#14 灰田くんVS黒崎くん
木曜日の朝。
俺、灰田健太は、日課のジョギングをしていた。
街の空気はまだ冷たく、吹きすさぶ風が汗にあたり気持ちが良い。
「ふう……」
俺は汗をぬぐう。
最初はきつかったが、いい加減にジョギングにも慣れてきた。
「今日は黒崎先輩とか……絶対に負けないぞ」
今日はミオンの試合がある日。
俺の試合は黒崎先輩とだ。
負けるわけにはいかない。黒崎先輩は楓と同じ二敗だが、もう楓のときのような無様はさらさない。
俺は心の中にある罪悪感をより強く感じるようにしていた。
楓のときはこれを無視して、ハンマーを外すという無様をさらした。
今度はそうはいかない。
「よし……」
俺は走りだした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
明和中学校、昼休み。
図書室の中のテーブルの一つ。
囲碁将棋部の面々が顔を突き合わせていた。
だが、金本の姿はない。
「金本は?」
川原がそう聞く。
「金本は御堂のところだ……監視役だからな」
俺、灰田健太はそう答える。
「そっかー……金本のやつ、上手くやってると良いんだけど……」
川原はそう呟く。
俺は頷くと、金本の代わりに司会役を務める。
「金本のことは置いておいて……今日の試合のことだ。俺と黒崎先輩の戦いはいつも通り川原が頼む」
「任せて」
川原はそう言ってニヤリと笑う。
「椿と枝野先輩の試合は倉田、頼む」
「ええ」
倉田はそう言う。
「最後に楓と双葉の試合を望月先輩、お願いします」
「分かったよ」
望月先輩はそう言う。
御堂と柳田先輩の試合は、金本に任せるとして、これで全部の試合の予定がついた。
「それで、黒崎先輩のことだけど、厄介なのは相手の心衣領域を切り裂く能力よ」
川原は厄介そうな目つきで話す。
俺は頷く。
「俺の『ビック・ハンマー』の能力、『エアシュート』と『錬成』を上手く使って戦うよ。近接戦はNGだ」
俺はそう答える。
「それじゃ、各自、気を付けてな」
「何を気をつけるのよ?」
川原が突っ込む。
俺は黙り込む。
こほんと咳払いして続ける。
「……みんな、締まっていこう」
「……おお」
望月先輩だけがそう答える。
どうも金本じゃないと上手く締まらない。
俺は金本が居ないことを恨んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
放課後、十六時十五分前。
俺は時計を見て呟く。
「いくか……」
俺は教室を出て、玄関で外履きに靴を履きかえる。
そのままグラウンドへと向かう。
グラウンドにはサッカー部や陸上部が居た。皆、グラウンドの中央を避けて、グラウンドの端に居る。
グラウンドの中央には、ミオンと黒崎先輩が居る。
ミオンは俺が来たのに気が付くと、
「おーい、こっちこっち!」
と叫んでくる。
俺はミオンの呼びかけに答えて、グラウンドの中央へと向かう。
「すいません、お待たせしました」
俺はグラウンドの中央に着くと、黒崎先輩にそう言う。
黒崎先輩は俯いて目を瞑っている。表情が見えない。
「構わない」
表情が見えないまま黒崎先輩はそう答える。
俺は黒崎先輩の返答に何か心の中がざわつく。
(なんだ……?)
俺は訝しんだ。
やがて時間が来たことを、ミオンが告げる。
「うんうん、それじゃ時間になったことだし……そろそろ始めようか」
俺は『ビック・ハンマー』を展開する。
巨大なハンマーが俺の手の中に納まる。
「…………」
黒崎先輩は俯いたまま、心衣領域を展開する。
刀状の心衣領域が黒崎先輩の右手に現れる。
「……灰田」
黒崎先輩が呟く。
「はい」
俺は警戒しながら答える。
黒崎先輩が顔を上げる。
その瞳は執念に燃えていた。
「俺の願いのために……消えてくれ」
俺は寒気を覚えた。
「試合開始!」
ミオンが告げる。
同時。
俺と黒崎先輩の姿が消える。
「――おお、消えたぞ」
「――なんだなんだ」
グラウンドの端にいる生徒たちから歓声があがる。
やはり身体強化系か。
だが……椿ほどじゃない。
俺は『身体強化』を使い、高速で動き回りながら黒崎先輩と距離をとる。
そして、黒崎先輩の姿を瞳に映す。
「――喰らえ」
俺は『エアシュート』で黒崎先輩をうつ。
だが、俺の放った『エアシュート』は僅かに外れる。
(外された……!?)
当たる瞬間、黒崎先輩は一歩後ろに下がった。
(剣道の足運び……?)
剣道の足運びに似てる。
俺はそう感じた。
最も剣道部じゃない俺の勘だから外れているかもしれないが……。
(だったら……『錬成』だ!)
俺は『錬成』を使った。
『ビック・ハンマー』で地面を叩く。
するとグラウンドの地面が盛り上がっていく。
視界を遮るように塔がせせり立つ。
(もういっちょ……)
俺は次々にグラウンドの地面を叩いて『錬成』を使った。
グラウンドはあちらこちらに塔が立ち、視界が遮られる。
椿のときはこちらが不利になったが『身体強化』の度合いに俺と大差が無い黒崎先輩なら……。
俺は塔の死角に入るように移動する。
「死角に回る……か……」
黒崎先輩はそう言うと、足を止める。
黒崎先輩の姿だけが見えるようになる。
(な……?)
俺は理解不能だった。
なんでそこで足を止める?
(ええい……構うな)
俺は死角に回り、『エアシュート』を使う。
これならタイミングも掴めないだろう。
(喰らえ……)
俺の『エアシュート』は……外れた。
手応えの無さが手元のハンマーに残る。
(なんで……?)
俺は死角から飛び出た。
そこには黒崎先輩がこちらを向いて立っていた。
「…………」
黒崎先輩は何も言わずにただすんでいる。
俺は『身体強化』でまた消える。
(くっそ……)
俺は黒崎先輩から死角になるように塔の陰に隠れながら、『エアシュート』で狙いをつけて、打ちまくった。
だが、ハンマーに手応えは無かった。
俺は塔の陰から『身体強化』を使わずに出てくる。
黒崎先輩はそのままこちらを見つめて立っている。
「……終わりか?」
そう呟く黒崎先輩。
ギリッと歯ぎしりする俺。
(なんでだ……? なんで当たらない?)
俺は混乱していた。
俺が外しているんじゃない……楓のときとは違う。
黒崎先輩が俺のうった『エアシュート』を全て外しているんだ……。
どういう理屈だ……なんで躱せる?
「……なら……こちらから行くぞ」
そう言うと、黒崎先輩は俺に向かって走りだす。
「……!?」
俺は慌てて『身体強化』を使って黒崎先輩から距離を取る。
だが……距離を取る前に黒崎先輩に接近を許す。
「……ふっ」
黒崎先輩は刀状の心衣領域で攻撃してくる。
刀の切っ先が俺の頬を掠る。
「ちっ……!?」
俺は『身体強化』で黒崎先輩から距離を取る。
だが黒崎先輩はぴったりと俺についてくる。
「くそ……」
俺から離れない黒崎先輩は、そのまま俺に攻撃を仕掛ける。
刀での連続斬撃。
「……っ!?」
俺は『ビック・ハンマー』で受けようとして……止まる。
あの刀は相手の心衣領域を切り裂くのだ。
躱すしかない。
俺は斬撃を全て躱す……だが、躱しきれない。
俺の頬や制服が切り刻まれる。
やがて黒崎先輩が止まる。
「…………」
俺も釣られて止まる。
「……?」
俺は疑問符を浮かべる。
黒崎先輩はすまなそうに口を開く。
「……すまん」
俺は自分の姿を見る。
そこには上着を斬られ、ズボンを斬られ、ズタボロになり、下着が見えている俺の姿があった。
俺は呟く。
「……あ……いえ……うん、はい」
俺は何を言うべきか迷い、何も言えずに黒崎先輩に肯定を返す。
黒崎先輩がこほんと咳払いをする。
「……続ける」
それが再スタートの合図とばかりに黒崎先輩の姿が消える。
俺も『身体強化』で姿を消す。
(くそくそくそ……なんで俺の攻撃が外れるんだ?)
俺は考える。
……相手の動きが見えるのか?
俺は仮説を立てる。
もしも仮に見えない位置にいる俺の動きが見えていたとしたら、俺が『エアシュート』を打つタイミングで躱すことも可能かもしれない。
でもそんなのどうすれば良いんだ?
「――ふっ」
黒崎先輩の刀が俺に迫る。
俺は必死に躱す。
もう俺は下着がまる見えだった。
……この人、俺の上着だけ斬って楽しいのか?
何なの? 必殺脱がせ人なの?
俺は理不尽な怒りを黒崎先輩に対して抱いた。
黒崎先輩も脱がせたくて脱がせているわけではないと、もう一人の俺が心の中で呟く。だが、俺はどうにもこうにもならない怒りが溜まっていくのを感じた。
やがて俺は怒りを吐き出すように、『ビック・ハンマー』で『錬成』を行った。
「――せい!」
『ビック・ハンマー』が直撃したグラウンドが盛り上がっていき、巨大な柵の形になった。俺は柵の柱の一つの影に隠れる。
(これで俺の隠れている位置が分かったら……確定だ)
俺は息をひそめる。
黒崎先輩は周囲を警戒していたが、やがて目を瞑る。
(目を瞑った……?)
やがて目を開く。
そして、俺に向かって真っすぐに接近してくる。
(……決まりだ!?)
俺は仮説が正しかったことを確信する。
俺は『身体強化』を使って柱の影から飛び出す。
(どうする……? どうする……?)
俺は必死に考えた。
目を瞑っている間、俺の姿を感じれる……そういう能力なのだとしたら、死角から打った俺の『エアシュート』を躱せるのも納得がいく。
どうすれば黒崎先輩に『ビック・ハンマー』を直撃させられる?
「…………」
どの位まで遠くまで感じられるんだ?
俺はふと疑問に思った。
グラウンドの端まで感じられるのか?
そう考えた俺は『身体強化』でグラウンドの端まで走る。
「……ふっ」
黒崎先輩はぴったりとくっついてくる。
(これじゃダメだ……もっと距離を離さないと……)
俺は全力でグラウンドの外周を回る。
黒崎先輩はその後ろをぴったりとついてくる。
(くそ……身体強化は五分か……いや、少し俺の方が劣っているか)
その距離を徐々に詰めてくる黒崎先輩。
(ちぃ……)
黒崎先輩に追いつかれる前に俺は『錬成』を使って地面を叩く。
グラウンドの地面が盛り上がり山が出来る。
俺は連続で『錬成』を使って山を作る。
「ちぃ……」
黒崎先輩は隆起するグラウンドの地面に足を取られている。
だが、すぐに立て直す。
「…………」
その時には俺の姿は消えている。
俺は塔の影に身を隠しながら、徐々に黒崎先輩から距離を取る。
やがて黒崎先輩がグラウンドの反対側に来る位置までたどり着く。
(ここならどうだ……?)
黒崎先輩は遠目にかなり小さく見える。
もう目を瞑っているかどうかは判別できない。
だが、動きを止めたかは、ここからでも見える。
どうやら黒崎先輩は動きを止めたようだ。
(さあ、どうなる……)
黒崎先輩はしばらく動きを止めていた。
やがてキョロキョロと周囲を見る。
(……やった!)
俺は『エアシュート』の狙いをつけて黒崎先輩を狙い打った。
今度は手応えがあった。
黒崎先輩の体が宙に飛ぶ。
俺は柱の影から飛び出す。
「これで……終わりだ!」
俺は宙に飛んでいる黒崎先輩の姿に狙いをつけて『ビック・ハンマー』を振った。
黒崎先輩は……最後に俺を見た。
その瞳の奥に何かが見えた……そんな気がした。
衝撃が黒崎先輩を襲う。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「勝者、灰田くん」
ミオンが俺にそう告げる。
黒崎先輩は目の前で倒れて、ピクリとも動かない。
俺は……勝った。なら言うことは一つだ。
俺は深呼吸をして叫ぶ。
「勝ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
俺は下着姿でガッツポーズをとった。
様にならない。
ミオンはそんな俺を見て笑う。
「はははは、それにつけても君のその姿はなんだい? ここは着替え室じゃないんだよ? その恰好はないわー、ははははは」
「……くっ」
俺は笑うミオンにイラつきながらも、何とか堪えた。
「それにしても黒崎先輩は何だか怖かったな――」
「ははははははははは」
「…………」
「ははははははっはは」
「……おい」
「はははは……うん、なんだい?」
俺は笑い続けるミオンに突っ込みを入れる。
ミオンは笑うのやめて、俺に答える。
「ちょっと……笑い過ぎじゃないか?」
「うん、そうだね……すまなかったよ……ぶふ」
(こいつ……!)
俺は言葉の最後で噴き出したミオンに怒りを覚える。
「な、なあ、早く俺の服を元に戻してくれないか……?」
「あぁ……ぶふ……そうだね」
ミオンはそう言うと、片手を俺にかざす。
するとグラウンド中から俺の制服の切れ端が飛んできて、元通りの状態に戻る。
俺は元通りになった制服を見て、ホッとする。
「あとは黒崎くんだね」
ミオンはそう言うと、黒崎先輩にも片手をかざす。
俺は黒崎先輩の願いについて考えていた。
(あんなに必死になっていたってことは、よっぽど叶えたい願いだったんだ……)
確か友達の障害の治療だったか……黒崎先輩の叶えたい願いは。
「…………」
俺は黒崎先輩の願いをこれで潰したのだと痛感する。
ミオンは黒崎先輩の治療が終わったのか、今度がグラウンドに両手をかざす。
「ほいっと……」
ミオンが両手をかざすと、隆起していたグラウンドがビデオの巻き戻しのように戻っていく。
グラウンドの修繕が終わると、ミオンは俺の方を見る。
「それじゃ、私はこの辺で失礼するよ。灰田くん、君の切なる願いまで、いよいよあと三つだ。終わりが見えてきたね」
そう言い残して、ミオンは去っていく。
あとに残された俺は黒崎先輩を見る。
グラウンドの周りでは、サッカー部や陸上部が部活動の準備に入っていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺、灰田健太は夕暮れのグラウンドの片隅にいた。
グラウンドではサッカー部や陸上部が部活動に勤しんでいる。
「…………」
俺は隣を見る。
俺の隣には黒崎先輩が居た。
「……う」
黒崎先輩は目が覚めたようだ。
黒崎先輩は周囲をキョロキョロと見渡す。そして、やがてその瞳に失望が映る。
ぐったりとうなだれる黒崎先輩。
「……俺は……負けたのか」
黒崎先輩はそう力なく呟く。
「はい……」
俺はそう答える。
俺たち二人の間に沈黙が流れる。
俺は何を言えば良いのか分からなかった。だけど、黒崎先輩をこのまま置いておくのは……なにか心が引けたのだ。
「……灰田、ちょっと俺の愚痴を聞いてくれるか?」
黒崎先輩はそう力なく言った。
「ええ……俺で良ければ……」
俺はそう答えた。
「俺の友達に憲一って居るんだけどな……小学生の頃からの付き合いだ。その憲一が交通事故にあって下半身不随になってしまってな。学校にも来なくなってしまったんだ……俺は……ミオンにその友人の脚の治療をお願いするつもりでいた……」
「…………」
俺は無言で答える。
黒崎先輩は続ける。
「俺は……あいつに何て言えば良いのか分からなかった……あいつが学校に来なくなって……何とかしないと思ってはいた……だけど……そんな時だ……ミオンが現れたのは……俺はミオンの叶えてくれる願いで……あいつの脚を……治してもらうつもりでいた」
黒崎先輩は悲しそうな瞳で語る。
「だけど……それもこれで終わりだ……俺はなんて言えば良い? あいつに……なんて言えば許される?」
「…………」
俺は何も言えなかった。
黒崎先輩はすがるような瞳をしている。
「学校に来いって言えば良いじゃない?」
その声は俺の後ろ、川原だった。
「言ったが……学校には来なかった」
黒崎先輩は川原に答える。
だが川原は続ける。
「一回言ってもダメだったら、二回言えば良いのよ。それでもダメなら三回、四回、言い続けるのよ」
「…………」
黒崎先輩は押し黙る。
川原はなおも続ける。
「だいたい、先輩は暗いんですよ。その先輩の友達も、先輩見てたら暗くなりますよ」
「……く、暗い?」
黒崎先輩は暗いと言われたことがショックだったようだ。
「そう! 暗いんですよ! それと先輩、灰田は悪くないですからね! なにか勘違いしてるようですけど、灰田は正々堂々と戦って勝ち残った、それだけです!」
川原は俺の肩に手をおく。
俺は褒められて、少し照れ臭い心持ちになる。
「……そう……だな」
黒崎先輩はそう言うと、宙を見る。
「暗いか……そうだな」
黒崎先輩は俺の方を見る。
「灰田、お前に愚痴っても仕方ないのに……悪かったな。これは……そう……俺の問題だ」
黒崎先輩はそう言って笑う。
「え、ええ……」
俺はそう答える。
「うんうん」
川原も俺の肩に手を置いたまま、笑顔になる。
黒崎先輩は立ち上げる。
「……じゃあな、灰田」
黒崎先輩はそう言って、去っていく。
俺と川原はあとに残される。
「……おい」
「ん?」
俺は川原に声をかける。
「いつまで肩に手を置いてるんだ……」
そう言われて川原は思い出したように手を放す。
俺は黒崎先輩の去っていった方を眺めていた。
(あと三つ……か……)




