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エッセイ

とある移住者の半生

作者: ロロサエ

NHKの番組『移住50年目の乗客名簿』(6月22日放送)を見ていて思い出した事があったので書いてみます。


私が個人的に存じ上げている方がいます。

その方は戦後、ブラジルへ移住されてサンパウロの郊外に農地を持ち、当地で成功された方です。

NHKの番組で取り上げられていたのはパラグアイへの移住者でしたが、番組で出てきた弓場農場をその方からのお話で知っていたので懐かしいなと思い、そういえばその方の半生は劇的だなという事で、こんな人生を歩んだ日本人もいると思って頂けたらと思いました。


その前に、皆さんは棄民政策というモノをご存知でしょうか?

戦後の日本政府は、失業者対策を含めて海外へ移住する者を募りました。

働き者という評判であった日本人に、自国の未開発地を開拓してもらおうとしたブラジル、パラグアイといった国が受け入れ先となりました。

しかし、当初は日本政府の支援が得られるという話だったのに、それが大ウソであった場合も多かったのです。

聞いた時には町への道も整備されている筈だったのに、行ってみたらジャングルの中だったとか。

農業に適した土地が用意されている筈だったのに、草も満足に生えていない荒れ地だったとか。

日本政府もそれを知りながら、戦後で地位も低かったので、相手国に対して何も言えず、悪条件の中に移住民を置いたそうです。


戦後の移民団としてブラジルに渡られたその方は、マラリアに感染して苦しむ同胞を救おうと、マラリアの特効薬であったキニーネを調達すると約束していた外務省の職員に詰め寄り、どうなっているのか問い質したとか。

しかし当時の大使館職員は、今よりもずっとエリートの地位にあったようで、見下すような顔でぞんざいな扱いを受けたそうです。


まあ、そんな熱血漢であったその方、ここではAさんとしましょうか、そのAさんの半生を、酒の席でご本人から聞いただけの私が大まかな所を語ってみたいと思います。

10年以上前に聞いた話ですのでアヤフヤな所もありますし、酒の席という事もあって多少は話が盛られている可能性もありますが、その辺りはご容赦下さい。

ブラジルに行って検証でもしなければ、Aさんの語った事が本当か嘘かは分からないので。


Aさんは神戸の高級住宅街である芦屋(うろ覚え)に生まれたそうです。

父親は社会主義者の市議会議員で、母親は名家のお嬢様だったとか。

婿入りの形で両親はご結婚されたそうです。

父親は治安維持法で度々しょっ引かれ、心配した母親が身請け人として引き取りに向かったとか。

母親曰く、取り調べで不当な扱いは受けなかった(と夫は語っていた)そうです。


因みに元都知事の石原慎太郎氏とは同級生だったか先輩だったかで、慎太郎氏の弟裕次郎氏にテニスのボール拾いをやらせていたとか何とか聞いた事があります。

そんなA氏の母親は借家の大家をしていたそうで、住人の中には山口組三代目の田岡一雄氏がいたとか。

因みに山口組は、戦後の混乱期に三国人から神戸の闇市を守って名を上げたそうです。


高校を卒業し、学習院に受かったAさんでしたが、父親の反対(確かおこがましいとかそんな所)で大学は諦め、父親が経営していた八百屋に就職しました。

当時の日本には統計の数値がなく、野菜の植え付け量の正確な予測が出来なかったそうです。

だからどこかが多く作り過ぎれば豊作貧乏となり、その反省から次の年にはどこも植えず、物がなくて価格が高騰したとか。

八百屋はそれを長年の勘で予測し、ギャンブルのような商売をしていたそうです。

そんな中、Aさんは気づきました。

肥料の購入金額から産地での植え付け面積が予測出来、平均収量から予想収穫量を推定出来ると。

肥料の購入量が多ければ植え付け面積が広く、天候の影響がなければ豊作になるから仕入れ量を減らすべき。

肥料の購入量が少ないと産地の植え付け面積は狭く、品薄になるから高値で仕入れる予約をし、他の農地に指示して植え付けを増やせと。

その分析は大当たりし、Aさんの勤めていた八百屋は大儲けが出来ました。

しかし、Aさんへのボーナスは雀の涙だったそうです。

やってやれるかとブラジル行きを決めたそうです。


さて、ブラジルへ農業移民だったか雇いの作業員だったかで渡ったAさん。

初めに働いた農場では苦労の連続だったそうです。

余りにきつく過酷な労働で、東北の貧しい農家出身の若者でさえ、その辛さに泣いていたとか。

こんな所で働いていたら体が壊れてしまうと、以後ユダヤ人のカバン持ちをやったりして資金を貯め、自分の農場を持つに至ったそうです。

初めは植木の苗を商売にしたAさん。

ブラジルのお金持ちの屋敷は広く、植木の数も多いので、需要があると見込みました。

Aさんはあらゆる大きさの植木を用意したそうです。

例えば並木道を作るとして、3年目で枯れてしまった個体が出て新しい木に植え替えると、育った周囲とに差が出来てしまいます。

なので3年育った大きさの木を用意しておき、違和感の出ない並木道が直ぐに作れます。

当時のブラジルにはそんな植木屋はなく、お金持ちから贔屓にされたそうです。


さて、ブラジルは元々ポルトガルの植民地です。

ファゼンダという個人の持つ大農場が広大な農地を所有し、モノカルチャーな農業を行っていました。

そこで働くのは小作農で、非常に貧しい生活を余儀なくされていた存在です。

自分の土地がないから安い賃金で大農場でこき使われていました。

そんなブラジルに農地解放運動が広まりました。

社会主義の時代に突入したのです。

軍事独裁政権の時代でもありました。

大農場主は軍部に賄賂を渡し、農地解放運動を厳しく取り締まらせます。


一方、移民から農業で身を立てたAさんは熱血漢であった事もあり、農地解放運動の熱心な推進者でもありました。

ブラジルの小作農の貧しさにはずっと心を痛めてきたのです。

不耕起、マルチという栽培法がブラジルでは大事だと仲間と結論づけ、その栽培法を貧しい小作農に広めたりもしていました。

自分の家族が食べる分の作物を育てる事など、実は大した労力ではないのです。

ブラジルの小作農は耕す土地がないからそれすらもままならず、モノカルチャーしか知らないから他の作物を育てる術も知らず、いつまでも貧しいままだったのです。

そんな貧しい農民も、自分で作物を育てる事が出来ると知って目の色が変わったそうです。

自信に溢れた顔をするようになったと感慨深く仰ってました。


Aさんも加わっていた農地解放運動の方法論とは、簡単に言えば農地の乗っ取りです。

ファゼンダの農地を不法に占拠し、家を勝手に立てて家族共々住み込み、畑を作って自分の農場にしてしまうというモノです。

九州くらいの土地を個人が所有していた時代ですから、勝手に住み着いても分からない事も多かったそうです。

元々ファゼンダとは、ポルトガルから勝手にやって来た者が武力でブラジルを占拠し、自分の土地だとしてきた歴史であります。

土地は不法であれ、占有している者が自由に出来ます。

当時のブラジルでは不法でも10年占拠すれば自分の物になるとかで、農地解放運動の推進者は小作農が10年占拠出来るよう、色々とサポートしたそうです。


そんなAさんは軍部に捕まります。

拷問も受けましたが決して挫けませんでした。

拷問に根を上げ、口を割る仲間も出ましたが、持ち前の反骨心でAさんは耐え抜きました。

解放され、仲間が無事なのか聞いて回る中、口を割った者に土下座されたりもしたそうです。


そんなAさん、日本に一時帰国した事で転機が訪れます。

東南アジアの小さな島国で、農業指導をして欲しいと頼まれたのです。

聞いた事もないような小さな国に、自分のやって来た農業が役に立つのか悩みます。

しかし、農業が国の基本だと考え、引き受けました。

協力出来る事があるならいくらでも協力しようと。


そんなAさんとは別に、ただの好奇心でその国に渡っていた、生来のチャランポランな私。

偶然からAさんの泊まられていた宿舎に厄介となり、毎晩の酒の席でそれまでの半生を伺った次第であります。

どこまでが本当でどこから話を盛っているのかは分かりません。

しかし、冗談では引き受けない、劣悪な環境でしたよその国は。

細かなエピソードは他にも多いのですが、一々書いてもなぁと思って省いています。

農場の屋敷に強盗が入ってきて銃で撃ち殺したとか、アマゾンのトゥッピー族、グアラニー族の村へキャッサバの原種を求めて訪問したとか、日本でブラジル人の通訳をしたとか、そんな感じです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。整理すれば一冊の本が書けそうな内容ですね。
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