだった。
傍らの談話室へと彼女を招き入れたアルストは、扉に手をかけたまま天井を仰ぎ見た。
ゆっくりと息を吸う。
そして吐く。
ちらりと、彼女を見た。
めそめそと泣いているエンツァは、ソファに座ったまま両手で顔を覆っていた。
何一つ解決していない。
談話室の扉を閉じたアルストは、彼女の傍らで床に膝をついた。
「……」
どうして泣いているのか。意味がわからなかった。
だが、アルストは知っている。
こういう場合、泣いている理由を聞いたところで意味がない。
理由や原因を探るなど、最悪の手だ。
とにかく慰めた方が良い。
「エンツァさん、落ち着いてください」
「でも、アルストさんが行ってしまわれますもの……」
「それが女神様のご意向です。大変名誉なことにございます」
「わかります。けれど、でも、私、不安で……」
「お気持ちは伝わっております。
しかし、我らが女神が傍らにいらっしゃる限り、憂いは何ひとつございません」
アルストは胸が痛んだ。
うら若き乙女が泣いている状態に──では、ない。
あの得体の知れない存在を、加護を持つ愛の女神として讃えなければならないことに、だ。
他人につく嘘よりも、己につく嘘の方がつらかった。
「……アルストさん。でしたら、お約束していただけますか?」
「……何でしょう?」
「必ず、……かならずっ、どうかご無事でお戻りくださいっ」
エンツァは、まるで意を決したように表情を固めてから頭を下げた。
その間にも泣いているのであろうことくらいは、アルストにもわかる。
(言われるまでもない)
アルストは呆れ顔を浮かべそうになって、ぐっと口の端を持ち上げた。
「ええ、お約束しましょう。エンツァさんのために、必ずや戻って参ります」
「かならずっ、……かならず、です」
「ええ、ええ。もちろんです」
手を取り合う形となり、互いに見つめ合う。
これは、何の時間だろうか。
アルストは、明日の予定を思い起こしていた。