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双眸のクオリア  作者: K
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「あー……おまたせ」

「気にしないでいい……華なら許す……」

 葵は、なんというかいつも通りの感じだった。まぁ、これもいつもの事だけど。

「悪いな、葵、私の感謝の気持ちを手っ取り早く伝えるにはこれが早い」

 感謝の気持ちを手っ取り早く伝えるって、気持ちが篭っているんだかいないんだか

「さて、店のアタリは付いたか? 葵」

「恐らく……80%は……」

「うん? あとの20%不安要素があるの?」

「……傑君が間違いないと言えば……」

「あぁそういうことね、とりあえず聞こうか」

「……コミックねこのあな……明日、有名絵師のぱんでぃー先生が来店するイベントがある……」

 コミックねこのあな、通称、ねこ。秋葉原で同人誌を探すならここは絶対に外せない。年に2回の祭典”コミット”直後はオタク達があふれるぐらいの超有名店の老舗だ。

「…しかも、明日限定……明日はアキバで、他のイベントは……ない……」

「ビンゴ、ありがとう葵。間違いないね」

「……確度100%になった……」

 店のアタリはついた、だが僕達の捜査を始める前に色々と打ち合わせをしなきゃいけない。二人ならだいたいわかっていると思うけど、過去何度か行われてきた打ち合わせを始めるとしよう。

「今更言われなくても大体わかっていると思うけど、僕達が目下最優先で解決しなければいけない問題がある、分かるよね?」

「タイムパラドックス、そうだな?」

 タイムパラドックス—時間の逆説。僕達は時間を逆行することは出来ないが、未来で事件が起きるという情報を得た。

 ねこのあなで事件が起きる(といってもまだ仮説の域を過ぎないが)という未来を我々が改変する事は許されない。いや、正確には改変することは出来ない。

 過去に一度未来で起こるはずの事件を未然に食い止めようとした事がある。

 食い止めることには成功した。しかし、事件の予定発生時刻と全く同じ時間、全く別の場所で予言の内容と一致した事件が起きた。

 今回の場合であれば、この秋葉原で、能力者が、事件を起こす。これはもう残念ながら確定した未来である。

 僕達に課された使命は確定した未来を歪める事無く被害を最小限に食い止める。

 例えば、ねこのあなで能力犯罪が発生した。しかし被害者は0。といった風に。

 確定した未来は変えない。いや、変えることは出来ない。僕達が犯人より一歩先を歩いた状況で勝つ。僕達に出来るのはそれだけだ。

「とはいえ、情報が少なすぎるな」

「あぁ、全くだ。能力犯罪が発生するっていうのは分かった。でも何をする? 能力は何だ? 手を打とうにも情報がまだ少ない」

「……ほら、傑君が得意な奴……相手の気持になって考えるとかって……」

「得意というかなんというか、相手の動きを読むときの基本だよ」

 さて、先生の大ファンである犯人は有名絵師ぱんでぃー先生のイベントに参加する。

有名絵師で通ってるぐらいだ、相当な人気のはずだろう。そんな先生のイベントに参加した犯人。先生の大ファンである犯人は飾られているグッズを前にグッズを盗もうと……いやいや、ありえないな。大ファンなら盗もうなんて考えない、絶対にそうだ。お金を出したいと思うはず、なんたってそれがオタクというものだ。

 ではこういうのはどうだろうか、

 ぱんでぃー先生のアンチである犯人。ねこのあなでイベントが行われる事を知った彼はついにこの日が来たかとねこのあなに足を運ぶ……って言っても、エロ絵師にアンチとかいるのだろうか?エロ絵師は我々オタクにとって神に等しい存在だぞ?

「う~ん……」

「おっ、どうした傑、早速行き詰まるなんて珍しいじゃないか」

「オタクが100人いたら100人全員違う考えを持ってると思っていい。ねこのあなで事件を起こすんだからオタクなのはほぼほぼ間違いないだろうけど、オタクの考えを読むのは難しいよ」

「……私達には……瞳がある……」

「あぁそうだ。瞳の能力を使えば相手の動きや考えを知るのは容易い、けれどそれは犯人を特定してからの話だろう?」

「じゃあ参加者の記憶を片っ端から葵に見てもらうか?」

「葵の能力はそんなに融通の効くものじゃないのは知ってるだろ?もし見れたとしても日が暮れちゃうよ」

「う……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「いやいや!葵は悪くないから!何も思いつかない僕が悪い!」

「誰も悪くないさ、強いて言うなら犯罪を起こそうって奴が悪い。皮肉なことにまだそいつは犯罪者でもないただの一般人だけどな」

「百聞は一見にしかず。そうだろ? 僕達の目で見るんだ、絶対に逃がさない。僕は全ての目が味方なんだ」





「華、準備は?」

 僕は密かに耳につけた高性能インカムで問う。

「視界良好、色が無い以外はな」

 色が無い、つまり華は能力を行使している。華はライトノベルを立ち読みする振りをしながらバックヤードの監視カメラのモニターを覗いてもらっている。場所はねこのあな2階。

 残念ながら店舗側の協力を取り付けてはいない。

 僕達の目的は事件を発生させること、そのうえで被害を最小限に食い止めること。少しでも事件の発生を阻害する可能性は排除しなければならない。

「中澤さん、華の準備は完了。そっちもお願いします」

「了解した。各員配置に着け」

 彼は秋葉原を管轄とする警部の中澤(なかざわ) (あきら)。屈強な肉体に白く染まった髪の毛。残念ながらその黒い双眸に能力を宿しているわけではない。ただ気のしれた警官仲間というだけだ。

 中澤さんに事情を理解してくれそうな警官(つまり、オタク警官)を何人か集めてもらい、サイン会の列に3人並んでもらう。他の数人は裏口を固めたり、外で待機してもらっている。外で待機する事が決まった警官の中には悔しがっている警官もいたようだが、、悲しきかなこれは仕事なのだ。

 彼らは能力を持たないが僕達よりは戦闘慣れしているのは間違いない。僕達、いや、僕みたいなオタクが犯人と取っ組み合い、あるいは殺し合いになっても勝敗は見えてる。

「傑君、2人目の警官が列に参加した。そろそろ時間だ」

「分かりました、行こう、葵」

「……がってん……ふふ……」

 僕と葵も列に参加する。それも、手を繋いで。

 華や警官から怪しい人物がいるという情報を手に入れたら即座に葵に注視してもらう。葵が過去を見れるかどうかは確実ではないが見ることが出来たならほぼ確実に犯人かどうかは断定できる。僕が手を繋いでいるのは失神状態の葵を誘導する為だ。失神状態とは言え手を引けば足が動くのは過去に検証済みだ。

「傑君、サイン会がスタートした様子だ、各員状況報告を頼む」

「監視カメラを見た様子だと緊張状態にある客が幾人か見受けられる。一番緊張しているのはぱんでぃー先生とやらだがな」

「ふむ、こちらにも似たような報告が入った、傑君の状況は?」

「ぱんでぃー先生が見えました、葵、無いとは思うが試してくれ」

「……」

 どうやらすでに失神状態に入っているようだ。これは僥倖。葵の手を引いて少しづつ歩みを進めていく。

 ぱんでぃー先生はメガネをかけた天然パーマの男性でげっそりした外見がいかにも絵描きっぽさを醸し出している。

「葵が過去を見ているようです」

「了解、先生が見えてるなら私は他の人に注視しよう」

 先生は葵の報告を待てば分かる。僕は他の人に注視しよう。

 まずはもうすぐ順番が回ってくる20代の男性。

「ふー……」

 左目に血液が溜まっていくのが分かる。女性には伝わらない例えかもしれないがさながら左目が勃起しようとしているかのようだ。

 左目の視界がすっと切り替わった時、右目だけを閉じる。

「ふー…」

 左目を男性の左目に憑依させる。華は強烈な違和感を感じると言っていたがそれは能力者だからだ。一般の人間に憑依させたって感づかれる事はない。むしろこれで感づくならば好都合、能力を持った人間であることが濃厚となる。

 男性の視線は先生のサインを書く手を注視している。自分の番が回ってくるのを今か今かと待っている少年の様だ。

 時間が無い、次だ。次に並んでるのは不摂生な見た目の男性。

 先程と同じように彼に憑依し、視界を借りる。

 少し息が上がっているのか視界が上下しているがそれだけだ。まばたきの回数は約3秒に1回。平均値だ。

 歩みを進めながら次の30代後半ぐらいの女性へと憑依する。

「ふー…」

 この視界はよく分かる。葵が僕を見るときに非常に良く似ている。つまりそういうことなんだろう。

 そして次は……僕達の番だった。

「(マズイ……時間を無駄にしすぎたか)」

「こんにちは! 来てくれてありがとうございます!」

 先程手に入れた原画集を僕と葵の分で計2冊を差し出す。

「はい! この白ページに書いときますね」

 表紙をめくった先にあるサインを書くにはピッタリの白ページに先生はサインペンを走らせていく。

「いや~この前先生がTeitterに上げてた”全裸スクワットJK”の画像最高でしたよ」

「見てくれてたんですね!ありがとうございます!あれは私がジムに通っている時に思いついた構図でしてね、たくさんのおシコリ報告を頂きましたよ」

 おシコリ報告、つまり射精報告である。

「あの~……」

 先生が葵の方を見ている、しまった、完全に気にしていなかったがまだ戻ってなかったのか

「あぁ彼女はちょっと体調が――」

「……ふふ……先生が原画をやってたエロゲー……”ぼくはバター犬になりた~い”……めちゃ……しこ……」

「は?」

「あぁ! 遊んでくれましたか! あれは天才的なシナリオあってこそでしたから私は大したことはしてませんよ!おっと、そろそろ時間だ、どうもありがとうございました!」

「こちらこそありがとうございました。これからも頑張ってください」

 僕と葵は先生に一礼してその場を後にする。げっそりとした見た目にそぐわないハキハキしたトークで好印象の方だった。これで業界では物凄い変態絵師で名を連ねているというのだから不思議なものだ。

「葵、戻ってたのか、先に報告が欲しかったが……」

「……ごめんなさい……ちょうど戻ったところで……」

「…エッチな絵を書いてる所しか見れなかった……その……少し催した……あとでして欲しい」

「……」

 先生は至って普通だった。まだサイン会の終了時間までは幾許か猶予があるだろう。監視の目を光らせなければ。

「傑君、私だ。イベントの終了時間まで残り20分といった所だ。3人目の警官がが最後尾に控えているが、君たちはどうする?」

「流石に2周目は無理でしょう。ギリギリの距離で待機します」

「私だ、良い時間稼ぎだった。カメラ越しではそれらしい人物は見つからない」

「分かった、監視を続けてくれ」



「傑君、もう最後尾の警官の番だが……なにも変わった様子はないな」

「ええ、まだ終わったわけはありませんがもう殆ど人もいません」

「私だ、直接様子を見ていてもそれらしい人物はいないな」

「最後の警官が到着した。もうイベントが終わってしまうぞ」

 何故?何故何も発生しない?まさかねこのあなでは無かったとでも?そんなはずは無い。日付と場所、条件をを満たすのはここしか無かったはずだ。

 では預言者が間違えたとでも?異能の力も万能というわけではないが、今まで彼女は予言を外したことはなかった。何かが起こるのはこれからか?それとも、僕達の存在が事件の発生を阻害したのか?

「中澤さん、秋葉原の他の場所で事件が起きていなかったか調べられますか?」

「件のパラドックス問題が起きた可能性も考えられると? そういった情報はすぐ伝えるように本部に残してきたがまだ連絡は来ていない」

 中澤さんにそう伝えると同時に、僕のポケットの中で騒ぐマナーモードのスマートフォンの存在に気づく。

「(こんな時に一体……)」

 非通知設定、その画面に映る5文字を見た瞬間に心臓が一度だけドクンと脈打った。

「……」

 僕はスマートフォンの画面をなぞり、謎の呼び出し人からの電話に応答する。

「……」

「……事件は起こらなかった。そうだな? 天界 傑」

「ッ!」

 何者だ、そう問う事も出来なかった。こいつが犯人?なぜ事件は起こらない。未来を変えた?あり得ない、確定した未来を変えることは出来ない。出来ないはずなんだ。

「確定した未来を変えることは出来ないと、君はそう考えているね」

 水分が急速に失われ、まるで老婆の様になってしまった喉に力を込めて僕は精一杯の返答をする。

「……何者だ」

「つまらない問いだな、それとも、警察のルールに則った問いということかな? 天界 傑、君が一番聞きたいのはそんなことじゃないはずだ」

「……お前は未来を変えたのか?」

「変わったのかもしれないし、変わらなかったのかもしれない。君が観測したのではないか?」

「お前は能力者だな」

「そうだ。君と同じさ。”全ての目を味方にする事が出来る”こう言えば伝わるかね?」

「……」

「天界 傑、ゲームをしよう。君が全ての目を味方にすることが出来るなら私を見つける事が出来るはずだ。そうだな……早く見つけないければ人が死ぬ、というのはどうかね。君がもし私が未来を変えたと考えているのならその逆、変えないという選択も出来る。世界の選択通り事件を起こす。舞台はここ秋葉原。それではまた会おう、瞳の能力者」

 通話の終わったスマートフォンを耳から離すまで幾許かの時間が過ぎた。考えることに精一杯で筋肉に命令を出すことにリソースを割く事ができなかった。




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