はじまりはじまり
アルスト・ヴァミングは、神官と呼ばれる職の男だ。
十の頃より学びを重ね、主席として駆け抜けたアルストは、
二十歳を迎える前に高位神官の座を勝ち取った。
かつて神童と呼ばれた男のもとに舞い込んだのは、救いの女神を呼び出せとの指令であった。
神官長補佐がしきりにアルストの顔色を窺う。
アルストは、二十二歳にして次期神官長候補であったからだ。
この国の聖職者のトップ──"司祭"より、直々に持ち込まれた依頼を
こなせないなどとはあってはならない。
正しい手順さえ踏めば、そして正当な手段と膨大な魔力さえあれば、
女神の召喚に成功した例は過去にも存在する。
本来であれば有事の際、神官長が司祭に許可を求めて行われる儀式だ。
異例の命を受けたアルストは、事態が切迫しているのだろうと察した。
優秀な神官として、トップの命を果たさない訳にはいかない。
何より、手順と手段と魔力──必要な三つの要素を兼ね備えている高位神官が、
女神の召喚に失敗するなど、あってはならなかった。
だから、そう──アルストは、非常に焦っていた。
複雑な文字と模様から成立する魔法陣。
その上に舞い降りてきたのは、それはそれは美しい女神であった。
太陽の光を受けて輝く煌びやかな金の髪。透き通るような白皙の肌。
目元に影を落とす長い睫毛。整った輪郭。桃色に色付いた唇。
ほっそりと伸びた四肢に手指。黄金を思わせる純粋な金を溶かした瞳。
華奢な身に纏うのは純白の衣。
大層美しい女神の前に傅いたアルストは、「救いの女神よ──」と定型文の口上を述べようとした。
だが、それを遮ったのは他ならぬ女神その人。
「──やめて。そういうの。好きじゃない」
「あと、面倒だから先に言っておくけど」
「僕が綺麗なのはわかるけど、誤解しないで」
「ちゃんと男の子だから」
仁王立ちになった女神からの言葉に、
アルストは「はあ!?」の一言を必死に飲み込んだ。