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灰田くんと八人の切願  作者: 千咲
10/20

#10 灰田くんと楓のお願い

「はっ……はっ……」


 俺、灰田健太は日課のジョギングをしていた。

 朝早く、太陽が昇ったばかりの街並みは、まだ眠っているようだ。

 鳥の鳴き声が、人が眠る街に動物たちの朝がいち早く来たことを告げる。


「はっ……はっ……」


 俺は隣で走るジャージ姿の女性を横目で見る。

 その女性は赤毛に透き通る白い肌、碧眼の瞳、ジョギングで疲れたのか頬に赤みが宿る。控え目に言っても美人なのだろう。


「……なあ?」


 俺は隣で走る女性に向けて話しかけた。


「……なんだい?」


 その女性は走りながら答える。


「なんで俺、お前と走ってるの?」


 俺は隣の女性、ミオンに質問する。

 ミオンは何故か俺と一緒にジョギングしていた。


「最近、運動してなかったからね……はっ……いやー久々の運動は良いものだね……」


 走りながら答えるミオン。その声は若干、息切れしていた。


「いや、そういうことじゃなくて……」


 俺はミオンの返答が、ミオンが走る理由であって、俺と走る理由になっていないことに突っ込みを入れようとした。


「君に興味があるから」


 ミオンは横目で俺を見ながらそう言った。


「…………」


 俺は言葉に詰まる。

 蛇に睨まれた蛙というのは、こういう気分なのだろうか。


「君は私の長年にわたる退屈を粉々に壊してくれる……はっ……私は昨日の試合で確信した……はっ……だから君が朝走っているのを知って一緒に走ってみようと思った……はっ……これで答えになってるかな」


 ミオンの回答に俺は疑問を返す。


「神様って……やっぱ退屈なのか?」

「んー……」


 ミオンは何か言おうとして、それを口の中で吟味しているようだ。


「……まぁ……退屈かな」


 そう言うミオンは、どこか寂しそうだった。

 やがて俺の家の近所まで戻ってきたタイミングで、ミオンは足を止める。俺も釣られて足を止める。


「それじゃ、私はここら辺で失礼するよ……はぁー、良い汗かいた……」


 ミオンは大きく息を吸うと、赤みを帯びた頬を上気させる。


「じゃあな」


 俺は別れを告げて走り出すが、ミオンに最後に聞いておきたいことがあったと思いだして振り返る。


「なぁ……八人の試合で勝ったら、本当に願いを叶えてくれるのか?」


 ミオンはニッと笑い、答える。


「あぁ、約束するよ。必ず願いは叶える」

「そうか……じゃあな」


 俺は走りだす。

 途中で振り返るともうミオンの姿は、どこにも無かった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 住宅街に囲まれた丘の上に建つ明和中学校。

 朝早く、まだ生徒も僅かしか登校していない時間。

 俺、灰田健太は二階、職員室前に来ていた。


「……やっぱり間違いないか」


 昨日の試合結果はメールで連絡を貰っている。それを見て試合結果は知っているのだが……。

 俺は職員室前の掲示板に張り出されているプリントを見た。

 その下部分には試合結果が総当たり表で載っていた。

 俺と柳田先輩は……俺の勝ち。これはいい。

 黒崎先輩と楓は……黒崎先輩の勝ち。

 枝野先輩と双葉は……引き分け。そして……。

 椿と御堂は……御堂の勝ち。


(あの椿に勝つ……御堂の力はなんだ?)


 俺は今日の放課後の部活で、倉田に聞けば良いと考えて、思案するのをやめた。


(今は次の試合のことだ……俺の相手は……)


 プリントには、次の試合の予定が箇条書きされていた。

 俺と楓が……格技場か。他は……。

 双葉と椿が……グラウンド。

 御堂と黒崎先輩が……校舎四階。

 枝野先輩と柳田先輩が……体育館。


(俺は楓とか……)


 楓の能力は知っている。防御重視の障壁を張るものだ。

 普通に考えれば俺の『エアシュート』の敵じゃない……。


「……ん?」


 プリントの最後に書かれている文章に俺は目をひかれた。


『プリントを破くな! 破いた奴は出てこい! しばき回すぞ!』


 そこには手書きで殴り掛かれた文字。

 誰の文字だろう?




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「すまん、金本! 昨日は先に帰って本当にすまなかった!」


 俺、灰田健太は自分のクラスでクラスメイトの金本に謝っていた。

 先日の試合の後で、金本たちを待たずに妹の病院へ行った件だ。


「い、良いって。妹さんの見舞いに行きたかったんだろ。」


 金本はそう言う。

 俺はすまなそうに顔を上げて続ける。


「昨日は試合に勝った喜びを抑えきれなくて……早く妹の病院に行きたくて……」

「妹さんを大切にしてるんだろ、良い事じゃん」


 金本はそう言うと笑顔を見せる。

 俺は涙目になって、金本に礼を言った。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「すみません、望月先輩、倉田! 昨日は先に帰って本当にすみませんでした!」


 俺、灰田健太は放課後、囲碁将棋部の新しい部室で囲碁将棋部の二人に謝った。

 囲碁将棋部の新しい部室は、結局、二階の端にある部屋になった。倉庫代わりに使われていたらしく、周囲には机やイスなどが置いてある。

 囲碁将棋部ではそれらの机とイスを拝借している。


「良いって、妹さんの見舞いだろ、別に良いよ」


 望月先輩が笑いながらそう言う。


「謝ってくれるなら、別に良いですよ」


 倉田が無表情でそう言う。

 俺は望月先輩と倉田に頭を下げた。


「本当よ、本当。これに懲りたら今後からはちゃんと待つことね」


 胡坐をかきながら川原。


「まぁまぁ、昨日の試合後のことはその辺で……」


 金本が間に入る。


「それで昨日の他の試合のことだったね」


 金本は将棋盤を出しながら、そう言った。


「あ、あぁ…」


 俺は将棋盤の駒を並べるの手伝いながら答えた。


「じゃあ改めて、俺が見てた枝野先輩と双葉の試合だけど……また引き分け。試合開始と同時に双葉がドアでどっか行っちゃって……戻って来たのは三十分後、ミオン様が引き分けを宣言した後だ」


 俺は金本の話を聞きながら思う。


(またか……双葉のやつは何考えてるんだ……?)


 金本は続けて望月先輩に話を振る。


「次は望月先輩、お願いします」

「うん、分かった」


 囲碁の途中で、望月先輩はこほんと咳払いして話始める。


「俺が見てきたのは、黒崎と楓の試合。結果は昨日メールしたとおり黒崎の勝ちだったよ。試合内容は楓が試合開始前から障壁を張って、試合開始後に黒崎が刀で障壁を斬ったんだ」

「斬った……?」


 俺は聞き返す。


「うん。心衣領域をこう……ずばっと斬ったんだ。それで楓が降参しておしまい」

「…………」


 俺は考え込む。

 黒崎先輩の力は刀……。話を聞く限り他者の心衣領域を切断できる力があるのか。


「俺からは以上だよ」

「ありがとうございます。それじゃ最後に倉田だね」


 金本が倉田に話を振る。

 倉田は将棋盤に一人で向かい合って詰将棋の本を読んでいたが、金本が話を振ると、本を閉じてこちらを向く。


「僕の番ですか……」


 そう言うと、カバンからノートパソコンを取り出す。さっき双葉に返してもらったやつだ。校則違反なのだが、そこはもう突っ込まない。

 倉田はノートパソコンを起動して、DVDを一枚入れる。


「僕が見たのは、椿先輩と御堂先輩の試合です。結果は昨日メールしたとおり御堂先輩が勝ちました……」


 やがてDVDが再生される。倉田はDVDプレイヤーをスロー再生にする。


「試合内容ですけど……まぁ見た方が早いですね……スロー再生でギリギリ見れるんですよ」


 やがて……試合が始まった。

 そこには信じられないものが映っていた。

 試合開始と同時に、御堂が飛んだのだ。空を。


「は……?」


 俺は思わず呟いた。

 御堂は空を飛んでいた。宙に浮いていたのだ。


「空飛んでる……」


 川原が信じられないものを見るように呟く。

 やがて御堂は攻撃を開始した。

 スロー再生だが、明らかなことがあった。

 御堂が椿を圧倒していることだ。

 御堂の速度、パワーは椿を超えている。


「空を飛んで……しかも椿以上の身体強化……」


 俺は信じられなかった。

 心衣領域の力は八人で平等のはずだ。

 椿の心衣領域は身体強化の一点張り。身体強化の点で言えば八人中で最強でもおかしくない。その椿を圧倒する御堂。しかも空を飛んで。

 御堂の心衣領域はどうやら自身の体をオーラのように覆っているらしい。それで空を飛んでいるのだろうが……。

 やがて、DVDの方は終わりが近づいていた。

 ボロボロになった椿が、それでも御堂に挑む。だが、御堂の手刀を首筋に受けて意識を失う。

 ミオンが決着を宣言して映像は終わる。


「…………」


 沈黙が囲碁将棋部の面々を包む。


「これ、灰田勝てるの?」


 川原がぽつりとそう言う。


「『エアシュート』で狙いをつければ……でも体全体をオーラで守っているみたいだから、それで防がれるかも……」


 俺は考えながら喋った。

 御堂の力は……強力だった。強力すぎた。

 まともに戦ったら勝ち目があるとは思えなかった。

 心衣領域の力がどう考えても御堂だけ強すぎる。

 どういうことだ……考えられる可能性は……。


「なにか……秘密がある……」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「副会長、頼まれてた議事録できましたよ」


 生徒会室の片隅。プリントを読み込んでいた俺に、書記の佐藤一は頼まれていた議事録を渡す。


「あぁ、ありがとう」


 俺、副会長こと御堂誠二は議事録を受け取り、礼を言う。

 俺は議事録をチェックして、会長である田中茂の方を見る。


「会長、こないだの委員会の議事録できましたよ」


 会長は机に向かい、何かを書いている。

 大方、今度の全校集会用のスピーチだろう。

 会長は俺の呼びかけに気付くと、慌てて答える。


「あ、あぁ……そうか。ありがとう」


 俺は会長の書いてるものを覗き込む。


「スピーチですか? ……まだ掛かりそうですか?」


 会長は困り顔で答える。


「うん……どうもスピーチだけは、どうも苦手で……」

「前から不思議だったんですけど、よくそれで生徒会長になれましたね……」


 会計の女子生徒、斎藤恵梨香が突っ込む。


「はは……いや本当に、なんで俺が生徒会長やってるのか……」


 会長は腕を組み、悩みだす。

 やがて腕組をとき、時計を見てこう続ける。


「と……もうこんな時間か。今日はもう上がりにしよう。みんなご苦労様」


 そう笑顔で告げる。


「わーい、終わりー!」


 斎藤がそう喜んで声を上げる。


「ふう、今日も終わった……」


 佐藤もぐったりとした様子で続ける。

 俺はそれを笑いながら、帰り支度をする。

 やがて生徒会室の施錠も終わり、生徒会のみんなでいつものように下校する。

 校門から出たところで斎藤が俺に質問をする。


「そういえば……ミオン様の試合って、どうなんですか?」


 俺は困ったような顔で告げる。


「どうって聞かれても……」

「あぁ……ええと……八人の中で勝ち残るのってやっぱり大変そうですか?」


 そういうことかと思い、俺は答える。


「そりゃあね。みんなそれぞれ叶えたい願いの為に必死だから」

「ふーん……そっかー……」


 斎藤はそう言うと、思いついたように聞いてくる。


「そういえば、会長の願いって何なんですか?」

「あ、それ僕も興味あります」


 佐藤も食いつく。


「おいおい、お前たち……そういうプライベートなことを聞くのは感心しないぞ」


 会長がそう言って二人を止めにかかる。


「いや、良いですよ」


 俺が笑顔でそう言うと、会長は納得してない様子ながら引き下がる。


「俺の願いは……」


 俺は告げる。


「全校生徒が健康に暮らせますように、ですよ」

「ええー?」


 斎藤は不服そうに呟く。


「絶対に嘘だー……ぶー……」

「嘘は感心しませんね……」


 斎藤と佐藤は二人して俺の言ったことに納得してないようだ。

 会長が間に入って二人をなだめる。


「はいはい、もう良いだろ……」


 俺はそんなやり取りを笑顔で見ながら、学校を振り返る。

 夕日を受けて、赤く染まった校舎がそこにはあった。


(……本当の願い……か)




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 深夜の自宅。

 俺、灰田健太は日課の筋トレをしていた。


「二十二……二十三……」


 腹筋をしながら、俺はあることについて悩んでいた。


(御堂の力……)


 どう考えても御堂だけ、力が強すぎる。

 何か秘密があるのだろうが……それが分からない。

 例えば、俺たち七人は貰った力をそのまま使っているが、御堂だけはそれを良しとしなかったとしたら? 何らかの方法でパワーアップを果たしているとしたら……?

 だが、その方法が分からない……。

 結局は御堂が何をしているかが分からないことには対策の打ちようがないのだ。


(御堂が……何をしているのか……)


 それから俺は考えを巡らし……はっと我に返る。


(いけない……次に俺が戦うのは楓だ……御堂のことばかり考えてどうする)


 俺は頭を振って思考を次の楓戦に向けた。

 楓の使ってくる心衣領域は障壁だ。

 六枚の正方形の板状に展開された心衣領域。

 ここまでの戦い方を聞く限りでは、防御重視であることは間違いない。

 これまで戦った相手には運悪く、その防御力が通用しなかったが、恐らく相当に硬いはずだ。

 だけど、俺の『ビック・ハンマー』の『エアシュート』なら……。


(狙ったところに打撃を行うことができる)


 それを使って障壁内の楓を直接叩くことができる。

 あとは、もし楓の障壁が『エアシュート』を防いだ場合か……。このパターンも考えておいた方が良いな。

 俺は頷くと、楓戦の様相について、思案を巡らした。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 土曜日。今日の授業は午前中で終わる。

 俺、灰田健太は午前中の授業を終え、帰ろうとしていた。


「すみません……灰田さんは居ますか?」


 帰り支度にざわつく教室の中にその声は微かに聞こえた。

 俺は周囲を見渡し、入口にその声の主を発見した。


「す、すみません……」


 楓だった。教室のざわめきにかき消され、その呼び声に気付く者は居ないようだ。

 俺は溜息をついて、楓の方へと歩いていく。


「あ、あの……灰田病太さんは居ませんか」

「灰田健太! 俺の名前は灰田健太だから! 病じゃなくて健康の健だから!」


 俺は思わず突っ込みを入れる。


「あ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい灰田さん」


 楓がこちらに気付き、謝罪する。

 この子はアレなのか……他人の名前を間違わないと気が済まないのか。


「……それで……用があるんだろ、俺に」

「…………」


 楓は何かを迷っている様子で、しばらく黙っていた。

 やがて意を決したように呟く。


「こ、ここでは、ちょっと……そ、その……場所を変えて……お願いします」




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 楓が場所を変えるといい、俺たちは教室を後にして、グラウンドの隅に来た。

 芝生の上に座り、黙り込む二人。

 俺は楓が話始めるのを根気よく待っていたが、一向に楓は話を始めなかった。

 やがてしびれを切らして俺から話始める。


「なぁ、用件はなんだ……話があるから呼んだんだろ?」

「…………」


 楓は黙り込んでいた。


「…………」

「あ、あの……何か喋らないか……ほら、こう天気の話とか……」


 そう言って俺は天を指差す。

 楓は黙って下を向いている。


「…………」


 俺は溜息を吐いた。


「なぁ……本当なんなんだよ……用が無いなら、俺はもう行くぞ」


 俺はそう言って立ち上がろうとする。


「……待ってください」


 楓がやっと口を開いた。

 俺は立ち上がるのをやめ、その場に座りなおす。

 楓は深呼吸してから話始める。


「こ……こんなことを、お願いするのは……」

「うん……」

「その……おかしいって……分かってます」

「うん……」

「だけど……その……お、お願いしないと……いけないことだから……」

「うん……」

「だから……その……お願いを……しようと……」

「…………」


 いや……話が先に進まねえ……。


「それで何をお願いしたいの?」


 俺は自分から聞いてみることにした。


「…………」


 楓は黙り込んでしまう。

 またか!


「そ、その……お願いをしたいんだよね」

「…………」


 楓は黙ってうなずく。


「言わなきゃ分からないよ?」

「…………」


 楓はやっと覚悟が決まったのか、口を開く。


「……欲しいんです」

「ん?」


 楓は小さな声で呟く。

 小さすぎて聞こえなかったので俺は聞き返す。


「……負けて……欲しいんです……次の試合」

「…………」


 楓は両手を拳を握り締めている。

 俺は楓のここまでの成績を思い出す。二戦二敗。

 普通に考えて、この戦いにおいて二敗というものは、現時点でこれ以上負けることができないラインだ。三敗目を喫すれば、その時点で実質、ミオンに願いを叶えてもらえる可能性はゼロになる。

 楓はそのことに気付いてる。

 だからこそ、俺にお願いをしに来たのだ。

 俺は冷静に楓のお願いを聞いた。

 そして……その回答は、すぐに出た。


「それは出来ない」


 楓はぎゅっと両拳を握り締める。


「わ、私が……出来ることなら何でもします」


 そう言う楓の瞳は涙をたたえていた。

 俺はその涙を見ないようにして答える。


「何でもっていうけど……俺の一敗に釣り合うものを君は持っているのか?」

「そ……それは……」


 俺は溜息をつく。


「第一に……ミオンの試合にかける思いは皆一緒だ。負けたくない。その為に必死になってる。俺が戦った相手は皆そうだった」

「…………」


 楓は涙を湛えた瞳で俺をじっと見る。

 やがて楓はすくっと立ち上がる。


「……じゃあ……どうしてもだめですか」

「あぁ……」


 俺は座ったまま答える。


「……そう……ですか」


 楓はしばらくそこに立っていた。

 やがて涙を拭いて、赤くなった瞳で俺に言う。


「……わ、忘れてください」


 楓はいつもの様子に戻っていた。


「……い、今、言ったこと……わ、私、何変なこと言ってるんでしょうね……ははは」

「……ああ」

「そ、それじゃ……失礼します……」


 そう言って、楓はグラウンドを去っていく。

 あとに取り残された俺は座ったままグラウンドの様子を見ている。

 グラウンドではサッカー部が練習していた。


「俺は……八人の戦いを勝ち抜く……」


 俺は呟く。誰に聞こえるわけでもない呟きを。


「妹を……助ける為に……」


 グラウンドではサッカー部の部員が練習試合でシュートを決めたところだ。シュートを決めた部員は他の部員に囲まれている。

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