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灰田くんと八人の切願  作者: 千咲
3/20

#03 灰田くんと八人の切なる願い

 昼休みのグラウンド。

 昼食を終えた生徒たちがグラウンドで遊んでいる。

 グランドの隣、芝生の生えたスペースに椿は座っていた。


「おい、椿」


 俺は椿の後ろに仁王立ちして声をかけた。

 椿は一度、俺の方を向くと、そのまま正面に向き直る。

 俺は構わず続ける。


「妹に謝れ」


 椿は正面を向いたまま呟く。


「消えろ」


 椿の表情は見えない。

 俺は目を吊り上げる。


「妹を大切にしない奴は最低だ。妹を殴って謝りもしない奴は兄貴失格だ。お前は妹を殴って謝りもしない。お前は兄貴失格だ」


 椿は正面を向いたまま溜息をつく。


「なぁ……お前、灰田だろ。ミオンに選ばれた八人の一人」

「あぁ」


 そう答えてから、俺はふと疑問に思って質問する。


「なんで名前まで知ってるんだ」

「そりゃ、お互い様だろ」


 椿はそう言うと、俺の方を見る。


「お互いに選ばれた八人の一人なら話は早い。俺と賭けをしないか?」

「賭け?」

「あぁそうだ。賭けの内容は『俺たちの試合で勝った方が負けた方に何でも一つ命令できる』だ。どうだ話がはえーだろ?」

「よし乗った」


 椿はちょっと意外そうな顔をする。


「随分あっさりと賭けをのむんだな」

「話が早いだろ」


 椿はキョトンとした顔をした後、何かに耐えているように腹を抱える。

 やがて耐え切れなくなったように大声で笑う。

 グラウンドで遊んでいた生徒たちが何事かとこちらを見る。

 やがて笑い終えた椿は、再び正面を向く。


「用は済んだろ……消えろ」


 今度こそ取り付く島もない声音で椿は告げる。

 俺は鼻をならして、踵を返し、その場を後にする。

 小さな声でつぶやく。


「ぜってぇ負かす」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 それから三日間が過ぎるのはあっという間だった。

 俺は朝早くに起きてジョギング。

 学校では筋肉痛に耐えて授業を受けて、休み時間に眠る。

 帰宅すると家事をこなし。

 心衣領域をどんな武器にするか考え。

 最後に筋トレに励む。

 そして三日目の朝が来た。


「出来た……完成だ」


 俺は心衣領域を武器の形にして両手に持っていた。

 時計の針は朝の五時を指している。

 昨晩から悩みぬいて、結局、徹夜してしまった。

 目の下にはクマが出来ている。


(相手の武器次第じゃ通用しないかもしれないけど……とりあえず完成だ)


 俺は心衣領域を消して、大きく深呼吸をした。

 両手を握り締める。


「やってやる……」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 明和中学校。

 朝のHRが始まる前、クラスの中では生徒たちが談笑している。

 俺は自分の席について、その時をまった。


(前回と同じなら、そろそろか……)


 やがて担任の教師がクラスに入ってくる。


「お前ら席につけー。朝のHR始めるぞー」


 生徒たちは談笑を止め、各自、自分の席に座っていく。

 俺は拳を握り締める。

 担任の教師は、生徒たちが席についたのを見ると、朝のHRを始める。


「よーし、朝のHRはじめるぞ」


 担任の教師がそう告げると同時。

 クラスの生徒たちが固まった。

 生徒たちだけではない、担任の教師もだ。


(来たか……)


 次の瞬間、目の前が真っ白な光に包まれる。

 俺は目を瞑った。

 そしてゆっくりと目を開ける。

 そこは空の上だった。

 自分が直径二メートルほどの足場の上に居るのを確認する。

 周囲には同じような足場の上に居る七人の生徒たち。

 数メートル離れて円形に並んでいる。

 その中央の空間にミオンが居た。


「やぁ、諸君、久しぶりだね」


 ミオンはまるで飼い猫にでも呼びかけるように呟いた。


「約束の三日目だ。各々、自分の武器は出来たかな?」


 そう尋ねながら、ミオンは八人の顔を順々に眺めていく。


「ほおほお……ふふふ……なるほど」


 何か面白そうにクックッと笑いながら腹を抱える。

 そういえばこちらの心の中を読めるんだったな。

 俺たちがどんな武器にしたかを読んでるのか。


「それじゃあ武器は今の状態で固定させてもらう」


 ミオンは右手を開くと、ギュッと手を握った。

 俺は心の中を何か得体の知れないものに掴まれたような感覚に襲われた。


 「ん。確かに申請は受け取った」


 俺は自分の中で何かが固まったような感覚を受ける。

 これで申請が終わりか。

 申請っていうから、もっとこう……ミオンに直接言うのかと思っていた。


「んー……にしても、君たちは互いの名前も知らないんだっけか? それじゃあいけないなぁ……うん、いけないなぁ」


 ミオンはわざとらしくかぶりを振り、指をピッと立てる。


 「それじゃ、各自、自己紹介をしようか。順番に氏名、学年、クラス、叶えたい願いを話してくれ」


 八人がざわつく。

 ミオンは何と言った。叶えたい願いを言え?

 御堂が手を上げる。


「あの、ちょっと良いですか」

「ん、なんだい?」


 ミオンは御堂の方を向く。


「氏名や学年、クラスは良いんですけど……叶えたい願いを言うのはちょっと。ほら、みんなの前で言いたくないって人も居るでしょう?」


 御堂は俺たち七人の方を同意を求めるように指す。

 ミオンはそんな御堂に告げる。


「ダメだ」

「いや、でも――」


 尚も食い下がろうとした御堂をミオンの言葉が遮る。


「これは強制だ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺たち八人は寒気に襲われる。

 ミオンの雰囲気が変わった。

 ミオンは笑顔だったが、その裏に隠し切れない冷たさがあった。


「……それじゃ、仕方ないですね」


 御堂はそんなミオンを見て呟く。

 ミオンは御堂の方を満足そうなを向ける。


「さて、それじゃ君から自己紹介いってみようか」


 ミオンは俺の右隣に立っていた三年の男子生徒を指差す。

 男子生徒は呟く。


「拒否権は?」

「ないよ」

「……はぁ」


 男子生徒は溜息をついて、自己紹介を始める。


「俺は黒崎真一。三年一組だ」


 黒崎先輩は真面目そうな人だった。

 短髪の黒髪にキッチリと着こなした学生服。

 先生から信用されてそうな、いかにも優等生という感じだ。


「叶えたい願いは……友人の障害の治療だ……以上」

「ん。ありがとう」


 友人の障害の治療……なんだか俺の妹の病気の治療と似ているな。

 ただ、俺と違うのは、願いが叶わなくても友人は生きてるということだ。


「それじゃ次は……黒崎くんの右隣の君だ」


 そう言って、右隣に立っていた二年の男子生徒を、椿を指差す。

 椿はしばし無言でいた。


「ん?」


 ミオンが首を傾げる。

 椿は舌打ちして自己紹介を始める。


「椿恭平。二年二組だ」


 椿はいかにも不良という見た目だ。だらしない着こなしの学生服。

 茶髪に染め、肩までかかる髪。耳にはピアスもしている。


「叶えたい願いは……」


 椿は言い淀む。


「んー?」


 挑発するようにミオンが聞き返す。


「……くそが……両親の復縁だ」


 椿は吐き捨てるようにそう言う。

 俺はちょっと意外だった。

 椿にしてはというか、もっと業突張りな願いかと思っていた。


「ありがとう椿くん。じゃあ次は――」

「僕ですね」


 椿の右隣に立っていた御堂が被せるように言った。


「そうだね」

「では……」


 御堂はゆっくりと自己紹介を始める。


「僕の名前は御堂誠二です。生徒会で副会長をしてるので知ってる人も多いかもしれません」


 御堂は独特の雰囲気を持っていた。

 明るい性格から壁を作らないタイプなのが分かる。

 校則違反とは言えない程度に薄っすらと茶髪に染めたベリーショートの髪。

 何というか掴みどころがないタイプだ。


「学年とクラスですが、二年一組に在籍しています。叶えたい願いは心衣領域の継続利用です。以上」


 ん?

 心衣領域の継続利用?

 俺は訝しんだ。それなら御堂の叶えたい願いはミオンが来た後に考えたものってことにならないか? いやそれよりも心衣領域って武器だろ? それを継続利用できたから何だっていうんだ?


「ありがとう御堂くん。それじゃあ次は君の番だね」


 ミオンは御堂の右隣に立っていた三年の男子生徒、柳田先輩を指差す。


「吾輩の番か」


 変な一人称でそう言うと、自己紹介を始める。


「吾輩は柳田飛雄。化学部の部長である」


 柳田先輩は眼鏡をくいっと上げる。

 身長がかなり高く百八十センチ近い。

 体格は細身で、遠目には細い棒が立っているような印象を与える。


「所属は三年四組だ。叶えたい願いは肉体を捨て、電子生命体になることだ」


 ぶっ飛んだ願いだった。

 肉体を捨てるって……何を言っているのか分かっているのか。


「ん。ありがとう柳田くん。じゃあ次は君だ」


 ミオンは柳田先輩の右隣に立っていた一年の女子生徒を指差す。


「は、はい……」


 指差された女子生徒はおどおどした様子で自己紹介を始める。


「わ、私は楓美香……クラスは一年三組です」


 楓は柳田先輩とは逆にかなり身長が低く百四十センチも無いように見える。

 ショートの黒髪に髪飾りをつけている。どこか制服に切られている印象だ。

 自分に自信がないのか、おどおどした様子で話し始める。


「か、叶えたい願いは……亡くなったお母さんに会いたい……です」


 亡くなった母さんに会いたい……か。

 俺は母さんのことを思い出す。

 願いが二個あったら、それも良かったかもな。


「ありがとう楓くん。それじゃあ次は君の番だね」


 ミオンは楓の右隣に立っている三年の女子生徒を指差す。


「はーい」


 軽く返事をする女子生徒。


「私は枝野里香。三年三組だよ」


 枝野先輩はロングの茶髪の先を指で弄りながら言った。

 どこがとは言えないが、何となく怖い感じの先輩だった。

 動物に例えるならば……蛇。


「叶えたい願いは他者の心の中を読む、サイコメトリーの習得だよ」


 サイコメトリー……心の中を読むか。

 そうまでして他人の心の中を読みたいものか?

 俺は腑に落ちない顔をした。


「ありがとう枝野くん。じゃあ次は君の番だね」


 ミオンは枝野先輩の右隣に座っていた二年の女子生徒を指差す。

 指差された女子生徒は自己紹介を始める。


「私は双葉涼子。クラスは二年四組」


 双葉はセミロングの黒髪をなびかせて笑う。

 あっけらかんとした雰囲気の女子だ。


「叶えたい願いは……」


 そこで双葉は言葉を切る。

 何か悩んでいる様子だ。


「……ふーむ」


 やがて双葉は意を決した様に話始める。


「叶えたい願いは……健康に寿命を全うできることよ」


 ん?

 健康に寿命を全うできるって……それって願いが無いって言ってるようなものじゃないのか。

 いや……そうか、双葉はきっとそれに願いを使わないといけない状況なんだ。

 そうしなければ余命いくばくもないとか……。


「……ん?」


 ミオンが眉をひそめる。


「その願いで良いのかい?」


 双葉は明るい笑顔でミオンに答える。


「何か問題があった?」


 ミオンはしばらく考え込んでいたが、やがて溜息をつく。


「うん……まあ良いよ」


 ミオンは腑に落ちないという感じだった。


「さて……最後は君だね」


 ミオンは気を取り直して、俺を指差す。

 俺は自己紹介を始める。


「俺の名前は灰田健太。クラスは二年三組だ。叶えたい願いは――」


 俺はゆっくりと深呼吸した。


「妹の病気を治すこと」


 俺ははっきりとそう告げた。

 俺の叶えたい願い。何を置いても叶えたい願い。

 そうだ……他の七人の願いなんて知ったことじゃない。


「うん、ありがとう灰田くん」


 ミオンはそう言うと、俺の方に背を向ける。


「さて、諸君がお待ちかねの試合だが……」


 ミオンは楽しそうな様子で八人の顔を眺める。


「今日が金曜だから、次の月曜の放課後、試合を始める。対戦カードは……」


 ミオンの頭上に巨大な心衣領域が四つ現れる。

 心衣領域は四角い板状へと形を変える。

 四つそれぞれの心衣領域は、二人の人間の姿を映す。

 ミオンはそれを見て告げる。


「柳田飛雄VS楓美香」


 柳田先輩と楓の二人。


「御堂誠二VS双葉涼子」


 御堂副会長と双葉の二人。


「黒崎真一VS枝野里香」


 黒崎先輩と枝野先輩の二人。

 そして……。


「灰田健太VS椿恭平」


 いきなり来たか……。

 俺は椿の方を見る。椿も俺の方を見ていた。

 俺は両手を握りしめる。


「試合場だが、柳田君たちの試合は格技場、御堂くんたちの試合はグラウンド、黒崎君たちの試合は校舎の四階、そして灰田くんたちの試合は体育館を使用する」


 四カ所で行うのか。

 俺は一般の生徒たちはどうするんだろうと訝しんだ。


「試合開始は十六時。試合時間は三十分。それまでに相手を降参させるか、気絶させれば勝ちだ。どちらの条件も満たさずに制限時間の三十分が来た場合は引き分けとする」


 御堂が手を上げる。


「あの……一般の学生たちはどうするんですか? その時間は部活動とかもあると思いますが?」

「その点は君たちが心配しなくても良いよ」


 ミオンは事もなげにそう言う。

 御堂は尚も続ける。


「そうですか……それと四カ所で同時に試合を行うということですが、審判などはどうするのですか? ミオンさんは一人しかいませんし」

「その点も君たちが心配することじゃないよ」


 ミオンは笑顔でそう言う。

 御堂はそれ以上、追及するのを諦めたようだ。


「それじゃ……質問は以上かな?」


 ミオンは八人の顔を眺めて、返事がないことを確認する。


「よろしい。それじゃ、今日はここで解散としよう」


 ミオンがそう言うと、その姿は光に変わり始める。


「諸君の切なる願いが叶わんことを……」


 同時にまた目の前が眩しい光で覆われる。

 俺は目を閉じようとして、ふと椿の方を見る。

 椿は俺を睨んでいた。人でも殺しそうな目で。俺は椿の方へ睨み返した。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 その日の帰り道。

 俺はいつも通りに妹の病院へ向かっていた。

 交差点で赤信号になり、信号が変わるのを待っていると、ふと声をかけられた。


「やっほー灰田」


 声をかけてきたのは双葉だった。

 ミオンに選ばれた八人の一人。

 話すのは初めてだ。


「双葉か……なにか用?」

「いや用は無いけど? 見かけたから声をかけただけ」


 あっけらかんと答える双葉。


「そう」

「家こっちなの?」

「いや」

「じゃあ何してるの?」

「妹の病院に見舞い」

「おお」


 双葉は感心したような顔をすると、思い出したように俺に聞く。


「月曜日の試合、勝てそう?」

「勝つさ」


 俺は即答する。


「凄い自信」

「自信の問題じゃない。勝たなきゃいけないんだ」

「ふーん」


 双葉は何を考えてるか分からない瞳で、そう答える。


「双葉こそ、月曜日の試合は勝てそうなのか?」

「うーん……どうだろうねえ。まぁ勝つのは難しけど、負けはしないと思うよ」


 双葉の言葉には嘘がない。

 そう思えるだけの自信が感じられた。


「凄い自信だな」

「え……いや、勝つのが難しいって言ってる時点で、自信もなにも無いでしょ」


 まぁ……言われてみれば、それもそうか。

 信号が青に変わり、俺は歩き始める。

 双葉は立ち止まっているのかついてこない。

 俺は後ろを振り返る。

 すると双葉の姿はどこにもなかった。


「……!?」


 え……? どこに消えた?

 俺は交差点の周囲を見渡すが、双葉らしき人影は見つからなかった。

 周囲には身を隠せるようなスペースもない。

 何がどうなっているのか分からなかった。


「なんなんだ……いったい……」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 夕暮れが覗く学校の校長室。

 校長席に座った校長が汗をかいている。

 室内の中央には来客用のテーブルとソファーがある。

 そのソファーの上にミオンが座っている。

 呑気そうな様子でお茶を飲んでいる。


「そういうわけだから、明日からよろしくね」


 ミオンがテーブルの上のお菓子を食べながらそう言った。


「……分かりました」


 溜息をつきながら、校長はそう答える。


「ですが、くれぐれも生徒に被害がでないように……」

「その辺はわかってるさ」


 ミオンはお茶をすすりながら答える。


「一般生徒には一切被害を出さない。そこは約束するよ」

「そこさえ守って貰えるなら……」

「うん、交渉成立だ」


 ミオンは席を立つ。

 その場で心衣領域を展開すると、心衣領域は無数の細かい球状に分かれて弾けた。弾けた心衣領域は部屋の壁の向こうへと消えていく。それを見てミオンは笑う。


「さて……今回は面白くなるかな……」


 誰にともなくひとりごちる。

 窓の外は夕日で、赤い空が広がっていた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 それから次の月曜日まで、俺は筋トレ、ジョギング、それに武器を使ったトレーニングを行った。

 最後の日曜日はさすがに筋トレは休んだが……。

 月曜日に筋トレで筋肉痛になったのでは本末転倒だ。

 そうして日曜日の夜。

 俺は自宅の自室の電気を消した。


(やれることはやった……あとは野となれ山となれだ)


 病院に入院している妹の顔を思い出す。

 絶対に負けるわけにはいかない。

 誰が相手でも、負けるわけにはいかないんだ。

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