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灰田くんと八人の切願  作者: 千咲
9/20

#09 灰田くんVS柳田くん2

 灰田健太は走っていた。

 校舎の四階の廊下は凸凹で走り難く、何度も転びそうになった。

 俺は薄れゆく意識を覚まそうと、ただガムシャラに走った。


「灰田!」


 俺は走っていると、耳元のスピーカーから川原の声が響く。

 俺は走りながら耳を傾ける。


「柳田先輩の方も私たちと同じように、校舎の四階を監視してるわ……多分」


 俺はスピーカーから聞こえる川原の声を反芻する。

 そして呟く。


「……ずるい」

「へ?」


 川原は気の抜けた声を上げる。

 俺は構わずに続ける。


「四階を……監視するなんて……ずるい……男なら正々堂々と……正面から戦え!」

「私たちも同じことしてるからね……」


 川原の声は何だか呆れている様子だ。

 俺は朦朧とする意識の中、自分が何を言ってるのかも分からず続けた。


「そうなのか……なら、俺たちもずるい! ずるいぞ!」

「ああ……うん……そうだね、ずるいね」


 川原の声は諦観した様子だ。

 そうだ、ずるい。四階の様子を見ているなんて……それじゃ卑怯じゃないか。

 川原はこほんと咳をすると、おもむろに話を切り出す。


「ともかく……相手が四階の様子を見ている以上、教室の中は危険よ。しばらくは廊下を走り回って」

「おお!」


 俺はマイクに向かってそう叫ぶ。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 一階の調理室の中、川原優枝は考えていた。


(どうすればいい……? 灰田の調子は……最悪だ。もう寝る寸前……いや、もう半分寝てるか)


 私は頭を抱える。

 教室の中は危ない。けど、いつまでも廊下を走っているんじゃ、そのうちに廊下を爆破されてもおかしくない。身体強化された灰田が全力で走っている今、灰田の姿は見えない。それでも廊下に居るのなら、当てずっぽうで爆破してくる可能性がある。


(考えろ……考えろ……何ができる……どうすればいい)


 そもそも柳田先輩の姿が見えなくてはどうしようもない。

 こちらが柳田先輩に与えたダメージはゼロだ。

 これじゃジリ貧も良いところだ。


(灰田の『ビック・ハンマー』で……出来ること……)


 『身体強化』は……もう使っている。

 『エアシュート』は……そもそも柳田先輩の姿が見えないのでは使えない。

 『錬成』は……。


(そうだ『錬成』だ……『錬成』なら柳田先輩の姿が見えなくても関係ない……)


 『錬成』で出来ること……何かないの?

 状況を考えろ……柳田先輩の姿が見えない……教室は爆破される……灰田は廊下を走っている……。


(……そう……そうよ)


 私の中に一つアイデアが浮かんだ。

 これなら……いけるかもしれない。


「灰田、あんたの『錬成』って、どれくらい細かいものまで作れるの?」


 私はマイクに向かって叫ぶ。

 ややあって灰田からの返信がきた。どこか寝ぼけような声だ。


「でっかいのなら木くらい……小さいのならネズミくらいまで……」


 なんとも要領を得ない……けどネズミでも作れるっていうので、『錬成』の作成できるものの細かさは伝わった。

 あとは……賭けだ。

 私は


「灰田……今から言う通りにして頂戴……上手くいくかは分からないけど……ぶっちゃけ、これは賭けになっちゃうわ……」


 私は言い難そうにそう伝えた。

 そう、これは賭けだ。だけど、他に柳田先輩に勝つ方法が思い浮かばないのだ。

 私は灰田の返事を待つ。


「大丈夫だ……お前の考えた作戦だろ……」


 灰田はどこか寝ぼけた口調でそう言った。

 そして続けてこう言った。


「信じてるから」


 信じてる。出会ってまだ一週間しか経ってないのに、どうしてそんなことが言えるのか。私は灰田が寝ぼけているのだと分かった上で、恥ずかしい気持ちになった。

 こほんと咳払いして、私は言った。


「だったら良いわ……それじゃ作戦を説明するわよ」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 柳田飛雄はスピーカーから聞こえてくる声に疑問を投げた。


「図書室に?」


 スピーカーから声が響く。


「こちら青井! ターゲットは図書室に入りました! はい!」


 ふむ……爆発させるか。

 吾輩は立ち上がった。


(吾輩がここに居るとは予想だにしてなかったな……)


 吾輩が居たのは階段。それも四階から屋上へと昇る途中だ。


(ここもギリギリ、今回の戦いの舞台の範囲内……)


 吾輩は階段を降りて廊下の突き当りに立つ。

 図書室は十数メートル向こうに入口が見えた。

 吾輩はニヤリと笑う。

 もっとも、その姿は誰にも見えないだろうが……。

 吾輩の能力『エア』は他者の肺に入り込み、他者を気絶させるものだった。

 また、自身の周囲を覆うことで光学迷彩のように、姿を消すことも出来る。

 吾輩は『エア』の三割ほどを使い、自身の肉体を透明に変えていた。


(ゆけ……)


 残り七割の『エア』を図書室の中に入り込むよう操作する。

 『エア』は何に妨げられることもなく図書室に入っていく。


(よし、入った。次は……)


 そこで今度は『エア』から『ウォーター』に能力を変化させる。

 『ウォーター』は液状の心衣領域だ。

 特徴的なのはその小ささで、ひとしずく程しかなかった。

 もう一つの特徴は……二酸化炭素と結合して大規模な爆発を起こすこと。

 心衣領域は事象に干渉できる。そう聞いたときから爆発を能力に入れようとは考えていた。


(今度は過去二度の爆発とは違う……立ち上がれない程の大爆発を起こしてやる)


 吾輩は『ウォーター』を生成した。

 『ウォーター』は周囲の二酸化炭素と結合し……大爆発を起こした。

 衝撃に校舎全体が揺れる。爆炎が図書室のドアから噴き出す。ガラスが割れる音が鳴り響く。煙が吾輩の足元まで吹いてくる。


(……くくく……吾輩の勝利だ)


 だが、少し待つがミオンから勝者であると宣言はされない。


(ふむ……? まだ息があるのか……)


 ここは慎重に様子を伺った方が良い。


「青井、ターゲットは見えるか?」


 吾輩は小声で尋ねる。

 すぐに返事が来た。


「こちら青井! ターゲットは図書館に入ったのは確実ですが、爆炎で何も見えません!」


 ふむ……爆発が大きすぎたか。

 図書室か。爆発で燃えた本があるから爆炎はしばらくは止みそうもないな。めんどうな。

 もうしばらく様子を見るか。

 それから五分後、吾輩は図書室を見ていたが、未だに動きは無かった。


(これは……もしや動きが取れなくなっているのでは? 例えば……そう足をケガしたとか)


 となれば確認するしかない。

 吾輩は溜息をつくと、図書室に向かった。

 図書室の入口は、ドアが粉々に砕けていた。

 中に入ると爆炎と煙が充満していた。


(ちっ……煙たくてかなわん……)


 吾輩は周囲を観察した。

 図書室の中は燦々たる有様だった。

 倒れた本棚、本棚の本は燃えており、机はその原型もないほど壊れている。


(居た……)


 図書室の端。灰田はうつむきで横たわっていた。

 こちらに足を向けているので表情は見えないが、やはり足をケガしている。

 灰田の両足はグチャグチャに潰れていた。恐らく爆発を近くで受けたのだろう。胴体はどうにかハンマーでガードしたが、足は防ぎきれなかったのだ。

 吾輩は『エア』を使って灰田の頭に行くように指示する。

 『エア』の能力、他者を気絶させる力を使うためだ。


(今度こそ、吾輩の……勝利だ!)


 瞬間、吾輩を衝撃が襲った。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 灰田健太はボロボロの状態で『ビック・ハンマー』を振るう。

 図書室の入口付近。透明になっているのだろうが、煙の流れが違う。間違いないく……そこに居る。

 俺は『ビック・ハンマー』を振りぬいた。


「――がっ!?」


 次の瞬間、ハンマーに確かな手ごたえを感じる。


「あたり!」


 透明だった空間が歪み、柳田先輩が姿を現す。

 柳田先輩は入口が飛び出し、廊下まで吹き飛び、廊下の壁に激突した。


「……はぁ……はぁ」


 俺は肩で息をしていた。

 川原の作戦が上手くいった。

 俺の『錬成』で俺自身のレプリカを作る。それが川原の作戦だった。

 俺は図書室に入ると、すぐに入口付近に座り、俺のレプリカを立っている状態で作った。そして俺自身は這いずって受付の陰に隠れた。案の定、すぐに爆発は起きた。

 俺は寝そべって爆発をやり過ごすと、もう一度『錬成』で今度はうつぶせで寝ている姿の俺のレプリカを作った。脚をグチャグチャにしたのは川原の案だ。俺はそこまでしなくても良いと思ったが、素直に従った。


「チャンスよ、廊下に柳田先輩の姿が見えた!」


 川原の声がスピーカーから響く。

 俺はマイクに怒鳴る。


「あぁ、分かってるよ!」


 俺は廊下に飛び出した。

 柳田先輩は廊下の壁際に尻餅をついて、せき込んでいた。


「さぁ……ようやく姿を見せてくれたね、柳田先輩……」


 俺は廊下に出るとハンマーを片手に、そう呟く。


「……くそ」


 柳田先輩は口から血を流しながらそう言うと、俺に向かって手を翳す。

 気絶させる心衣領域だ。分かってれば喰らうか!

 俺は『身体強化』で加速して、柳田先輩の右から全力全開のフルスイングを食らわした。柳田先輩は廊下の奥へと、体をくの字に曲げながら、吹き飛んでいく。


「はははははははは! 見たか! どうだ、姿が見えればこんなもんだ! ざまーみろ! まいったか! あははははははははは!!」


 俺は寝ぼけた様子でそう言う。

 耳元のスピーカーから川原の叫び声が響く。


「はいはい、すごいねすごいね! 良いから早く追撃! また消えるよ!」


 川原がそう言うと同時、柳田先輩の姿が消え始める。

 俺は『身体強化』で素早く柳田先輩の元に駆け寄ると、『ビック・ハンマー』を打った。が、遅かった。その姿は煙のように消えてしまった。


「ちくしょう、ずるいぞ!」


 俺は地団駄を踏む。


「血の跡は!?」


 川原の声が響く。

 俺は床の上を探し……見つけた。確かに血痕がある。廊下の奥へと続いている。


「あった! あったあった! よくやった! 愛してるぞ! 川原ぁ!」


 俺は叫ぶ。


「……!? ……い、良いから追う!」


 川原が照れたような声でそう言う。

 俺は『身体強化』を使って血痕の後を追う。

 その時、急に目の前の空間に色がついた。

 灰色……いや、白色になったその空間は、まるで針のような形をとり、こちらへと迫る。


「ちぃ……!?」


 俺は咄嗟に回避した。

 針は一本ではなく無数にあった。針の何本かが廊下の壁を突き破り、穴をあけた。


「これも柳田先輩の能力か」


 俺は片膝をついて、前方の白い空間を睨む。

 廊下の白い空間は、廊下の横幅一杯近くまで広がり、行く手を阻む。


「どうしたの、急に止まって!?」


 川原の声が響く。


「柳田先輩の力だ……空気を固めて針で攻撃してくる!」


 白い空間は廊下を塞いでいた。その範囲は廊下の上下ほぼ一杯、左右も一杯……いや左右には少し隙間がある。

 俺は深呼吸して呟く。


「……椿の真似だ」


 俺は『身体強化』で後方に向かって走る。

 廊下の奥にまで到着すると、廊下の壁にクラウチングスタートのように足をつける。


「よーい……」


 俺はそう言うとクラウチングスタートの要領で構える。


「ドン!」


 そう言うと俺の姿は消える。『身体強化』で限界を超えた俺の肉体は、凄まじい速度で前方、白い空間へ向けて走り出す。

 やがて白い空間にぶつかる直前、俺は壁に足をつけ、走り続けた。


「壁走りだー!」


 俺は壁を這うように走り抜けた。

 白い空間は針を突き出す。俺は這ってそれを躱しながら、白い空間を抜けた。


「ははははは! どんなもんだい!」


 俺は床に足をつけると、廊下の血痕を追う。

 やがて血痕は廊下の一番奥で止まっていた。そこだけ血が溜まっている。

 俺は『ビック・ハンマー』を振り下ろそうと、振りかぶった。


「ま、まて……」


 すると目の前の空間が歪み、柳田先輩が姿を現した。

 口からは血を流し、腹を抑えている。骨折した骨が内蔵にでも刺さったか?


「こ……この勝負……引き分けで手をうとう!」


 俺は片目を吊り上げた。


「はぁ? 引き分けだぁ?」


 すると、柳田先輩の耳元のスピーカーから声が聞こえてくる。


「そ、そうだ、引き分けだ!」

「柳田先輩はまだ力を隠している! ええと、そうなんかこう凄い力だ!」

「引き分けで済めば安いものだ!」


 この声は、確か赤井、青井、緑谷とかいうやつか。

 俺は耳元のスピーカーにニヤケながら尋ねる。


「どうする?」


 川原は溜息をついて、こう言う。


「ギルティ」

「はーい」


 俺はハンマーを振りかぶる。


「いやちょっと待て吾輩はそうまだ隠している力があってそれ次第では勝負の行方は――」

「ふん」


 柳田先輩が何か言っていたが、俺は構わずにハンマーを振り下ろす。

 確かな手ごたえと共に、柳田先輩をハンマーが押しつぶす。


「……!?」


 柳田先輩は床に倒れ伏した。

 柳田先輩の眼鏡が割れて、床に落ちている。柳田先輩はピクリとも動かない。

 俺は大きく息を吸い込むと、ピタリと止めた。


「俺の勝ちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺の叫んだ。

 そんな俺の背後にミオンが現れた。

 どこから現れたのか、いつの間にかそこに居る。


「勝者、灰田くん」


 ミオンは愉快そうに、そう告げた。


「いよっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 勝負がついた校舎の四階。

 俺、灰田健太はミオンの力で俺は完全回復した。


「はい、これで良し」


 ミオンは俺を治すと一息ついた。


「あ、ありがとう」


 俺は礼を言う。

 ミオンはあたりを見渡して、溜息をつく。


「君ら……また今回は……ド派手にやったね……」


 ミオンは呆れた様子で呟く。

 俺もあたりを見渡す。

 廊下は凸凹のクレーターだらけ。教室は爆発の影響で今も爆炎が上がっている。

 四階は……控え目にいって、壊滅していた。


「う、うん……その……」


 俺は記憶を遡る。柳田先輩の力で気絶する寸前にされてから、記憶がどうも曖昧だった。俺は何かを言おうとして……結局謝った。


「……ごめんなさい」

「はぁ、まぁ治すから良いよ……でも校舎全体かな、今回のは」


 ミオンは両手を掲げる。

 すると校舎全体が揺れる。揺れはかなり大きかった。


「お、おおう……」


 やがて揺れが収まると、校舎は元に戻っていた。

 凸凹だった廊下は元通り平らになり、爆炎が炊込んでいた教室も元通りだ。


「相変わらず凄いな……」


 俺はミオンの力に感服していた。

 そんな俺にミオンはつかつかと近づいてくる。

 やがて俺の前までくるとピタリと足を止める。


「な、なんだ……?」


 俺は質問する。

 ミオンは思いっきり息を吸い込んで、そして吐き出すように叫んだ。


「すっばらしい戦いだったよ! 柳田くんの爆破が出たときは、勝負がついたかと思ったけど、まさかあそこから逆転するとは! 私は感激している! あの執念とも言うべき戦いっぷり! 君の戦いは前回の椿くんとの対戦で注目していたが、この柳田くんとの試合で私が確信した! 君は凄い! 素晴らしい! 私を満足させてくれる!」


 ミオンの剣幕に押されて、俺は後ずさる。


「そ、そうか……」


 俺はそう呟く。

 ミオンは満足そうに頷くと、振り返る。

 そこには柳田先輩がうずくまっていた。


「彼も治さないとね」


 ミオンは座り込み、片手を柳田先輩に翳す。

 すると柳田先輩のケガはみるみる元通りなっていく。


「これでよし」


 ミオンは柳田先輩の治療を終えると、立ち上がる。


「それじゃ、私はこれで失礼するよ」


 ミオンはそう言うと、階段を降りていく。

 後ろ手に手を振りながら呟く。


「おめでとう灰田くん……これであと五つだね」


 ミオンが去った後、俺は呟く。


「あと五つ……」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 俺、灰田健太は一階の調理室のドアを開けた。


「おーい、川原。勝ったぞー!」


 俺は室内に居るはずの川原を探した。

 川原はノートパソコンを片付けているところだ。カバンに電源コードをしまっている。


「…………」


 川原は俺をじっと見つめる。

 俺は勝利の喜びもあり、明るく話しかける。


「それにしても、さっきはありがとうな。本当に助かった。途中で柳田先輩の力を喰らって気絶しかけた後とか、お前の声だけを頼りに戦ったよ……て、言っても俺は何言ったかほとんど覚えてないんだけどな……いや、本当ありがとう」


 川原はふうとため息をつくと、俺の胸に右拳をつく。


「当たり前でしょ。私はこの試合を任されたんだから。当然よ、とーぜん!」


 俺は何だか嬉しくなって笑う。


「ああ、頼もしい相棒だったぜ」


 俺たち二人は向かい合って笑い合う。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 校舎の四階。

 柳田飛雄こと吾輩は、遠く吾輩を呼ぶ声に目を覚ます。


「――い――先輩!」


 吾輩を呼んでいるのは……赤井だった。


「目が覚めたんですか!?」


 吾輩の胸で泣いているのは……青井か。


「うう……悔しいであります……」


 吾輩の後ろで泣いているのは……緑谷か。

 吾輩は上体を起こした。


「……そうか……吾輩は負けたのか」


 そう呟く。そして――


「ならば次は勝つようにもっと準備がいるな!」


 そういってニヤリと笑う。

 周囲にいた三人は、一瞬ポカンとした後で笑顔になる。


「そうです! 先輩が負けたのは運のせい!」


 赤井がそう言う。


「次はもっと入念に準備して相手をギッタンギッタンに負かしてやりましょう!」


 青井が続く。


「そうであります! 先輩が本気になればこんな試合など楽勝であります!」


 緑谷も続く。

 吾輩は笑う。


「そうだ! その通り! まだ一敗! なにも落ち込むことなど無いのだ!」


 四階の廊下に吾輩の高笑いが響く。

 四階の生徒たちは不振そうに吾輩たちを見ていた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 夕方、駅前の病院。

 五階の廊下の一番奥。

 俺、灰田健太は病室のドアを開けた。


「あ、お兄ちゃん」


 妹が俺に笑顔で挨拶してくる。


「よお、様子見に来たぞ」


 俺はそう返す。


「毎日様子見に来なくても良いのに……」


 俺はベットの横にイスを置いて座る。


「……今日は囲碁将棋部の人たち居ないの?」


 妹はキョロキョロと入口の方を見渡す。


「ん? ……ちょっと待ってな」


 俺は入口まで戻ると、入口の外に立っていた川原を呼びに行った。


「なんで入らないんだよ?」


 川原は俯いていて呟く。


「……何となく」


 俺は川原の手を掴む。


「なに今更、遠慮してるんだよ」


 俺は川原の手を引き、妹のベットまで一緒に来た。

 川原は嫌そうにしていたが、妹が見えると笑顔に変わる。


「やあ、こんにちは!」


 川原は笑顔で挨拶する。


「こんにちは」


 佐代子も笑顔で答えて、質問する。


「今日は他の人は居ないんですか?」

「他の人は今日は居ないよ、私だけ。ちょっと都合が合わなくてね……」


 川原はそう言うと俺を睨む。

 俺は目を逸らす。

 都合が合わなくてというのは、俺が早く妹の見舞いに行きたがったからだ。

 川原は他の三人を待とうとしていたが、俺が待ちきれないと言って、結局、川原だけついてくることになった。金本たちにメールで伝えたところ『良いから、行ってこい』とのことだった。


「ふーん……」


 佐代子はそう呟くと、俺と川原の様子を見る。

 そして溜息をつく。


「お兄ちゃんがご迷惑をおかけしてませんか……?」

「ははは、そんなこと心配しなくても大丈夫よ。適当に付き合ってるから」


 川原が笑顔でそう言う。


「それで今日、学校であったことなんだけど――」


 川原と佐代子は談笑している。

 俺は一人取り残されて、それを見ていた。


(なんか俺……居なくて良い?)

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