#15 灰田くんと佐代子のお願い
「おーい」
金本が校門の前で呼んでいる。
俺、灰田健太は川原と一緒に、校門へと向かう。
校門には金本、倉田、望月先輩が居る。
「勝ったぞ!」
俺は校門に向かって叫ぶ。
校門前の囲碁将棋部の面々は喜んでいるのが見える。
やがて校門前の囲碁将棋部の面々と合流する。
「やったな、灰田」
金本がそう言って、握手を求めてくる。
俺は握手に応える。
「これでいよいよあと三つだ」
そう言って頷く。
「それじゃ、いつものとこ、今日も行くんだろ?」
「あぁ」
俺たちは駅前の病院へと向かった。
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夕方、駅前の病院。
五階の廊下の一番奥の病室。
俺たちはドアを開ける。
「よお、また来たぞ」
俺はドアを開けて、妹の佐代子に向かってそう言う。
佐代子は俺たちを見ると、笑顔で俺たちに挨拶する。
「こんばんは」
「こんばんは、佐代子ちゃんまた来たよ」
川原がそう言って、笑顔で佐代子の元へと行く。
俺と金本はベットの横にイスを並べる。
一時、俺たちと佐代子は談笑を楽しむ。
ふと、佐代子は笑うのをやめて、こんなことを言い出す。
「あの……この間、言ったこと……」
俺は怪訝な顔をする。
「この間?」
「うん……誕生日プレゼントの話……」
俺たちは顔を見合わせた。
「あの話なんだけど……無かったことにしてもらえるかな」
「…………」
俺は佐代子の心中を表情から読み解こうとした。
佐代子の表情は俯いていて良く見えない。だが、それでも見えてくる。佐代子は後悔しているのだ。病院から出て中学校へ行きたい、そんな願いを言ったことを。
「後悔してるのか……学校へ行きたいって言ったこと」
「…………」
佐代子は押し黙る。
俺は重たいものを押し上げるように口を開く。
「連れてく……絶対に学校に連れていく。お前が今更何と言おうと連れてくからな」
俺の決意はとっくの昔に終わっていた。
俺の言葉を聞いて、佐代子は溜息をつく。
「……じゃあ……任せる」
「任された」
俺と佐代子は互いに迷いと決意の入り混じった視線を交わす。
囲碁将棋部の面々はそんな二人を黙って見ていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
夜の駅前。
ファミレスのテーブル席。
俺たちは注文を済ませ、席に座っていた。
「それじゃ、試合結果から……」
金本が手元の水を飲みながら口を開く。
「まず御堂と柳田先輩の試合だけど……御堂の勝ちだ」
俺は何となく察していた。
御堂は勝つだろうな……そんな気がしていた。
「試合開始と同時、御堂は空を飛んで、姿を消していた柳田先輩の元に真っ直ぐ向かっていった。そして……御堂が手をかざしたら、柳田先輩の姿が現れた」
「手をかざしたら?」
俺は聞き返す。金本は頷く。
「ああ、手をかざしたら柳田先輩の姿が現れたんだ。柳田先輩の様子から自分で能力を解除したわけじゃなさそうだ」
俺は溜息をつく。
分かっていたけど……御堂の力は底が見えなかった。
飛行能力に、椿以上の身体強化、自身を覆うオーラ、レーザー、それに……他者の能力に干渉できるのか……。
「その後は、御堂の手刀で柳田先輩は気を失って試合終了だ……」
金本は空になったコップを手元に置く。
「次は、双葉さんと楓さんの試合をも望月先輩、お願いします」
「ああ」
金本は望月先輩にそう言う。
「双葉さんと楓さんの試合だけど、また引き分けだったよ。いつも通りに双葉さんが試合開始と同時にドアを出して試合終了までどこかに行っちゃったんだ」
「……双葉はこれで四戦全て引き分けか」
俺は溜息をつく。
双葉の考えは全く分からない。なんで引き分けを狙うんだ?
「最後に枝野先輩と椿の試合、倉田、お願いするよ」
「はい」
コップの水を飲んでいた倉田は、コップを手元に置く。
「試合結果は枝野先輩の勝ちです。試合内容は……椿が試合放棄をしたんです」
「試合放棄……?」
「はい。試合開始と同時に降参したんです」
俺は椿のここまでの対戦成績を思い出す。たしか一分二敗……勝ちがついていなかった。諦めても……仕方ないのか。
「そうか……」
俺は何だか悲しい気分になった。
「それで……御堂のことなんだけど」
金本はそう言って切り出す。
「どうやって御堂が力を増やしているのかは……分からなかった。今はまだ……もちろん、これからも調べるつもりではいる」
「…………」
俺は御堂の力のことが知りたかったが……まだ時間が掛かりそうか……。
俺の様子に気付いたのか金本は喋りだす。
「でも……一つ気になったことがある。試合のある日、御堂は全クラスの前に居たんだ」
「全クラスの……前……?」
俺は聞き返す。
「あぁ……正確には全クラスの掲示板の前だけど……御堂は各クラスの掲示板を三分くらい見つめていたんだ。何をするわけでもなく……俺は不思議なことをしていると思ったけど、結局、見つめるだけで何もせずにそのまま立ち去ったんだよ」
「…………」
俺は御堂の力になにか関係しているのかと思って考えた。
(掲示板……全クラスの……?)
俺は違和感を感じていた。
なんでそんなことをする?
クラスの掲示板に何があるというのか……。
御堂の力の秘密……そのヒントが何かあるのかもしれない。
「それで……試合予定についてですが……」
倉田がそう言う。
「帰りに職員室前のプリントを見て来ました。次の灰田先輩の相手は枝野先輩です」
枝野先輩か……俺は御堂が相手でなくて内心ほっとしていた。
「枝野先輩の力は銃だったな……」
銃とハンマーの対戦か……普通に考えれば銃の方が有利だな。
「はい、枝野先輩の銃撃は強力です。いかに接近してハンマーを当てるか……そこが勝負を分けます。もちろん、『エアシュート』も狙っていければどんどん狙っていくに越したことはないです」
倉田はそう語る。
「そうだな……どう近つくか……」
俺はそう言って考える。
黒崎先輩と違って遠距離攻撃が相手だ……『身体強化』で試合開始と同時に接近するか。相手の銃撃をこちらの攻撃で封じる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
月曜日。
ミオンの試合がある日。
昼休みに俺、灰田健太は三階の廊下に居た。
「あそこだ……」
そう呟いたのは金本だ。
金本と俺は談笑する振りをして、三階の廊下を見張っていた。
そこに御堂が現れた。
「…………」
御堂は三階の教室の前の掲示板を見つめている。
掲示板にはプリントは一枚しか貼っていない。
『廊下は走るな』という注意書きだ。
「あのプリントは先週から変わっていない」
金本がそう告げる。
御堂はたっぷり三分、掲示板を見ると次の教室の前の掲示板へと移動した。
(なにをしている……)
御堂は本当にただ掲示板を見ているだけだ。
金本から話を聞いたときは、他になにかをしているんじゃないかと思ったが……どういうことだ。
御堂はそのまますべての教室の前でなにもせずにただ立っているだけだった。
「どうなってんだ……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ミオンの行う試合の十五分前。
俺、灰田健太はプールサイドで枝野先輩を待っていた。
ミオンは俺の隣で退屈そうにしている。
「……退屈そうだな」
俺はたまらずに尋ねた。
「んー? まぁね」
ミオンは宙を見つめたまま、そう呟く。
「今日の試合を思うとね……」
ミオンは気になることを言う。
俺は疑問符を頭に浮かべる。
やがて枝野先輩が現れた。
「……な!?」
現れた枝野先輩は……満身創痍だった。
制服はあちこち破けていて、顔は進まみれだ。
その表情だけはいつも通りのニヤついている
「その傷は……?」
俺は思わず問いただした。
枝野先輩は溜息をついて答える。
「御堂よ。あいつに不意打ちかましてきたのよ。ま、結果はご覧の有り様だけどね」
そう言ってボロボロになった自分の恰好を指し示す。
「ミオン、あんたのルールに試合前に襲撃しちゃいけないってのは無かったわよね?」
「あー、無いよ。無い無い」
枝野先輩の問いかけに、ミオンは片手を振って答える。
枝野先輩は溜息をつく。
「もう少しどうにかなるかと思ったんだけど……どうにもならなかったわ。いや、あそこまでとんでもないとはね……お手上げだわ」
そう言って枝野先輩は両手を上げる。
「試合を始める」
ミオンはそう言う。
俺は慌てて『ビック・ハンマー』を展開するが……枝野先輩は何も出さない。
そして……。
「棄権します、降参」
枝野先輩はそう言う。
「勝者、灰田くん」
ミオンはそう言う。
俺は訳が分からなかった。
『ビック・ハンマー』を消して二人を見る。
「これで優勝する可能性があるのは、御堂の他はあんただけになったわね」
「…………」
枝野先輩は俺に語りかける。俺はどう答えていいのか分からず押し黙る。
「ま……せいぜい頑張ってね」
そう言って、この場を去っていく枝野先輩。
最後にこう呟く。
「あー……願いごと叶えたかったな……」
あとに残される俺とミオン。
ミオンは俺に語り掛ける。
「あと……二つ」
俺は押し黙る。
「二つで……君の切なる願いは叶う」
ミオンはそう言って笑う。
「御堂くんを倒せればね」
御堂……。
俺は拳を握り締める。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
虫の鳴き声が響く月夜。
誰もが眠る時間、当然、病院の患者も眠る。
駅前の病院、その五階の病室。
そこは一人部屋の為、他の患者は居ない。
そこに灰田佐代子は寝ていた。
「…………」
病室のドアが音もなく開く。
入って来たのは俺、灰田健太と倉田だった。
病室の中に誰も居ないことを確認する。
俺と倉田はそっと佐代子のベットに近づく。
「佐代子……佐代子……」
ベットに寝ている佐代子を揺する。
目が覚めない。
俺は構わずに揺すり続ける。
ユサユサ。
ユサユサユサユサ。
ユサユサユサユサユサユサユサユサ。
佐代子はゆっくりと目を開ける。
「……おはよう」
佐代子は寝ぼけながら挨拶をする。
「おはよう……行くぞ」
「……うん」
俺は佐代子にそう告げる。
佐代子は黙って従う。
スリッパを履き、ベットの横に立つ。
その姿は俺の知っている昔の佐代子に比べると、大分異なっていた。痩せこけていて体のラインが信じられないくらい細い。
倉田は佐代子が今まで寝ていたベットに代わり寝る。
「ぼくはここで寝てるので……身代わり役です」
佐代子は小声で笑う。
「こっちだ……」
俺は佐代子の手を引いて、病室のドアをそっと開ける。
ドアの向こうの廊下には人の気配はない。
俺は廊下へと出て階段を目指す。
階段まで着くと、俺はしゃがんだ。
「ほれ……おんぶだ」
「…………」
おんぶと言った俺を、佐代子は微笑んで見つめる。
俺は訝しんだが、すぐに佐代子がおんぶされたので、何も言わずに佐代子を背負う。
軽い。その体は俺が思っていたよりもずっと軽かった。
「……いくぞ」
「うん」
俺は階段を下りていく。
途中、一階降りるごとに廊下に誰か居ないかを確認する。
やがて一階までたどり着くと、正面玄関とは反対に向かう。
俺が向かうのは、裏口の方にある緊急患者などを入れる入口だ。
俺は緊急患者用の入口から外へと出ると、正面玄関の方へと向かった。
「こっちだ」
小声で金本が呼ぶ声が聞こえる。
正面玄関の方に自転車に乗った金本と川原が居た。
俺は金本たちの方へと向かうと、止めてあった俺の自転車を起こす。
俺の自転車は改造してあり、後ろに後部座席のようなものが取りつけられていた。
俺は佐代子をそこに乗せる。
「よし……いくぞ!」
俺たちは自転車をこぎ出す
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あははははははははは!」
自転車の後部座席で大声で笑う佐代子。
俺は必死に自転車をこぐ。
「佐代子……ぜぇ……何がそんなにおかしいんだ……ぜぇ……?」
俺は自転車をこぎながら質問する。
佐代子は笑いながら答える。
「分かんなーい!」
俺は佐代子が楽しいなら、まぁ良いかと思い、それ以上追及をするのを止める。
やがて道は丘に差し掛かる。
丘……つまり、登り坂に。
俺は根性を入れて自転車のペダルを踏みこむ……が、やはり丘を二人乗りで登るのは相当にこたえる。
「灰田、佐代子ちゃん乗せてるのよ! 根性見せなさいよ!」
川原がそういって、片手を握り締める。
俺は川原の方を見て、
「分か……ぜぇ……てる……ぜぇ……よ」
と答える。
佐代子はふと笑うのやめて、俺に心配そうに尋ねる。
「私、降りようか……?」
「…………!」
ふんが!
その瞬間、俺の中にあるお兄ちゃん細胞が全身に命令を下す。
根性見せろ!
俺はすいすいと丘を登っていく。
佐代子が笑っているのが声で分かった。
丘の上の明和中学校につくと、俺は自転車から降りて呼吸を整える。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」
俺に川原が聞いてくる。
「大丈夫?」
俺は荒い息で答える。
「らい……じょ……ぶ……」
俺たちは自転車を駐車場の隅に止め、校内へと入っていく。
佐代子は初めて入る明和中学校に興奮を抑えきれない様子だ。
「……どうだ、佐代子?」
やっと呼吸が落ち着いてきた俺は、佐代子にそう尋ねる。
佐代子は笑いながら、俺に答える。
「すっごいね……!」
佐代子はグラウンドを眺めながら、しばらく歩いていたが、やがて立ちとまる。
佐代子はじっと一点を眺めている。
俺はその視線の先にあるものを見た。校舎だ。
もっと言えば……屋上。
「……屋上に行きたいのか?」
俺は佐代子に尋ねる。
「え……い、いや……ちょっと眺めてただけ……あそこに登ったら気持ちいいだろうなって思って……」
佐代子はそう答える。
俺は視線を屋上へと向ける。
(ギリギリ……届くかな……?)
俺は佐代子を抱えた。
「わっ……!?」
佐代子は突然抱えられてびっくりしたようだ。
何をされるのかと思ったのだろう。
「佐代子……ちょっと目瞑ってて」
佐代子は一瞬困惑した顔を見せるが、すぐに目を瞑る。
俺は『ビック・ハンマー』を展開した。佐代子を抱えながらの為、片手にかなり無理のある態勢で持つことになったが……。
俺は『身体強化』を使って校舎へと走り、屋上へとジャンプした。
途中で壁を蹴り、屋上の上へと上がると『ビック・ハンマー』を消す。
「もういいぞ、佐代子」
佐代子は目を開ける。
そこには一面に広がる風景があった。
校舎を全て見渡せ、グラウンドには金本と川原がいる。
丘の下には街並みが広がり、空には月夜が輝く。
「すごい……!」
佐代子は俺に振り向く。
「ねえ、どうやって登ったの……!?」
「……根性」
「なにそれ」
佐代子はそう言って笑う。
俺は笑う佐代子を見て微笑む。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
駅前の病院前。
俺、灰田健太と倉田は人目を避けるように外へと出てきた。
正面玄関にて待っている金本と川原と合流する。
「佐代子ちゃんは……?」
川原がそう聞く。
「病室で寝てるよ……」
俺はそう答える。
「そう……よかった……」
川原はそう言うと、胸を撫でおろす。
「じゃ、行こうぜ。あんまり病院前で長居するのもアレだ」
金本がそう言い、一同は頷く。
自転車をこいで病院を離れる一同。
ふと、川原が口を開く。
「それにしても……望月先輩は残念だったわね」
俺はそれに答える。
「仕方ないよ……望月先輩のうちは夜に出歩くの禁止だっていうし……それに親戚が尋ねて来るっていうんじゃ……」
「当日の夜になって突然尋ねて来たんだっけ……まぁ仕方ないわね」
川原はそう言って肩を落とす。
やがて川原、倉田とも帰り道が違うので分かれる。
俺は家の近い金本と二人、自転車を走らせる。
「……なぁ」
俺は自転車を走らせながら呟く。
「なに?」
金本はこちらを見る。
「今日はありがとう……妹の……佐代子が笑っているところを……久しぶりに見た」
俺は知っていた。
佐代子が俺の前に居る時だけ、空元気で居ることを。
本当は楽しくなくても笑い、本当は怒っていなくても怒り、本当は悲しくないのに悲しんでいる。
俺はずっとそれを何とかしたかったが……方法が分からなかった。
だけど今日の佐代子は……本当に……心から笑っていた。笑っていたんだ。
「なんだよ突然……それに佐代子ちゃんなら毎回笑ってるだろ?」
「……ともかく、ありがとう」
俺は自転車をこいだ。
俺は囲碁将棋部の面々に感謝していた。
今回のことだけじゃない。試合のこともそうだ。彼らが居なけば落としていただろう試合もあった。
俺は……きっと……すごく幸運だったのだろう。
こんな言い方はくすぐったいが……良い仲間に巡り合えて幸運だった。
俺はそんな思いを胸に、自転車をこぐ。
月夜が夜空に怪しく光っていた。




