英雄になった船乗り
――沈む。壊れる。殺される。死ぬ。怖い。恐い。終わる。
その小さな木製の船は、あと数時間で沈む。大きく広がる海だ。助けが来るはずも、小さな島一つ見えるはずがない。
船は十人乗るのが限界な小さな船。海水も木製板の隙間から侵入して、もうどうすることもできない。
乗組員は六人、しかし灼熱の太陽に当たり続け、すでに三名が脱水症状、熱中症に襲われている。水分しかないというのに、水分を体に取り入れることはできない。何故ならその水は、飲んだしまったら最後悪魔の海水なのだから。
「な、なぁ、俺はここで死ぬのかぁ?」
「バカを言え! 死んでたまるか、何としても助からなくちゃいけない!」
ぐったりと仰向けの状態で倒れこんでいる大男は、小柄な男に自分の最期を確認した。
その発言を受けた小柄な男は、寝転がる大男に対し強く死に対し反発し、小さな船を揺らした。
「おい、あんまでけぇ声でしゃべるな、お前もそいつみたいになるぜ」
そう言った男は、船の先端でこれまたぐったりと座り込んで、木の枝を咥えながら自分の拳を見続けている。
まだ正気がある三名も体力、気力はすでに失われている。水・食料・衣類は一切存在せず、頼れるのは倒れこんでいる三名以外の三人の男たちだけであった。頼れるといっても、正気を保てるよう話続けたり、海水に手を出さぬよう見張り続けることだけだが。
この小さな船にはマストが存在したが、存在していたであろうその部分は、何かに噛みつかれたかのように無残にもその形をなくしていた。
無論オールを漕ぐ気力体力も存在しない。
「なぁコニー、オールを漕いでみないかい?」
小柄な男は船の先端に座る男の横まで行き、そう言った。船の先端に座るコニーと呼ばれた男は、頭にかぶせたバンダナを取り、威嚇するかのように寄ってきた男を睨み、
「そんな馬鹿な事したら、一瞬で命は終わる。話しかけてる暇あんなら、もっとましな案出しな」
「これが僕の考えた最善の案だよ。でも何かしないと、死んじゃうよ」
「あぁそうだな、だがな、お前が俺の近くにいるとそれはもっと早まるんだよ。失せな」
コニーにそう言われると、少ない体力で先端まで足を運んだ小柄な男は、仕方あるまいと船の中央まで戻り、また考え事をし始めた。
そして中央で横たわる三名の姿を見ながら、また死の想像をしてしまった。
「そんな顔しなくとも、神さんはワシらを見捨てたりはせんよ」
「あぁ、フッド爺さん。ただ海の流れも微動だにしないですし、移動するにはオールでこぐことが必要ですよ、ハハッ」
「おみゃさんならきっと、むこうの青二才とも上手くやれるわい」
フット爺と呼ばれる白髪の長髪と白髪の顎髭を胸元まで伸ばした爺さんは、優しい声と表情で小柄な男にそう言った。
何の根拠もない言葉だったが、小柄な男の心にはそれが一番欲していた言葉であった。
波一つない海の上では、ただ死を待つことしかできなかった。異様に静かで、海水の音一つ聞こえない海の上では、自身の耳がイカれてしまったのではないかと錯覚するほどである。
そして事はその直後起きた、
「あれ、ケンバさんもう体調は良くなったんですか?」
小柄な男の横で、横たわる男たちの中で一人の男が立ち上がった。無情髭をだらしなくはやしたその男は、ケンバと名前を小柄な男に呼ばれるが、無視というより無反応でゴールのない海の先を見つめた。
「何か、見えるんですか?」
「……」
問いかけには何も答えず、ただひたすらに海の先を見ていた。太陽に照らされ光り輝く海は確かに美しい、だがそういうものを見つめる目ではなかった。憎き者を睨みつけるかのような目だ。そして、
「――あ、飲み水だ」
「えっ」
「おい! 止めろー!!」
三人の男が全く違う感情を生んだ。それは最初に『優越感』次に生まれたのは『困惑惑』そして最後に叫びは『焦燥感』どちらにしろ、三つの感情が一つにまとまることはなかった。
ケンバと呼ばれた男は、水と偽った海水へと飛び込み、小柄な男はそれを見て動揺してしまい、伸ばそうと脳内で考えた腕は伸びずただ見ていることしかできなかった。そして船の先端に座っていたコニーは、いい反応で中央まで飛んできたが、間に合うことはなく飛び込んだケンバを小柄な男と共にただ眺めていた。
二人が後を追って飛び込まなかった理由か単純だ。静寂に包まれていた海は、ケンバの飛び込みと共に一気に喧噪へと変化した。ケンバが飛び込んだ瞬間、大量の巨大ザメが肉という名の餌に飛びついたのだ。
「ぎゃーー!!!! 嫌だ!!!! たずげで! ゴホッ」
サメに腕を引きちぎたれ、人間の部位の原型をなくしたケンバは、狂ってしまったその瞳で船に残っている者たちを見つめた。そしてそれと同時に、ケンバという一人の船乗りが命を落とした。
「あの……」
「何も言うな!」
青い海に赤く染まった血が浮かび上がり、それを見た小柄な男は助けを求めるようにコニーを見つめたがそう言われた。突き放された小柄な男はフット爺さんの方を振り向くが、こちらも何も言えまいと首を横に振られてしまった。
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灼熱の太陽も徐々に沈み始め、青かった海水も徐々に黒ずんだ色に変化し始めていたころだった。人間には当たり前の事、正気を保つ三人にも睡魔が襲い始めた。しかし三人同時に眠ってしまってはどうなるかわからない。潮の流れの変化、島を見落とす可能性、サメに襲われるかもしれない現状、そしていつも通り船の先端に座っていたコニーが船の中央までやって来て、
「そろそろ二人も眠いころだろ? 交代で眠ろう」
「そうだな」
「そうじゃな」
コニーのその言葉に、二人は賛成の意志を見せ少し安堵したような表情を見せた。しかしこれは一つの問題でもある。人間の本能である睡眠がやって来たということは、必然的に食べること飲むことの本能も出始めるということだ。
「俺が最初は見てる。時間はわからないから、とにかく限界前まで耐えよう」
「わかった」
「了解したよ」
三人はなるべく体力を消費せぬよう、短い会話で話を済ませた。
そして会話通り、コニーは再び船の先端へと戻り見張りを開始した。コニーの見張りが開始されたと共に、休息の時間を与えられた二人も会話なく深い眠りへと沈んでいった。
もうすでに辺りは真っ暗になり、時間はわからないが大体十九時位であろう。
騒ぎが終わった後、海には静寂が戻ったがまだ巨大ザメ達は餌を求めて船の周りを泳いでいるだろう。時折サメ達は、五人となってしまった船乗り達を挑発するかのように背びれを「ポチャン」という音を立てながら見せつけてくる。
しかし巨大ザメなど五人のおかれている状況からすれば、大したことない話だ。大きな問題はずっと変わらない、食料、飲み物、そして何よりも問題なのは未だに海は波一つ作る様子がなく、船は昼間いた位置と変わっていないことだ。
意識のある三人はそれを理解しているが、理解してしまっているが故に頭が狂いそうになってしまっていた。休息を取ることになってもやはり眠りにつくことはできず、全く景色の変わらない星空を三人は眺めていた。
そんな景色を見て三人が諦めかけている時だった。眠っていたはずの一人の男が勢いよく立ち上がり、まるで狂ったかのように悲鳴を上げ、視界に入ったのはフット爺だ、
「きゃあああああああ!」
「な、何じゃこいつ!」
「フット爺!」
フット爺は飛びかかってきた男の首を鷲掴みして動きを封じるが、もはや正気を失ったその男に痛みや苦しみと言ったものは感じられず、押さえつけてきたフット爺の指に噛みついた。
「ぎゃあああ! くそ! 噛みついてきよった!」
「離れろ!!」
フット爺は悲鳴を上げながらも、なんとか噛みつかれた指を取り戻した。そして後ろでそれを見ていたコニーが狂ってしまった男の腰を抱き、究極の決断をした。
「すまねぇ、俺も地獄に行くから、待っとけよ」
「コニーだめだ!」
そしてまた何もすることのできなかった小柄な男が、コニーの動きを止めようと声を上げるがその時にはすでに狂人の身体は船の外へと放り出され、故に巨大ザメ達の餌となった。
これでこの小さな木製の船の乗組員は、意識ある者三人・意識ない者三人から意識ある者三人・意識ない者一人の計四人へと数を減らした。
小柄な男は絶望の瞳で、餌となったかつての仲間を見つめるが同時にあることに気が付いた。それはサメが暴れた勢いで、少しづつではあるが船が前進したことだ。そして気づかぬ内に進んでいた船は、意識のある三人の気づかない間にある物の近くまでたどり着いていた。
「おい、まじか……」
「あ、あれは?!」
若いコニーと小柄な男が目の前にしたものに口を開け驚いているが、この船の中で長老であるフット爺だけは違った。
大粒の涙を大量に流し、安堵感を体中から放出している。
「し、島じゃぁ!」
「あぁ! 爺さん! やったぜ!」
船の上ではコニーとフット爺が、希望の光となる島を見つけ大喜びだったが、今度は小柄な男の様子がおかしかった。
その理由は単純だ。確かに船は前進した、希望もみえた、切れかけていた細い糸は確かに繋がりかけている。だが冷静さを取り戻し島に近づく方法をよく考えてみれば、挑戦者言い換えれば犠牲者を出さなくてはならない。
先ほど船が進んだ理由を思い返せば、暴走した人間をコニーが海に放り投げ、巨大ザメ達がそれを餌として奪い合い荒波が立ちその波に乗った船が前進した。
「けっ、んなこと言ってられっか。動かなきゃなんも始まんないんだよ! 俺がやる」
すべてを察しフット爺と小柄な男は落ち込むというより、すべてを失ったようなそんな表情を見せたが、そんな感情を除け払うかのように巨大ザメが存在する海に唾を吐き、自ら危険を冒さなければならない大役をコニーは受けた。
「だめじゃ! 生きて船に戻れるわけがないんじゃぞ!?」
「そうだコニー! 何か方法が絶対にある!」
固く閉じた拳を合わせて早速大役を務めようと試みるが、そんな勢いを見てフット爺と小柄な男はそんな危険を仲間には負わせられないと止めた。
しかし人の覚悟というものは、同じ船に乗っていただけの者には覆すことができなかった。
「ワリィ、もう決めたんだ、俺の身体が半分になろうとこの船運んで、島にたどり着くぜ」
意志は固く何も言うことはなかった。もう口をはさむ余裕はない、そう思っていた時だった。小柄な男の目に、神の救いなのではないかと思うほどの物が映った。
「お、オールだ! コニー、フット爺さん! オールを使おう!」
「だめだ」
「なんでだよ? 漕ぐ体力がないなんて言ってる場合じゃないだろ?! 現に、今からそれ以上に体力を消費する作戦を実行しようとしてるじゃないか!」
「だめなんじゃよ、坊主……」
「なんでなんだよ!?」
確かに素晴らしい作戦だった。コニーが海に入ってサメを誘い込み波を立てる作戦よりも、効率的で安全であった。しかしそれは協力し合うはずの二人によって、地の底へと落とされてしまった。
そしてその事態を知らせるように、フット爺が木製ボートの横に装備されていたこれまた木製のオールを取り出した。
フット爺が持ち出してきたオールは、見るも無残な形になってしまったオールが小柄な男の目に留まった。大きな歯形の傷が多く残っているので、今も船の周りに存在する巨大ザメの仕業であろう
「そ、そんな……」
「黙ってるつもりはなかったが、タイミングが悪かったな」
「ともかく、オールは残念じゃ……」
小柄な男も犠牲を伴う選択肢しかないと理解してしまい、表情を唖然とさせた。
当たり前だ。人間という生物は一度希望の光が見えてしまうと、それに心を預けようとしてしまう傾向がある。そしてその一つの希望の柱を失ってしまうと、人間は一時的な壊滅感を覚えてしまう。
今小柄な男の心の中は、まるで人間の臓器である腸の中を釣り針でかき回されているような感覚だ。
とにかく焦燥感と壊滅感に襲われ、小柄な男の精神は生のない身体とほとんど変わらない『無』だ。
「ワリィけど、慰めてやってる時間はない。やんのはおれだ、お前はそこでウジウジしとけ」
「コニー、そんな言い方はないんじゃないかの?」
「ああそうだな、んじゃ爺さんロープ準備してもらってもいいか?」
「おうぅ、わかったわい」
二人は小柄な男の様子を窺っている暇もなかった。今は生きるか死ぬかの瀬戸際であり、つまらないダダ事に対応している暇はない。
そして着々と死の海へと向かう準備を淡々進めていた。
「――僕が行く」
とても短く、とても恐ろしい言葉が、コニーとフット爺の耳に届いた。
なぜこの状況が生まれたのかは、この場にいる三人にも分らない。ただ小柄な男のその鋭い瞳は、その覚悟の証であった。
「おい、お前何言ってんのかわかってんのか?」
「そうじゃ! 考え直すんじゃ小僧!」
「コニー僕は決めたんだ、これ以上は何も言わないで気が変わっちゃう気がする。フット爺さん考え直すって何をだい? 僕たちは危ない選択をコニーに選ばせようとしたんだ。ここにいる三人には平等に責任を担う義務がある。僕はここまで何もしてこなかった、僕の番なんだ」
小柄な男は長々とコニーとフット爺にそう説明した。コニーは二人の危機を二度救った。フット爺さんはいつでも明るいふるまいを忘れずに、同じ船の乗組員を勇気づけた。
――僕は何をした?
そんな疑問が小柄な男の頭の中をよぎり、その義務は今自分が果たすべきだと心の中で答えが出たのだ。
「わかった、てめぇの意志を信じてやる」
コニーは小柄な男の決意とその真剣な眼差しを信じ、すべてを託すことを決意した。残るは必然的にフット爺の答え、ということになる。彼はまだどこか決断できないような雰囲気を出し、足元を見ていた顔を勢い良く上げ、
「コニーの小僧がそう言うなら、ワシもお前さんを信じるわい」
「うん、ありがとうフット爺さん、コニー僕はやるよ」
三人の意志は一つに固まり、いよいよその死のはざまに存在する作戦を実行する準備をする。
準備と言っても小柄な男の腰辺りに船と繋げられたロープを結び、小柄な男自身の手のひらにナイフで切創するだけだ。
多少の痛みに小柄な男の顔が少し引きつるが、海水に入ってしまえば考えられないほどの恐怖と、サメによる痛みが小柄な男の心と体に与えられるはずだ。
それを心にしっかりと刻み、小柄な男は船の後方に立ち海を見た。理由はわからないが、サメのくせに頭がよく小柄な男が海を水面を覗くだけでは、そんな恐怖の巨大ザメ達がウヨウヨしていることなど想像もつかない。
「じゃあ、行ってくる」
小柄な男のその言葉に、コニーとフット爺は声を出さずただ顎を引くだけで返事をした。
小柄な男はナイフの切創によって手の平から溢れ出る血を、拳を作り握りしめ飛び込む決意をした。
バシャーンと大きな音を立て小柄な男は死の海へと着水した。小柄な男の手のひらから出血した血が、水面の一部を赤く染め、その瞬間から水が荒れる音が無数に聞こえた。
「上がれ!」
「上がるんじゃ! 小僧!」
船の上の二人はそれをすぐに巨大ザメによって起きた音だと判断し、小柄な男に呼びかけた。小柄な男も冷静さと我を失うことなく二人の声に反応し、ものすごい勢いで船に上がった。
「うわぁぁぁ!」
小柄な男の焦りと恐怖が込められたその声が上がったと同時に、ド迫力の巨大ザメの大群が船の後方から現れた。
もちろんのこと、巨大ザメが暴れた勢いで船は大きく揺れ前進するが、立派な覚悟を決めたとはいえやはりその迫力と恐怖に小柄な男は、小さく丸まってしまっている。
「よくやった! よくやった小僧!」
フット爺は船が大きく揺れることを気にせず、作戦の第一段階を見事にやり遂げた小柄な男の元へと駆け寄った。恐怖が脳裏から離れない小柄な男は、ブルブルと小刻みに震えるがフット爺の大きな手が小柄な男の背中を優しくたたき希望を与えた。
――まだ生き残る可能性があるんだと、まだ戦える体力があるんだと。
「てめぇ、すげぇよ、おい、すげぇよ!」
あまりの衝撃に小柄な男を見つめることしかできなかったコニーも、ようやく我に返り小柄な男の元へと駆け寄った。
そして自分勇気を与えてくれる二人を見て、小柄な男は言った、
「あ、あとどれくらいかな? あと何回繰り返せばいい?」
そう口にするが、もはやそう何度も海に飛び込める様子ではなかった。あまりに巨大すぎるサメを目にし、海水という名の死の液体を身体全体で体感し、身体は自信が思っている以上に疲労していた。
島まではおよそ四十メートルほどだ。先ほどサメが暴れた勢いで進んだ距離は、およそ十メートル弱。足が陸地に付いてしまえば、船乗りたちの勝ちということになる。つまり後三十メートルほど進めば生き残ることができる。
単純計算して海に飛び込む回数は、残り三回ということになる。とても小柄な男一人でやり通せる階数ではないことはわかっていた。つまり、
「交代で飛び込むしかないな。フット爺あんたはどうする?」
「ワシとて、青二才二人に任せきりとはいかんわい!」
「それでいいな? お前も」
「うん、助かるよ」
三人の意志は再び一つになり、いよいよ三人に生き残って見せるという意思が心の中で輝いて見せた。
「俺から行く。ロープの準備を頼む」
コニーが船の後方に立ち、そう指示した。言われた二人は、しっかりとロープを船に結びつけコニーと固定した。船で待機する二人は、コニーなら絶対に大丈夫と確信し言葉は何もかけなかった。
コニーは閉じていた目を大きく開け、手に握ったナイフで切創を作り海へと飛び込んだ。
船の一部をがっしり怪我をしていな右手で握りその時を待った。左手の平の傷は海水によってズキズキと鈍い痛みが続くが、そんなことは気にしていられない。
そして海に入って小柄な男と同じくらいの時間が経過した、その時だった。再び海水が揺れ、奥底から何かがものすごい勢いで上がってくるのが、コニーと船の上にいる二人に伝わった。
「上がれ!! コニー!!」
喉が潰れるほどの大きな声で小柄な男が言った。そして先ほどの小柄な男に劣らない反応の良さで、コニーが船に戻ろうとした。しかし、巨大ザメは学習していた。先ほどと同じ速度で逃げようとする餌だと。コンマの速さで速度を上げ、コニーの足に大きな口が食らいついた。
「ぐあぁぁぁぁぁぁ! ぐっそぉぉ! 離ぜぇぇぇぇぇえ!」
「コニィィィィ!」
二人の男の叫びもサメの暴れる音のよってかき消された。まるで挑発するかのようにコニーと水面まで持ち上げ、どんどん島の方へと引き寄せた。必然的に、コニーと船でつながれたロープが存在するため、船もコニーと同じように巨大ザメの力で陸の方へと引っ張られていった。
「フット爺さん! こ、コニーは?!」
「すまんがわからんわい! 水飛沫がすごすぎて、前が、うおぉ!」
船の強い揺れによって真っすぐ立つことすらできず、もちろんのこと巨大ザメと今もなお戦闘しているであろうコニーの姿も、目視では確認できない。
しかし、陸まで残り十メートルほどに差し掛かろうとしている時だった、
「うわぁ! なんだ?!」
「まずい! 沖に戻されるわい!」
二人は急な遠心力を感じた。船の進路が百八十度回転し、強い重力が生じたのだ。
そして衝撃の事態はもう一つ起こった、
「こ、コニー!」
船の進路が変わった瞬間、水面からコニーとコニーの下半身に噛みつく巨大ザメの姿が見えた。コニーの出血量は、もはや生命を維持することはできないあたりまで達していた。
そしてコニーの生命を感じさせることのない表情は、二人が見るコニーの最期の顔となるのだ。
右手から謎の金属製の物を取り出したコニーは、それを腰辺りに狙いを定め一気に切りつけたのだ。無論船の上に存在する二人も、ただただそれを見つめることしかできなかった。
次の瞬間船には勢いよくブレーキがかかり、また緩やかな船旅が戻ってきた。
何も脳内に考えることができない二人が、唯一頭の中に浮かんだことは『陸にたどり着かなくては』だ。
「フット爺! 僕が船を押すから、声をかけて!」
「了解じゃ!」
小柄な男は何一つ迷うことなく海に飛び込み、ものすごい勢いで船を曳きながら泳ぎ始めた。いくら小さな船とは言い、重さは上にいるフット爺と未だ意識のない男を合わせれば、百キロは超える。
「うぉぉぉぉぉお! フット爺あとどれくらいだぁ?!」
「十メートルもないぞ!!」
小柄な男は人間が超えることのできない境界線、いわば『ゾーン』に入るという意識覚醒の境界線までに入っていた。『ゾーン』による力は泳ぐ速度を増し、先ほどの二倍の速度で島に近づいた。
――そして、
「うぉぉぉぉぉお! よっしゃぁぁぁぁあ!」
足が地面に付き、地獄が終わりを告げた。
「やったぞ! フット爺!」
辿り着いた砂浜で寝転がりながらそう言うが、船の上から返事はない。
「――え」
小柄な男の腹部に一本のナイフが突き刺さり、傷口から鮮血が噴出した。
「――これでいいんだ、君もあの爺さんも生きていても、この島で死んでいたさぁ」
――そう僕は英雄だ。
この小さな船の乗組員達は、生存者六名から一名へと減ってしまった。
最後の一命は、生命を島にたどり着くまで削ることなく、横になっているだけでそれを得た。そして命懸けで三名が手にしかけた希望は、なにもしていない男の手によって破壊された。
確かにこの行動は、ある種の英雄でなければ成しえなかった行動なのかもしれない。




