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人間壺

作者: 若庭葉

「人間壺?」

 活気ある居酒屋の店内で、タカオは煙草の煙と共に聞き返した。

「そう。検索してはいけないワードってあるでしょ? その一つらしいだけどね、どんな話なのかよくわからないの。ただ、ググってみたら、そう言う話をまとめた掲示板みたいなのに、ちょっとだけ載ってて……」

 向かいの席に座ったミキはレモンサワーのグラスを置きながら答える。それから彼女は、「人間壺」と言う都市伝説の概説を語った。

 と言っても、ほんの短い内容なのだが。

 曰く、ある居酒屋の店内で「壺ください」とオーダーすると、実際に壺が出され、その中に何か()()()()()が入っているらしい、とのことだった。

「ふうん、何て言うかすげえありがちだな。ミキってそう言う話好きなんだっけ?」

「ううん、別に。ただ、昨日の夜すごい暇でさぁ。なんとなくそう言う都市伝説とかたくさん調べてたの。──でも、いったい何なんだろうね? 恐ろしい物って」

「さあ? 人間壺って言うくらいだから、人肉でも詰められてるんじゃね?」興味なさげに言い、灰を落とす。

「ええー、それこそありきたりじゃん」

 彼女がそう切り返すと、そこで会話が途切れた。暫時二人は、あるいは煙草を喫み、あるいは串に刺さった焼き鳥を頬張る。他の席の話し声や食器の擦れ合う音、厨房からの調理の音や店員たちのやり取りなどが、一際鮮明になった。

 すると、ほどなく、タカオは徐に煙草を灰皿に置き、

「壺くださァい!」

 突如、大声を上げてそう言ったのである。

 ミキはもちろん、他の客たちや働き回っていた店員も、みなギョッとした様子で彼の方に注目していた。

 ──ややあって、タカオは頬を歪めた。それに吊られるように、ミキも笑い出す。

「ああ、びっくりした! ちょっと、やめてよ急に。恥ずかしい」

「悪い。本当に壺が出て来たりしてな」

「そんなわけないでしょ、もう」

 二人の会話が再開された。周囲の客や従業員も、大して彼らを気にしている様子はない。

「それにしても」彼は、ミキの隣りの空席に目をやった。「ユカの奴、やけに遅いな。トイレ行くって言ってから、もう十分近く経ってるぞ?」

「確かに、ちょっと変だね。もしかして、調子悪いのかな?」

 彼女は首を曲げ、通路の奥にある手洗いの方へ顔を向けた。突き当たりの向かって右手が女子トイレ、左手が男子トイレとなっている。

 ユカが出て来ないかと、彼らは少しの間そちらを見ていた。しかし、彼女が現れる気配は一向になく、薄暗い通路の先の突き当たりは、不気味なほど静かだった。まるで、それ自体が大きな壺の口のように見えてくる。

「なあ、ちょっと、声かけて来てくれよ」

「う、うん」

 頷いたミキが腰を浮かせかけた、その時。


「お待たせ致しました」


 そう声をかけたのは、一人の店員だった。

 二人は喫驚した様子で、同時に彼の方を向く。

 なんと、その男の店員は、立派な壺を両手で抱えているではないか。

「こちらご注文の壺になります」言いつつ、テーブルの上に置く。あっけに取られたタカオたちは、反射的に、丸く口を開けた闇へ視線を落とした。

 予想だにしない事態が起き、二人は声も出せない。そんな彼らを余所に、店員はそそくさと席を離れてしまう。

「──あっ、ちょっと」

 タカオが慌てて呼び止めたが、無駄であった。

 一度も振り返ることすらせず去って行った店員を見送った後、彼らは再び壺を見下ろした。

「え、何これ。……これって本当にあの話の……」

「いやいや、そんなの実際にあるわけないだろ? たぶん……裏メニューって奴じゃねえか?」

「でも……」

「…………」

「……ねえ……中、何入ってるのかな?」

「な、何って?」タカオは顔を上げる。

「ほら、あの話だと、何か恐ろしい物が入ってるって……」

「まさか」

 彼は笑って見せたが、表情の強張りは隠しきれていない。

「確かめてみる……?」

「え? ──あ、ああ、そうだな……」

 頷き合った彼らは、同時に闇の向こう側を覗き込む。どちらかが生唾を呑む音が、ハッキリと聞こえた。

 そして、二人は同時に瞠目する。

 見開かれた黒眼(まなこ)が映し出したのは、想像を絶する恐怖と驚愕だった。


 ※


 ユカが手洗いのドアを開けると、友人たちの笑い声が耳に入った。席の方を見ると、二人はそれぞれ膝を叩いたり、腹を抱えたりして、楽しそうに哄笑しているではいか。

 彼らの笑い方は尋常ではなく、あまりの恐怖から発狂してしまった者のそれである。

 しかし、ユカはそんなこと考え付きもしなかった。当然だが。

 ──私が腹痛に悩まされている間に、よほどおかしなことがあったらしい。いったい何だろう?

 気になりつつ、ユカは席へと戻る。テーブルの上に何故か壺が置かれているのが、不思議ではあった。

「ごめんね、長く席外しちゃって。ちょっと体調悪くて」

 友人たちは彼女の言葉には答えず、未だに笑い続けていた。

 まだその異常さに気付かぬユカは、無邪気に尋ねる。

「何何? どうしたの、二人とも。なんでそんなにツボってるの?」

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[一言] 面白かったです。 まさかの地口落ちw
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