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灰田くんと八人の切願  作者: 千咲
12/20

#12 灰田くんと御堂くんの力

「灰田、試合どうだった!?」


 金本が俺、灰田健太に聞いてくる


「あぁ、勝ったよ」


 俺はそう答える。


「おお、良かった……」


 金本はそう言って、胸を撫でおろす。

 夕方の明和中学校。その校門前。

 俺と川原は、金本たちを校門前で待っていた。今日は俺も、妹の見舞いに早く行きたいと我儘を言わなかった。

 決して川原に「あんたいい加減にしないとシスコンばらすわよ」と言われたからではない。そうこうしているうちに金本たちがやって来たところだ。


「それが聞いてよ、こいつ相手に同情して攻撃わざと外してたのよ……」


 川原が呆れた様子でそう言う。


「え?」


 金本はきょとんした顔で俺を見る。


「す、すみませんでした……」


 俺は最敬礼で金本、望月先輩、倉田に謝罪する。


「「…………」」


 三人は顔を見合わせる。

 やがて望月先輩が切り出す。


「まぁ、勝ったってことは、つまり最後は相手に攻撃したんでしょ。しょうがないね……相手の子、一年の女子でしょ。多少、同情しちゃうのはね……」

「望月先輩……」


 俺は望月先輩の言葉に癒されていた。

 てっきり殴られるくらいは予想していたのに……何という出来た先輩だ……。


「まぁ、楓って一年の男子の間では妙に人気がありますし……そういう気持ちになるのも分かります。ああ……僕は決して、そういうのじゃないですから。隠れて楓の盗撮写真とか撮ってないから安心してください」

「倉田……」


 倉田がそう言う。

 なんて良い奴なんだ。最後の発言はなんか気になるが……。


「まぁ、俺も二人と同じだよ。済んだことをとやかく言うつもりはないよ」

「金本……」


 金本が溜息をつきながら、そう言う。

 俺は感激していた。なんて良い友達なんだ。


「えー、それで良いの? 私てっきり殴り合いのケンカになるかと思ってたのに……」

「お、お前……」


 川原はそう言う。

 俺は川原を悔しそうに睨む。


「ま、まぁまぁ、ともかく……妹の病院行くんだろ? 試合の結果とか諸々はその後で共有しよう、な」


 金本がそう言って仲裁に入る。

 俺と川原は睨み合っていたが、金本の仲裁に落ち着く。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 駅前の病院。

 五階の廊下の一番奥の病室。

 俺たちはドアを開けて、妹に挨拶した。


「よ、また来たよ」


 俺が挨拶すると、川原が続く。


「佐代子ちゃん、また来たよ」


 妹の佐代子は、俺たちに気付いて挨拶を返す。


「あ、お兄ちゃん……と、それに囲碁将棋部の……どうもこんにちは」


 金本や望月先輩、倉田も「こんにちは」と挨拶する。

 妹はそれに答え、笑顔で俺に聞く。


「今日は囲碁将棋部の人も一緒なんだね」

「あぁ、月曜は囲碁将棋部の部活動があるからな……そのついでに寄ってくれたんだよ」

 俺はデタラメを妹に答える。

 妹は「ふーん」と俺の顔を見ている。


(……あとで別の説明を考えておいた方がいいな)


 俺はそう思案していると、川原が話始める。


「佐代子ちゃん、今日聞いたんだけど誕生日が近いですってね?」

「……は、はい」


 佐代子は驚いた様子で俺を見る。

 俺が喋ったとだと思ったのだろう……まぁ……喋ったんですけど……。


「…………」


 俺は黙って頷く。

 佐代子は黙って溜息をつく。


「そうなの佐代子ちゃん……?」


 金本が驚いた様子で聞く。


「ええ、そうです。七月十六日が誕生日なんです」

「へぇ……」


 金本は何やら考え込む。


「ねえ、何か欲しいもの無いの?」


 川原が聞く。

 佐代子はちょっと考えて、


「……別に欲しいものはないです」


 と答える。

 すると川原がそんな佐代子に尋ねる。


「ほんとに? 最後の誕生日になるかもしれないんだから、我儘言っても良いのよ」

「…………」


 佐代子はしばらく黙っていたが、やがて口を開く。


「学校に……行ってみたい……」

「学校……?」


 俺は聞き返す。


「うん……中学校……結局、一度も行けてないから」

「…………」


 すごいお願いが来た……でも……佐代子は、最後の誕生日のつもりでお願いしたのだ。その願い……お兄ちゃんなら叶えてやりたい。


「…………」


 囲碁将棋部の面々が困った顔を突き合わせている中、俺は呟く。


「……分かった」


 囲碁将棋部の面々は驚いた顔で俺を見る。

 金本は俺を連れて廊下に出る。

 廊下に出ると、二人でひそひそ話を始める。


「灰田、お前正気か? 学校に行きたいって言ったってなぁ……出来ることと出来ないことがあるだろ?」

「妹が……お願いしてるんだ……」


 俺は覚悟の決まった瞳でそう話す。


「最後の誕生日に……妹を明和中学校へ連れていく……」


 金本はじっとこちらを見ていたが、やがて溜息をついて呟く。


「……俺も手を貸す」

「でも――」


 金本は右手を突き出して、俺の言おうとしていることを遮る。


「どうせ一人じゃ、上手くいきっこない……分かってんだろ」

「…………」


 俺は黙り込む。


「他の部員たちにも聞いてくるよ」


 金本はそう言って病室に戻っていく。

 結局……囲碁将棋部の面々は全員参加で佐代子のお願いを聞くことになった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 夜のファミレス。

 駅前にあるファミレスの店内は客入りも上々で込んでいた。

 俺たちは奥のテーブル席に座り、適当に注文を終えたところだ。


「みんな、すまない……本当にありがとう……!」


 俺はテーブルに両手をつき、囲碁将棋部の面々に感謝を告げる。

 なんだか今日は謝ってばかりだ。


「良いってもう……」


 金本がそう言う。


「それより、今日の試合の結果の共有だろ?」

「あぁ……」


 金本はそう言うと、咳払いを一つして話始める。


「俺が見たのは、椿と双葉さんの試合。結果は引き分け。双葉さんはいつも通り、開幕でドアでどこかへ行っちゃったよ」


 望月先輩が続く。


「俺が見たのは、柳田くんと枝野さんの試合。結果は枝野さんの勝ち。興味深かったのが、灰田くんとの試合と同じように柳田先輩は開幕で消えたんだけど……枝野さんはまるで位置が分かってるみたいに狙い撃ってたんだよ」

「位置が分かってた……」


 望月先輩は頷く。


「うん……俺は何も見えなかったけど、枝野さんにはそこに居るって見えているみたいだったよ…」

「…………」


 索敵系の能力か……?

 俺は考えを巡らせる。


「最後に僕ですね」


 そんな俺を置いて、倉田が説明を始める。


「僕は御堂先輩と黒崎先輩の試合を見て来ました。結果は、御堂先輩の勝ちです。試合内容ですが……また御堂先輩が試合開始直後から空を飛んで……それで、その……レーザーで一方的に黒崎先輩を焼きまくってました……」

「は……?」


 俺は素っ頓狂な声を上げる。

 レ、レーザー? いや……空を飛ぶ飛行能力に、椿を超える身体強化に、自信を覆うオーラに……それに、レーザー……? ど、どんだけだよ……。

 俺はあまりにも多彩な御堂の能力に閉口してしまった。


「……どうしますか?」


 倉田は俺に聞いてくる。

 その顔には一筋の汗が流れている。

 倉田はこの間と合わせて二試合続けて御堂の試合を見てきているのだ。

 その力にビビっても仕方が無かった……。


「……御堂の力は……明らかにおかしい」


 俺はまだ考えがまとまっていないが……相談してみることにした。


「ミオンが与えた心衣領域の力は、八人で同じはずだ。だけど、御堂の力は明らかに許容量を超えている。オーバーしてる。だけど……もしも……増やせるなら? 何らかの方法で心衣領域を増やせるとしたら……御堂の力は、それを利用する能力だ」


 囲碁将棋部の面々は黙って俺の話を聞いている。


「……御堂を……監視してくれないか?」


 御堂を監視する。

 口で言うのは簡単だが……生徒会の副会長を監視するのだ。


「御堂を……監視か……」


 金本が呟く。


「あぁ……監視することで、御堂の力の秘密が何か分かるかもしれない……」


 それは、俺の推測を元にした願望だった。

 それでも……他に可能性がないなら……試してみるしかない。


「それで何も分からなかったら……?」


 川原が俺に聞いてくる。


「その時は……その時で、別の作戦を考えるよ……」


 俺は……勝てないとは言わなかった。

 もし、御堂の力の秘密が何なのか分からないまま試合になれば、俺が御堂に勝てる確率はゼロだ。だが、それを今ここで言っても仕方が無い。味方の戦意を削ぐだけだ。


「監視……監視か……」


 金本は何か考えこんでいる様子だ。


「御堂は二年生だ。監視するなら俺か川原になる……だけど川原は女子だ。女子が男子にべったり貼り付けば嫌でも目立つだろ……灰田もだ。ミオン様に選ばれた八人の一人じゃ、監視役には向かない……となると……」


 俺と川原は、金本の方を見る。


「俺しか居ないか……」


 金本は溜息をつく。それは重い心持ちを表すような溜息だった。


「……まぁ……いいよ、俺がやろう。どうせ囲碁将棋部の部長もやってるから、何かと顔を合わせる機会もある」

「……ごめん」


 俺は金本に謝った。


「いいよ、これも貸しだよ……その代わり、ミオン様の試合が全部終わったら、まとめて返してもらうからな」


 金本はそう言って、ニヤリと笑う。


「あぁ……分かった。終わった全部返すよ。囲碁将棋部のメンバー皆に貸しを作ってばっかりだもんな」

「そうよ、私が居なかったらアンタ、この間の柳田先輩との試合、負けてたんだからね。しっかり借りを返してもらわないとね」


 川原が自慢気に話す。

 確かに柳田先輩との試合では川原が居なかったら勝てなかっただろう。


「それに今日の楓との試合。私が怒らなかったらアンタ負けてたかもしれないのよ」


 それもその通りだった。実際、あの時の俺は手つまりだった。


「大体、アンタのためじゃなくて佐代子ちゃんの為に頑張ってるのよ。そこを間違えてもらっちゃ困るのよ」

「わ、分かってるよ……」


 俺は川原に答える。


「さて、それじゃ俺が御堂の監視担当として……倉田にも協力してもらおうかな。色々と監視するのに便利な道具持ってるだろ?」


 金本は倉田を見る。倉田は無表情に答える。


「……あります」

「うしっ……それを使って明日から、御堂を監視だ」


 金本はやる気だ。

 と、その時、注文していたメニューが届く。

 ウェイトレスさんが料理を手に持ち、明るい笑顔で皆の前に注文していた料理を置いていく。


「そういえば……下校中にファミレス寄るのって校則違反じゃない?」


 川原が思い出したようにそう言う。

 囲碁将棋部の面々は、みんな押し黙る。

 沈黙が流れる。

 やがて金本がこほんと咳払いして口を開く。


「これは……囲碁将棋部の活動です」


 俺たちは怪訝な顔をして金本を見る。

 金本は構わずに続ける。


「プロの囲碁将棋では対局の合間にお昼を取ります……我々はそれを真似することでプロのような対局を指せるように――」

「これ昼食じゃなくて夕食じゃない?」


 川原が突っ込みを入れる。

 金本は数秒黙り込んだが、やがて川原の話をスルーして話し始める。


「――プロのような対局を指せるようになるべく、努力しているのです。そういうことにします……異議は?」


 俺たちは互いに顔を見合わせ、黙り込む。

 それを金本は同意とみたようだ。満足そうに続ける。


「それじゃ……そういうことにします!」

「おお……!」


 俺たち囲碁将棋部の面々は何故か皆で金本に向かって拍手した。

 堂々と嘘を言う部長に対する……何というか……尊敬のようなものだった。

 金本はそんな俺たちの拍手を受け、両手を合わせる。


「いただきます」


 金本がそう言うと、俺たちは顔を見合わせて頷く。

 そして全員が金本に続いた。


「「いただきます」」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 黒崎真一は夜道を歩いていた。

 その足取りは重く、まるで泥の中を行くようだった。

 住宅街の一角、目的の住居が見えてくると、玄関の前で止まる。


「……ふう」


 溜息をついてから、チャイムを鳴らす。

 ややあって、中から物音が聞こえてくる。そしてドアが開き三十代くらいの女性が姿を現す。


「こんばんは」


 俺は笑顔でそう言った。

 笑顔のつもりだったが、女性の反応からして笑顔になり切れていなかったようだ。

 女性は俺の顔を見ると、見知った人物に警戒を解いた様子で、


「あら、黒崎くん、どうしたのこんな時間に?」


 と俺に聞いてくる。


「あの……憲一くんは居ますか? 今日のプリントを持って来たんですけど……」


 俺はカバンを差しながら、プリントを持ってきた旨を説明する。

 女性は――憲一の母親は微笑みながら、家の中を指す。


「せっかくだから上がって行って……あの子、部屋に閉じこもって塞ぎ込んでるのよ。君と話せば、ちょっとは気持ちも上向くでしょ……」


 憲一の母親は気まずそうにそう言う。

 俺は心の中に痛みを覚えた。

 憲一の母親は一瞬、怪訝な顔を見せた。


「え、ええ良いですよ」


 俺はハッとして、すぐに憲一の母親に答える。


「そ、そう? じゃあ上がっていって」


 憲一の母親はそう言って俺を家に上げる。

 俺は家に上がると憲一の母親に連れられて二階へと上がった。

 憲一の母親は一階の奥の部屋の前につくと、ドアをノックする。


「憲ちゃん、黒崎くんが学校のプリント持ってきてくれたわよ」


 やや間があって、ドアがゆっくりと開く。

 そこに居たのは、車イスに乗った男性、鈴木憲一だった。


「やあ、真一」


 憲一は俺に挨拶する。


「よ……憲一」


 憲一は中学三年生、俺と同級生だった。

 憲一との仲は小学校から始まる。小学校で同級生で家も近かった俺たちはすぐに打ち解け、ずっと一緒に遊んできた。中学でも同じ部活、剣道部に入って、互いに切磋琢磨していた。

 だが――憲一は半年前に交通事故に会い、結果、下半身不随となってしまった。


「……今日のプリントだ」


 俺はカバンから今日のプリントを出す。

 憲一はそれを受け取ると、顔を上げ、


「入ってけよ、話し相手が居なくて退屈してたんだ」


 そう言う。

 俺は憲一の母親と顔を見合わせた。憲一の母親は嬉しそうな様子だ。


「じゃあ、ちょっとお茶でも持ってくるわね」


 そう言って台所の方へ消える。

 俺はゆっくりとドアを閉め、室内に入る。

 室内はベットと机があり、どちらも車イスで生活する憲一の邪魔にならないよう、部屋の隅にあった。憲一はベットを指して、


「いつも悪いけど、今日もそこに座ってくれ」


 俺は言われた通り、ベットに腰掛ける。

 憲一は机に向かって車イスを動かした。机はどこにでもある勉強机だったがイスがなく、憲一の車イスはちょうど本来イスがあるべきところに収まった。


「それで、部活の方はどうなんだ? 今度の夏の大会、勝てそうなのか?」


 憲一はそう聞いてくる。


「あぁ……部長を中心によくまとまっている。今度の大会で勝つ為に皆頑張っているよ」

「……そうか」


 憲一は寂しそうな顔をする。

 俺は話を変えようと、今日の試合のことを告げる。


「今日も試合があったよ、前に話したミオンの試合だ」


 憲一はちょっと興味をひかれた様子だ。


「へえ……ミオン様の……」


 様……憲一もミオンの力の影響下か。

 前に話した時は違ったのだが……。


「それで……確かお前も参加してるんだったよな」


 憲一は思い出したように聞いてくる。

 俺は心の中の痛みに耐え、返事をする。


「あ、あぁ……」

「それで、勝ったの……?」


 俺は言葉に詰まる。

 後先考えずに喋ってしまった。どうして俺はこう……融通が利かないのか。

 俺は重いものを飲み込むように口を開いた。


「……負けた」

「そっか……負けたか……」


 憲一はガッカリとした様子だ。

 だが、ふと思い出したように聞いてくる。


「そういや……お前が勝ったら何をお願いする予定なんだ?」

「…………」


 その質問は……予想してなかったわけじゃない……。

 心の中の痛み、それは俺が勝てなかったことが、お前の脚を治してやれないことに繋がっているからだ。

 俺は覚悟を決めて口を開く。


「お前の脚を……治してもらう……つもりだ」

「…………」


 その瞬間、憲一の瞳は大きくなり、瞳孔が開いているのが分かった。

 沈黙が俺たちの間に流れる。

 時計の針が進む音だけが、沈黙する部屋に響く。

 やがて憲一が口を開く。


「……お前、今、何勝何敗だっけ?」

「……一勝二敗だ」

「ふーん……そっか……」


 憲一はそう言うと、再び黙り込む。

 俺は何か喋らないといけないという気持ちになり、取り繕うように話し始めた。


「だけど、まだ分からない。残り全部勝てば……まだ俺が勝つ可能性は、ある」


 これは事実だった。

 他のメンバーが二敗する可能性はゼロじゃない。

 俺が残り全て勝てば、まだ結果は分からない。


「そっか……ま……まぁ無理するなよ。俺の脚のことなら交通事故のせいだし、お前が気に病むことないって……ははは」


 憲一はそう言って笑う。

 だが、隠し切れない期待が感じられた。

 当然だ。治らないと思っていた脚が治るのだ。それは、どんな願いよりも憲一にとっては叶えたい願いだろう。

 憲一は事故の後、学校にも来なくなり、部屋に閉じこもっていた。母親は様子を見ると言い、息子の意思を尊重している。


「……俺は」


 俺が言葉を発したその時、ドアがノックされる。

 憲一が車イスを動かして、ドアの前まで行き、ドアを開く。


「憲ちゃん、ジュース持って来たわよ」


 憲一の母親がジュースと菓子を持ってきた。


「あぁ、ありがとう」


 憲一はジュースと菓子の乗ったお盆を受け取るとドアを閉める。

 俺は結局言いそびれた言葉を喉の奥に押し込んだ。


「母さん、よく覚えてるな」

「え……?」

「真一が好きな菓子だよ、ほら」

「あ、ああ……」


 お盆には俺が小学生の頃から好きな菓子が乗っていた。


「真一とも長い付き合いだもんな……」


 感慨深そうにしている憲一の顔を見ながら、俺は俯いた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 黒崎真一は夜道を歩いていた。

 その足取りは重かったが、確かな意思が感じられる。

 道路を渡ろうとしたところで、信号が赤になり、青になるまで待つ。


(そう……俺が残り全部勝てば……まだ可能性はある……)


 俺は信号を待ちながら、先ほど、憲一に告げた言葉を思い出していた。


(俺は一勝二敗……残りの試合に全て勝てば五勝二敗……運が絡むが、今勝ってる奴らがこの先もずっと負けないってのは都合がいい話だ……)


 信号が青に変わる。

 俺は信号を渡り、先へ進む。


(どこかで連中は負ける……そうすれば俺の戦績でも引き分けには持ち込める。そうなったら……上位勢で決勝戦か?)


 俺はミオンの試合結果で引き分けになった場合はどうなるのだろうと思った。

 だが、今はそんなことはどうでも良い。


(絶対に勝ち残る……その為に、残りの試合……一つも落とせない)


 俺は固く拳を握る。

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