11:落ちないなら落とせばいいじゃない?
きめ細かな白い肌が描く輪郭。
涙を湛えた大きな金の瞳。
なめらかな頬に触れる金の髪は、肩からするりと落ちている。
頼りない華奢な身体。
それを包み込む無垢の純白。
ほのかに香る甘い匂い。
まるで花のようなそれは、明らかに香水とは異なっていた。
薄く色付いているのは、唇だけではない。
その頬も、淡い桃色が薄く乗っている。
アルストは、すうっと目を細くした。
「──お断りします」
イルディアは確かに、アルストから見ても美しい。
この上なく美しく麗しく、あらゆる美辞麗句を尽くしても足りないほどだ。
世界に溢れるどのような言葉でさえ、彼女──彼の美しさを余すことなく伝える手段はないだろう。
しかし、アルストは断った。
イルディアにとっては、まさかの事態だった。
「そんなの自然の理に反してるよ!」
イルディアの高い声が室内に響き渡る。
「教えですので」
だが、アルストはにべもない。
澄ました表情を乱れさせることもなかった。
「僕、そんなの教えてないし!」
「規律ですので」
アルストは即答した。
イルディアは、やや哀れなものを見る目を彼に向けた。
「無欲なんて不健全だよ! 雄と雌がいたら、くっつくのが自然の摂理だよっ」
「あなたは、男性でしょう?」
「だから?」
だから?
だからだって?
アルストはとうとう耐え切れずに眉を寄せた。
スカートのように広がる裾を揺らしてイルディアが立ち上がる。
絵画から抜け出たのではなかろうか。
天使が舞い降りたと言われてしまえば、確かに信じてしまいそうだ──と。
確かにアルストでもそのように思うが、それはそれ。
審美眼と欲望は別であった。
「僕ほど美しい女を見たことがある? 僕以上に美しい女だよ? 女の子でもいいよ。
見たことがある? 誰って答えられる? 無理じゃない? そう、それで普通なんだよね」
宙を歩いたイルディアは嘆くように肩を竦めた。
「なのに、女みたいだとか、女神だとかさー。
おかしくない? なんで女っていうの? 女は全部僕より美しいの?」
アルストはぐうの音も出なかった。
が、何の話をされているのかも、イマイチわからなかった。
「──ま、いいけど! だったら、僕が君を夢中にさせてあげるだけだよ」
「どうしてそうなりますか?」
「君がなびかないからだよ!」
「はあ……イルディア様は、そのようなご趣味がおありと」
「やめてよ!」
イルディアはふるりと首を振った。
その仕草ひとつ取っても、小動物めいている。
アルストはうっかり子猫が前にいる錯覚に陥った。
「僕は僕に落ちない君を落とすからこそ、最高に面白いと思ってるの!」
最高に迷惑だ。
アルストは、げんなりと溜め息をついた。