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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者の教育係

作者: ユキ

ふと思い立ったので書いてみました。初短編です。宜しくお願いします。(以前に連載を書こうとして頓挫した子)

一人称視点で、読みづらいかもしれません、ご容赦ください。

 世の中には、いろんな悪い奴がいる。

 盗人。詐欺。人殺し。宗教家なんてのにもろくな奴はいないと、俺は思う。

 かくいう俺だって、悪い奴だと思う。

 なんたって今、この国の”勇者様”に殺されようとしてるんだしよ。


 あぁ……いい目をするようになったな、坊主……






 坊主と初めて会ったのは……もう10年前か。

 世の中にはろくな奴がいない。それはこの国の王にも当てはまっていた。昔は優秀な王様だったんだろうけど、まぁ欲をかきすぎて領土を拡大していたら、四方八方から睨まれて身動きがとれなくなっちまったって話だ。どこかの国と手を結ぼうにも、なまじこっちが大国だから、相手方もしっかりかっちり同盟を組んじまっていて、ネズミの入る隙間もないときたもんだ。なんとか自国内で自給自足でまかなっちゃいるが、それも先細り、お先真っ暗な未来が見えちまって、王様もあわてたんだろうよ。

 なんでも、国の遺跡で見つけられたっていう、「召喚の儀」なんつー胡散臭いのに手を出したってわけだ。ところがまぁ、そこはさすが大国。優秀な魔導士様方がわんさかいらっしゃったようで。驚くことにその儀式に成功しちゃったってわけさ。といっても、色々と無理があるみたいで、呼び出せるのは「その世界でまだ強い結びつきのない、成熟していない個体」……つまるところガキしか呼び出せないってオチさ。ガキなんていくら呼び出したところで大した駒にはなりゃしない。そう思うもんだ。だけどそこが遺跡なんつーところからでてきた怪しげな儀式の凄いところでよ。呼び出されたガキにはなにかしら特殊な能力が植え付けられるんだと。俺らみたいな元々この世界にいる人間にももちろん能力はある。俺で言えば、【腕力アップ:強】【状態異常耐性:中】って感じだな。これでもけっこう豪華なもんなんだ。王様に召し抱えられるくらいには、な。話がそれちまった。そんなわけで、どえらい能力を持ったガキを呼び出して、うまいこと鍛え上げて戦争の道具にしよう、ってのが王様の考えらしい。まぁ、考えるのはお偉い様方の仕事だ。俺は、与えられた仕事をするだけさ。



 ってわけで、いつも通りに登城してみるとよ、いつものように俺の目の前に”そいつ”が連れられてきたわけさ。周囲をきょろきょろ見て、今にも泣きそうな坊主。10歳かそこらで、黒い髪に黒い目、ひょろい体つき。服は、かわった生地のものを着ている。どれもこれも、いつもの奴と似たような特徴だ。衛兵は「最後だ。いつものようによろしく頼む。それと、明日からしばらくは表の仕事だけせよとのことだ」とだけ言って、”そいつ”を置いて持ち場に戻っていった。いや、せめて職場までつれてきてくれないもんかな。近寄りたくないのもわからんでもないけど。しかし、そうか。こいつで最後か。


「あー。おまえさん一人か? 何人か、一緒じゃなかったのか?」


 仕事柄、「召喚の儀」で召喚されたガキ、異世界人と顔を合わせるのはもう何度目かわからないが。どうも「召喚の儀」で呼び出せる世界はこの世界との相性やらなんやらで決まるらしく、決まって同じ世界のガキが呼び出されているらしい。これまでのガキたちとも言葉は通じたので、会話が成立するのは分かっているから俺は普通に話しかける。


「……えっと……おじさん、だれ……?」


 ……まぁ、10やそこらの坊主からみれば、おじさんだわな。


「んー。質問に質問で返されるのは好きじゃないが、たしかに名乗らないのも年長者として失礼だったな。すまん。俺はゴート。この城務めの医師だ。」


「お、お医者さんなの……?」


 目の前の坊主は俺を上から下に見る。その目には疑うような色が感じられるが、まぁそれも仕方ないさ。


「見えないだろ。よく言われる。さっきの衛兵なんかよりもよっぽど筋肉モリモリで戦士っぽいだろう。ハッハッハ!どうだ、触ってみるか?」


 そういって、自慢の力こぶを見せつけてみると、子どもは子どもか、少し緊張も解れたようだ。


「で、俺の質問にも答えてくれると嬉しいな。坊主は一人か?」


「う、うん……他に2人、いたけど……なんか、僕だけ、さっきの兵隊さんに連れてこられて……」


「……なるほどな。」


 これまでの召喚の儀では、毎回3人のガキが召喚されていた。なのに今回は一人しか連れてこられないから、どうかしたのかと思ったんだが……なるほど。他の2人は”当たり”だったわけだ。それでさっきの「最後」ってわけな。まぁ、俺はその「最後」の仕事をするだけだけどな。


「教えてくれてありがとよ。とりあえず、いきなりでわけもわからないし疲れただろう。俺の部屋に案内しよう。飲み物の1つくらい出してやるから。まずは落ち着いて、そうしたら色々と説明してやるよ。」


 そういって、俺は名前も知らない坊主に、坊主から見たらでっかくてごつごつした手を差し出した。坊主は坊主で、おずおずとしつつも会話で少しは警戒心も薄れたのか、小さい手で俺の手を取った。さて、じゃあガキの歩幅に合わせて、えっちらおっちら向かいますかね。仕事場、城の一番はずれにあるから、けっこう歩くんだよなぁ……。






 坊主と初めて会ったあの日から5年が経った。何の因果か、俺は今も坊主と一緒に暮らしている。坊主の名前は「アキラ」という。この国じゃ家名なんてのはお偉いさんにしかない。だから俺は、どこかで聞いたかもしれないけれど覚えるつもりもないから、アキラって呼んでる。アキラは15になった。あんなにひょろかった坊主が、いまじゃちっとは見れた一丁前の若造に育ったと思う。育てた俺が言うのもなんだがね。

 本当は、坊主とはあの日に分かれるはずだった。それは俺の仕事が「医者」であり、そして同時に「拷問官」「処刑人」だから。どちらかといえば、裏の仕事が俺の本業だ。表の仕事の「医者」は、効率よく人を殺す方法、ギリギリまで人を殺さずに拷問する方法を調べている間に素人よりも色々と知識がついたからそういう役回りを与えられているだけ。ぶっちゃけ、王族は俺みたいなモグリじゃなく正規の医者を囲っているし、騎士団や衛兵連中なんかも基本、俺のところにくるくらいなら自分たちでなんとかすることが多い。なので、俺が相手をするのはすでに死んでいるか、これから死ぬ連中ばかり。あの日のアキラもその中の一人。召喚したはいいもののめぼしい能力もなく、子飼いにするのも面倒。ならば「召喚の儀」の情報が他国に流出するのを予防するために処分され、無かったことにされる存在。……の、はずだったんだがなぁ。


 結果から言えば、俺はこいつを「殺せなかった」。

 別に情に絆されたとかそんなことは一切なく、たしかに俺はこいつを殺そうとした。これまでの召喚されたガキどもを調べて、体の構造は俺たちと全く同じだということは分かっていたし、これ以上調べたいこともなかったから、さくっと仕事を終えるつもりだったんだ。とはいえ、処刑されるべくして処刑される罪人とちがって、こいつはいきなり他所から連れてこられたただのガキ。せめて苦しまないようにと思って、部屋に連れて行ってすぐに睡眠薬入りのお茶で眠らせて、奥の部屋に運んだ後、一思いにと自慢の斧を振り下ろしたんだけどよ。いや、まさかはじかれるとは思わなかった。それがこいつの能力らしい。


【自己防御:極】


 意識のない状態であっても自動で発動するというのを身をもって調べたわけだが、そんなの、どんだけ規格外なんだと思うだろう? だが、お偉いさん方は鑑定ででた能力の字面だけを見て、防御しかできない、しかもそれ1つしか能力のないガキなんて不要と判断したらしい。いやいや、そんな馬鹿な。爆弾抱えて敵陣に突っ込ませるだけで、こいつは無傷で敵は全滅、なんてこともできるんじゃないのか? とも思ったが、とはいえ俺の一振りをはじいた程度で、実際問題どれほどの防御力があるのかもわからないし、それを調べようとしてあっさり死んじまう可能性も高いし、まぁ、派手な侵略好きのあの王様にとっては無価値だったんだろうよ。

 話がそれちまったが、とにかく、俺はこいつを殺そうとして、仕留めそこなった。今思えば、その場で毒なりなんなり使えば殺せたんじゃないかと思う。ただ、正直俺も驚いて一瞬頭が真っ白になっちまった。そんでもって、はじかれた斧を石畳に落としちまったもんだから、密室に馬鹿でかい音が響いちまって。そこで坊主……アキラの目が醒めちまってよ。たぶん寝ぼけてたんだと思うんだけどよ。あいつ、横に立つ俺を見て、言ったんだよな。


「ごめんなさい……いい子でいるから……叩かないで……」


 寝ぼけてだれかと間違えたんだろう。さすがに召喚されてから間もない間にうちの連中がこいつになにかしたとは思えない。もしそうなら同じ城の人間の俺の手をとりゃしなかっただろう。じゃあ、誰と間違えたのか。たぶん、元いた世界の身近な人間だろう。魔導士様によれば、召喚されるのはあちらの世界で「縁故の薄い、いなくなっても良い人間」らしい。そして、得られる能力はその個人の経歴や気質に影響され、なにより本人が望むものであることが多いらしい。いなくなっても困るほどの繋がりを持つ誰かもなく、しかし身近な誰かからは暴力を振るわれる。たとえ眠っていようとも自分への攻撃を拒絶する能力を望むほどの環境、か……。

 薬がまだ残っているんだろう、目の前でまた寝息を立てだした坊主。その目じりに光るものを見て、その時の俺は別段なにかを考えたでもないけど、ただただ指で拭ってやった。服を捲ってみれば、やっぱりな。ガキには似合わない痣だらけ、か。見えないところばかり、胸糞悪いもんだ。気づけば俺は坊主を抱き上げて、処分用の暗く冷たい部屋から外へと連れだしていたよ。






 目覚めた坊主に名前を聞いて、詳しい事情はガキにゃまだ早いだろうと割愛したけど、とりあえず俺がお前の身請け人になることを伝えたんだが、あの時のアキラはとにかく困惑しっぱなしだったな。俺だって正直どうしたもんかと思ってたさ。勢いで決めちまったけど、魔導士様方からはあいつが俺の斧を弾いて殺せなかったので、このまま育てようと思うって伝えたら「お前が管理しお前が責任を持て」とあっさり丸投げされるし。いいのか本当に? とはいえ、アキラも他に行く当てもなかっただろうしな。

 井戸の使い方にトイレの使い方、そんなガキでも知ってることを教えるのは面倒だった。けど、なんだろうな。なんか、楽しかった。魔導士様に確認した限り、アキラは【自己防御:極】以外に能力がない、いわゆるシングルの人間だった。この能力、人の器で確認されているのはこれまで同時に2つだけ。2つの能力を持つ人間、ダブルはそれだけでもけっこうレアで優秀だってされている。俺も一応はダブルだ。まぁ、ただ腕っぷしが強くて毒やらなにやらにも耐性がある程度だけどよ。んでもって、わざわざ召喚までしてつれてきたガキなのにシングル、しかも身を守るしか能のないアキラは、やはり国からは使えない奴認定されていたようで。正直、もともと日陰者の俺が引き取っても誰も文句を言わなかったし、そもそもわざわざ俺のところにきて文句を言いにくるような連中や、周りの噂を親切に伝えに来るような友人なんてのもいなかった。そんなわけで、俺のところにいる限り、アキラは狭い世界ではあるけど、存外平和に暮らしていたと思う。

 ただし、そこで俺はどうやら大きな間違いを犯したらしい。俺は正直世間からずれている。家族はいないし、ガキなんて育てたこともない。その上、拷問官やら処刑人なんてのを生業にしているような人間だ。はっきりいって、ガキの育て方なんてわからなかった。だから俺は、俺なりにこいつが将来生きていけるようにと思って育てたんだが……それが間違いだったらしい。まず俺は、元々【腕力アップ強】なんてものを持っている。そのくせ不器用なもんで、よく物を壊していた。だから、俺が使っている家具やら食器やらは、普通のモノに比べてえらく頑丈に拵えてある。それだけ、重いものだ。当然、アキラも最初は食器は落とすしドアも開けられなかった。だけどそんな環境で育ったからか、今ではアキラは俺と同程度かそれ以上の力を持っている。成長期って怖え。もしかしたら召喚者は色々と成長しやすいのかもしれないが、なにぶん他の例が少ないもんでわからないが。あともう1つ、これは俺個人としては間違いとは思っていないんだが。仕事柄、いろんな毒にも精通しているし、苦し紛れに隠し持っていた毒を使って死なばもろとも道連れに……なんて奴らも少なくない。だから俺は普段から少しずつ毒を摂取して耐性を付けるようにしている。能力があるのにって?能力があってもくらうものはくらうし、なくても人間、耐性っていうのは身についていくもんさ。それに、一度味や臭いを知っておけば毒と気づけるし、その対処法にもつなげることができる。そんなわけで普段から毒を身体に入れるのが俺の習慣だったんだが……俺と一緒に暮らすアキラにも自然、その習慣をつけさせちまった。いやぁ、最初は腹は下すしゲロは吐くし、意識朦朧で笑い出すしで大変だったな。でもわざわざ料理を分けるのも面倒だからって続けちまったんだ。今思えば、ひでぇ親だな、ハハハ。皮肉なもんだけど、あいつは元々あまりちゃんとした飯にもありつけていなかったみたいでよ。こっちの食事にまだ体が慣れていないだろうと思ったのか、食べれるだけでも幸せだって、必死で食っていやがったよ。おかげで俺はあいつの中で「飯マズ親父」だぜ。味は悪くないんだぜ? たぶん。んな感じで育てて5年。俺の前で薪を切ってる若造は、「攻撃を受け付けず毒も効かない、その癖斧をもたせりゃ馬鹿力で大木もぶち倒す」、そんな規格外に出来上がっちまったってわけさ、こんちくしょう。






 その頃だったかな。王城の方で事件があったのは。アキラの他に呼ばれた2人は、1人が【剣術:極】と【見切り】のダブル、1人が【火魔法:極】と【魔力消費減少】のダブルなんてどっちも化け物な能力持ちだったわけさ。そんなもんだから、どっちも騎士団と魔導士団が目を血走らせながら引き込んでそのまま囲い込んだ上で、よいしょよいしょで持ち上げて育てられて、んまー噂じゃずいぶんと我儘に育ったらしいんだがよ。魔導士団で預かっていた「レイナ」って火魔法使いの女が、死んじまったんだ。それも聞いた話じゃ、身内のいざこざが原因らしく。

 「ケンゴ」っていう、騎士団で預かっている方の剣術馬鹿の男が、15になってまぁ色気づいたのか、同胞なんだからってレイナを押し倒したらしくてな。たしかにまぁ城で見かけた限り、黒髪黒目の珍しさもあるけど、そこそこ綺麗な顔立ちに育ったとは思うけどもよ。それにしたっていきなり押し倒すって、猿かっていうな。当然ケイゴは抵抗されたそうだが、その抵抗の仕方がちょいとばかし常軌を逸してたらしくてよ。押し倒されたレイナは半狂乱になって火魔法をぶちかまして、ケイゴは顔面にひどい火傷を負っちまったそうだ。男に押し倒されるってのはそりゃあまぁ恐怖だろうけど、もしかしたらなにかしらトラウマでもあったんかね。まぁ理由はどうあれ、本来自業自得だろうけどもケイゴはレイナに恨みを持っちまって、それがレイナを死に追いやったって話らしい。

 5年も経って十分使える域に達して、しかも離れた所からリスクも少なく相手の軍勢を焼き払えるレイナは真っ先に戦場に駆り出されていたらしい。今思えば、ケイゴはそのことにも嫉妬してたのかもしれないな。その日の敵軍はいつになく大量で、さすがのレイナも敵軍を焼き払う頃には魔力切れを起こしていたらしい。その時、レイナが入れば勝ち確定の戦だからって手柄のために指揮についていたボンボンの第2皇子が、レイナに休むように言って天幕に誘導した後、力づくで迫ったらしい。後々、皇子は「ケイゴに唆された」って憎憎しそうに言ってたらしいがなぁ。「レイナは皇子に気がある」とでも言われたのかね、ほんと、盛った猿ばっかりだなこの国は。俺が枯れてるだけか? まぁ、そんなことはいいとして。迫られたレイナは必死に抵抗して、残り少ない魔力で火魔法を放ったらしい。皇子は腕に軽い火傷をして、服に焦げがついたくらいだけども、激昂したんだろうなぁ。その場で首を絞めてやっちまったそうだ。もちろん、そのことは箝口令が敷かれているし、公式には「調子に乗ったレイナが指揮官である皇子の指示に従わず、逆上して皇子に襲いかかったが、魔力枯渇で魔法が暴走し天幕ともども焼け死んだ」とか言われている。ただ、死体を検分したのは「処刑人」であり「医者」である俺だからな。焼けちゃいたが、首の損傷が激しいくらいは分かったよ。もちろん、下手に突っつくつもりはないから黙っちゃいるけどな。

 ただ、問題は「レイナ」という決戦兵器を失ったことさ。レイナ一人で戦線を押し上げることができたのに、そいつを失っちまった。そんなわけで、本当のところは第2皇子が唆された恨みもあったんだろうが、実際問題戦域を支えるためにもって、まだ騎士団内で訓練段階だったケイゴがレイナの代わりに戦場に駆り出されることになったそうだ。本人はやっと自分の番がきたかってやる気満々だったみたいだけどな。俺は正直、その話を聞いて嫌な予感がしてよ。その頃からだった。俺がアキラに、自分の仕事を教えるようになったのは。






 俺は正直、今の騎士団のやり方でまともな戦争ができるとは思っていなかった。だってそうだろう。やれ騎士道だ、やれ正々堂々だといって、名乗り口上、一対一の戦いを訓練させておいて、実際の戦場では奴隷や民間兵を矢面に立たせて数の勝負だ。たしかにケイゴって奴はたいした能力持ちだ。だけどそんな騎士団で訓練してる奴をいきなり戦場に連れ出して、果たして役に立つかどうか。それになにより、俺はアキラを見ていて、ケイゴとアキラ、2人の共通する危うさが気になっていた。

 あいつらは皆同郷だ。それでいて、あいつらの育った国は、ここみたいに年がら年中戦争しているような国じゃないらしい。食料を得るために狩りをするなんてこともしない。嘘みたいな話だが、召喚されたガキども何人かに聞いて、皆同じようなことを言っていたから、きっとその通りなんだろう。縁故がないっていうからにはなにかしら闇は抱えているんだろうけどもよ、それでもそんな国で育ったガキが、果たして「人殺し」ができるのかってことさ。事実、アキラは最初の頃、鳥を捌くのすら「怖い」「気持ち悪い」って言っていたしな。レイナの場合、遠くの連中を火で焼くだけだから、人を切る感触なんてのも感じることはないし、現実味がなくてやれていたのかもしれないが。今の形式ばかりの騎士団で、しかも持ち上げられて調子に乗ってる若造が、突然戦場に駆り出されてどうなるか。そして、期待の召喚者が使えなくなった時、次に白羽の矢が立つのは誰か。

 それから俺はアキラに、表の仕事である医者の仕事を教えるという名目で「人の傷つけ方」「殺し方」を教えた。人を治すためにはもちろん直接的な治療技術や治療薬も教えるが、俺はそれよりも、「どうして人は傷つくか」、「どんな薬が有毒か」を教えた。それはつまり、「どうすれば人を傷つけられるか」、「どんな薬を使えば人を害せるか」を知ることになる。もちろん、自衛のためにも繋がるけどな。それまであまり勉強とかを教えてやれなかったからか、アキラは熱心に俺の指導についてきて、すぐに知識を吸収していった。そうして、実際の治療の場に連れて行ったんだ。といっても、俺が行う治療は、まともな病気や怪我の治療なんかじゃない。いうなれば、「もう助からない奴を楽にしてやること」だ。そんな奴ら、戦争帰りにいくらでも出てくるもんで、仕事は尽きない。そこで俺は、痛みに苦しむ奴に毒薬を飲ませてやった。アキラは、その薬がなにか分かっていて最初は「どうして……!」と声を上げたけど、飲んだ本人が言った最期の言葉に、「ありがとう」の一言に、何も言えなくなっていたな。話を聞いている限り、アキラのいた国じゃ戦争なんてないし、治療の技術も凄くて、こいつらみたいのも助けられるんだろう。だが、ここはそんなすげぇ世界じゃない。救えない命を、どうやって楽にしてやるか。それを教えてやった。その日、アキラは初めて自分の手で重症の負傷兵に、薬を飲ませた。そうして俺は、アキラの中から「命を奪う罪悪感」を奪っていった。後は、最後の仕上げだった。

 夜にアキラを、”裏”の仕事場に連れて行った。連れてきたのは、アキラと初めて会ったあの日以来だったな。その日俺は、罪人を”調整”して椅子に縛っておいた。「召喚の儀」の情報を他国に流そうとした売国奴だった奴だ。もう切り落とす指はないし、目も縫い付けてやった。自決できないよう舌も抜いてある。男は扉の開く音にビクりと身体を硬直させ、その後、呂律の回らない口で、初めは弱弱しく、そして徐々に強く懇願したよ。「殺してくれ」ってな。アキラは、あれで聡い所がある。俺の仕事も、そして俺の最近の教育も、なんとなくわかっていたのかもしれない。思いのほか、動揺することもなく、俺に対して侮蔑の視線を向けるでもなくその場に立っていたよ。あれには俺も驚いた。……正直、汚い言葉の1つや2つはかけられるもんだと腹をくくってたんだけどな。俺が斧を渡すと、拒否することもなく受け取って、罪人の肩に手を置いて、耳元で声をかけてやっていたな。なんといったかは分からなかった。ただ、罪人の表情が和らいで、その口が「ありがとう」って動いたところを見るに、奴の希望を叶えると答えたんだろう。そうして、あいつは初めて、自分の手を染めた。俺が染めさせたんだ。親としてどうかと思うが、俺はあいつが「人を殺せるよう」調整したのさ。そうしなきゃ、ケイゴが死んだとき、次に死ぬのは、あいつだから。






 そして俺の予想通り、ケイゴはさくっと戦死したよ。そりゃそうだ。一対一ならともかく、乱戦となっちゃ自慢の見切りも、身体が追い付かない。なにより、騎士団の中でよいしょされてぬくぬく育てられちまったのがよくない。気をよくさせるために格下相手に稽古をつけさせたんだろうし、本気で殺しにくる相手とやりあったこともないガキだ。最初から分かっていたのに、なんで大丈夫と思ったんだか……本当、騎士団の連中は、ったく。

 貴重な2人の召喚者を失って、しかもレイナのせいでというべきか、広がってしまった戦域の穴を埋めるために魔導士も多く使い潰してしまい、すぐに「召喚の儀」もできない状況でその日、やはりというか、俺のところに王命が下ったよ。「アキラを前線に送り出せ。」ってな。王の命令だ。さすがの俺も逆らえやしない。準備はしたつもりだが、それでも、育てた若造を戦場に送り出すのは、気持ちのいいもんじゃなかった。裏切った気分だったよ。アキラは、そんなこと思ってなかったかもしれないけど、な。あいつは本当、優しい奴だよ。まさか、前線の指揮官に「他の兵士に死んで欲しくないから自分1人で行く」って言い放って1人で陣地を飛び出して、そして本当に1人敵の陣地に飛び込んで、火を放って陣地を焼き払い、大将首を引っ提げて帰ってきやがったそうだ。自分の血は一滴も垂らさずに。

 これには王様も大満足さ。アキラを「真の勇者」とか言って持ちあげてよ。元々は処分するつもりだったはずなのにな。俺のことも「王の命令で勇者を育てあげた教育係」とか言って国民に紹介して、自分が命じたことにして民のご機嫌とりに使われたさ。ま、どうだっていいけどよ。

 それからのアキラは、戦争にひっぱりだこさ。別に、相手国が悪い国だなんてことはない。ただ、自分たちが攻める先にそいつらがいただけ。それだけで、アキラは前線に駆り出され、人を殺して帰ってきた。その頃のアキラは、口では「大丈夫。」とか言っていたけど、段々と笑わなくなっていたよ。俺はそんなアキラを見ていて、何も言ってやれなかった。アキラをそうさせたのは、俺だから、さ。……あの時、どうにかして殺してやってた方が……嫌、何言ってんだかな……。






 5年も経てば、周辺国はもうアキラを恐れて一切攻めてこなくなったよ。いくら雨のように矢を放っても、嵐のように魔法を浴びせても、落とし穴にはめようとも、毒ガスを巻いても、アキラを殺すことはできないと悟ったからだろう。それを悟るまでの間に、また何十人、何百人という刺客が送り込まれて、アキラの手を血に染めた。そんな生活で、アキラの心も疲れていたんだと思う。その隙を突くように、いろんなところから賄賂や、女が送り込まれてきた。ただ、アキラは頑なにそういったものを拒んでいた。一線を引いてるみたいだったな。それをもらったらもうダメになっちまう、みたいな感じで。俺も、下心が透けて見える女連中がアキラに近づかないように色々と手を回したよ。薬をちらつかせて脅したりと、あまり全うじゃない手段もあったかもしれないけども。その頃の俺がアキラにできることなんて、それくらいだった。

 それでも、やっぱりずっと男手独りで育てて、母性ってのにも飢えてたのかもしれない。歳も20になる。そんなアキラが誰かに恋をするのも、当然だったんだろうな。リーンっていう、純朴そうな町娘だったよ。悪い噂は聞かないし、俺も一緒に飯を食ったりしたけど、いい娘だった。この娘なら、アキラをまかせても。そう思ったんだ。本当に。そう、安心したんだ。安心して、気を抜いちまったんだろうな。だから、バチが当たったんだ。

 その日、リーンが風邪を引いたっていうんで、前線に行かなきゃならないアキラの代わりに俺はリーンの家に薬を届けに行った。ドアを鳴らそうとして、中で話声がしたんで不思議に思ったんだ。リーンは両親に先立たれて独りで暮らしているはずだったから。なんでそんなことをしたのかわからない。ただ、嫌な予感がした俺は裏手に回り、2階にある彼女の寝室の窓に飛びつき、自慢の腕力で身体を持ち上げた。そうして窓からのぞいた光景に俺は目を疑った。そこにはリーンの家にいるはずのない、城付きの魔導士がいた。魔導士は俺でも知っている。城内で最高位の奴だ。そいつはリーンにある魔法をかけていた。それは、アキラが唯一抵抗できない状態異常。俺が薬なんかで耐性をつけてやることができなかったもの。「魅了」だった。ただの町娘が抗えるはずもない。魔導士はリーンを魅了し、彼女にネックレスを渡した。それは、強い「魅了」の付与された呪いのアクセサリーだという。リーンからアキラにそれをつけさせ、アキラをリーンの言いなりにする。リーンを手駒にしていれば、彼女に魅了されているアキラを傀儡にすることができる。すべては王の御心のままに。それが、魔導士の話だった。俺は許せなかった。アキラをどうにかできないからといって、アキラが初めて恋をしたリーンにまで手を伸ばした王を。そしてなにより、魅了のせいで抗うこともできないリーンの身体を汚した魔導士を。そう、俺が見たとき、リーンは魔導士によって汚されていた。ただアキラを魅了させるだけなら、彼女を汚す必要なんてなかったはずだ。なのに、この男は。俺は窓をぶちやぶり、そのまま魔導士の首をへし折った。男は驚愕の顔を浮かべたまま全身を痙攣させ、いろんなものを垂れ流してその場に倒れこんだが、そんなことはどうでもいい。いまのいままで男に辱められていたリーンに手近なシーツをかけ、抱え上げる。「大丈夫か」の俺の問いに、けれど彼女は震える手で俺の手を握り返して、こう言ったよ。「殺してください」って。






 それから3日後。俺は前線にいた。そこには、3日前に分かれたアキラがいた。前線に俺が現れたのを不思議に思ったんだろうが、それ以上に俺の荷物を不思議がっていたよ。そりゃそうだ。いきなり育ての親が棺桶担いで戦場に姿を見せたんだからよ。俺は何も言わず、その場に棺桶を静かに置いて「開けてみな」って言った。不審に思いながらも、俺の言葉だ。アキラはゆっくりこっちに来て、その場にしゃがみこんで、棺桶の蓋に手をかけ、ゆっくりと開けて……言葉を失ったよ。


「……どうして……!?」


 そこには、俺がしっかりと防腐処置をして、できる限りに身綺麗に整えたリーンの亡骸がいれてあった。あの時、商売道具を持っていなかった俺は、冷静でもなかったんだろう。苦しまずに殺してやることができなかった。残った痣を隠すように、首には太めのチョーカーが巻いてあり、”あの”ネックレスがかけられている。


「俺が殺したんだ。」


 頭の上からかけられた言葉に、アキラは訳が分からないといった様子だった。そりゃそうだ。出立する前日、俺たちは3人仲良く食事をしていたんだ。あの日だって、アキラは俺に風邪薬を届けるようにいっただけ。それがなぜ、こんなことに。そう思うだろうよ。


「この女が、お前を害そうとしたから殺した。」


「……そんなわけ……リーンはそんな娘じゃない! なにかの間違いだ!!」


 あぁ、そう思うよな。俺だってそう思う。リーンはいい娘だよ。でなければ……あの時、自分を殺してくれなんて、言わなかったさ。


「ガキにはわからねぇんだよ。お前はガキだ。いい気になって、近づいてきた女に鼻の下伸ばして、それが悪女かどうかもわからず。その上、いい女か悪い女かはともかく、てめぇが好いた女も守れない、ただのガキだ。」


「……っ! それ以上リーンを悪くいうな!」


 俺が相手だからだろう。突然の展開にまだ混乱していて、判断が付きかねている。だから激昂しそうになるのをなんとか堪えている。そんなところだろうか。だがな……そんな脆い心じゃ、これから先、汚ねぇお偉いさん共に、いいようにやられちまうんだよ。だから……


「お? なんだ? 悪く言ったらどうだっていうんだ? こんなアバズレ売女をよ。人間なんてな、悪い奴ばっかりさ。ちょっとほじくりゃ汚ねぇところばっかりだぜ。てめぇもそうだろ? 俺に言われるまま、何人殺してきた? そうして、気にくわないから俺も殺すのか? 育ての親の俺を。そうだな、いい機会だ。最後にレクチャーしてやるよ。『身近な人間を殺す』ってことをよ。どうだ? 好いた女も守れないガキなてめぇに上手くできるかな? ほれほれ。」


 ここまで言っても、アキラは俺に斧を向けない。……そうだよな、いくら挑発されたって、さすがに10年、長い付き合いだ。それになにより、俺ってば嘘が下手くそだからな。ま、仕方ないよな。でも、あの魔導士の死はすぐにバレる。そうなれば、俺は殺される。そして、アキラも。

 ……それなら。


「そうさ、てめぇは弱い人間だ! いわれるままに人を殺して、その癖てめぇが好いた女も守れず、そして……その女の、リーンの亡骸も、俺にズタボロにされちまうのさ!!!!」


 そういって、リーンの亡骸に向かって、俺は斧を振りかぶる。


「っ! やめろぉおおお!!!」


 …………そう。それでいいんだよ。アキラ。







 ……その後どうなったかって? 俺が知るわけないだろう。俺の歴史は、そこでおしまいだ。ただ、あの世ってところも不思議なもんで、色々と現世の噂も聞こえてくるもんでな。聞いた話じゃ。あれから間もなく、王城に棺桶を引きずった男が現れて、城の人間を皆殺しにして去っていったそうだ。国は周辺諸国に攻められて、数年で消滅。国が消えちまえば歴史もおしまい。だからその男のことも、いまとなっちゃだぁれも知らない、って話。そういや、その男の首には、キレイなネックレスがかかっていたらしいけども。……ま、俺にはもう、関係のない話さ。


拙い作品ですが、読了、ありがとうございました。

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