12:男も女も面倒くさいこと極まりない
女神の召喚に成功したあとは、移送陣を覚醒させて戦地に送り届ける。
流れとしてはシンプルだ。何ら難しいことはない。
しかし、慎重に慎重を重ねたがる者は多い。
老いた司祭は女神の扱いにも、移送陣に関しても、ひどく慎重になっていた。
神官長に至っては、もはや司祭の言いなりに等しい。意見など何もなかった。
そのような──アルストからすればくだらない──重要な会議が終わったのは、夕暮れどき。
斜陽が溶けた廊下を進みながら、アルストは溜め息をついた。
これで幾度目の溜め息か。
女神と呼ばれる少年の顔を思い浮かべては、更に溜め息が重なった。
(くだらないな……)
ここは聖都。
戦地より遠く離れているため、現地の様子などわかるはずもない。
いわば、何を論じたところで机上の空論に近かった。
大真面目に対策を立てる意味などないとしか、アルストには思えなかった。
やれ、あちらではどのような手筈になっているだの。
やれ、戦地に到着した際には女神をどのように扱うだの。
やれ、魔王の領域に入る折にはどうだのこうだの。
議論するだけ無駄というものだ。
「──アルストさん!」
自室へと繋がる廊下のT字路を曲がったアルストは、真後ろから声を掛けられた。
下位の神官ならば適当にいなしてやろうかと思ったが、振り返った先の人物にぎょっとした。
「エンツァさん。いらしていたのですか」
「ええ、ついさきほど……ご挨拶に、と思って」
プラチナブロンドを揺らして立ち止まった女性──エンツァ・エレイン。
二十歳を数える前程度の年頃。愛らしい印象の娘だ。
彼女は神官になる為の学校である指導院の長──の、孫にあたる。
特別に権力を持っているわけでこそなかったが、アルストからすれば厄介な相手だった。
特に女は話好きで情報を共有したがる。
それだけではない。噂を立てるから面倒だった。
どこへどのように、どんな話が伝わるのかわからない。
そして愚か者は、噂話を信じやすい。
更に言うならば、大抵の者は愚かなのだ。
(がんばれ、俺の表情筋……!)
なるべく、波風は立てたくない。
アルストは努めて愛想よく笑みを浮かべた。
「それはそれは。お疲れでしょう」
「いえ、そんなっ……アルストさんがご同行との一報を受けて……私、じっとしていられなくて……」
頼むからじっとしてくれ。
アルストは天を仰ぎたい気持ちをぐっと堪えた。
「戦の地は、大変危険であると聞きました」
(当たり前だろ)
「移送陣が、あちらでも機能するかどうか分からないとも……」
(そいつは初耳だ)
「女神様のご加護があればと、信じるべきところですのに」
(女神じゃないらしいけどな)
「アルストさんがご同行されると聞いて、こわくなってしまいました……」
(……どういうことだ)
控えめな声で懸命に言葉を告げるエンツァを前に、アルストは頷きを返すだけだ。
怖いのは自分だけどな、と言わないようにすることが精一杯だった。
話が読めない。
これだから女は、と思いかけて内心で訂正する。
女神だって面倒くさい。