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灰田くんと八人の切願  作者: 千咲
1/20

#01 灰田くんと神の救い

 快晴の空の下、住宅街が広がる。

 それを見下ろす赤毛の女性が一人、宙に浮いていた。


「……ふふ……さあて、今度はどうなるかな?」


 女性の瞳は、住宅街の一角、丘の上の中学校を映していた。

 女性は微かに笑い――光の粒子となって、その姿が消える。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 住宅街に囲まれた丘の上に市立明和中学校は建っていた。

 築年数が伺える古びた校舎の三階、二年三組の教室。


「帰りのHRは以上だ。それじゃ、みんな気を付けて帰れよ」


 担任の教師がそう言って教室を出ていく。

 周りの生徒が帰る中、俺――灰田健太は無表情で座っていた。


「…………」


 前後左右の生徒がカバンを持って席を立っても無表情で座っていた。


「…………」


 掃除当番の生徒が机を教室の後ろに移動しようとしても無表情で座っていた。


「…………」


 掃除当番の生徒は目の前に立って声を上げる。


「邪魔」


 俺はぼうっと掃除当番の生徒の方を見たあと、のそりと立ち上がった。

 そうだ、帰らなきゃ。

 俺はカバンを持って教室を後にする。

 掃除当番の生徒は重い溜息をついた。

 教室を出た後、死んだ魚のような目で廊下をのそのそと歩く。気のせいか行き行く生徒たちから避けられているような気がした。

 階段を降りようとしたところで声をかけられる。


「あ、灰田!」


 同じクラスの金本典史だった。

 

「……金本か」


 金本は眼鏡をかけた細身の男子生徒だ。


「この間話した部活の件、考えてくれた? 囲碁将棋部、あと一人居れば部活動として申請できるんだ」


 この間……そんな話したっけか?

 したような……しなかったような……。


「…………」

 

 俺がしばらく無言でいると、金本は苦笑いする。


「まだ調子戻んないのか? クラスの奴もみんな心配してるぞ」

「…………」

「なにが原因か知らないけど元気だせよ」

「…………」

「まぁ部活の件、考えておいてくれよ」


 金本はそう言うと、廊下の奥へと歩いていく。

 俺はしばらく金本の去った方に顔を向けていたが、やがて正面へ向き直る。


(……帰ろう)


 俺は気だるげな様子で校舎を出て住宅街を歩く。

 そのまま帰り道とは反対、駅前の病院へと歩いていく。

 病院が近ついてくるに連れて気分が重くなってくる。

 重く……なって……。


「……オロロロロロロロロロロロ」


 俺は道端で盛大に嘔吐した。


「……はぁ」


 俺はハンカチで口周りを拭う。

 気が重い……けど、病院には行かなくちゃ。

 俺は再び歩き出す。

 駅前の病院まで来ると、入口前で行ったり来たりを繰り返す。


「……はぁ」


 俺は意を決して中に入る。

 病院に入るとロビーがあり、その奥にエレベーターがあった。

 俺はエレベーターに乗り、五階のボタンを押した。


「……っ」


 キリキリと腹が痛くなってきた。

 俺は痛む腹をさすってなだめた。

 そうこうしている内にエレベーターが五階で止まる。

 俺はエレベーターを降り、廊下を進む。

 やがて廊下の突き当りにある病室の前まで来た。

 俺は病室の前に掲げられたプレートを見る。


(……灰田佐代子)


 プレートは四枚分のスペースがあるが、残り三枚のプレートは無かった。

 四人部屋に一人。病室に空きがあるのだろう。

 俺は一度、深呼吸して……病室に入った。

 病室の中にはベットが四つあり、左奥のベットに入院着姿の女性が一人居た。

 女性はセミロングの黒髪で、中学一年生くらいの見た目だった。


「あ、お兄ちゃん」


 妹の灰田佐代子は、俺の姿を見ると嬉しそうに笑顔で声を掛けてきた。


「よお、様子見に来たぞ」


 俺は自分の中に残っている元気と呼べるものを総動員して、いつも通りに振る舞った。佐代子が元気で居るのに俺が落ち込んではいられない。


「なんか変わったことあったか?」


 佐代子は人差し指を顎につけ、何やら考え込む。

 やがて何か思いついたように隣のベットを指差す。


「こないだ同じ病室にいたお爺ちゃんが退院したよ。これで晴れて一人部屋だよ」

「一人部屋が良いって言ってたもんな。良かったじゃん」


 佐代子はえへんと胸をはってみせる。


「お兄ちゃんは? 学校で何か変わったことないの?」


 俺はここ一週間くらいの記憶を遡ってみた。

 遡ってみたが……ほとんど記憶に無かった。

 俺の無気力状態は一週間前から続いてたのか。


「俺は特に無いかな」

「ええ……ほんとにぃ?」


 佐代子は俺を咎めるような様子で尋ねる。

 人差し指を立てて、俺を詰問する。


「彼女は出来きましたか?」

「出来てない」

「部活は何か入りましたか?」

「入って……ない」


 金本から誘われている話を思い出し言い淀む。


「……? 何か部活で悩んでるの?」

「……同じクラスの金本って奴から、囲碁将棋部を作る部員集めに誘われてる」

「へえ、囲碁将棋部……良いじゃん、お兄ちゃん入りなよ」

「うーん……そうかな」


 俺は佐代子にそう言われて考え込む。


「そうだよ。お兄ちゃん、将棋のルール知ってるでしょ。人数が足りないなら入んなよ。どうせ他に入りたい部活無いんでしょ」

「うーん……」

「部活やったら彼女出来るよ」

「普通に考えて囲碁将棋部で彼女は出来ないだろ」


 でも佐代子がそう言うなら部活に入るのも悪くないかもしれない。

 妹の願いを聞くのもお兄ちゃんの仕事だ。

 それにお願いを聞くのも最後になるかもしれないのだから。

 俺は医者の話を思い出す。


(長くて……あと半年か)


 長年、病気がちだった妹は、入退院を繰り返し、ついに二年前から入院しっぱなしになってしまった。そこに先日、医者から通告された半年という期日。

 もって半年。

 それで妹は……死んでしまう。

 俺の無気力の原因だった。


「そうだな……囲碁将棋部も悪くないかもな」

「そうだよ」


 満面の笑みで佐代子がほほ笑む。

 それから一時間程、談笑してから俺は席をたった。


「それじゃ、また来るよ」

「次に来るときは彼女つくってきてよ」


 俺は苦笑いして病室から出ていく。

 病室から出た俺は溜息をつき、無表情になる。


(……帰ろう)


 俺はフラフラと病院を後にした。

 夕日で赤く染まった街並みをトボトボ歩き家へ向かう。

 自宅につくと、そのまま自室へ入る。

 暗い部屋の中、電気も付けずに立ち尽くす。


「…………」


 両手の拳を握りしめる。


「……くそっ」


 感情を吐き捨てるように小さく呟く。

 やがてとめどなく感情が溢れてきて止まらなくなる。


「……くそっ……くそっ……くそっ……ちくしょおおお!」


 次第に声が大きくなり、最後には大声で吐き捨てた。


(あと半年……それで妹が死ぬ……!? なぜ、なんで、どうして!?)


 カバンを投げ捨て、ベットに両こぶしをつく。

 ぽたぽたと涙がこぼれる。


「あぁああああああ」


 次々に涙がこぼれて止まらない。

 暗い部屋の中に、嗚咽がこだまする。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 翌朝の明和中学校。

 いつも通り登校してくる生徒たち。

 俺は無表情で登校してくると、自分のクラスの自席に座った。


「おっす、おはよ」


 あとから登校してきた金本が挨拶してくる。


「おはよう」


 俺は金本に無表情で挨拶を返すと、昨日の返事を思い出した。


「そうだ……金本、昨日の部活の件だけど……俺、入るよ」

「ほんとうか!?」


 金本は嬉しそうに笑う。


「いや、良かった。これで人数がそろった!」

「そうか……」

「いや、ありがとう! これで囲碁将棋部が作れるよ」

「ああ……」


 金本は笑顔で俺に握手してくる。俺は握手されるがままになっていた。

 これで良かったんだ。佐代子のお願いだから。

 俺は無表情でそう一人ごちる。

 やがて興奮が抑えきれない様子の金本も席につき、朝のHRが始まる。


「それじゃHRを始めるぞー」


 担任の教師がそう言った。

 俺はHRが始まるのを、うつむきながら待った。

 が、いつまで経ってもHRは始まらなかった。


「…………?」


 顔を上げて周りを見渡す。

 周囲の生徒たちは、時が止まったように固まっている。

 生徒たちだけではなかった。担任の教師も固まっている。

 窓のカーテンも妙だ。風になびいていたカーテンが固まっている。

 これは……まるで本当に時が止まったみたいだ。


「……な……なんなんだ?」


 次の瞬間、目の前が真っ白になる。

 まぶしさで目を瞑る。

 やがて、眩しさもなくなり、ゆっくりと目を開ける。

 そこは雲の上だった。

 先ほどまで確かに教室の中にいたはずだった。


「……ここは」


 見渡す限り一面の青空と白い雲。

 思わず見とれてしまう美しさだ。


「……すごい」


 俺は思わず一歩前に出て、足先が何かに当たる感触に足を引っ込める。

 足元を見ると、足元は直径二メートルほどの円形状になっていた。

 その端は僅かに上に出っ張りがあり、そこに足先がぶつかったらしい。


(……落ちたら……どうなるんだろう)


 俺は冷静に考える。それから考えるのをやめる。

 どうせ妹も死ぬなら落ちても一緒か。

 俺は無表情でそう結論ずける。

 それから、よく周りを見てみると周囲にも同じような足場に立たされている人間が居た。

 俺を含めて全部で八人。

 みんな数メートルずつ離れて円形に並んでいる。

 全員、制服を着ている。それに見知った顔も何人かいる。


(同じ中学の生徒か……)


 突然、俺たち八人の中央、何もなかった空間が光り出す。

 光はやがて落ち着きを見せて人の姿になっていく。

 それは赤毛で碧眼の女性だった。

 見た目からまだ若いことが伺える。高校生くらいだろうか。

 服装は全体的にヒラヒラとしたお姫様のような恰好をしている。


「……さて、始めようか」


 女性は宙に浮いたまま、そう呟いた。


「私の名前はミオン。諸君、願いはあるかい?」


 突然、女性は語り出した。

 その声は距離感を無視して直接、脳内に響いてくる。


「叶えたい願いが……何をおいても手にしたいものが?」


 女性は、ミオンは片手を伸ばして、何かをつかむような仕草をする。


「その願い……私が叶えよう」


 ミオンは伸ばした片手を握る。


「どんな願いも! どんな希望も! どんな醜い欲望も! 必ず私が叶える!」


 俺は病院に入院している妹を思い出す。

 妹の病気を治せる?

 この女性は何を言っているのだろうか?


「ただし……一人だけだ。君たちの中の一人だけ、願いを叶える」


 ミオンは片手を振り下ろす。

 するとミオンの周囲を囲んでいた、俺を含む八人の眼前の空間が歪む。

 空間は手が届く距離で黒く歪んで固定された。

 黒いシャボン玉のようだ。

 俺たち八人は目の前に現れて八個の黒いソレを前に固まってしまった。


「それは心衣領域だ。君たちの好きに形を変えられる」


 それを聞いて、俺の反対側に位置する生徒が両手を心衣領域と呼ばれた黒い空間にかざす。すると黒い空間は棒状に変化した。


「ふむ……変わった」


 俺の反対側に位置する生徒はそれを見て、何か考えるように呟いた。

 それを見て、ニヤリと笑うミオン。


「それは君たちの力だ。出し入れ自由! 変幻自在! 思い通りに形を変え、思い通りの事象を起こす!」


 それを聞いて、他の七人も恐る恐るといった様子で黒い空間に手をかざす。

 俺は消えろと念じて見ると心衣領域は姿を消し、表れろと念じれば出てきた。

 形も思い通りに変えられた。


「その心衣領域を使って君たちに戦ってもらう」


 ミオンは指を一本たてる。


「ルール一……殺しは禁止する」


 指を二本たてる。


「ルール二……心衣領域以外の一切の武器の使用を禁止する」


 指を三本たてる。


「ルール三……一般学生への攻撃は禁止する」


 指を四本たてる。


「ルール四……校外での襲撃を禁止する」


 指を五本たてる。

 何か言おうとして……思い出すような仕草で右斜め上を見る。

 ミオンはしばらく「あー」とか「うー」とかうなっていた。

 思い出せなかったのか、何も言わずに口を閉じ、何事もなかったように指を四本に戻す。


「以上! 何か質問は?」


 ミオンはそう言って俺たち八人を見渡す。


「……あの」


 俺は手を上げる。


「あなたは誰ですか?」


 ミオンはその質問を待っていたというような顔をする。


「よくぞ聞いてくれた。私は……神様だ」

「……え?」

「神様だ」

「…………」

「かっみっさまっ!」

「あ、はい……」


 ミオンは満足そうに、ふふんと鼻をならす。

 俺は信じられない心持だった。

 神様? そう言ったのか……あの女性は?

 他の七人も同様の様子だった。


「まぁ……神様というのが本当かどうかは置いておいて、なんで俺たちなんだ?」


 右隣に立っている真面目そうな男子生徒が尋ねた。

 上靴の色からして三年生だろうか。


「君たちに願いがあるから。他人を倒しても叶えたい願いが」


 ミオンは何かを見通すような瞳を向ける。


「叶えたい願い……?」

「そう、願いだ……私は君たちの心の中を読んだ。君たち八人を選んだのは偶然じゃない。だから君が『心の中を……信じられんな』と考えてるのも分かる」

「…………!?」


 真面目そうな男子生徒は明らかに狼狽えていた。どうやら本当に心の中を言い当てたらしい。


「フフフ、信じた?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……思考が追いつかない」

「この状況も私が用意したものだよ。というか、この状況、どう見ても科学とかじゃ説明できないでしょ?」


 男子生徒は何か考え込むように黙る。

 本当に、あの女性は、ミオンは神様なのか?

 もし、そうなら……。


「ちょっと良いかな?」


 今度は俺の反対側の男子生徒が尋ねる。見たことがある。

 たしか化学部の部長の柳田先輩だ。色々と問題を起こす校内一の問題児だ。

 今年だけで実験と称して化学部でボヤ騒ぎを二度ほど起こしている。


「この……心衣領域だが。形状変化のほかに事象に干渉もできると?」


 柳田先輩は目の前に浮かぶ心衣領域をこねくり回しながら質問する。


「その通りだ。剣の形になれと命じれば剣の形に。たとえば燃えろと命じれば燃える。まさに変幻自在!」


 柳田先輩は心衣領域を剣の形に、そして球状に変化させると心衣領域の中で炎を起こした。


「ほお……」

「その心衣領域を使って自分だけの武器を作ってもらう」


 ミオンは指を三本たてる。


「期日は三日後。どのような武器にするかは任せる。注意点として、一度武器の申請を受け取ったら、心衣領域は申請した武器としてしか扱えなくなる」


 柳田先輩は片方の目を吊り上げる。


「自由自在に形を変えたりできるのは今だけということか?」

「その通り。また余り突拍子もない武器にもできないから注意だ。まぁその辺は実際に作りながら覚えてくれ」

「ふむ……」


 柳田先輩は何か考え込む様子で黙ってしまう。


「ねえ」


 今度は二つ左隣に立っていた三年の女子生徒が手を上げる。

 頭髪の茶髪は明らかに校則違反だ。学生服の着こなしからも、何だか遊んでいそうな生徒だ。


「なんでこんなことさせるの?」

「秘密」

「えー……良ーじゃん。教えてよ」

「ダメ。NG。秘密」


 ミオンはそう答えながら心衣領域で自分の頭上に『ダメ』『NG』『秘密』と文字を作る。


「ご想像にお任せします」

「ちぇっ、まぁ良いや」


 ニタニタしながら女子生徒はそう呟く。


「おい」


 二つ右隣に立っていた二年生の男子生徒が声を上げる。

 見慣れた顔だ。たしか名前は椿。二年でも問題ばかり起こす不良生徒だ。


「俺らに戦えって言ってたな。三日後から好きに戦って良いのか?」

「いや。一日に四試合、放課後に一対一の試合を行ってもらう。八人で総当たり戦だ。ちなみに試合は月曜日と木曜日に行う」


 椿は少し考えると、ふと思いついた様子でミオンに尋ねる。


「……一カ月近くかかるぞ」

「そうだね。頑張ってね」

「てめぇ……」


 恨めしそうな椿のセリフに、素知らぬ顔で答えるミオン。

 椿は忌々しそうに毒つくと黙ってしまう。


「あの~」


 今度は三つ右隣に立っている二年の男子生徒が声を上げる。

 見た顔だ。たしか生徒会の副会長で、名前は御堂だ。


「僕ら普通の中学生活もあるんですよ。ケガとかしたら学業に響いちゃうなって」

「もっともだ。だがその心配は要らない」


 ミオンは指をピシッと立てる。


「試合後、私がケガの治療を行う。ものの数分で試合前の状態に元通りだ」

「それならケガの心配はありませんね……試合場は校舎を使うので?」

「あぁ、校舎を使う。どこを使うかは後程伝える」

「……校舎の損害は?」

「それも試合後に私が直す」

「ありがとうございます」


 御堂副会長はペコリとお辞儀する。


「あ、あの……」


 今度は三つ左隣に立っていた一年生の女子生徒が手を上げる。

 かなり低身長で小学生と見間違いそうだ。少女はおどおどした様子で質問する。


「ほ、本当に何でも願いが叶えてくれるんですか?」

「あぁ、一人だけだがね」

「……そう……ですか」


 女子生徒はそう言って黙り込んでしまう。

 ミオンは俺たち八人をぐるりと見渡す。


「諸君! もう一度聞こう! 叶えたい願いはあるかい?」


 俺たち八人は、皆なにか思い当たることがあるように黙る。


「そのために戦う覚悟はあるかい?」


 もし本当にミオンが神様なら、願いを叶えられるとしたら……。

 ミオンはクスリと笑う。


「では、私は三日後にまた来るよ。それまで心衣領域の武器を考えておいてくれ」


 ミオンはそう言うと再び光へと姿を変えていく。


「君たちの奮闘に期待するよ」


 そう言い残し、完全に光になったミオンの姿は消えてしまった。

 同時に再び視界が真っ白になる。

 思わず眩しくて目を瞑る。

 やがて、ゆっくりと目を開けると、そこはHR中の教室だった。

 担任が今日の朝の連絡事項などを喋っている。


「それじゃ朝のHRは以上で終わりだ」


 担任がそう言って朝のHRは終わった。

 俺は席をのそりと立ちあがると教室を出た。

 そのまま廊下を歩いていく。


(もし本当なら……)


 俺は鬼気迫る様相で廊下を進んでいく。

 気のせいか、行き行く生徒たちが俺を避けているような気がする……が、今はそれどころではなかった。

 俺は人通りの無い場所を探し、一階の廊下の奥、階段の下にした。

 校舎の階段は二つあり、奥側の方の階段はあまり使われることはない。


(ここなら……)


 俺は階段の下に座り、すうっと深呼吸をした。

 両手を胸の前にかざす。


(出ろ……心衣領域……!)


 俺はそう念じた。

 先程までの体験がもしも夢でないのなら、これで出るはずだ。

 すると目の前の空間が黒く歪み、シャボン玉のようなものが現れた。


「……ほ……本当に……でた」


 本当に出た。

 本当に出た。本当に出た。本当に出た。

 だとしたら、さっきの体験は夢じゃない!?

 い、いやいや、待て待て待てよ、さっきのミオンは何と言ってた?

 そうだ、願いを叶えるだ。

 願い? 妹の病気を治せる?


「妹の病気を……治せる……?」


 八人のうち一人だけの願いを叶えると、ミオンはそう言った。


「俺が……勝てば?」


 無表情だった俺の顔に笑顔が浮かぶ。

 ――そうだ、勝てば良い。

 今まで重く圧し掛かっていた妹の死がフッと心の中から消える。

 ――全員倒して。

 同時に心の奥底から闘争心が湧いてくる。

 ――俺が。


「俺が勝つ!」


 両手を握り締める。同時に心衣領域を消す。

 俺は立ち上がった。

 何だか気のせいか体が軽い。


「……はは……はははははは!」


 俺は右拳を左手に打ち付ける。

 やってやる……必ず勝ってみせる。


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