ロック・オン
ヘタレだが優しい、馬鹿だが陽気。そして変なところで義理堅く、だけど面の皮は厚い。
矛盾だらけですが憎めない不良オヤジ達の日常を描いてみたくなりました。
昨日の夜の嵐は凄まじかった。テレビでは予報が外れた気象予報士が、大気の不安定な状況では稀にこのようなことが起こりえると必死に説明する。
気象庁がこのような異常気象を事前に察知するには、もっと観測の網目を細かくする必要があると騒いでいた。焼け太りを目論んでるのか?
俺にしてみれば、同じアパートにあれほどの美人が三人纏めて越してきたんだ。槍が降っても文句は言えない。
裏野ハイツ102号室。近衛社長からはビルに移ってこないかと誘われていたが、自分のペースを乱すのが嫌でここに住み続けている。
シャワーを軽く浴びて中年の体臭を落としてからポロシャツを着る。今、加齢臭が多少でも匂おうものなら、玲子は間違いなくボロクソに言うだろう。
「森田さん、いやらしい中年の臭いがします。AVの見過ぎなんじゃないですか」
玲子の言いそうなセリフが頭に浮かび、思わず朝から涙ぐんでしまった。
スニーカーを履いて玄関を出ると、203号室から物音がしないか思わず耳を澄ませてしまう。いかんいかん。これでは嫌らしい中年と言われても文句を言えない。俺は慌てて歩き出した。
昨日の豪雨で大気中の水分が全て無理やり雨になってしまったように空は澄み渡っている。初夏というより秋空のような清々しさだ。
しかし、事務所に着くと同時に違和感を覚えた。
シャワーを浴びたばかり近衛がスポーツ・ウェアで執務室にいる。何故かほのかにシトラス系のアフターシェーブの香りがした。
「やぁ、おはよう森田君。気持ちの良い朝だからちょっと汗をかいていたんだ。学者さんがいらっしゃる頃には、失礼のないようにスーツに着替えるつもりだよ。
勿論、キミや玲子君はいつも通りリラックスした服装でいてくれたまえ。僕は自由闊達な社風を愛する経営者だからね」
要は社長の風評に関しては口裏を合わせて、自分は目立たないようにしてくれと言うことだろう。面倒な奴だと思いながらも、話を合わせてやることにする。
「社長、ご配慮ありがとうございます。場合によっては、私は席を外していても良いかと思いますが・・・」
社長に合わせて丁寧な言葉遣いで応えてやった。
社長の頭脳が卓上打算機となって損得を計算しているのが手に取るようにわかる。どうやら席を外させて、責任が集中するのも拙いと算出したようだ。
「いやぁ勿論、森田君にも同席してもらいたい。ただ、緊急事態に対応できるように普段の格好の方がいいかな。
森田君はラフな格好の方がワイルドに見えて魅力的だろう。さて、アルトカイールで朝食とコーヒーとかどうだい?コーヒーはインスピレーションの源だからね」
嘘だ。俺達高齢者は身体の線が崩れている。ワイルドな格好は貧相な姿にしかならない。それにこの会社に緊急事態とかあるわけない。
恐らく、自分の身体は高級スーツで線を補正し、比較サンプルとして俺を使うことによって、自分のイメージを高めようと思っているのだろう。
近衛社長はいつものように階段で行こうとニッコリ笑う。こいつが階段使うの見るのは初めてだ。
アルトカイールのドアを開けると、いつもの3倍ほど濃厚で格調高いコーヒーの香りがする。
「いらっつ・・・、しゃい・・・、マセ・・・」
倉林が教育の行き届いたソープ嬢のように、頭下げ、平伏、顔を上げて愛想笑い、のテンポで挨拶する。地べたに三つ指つかんばかりの雰囲気である。
普段上品と無縁だから気品のある応対を正しくイメージできないのだろう。
倉林は真っ白なシャツと黒のスラックス、そして黒の蝶ネクタイを壁にかけていた。驚くことに、今着ているのも同じものに見える。二着持っているのか。
「お客様、本日は禁煙でお願いできればと思います。煙草の臭いが苦手な方も世の中にはいらっしゃいますので」
「勿論だよ、マスター。僕は煙草を止めたんだ。今時、流行らないからねぇ」
ハッハッハ、と二人は上品に笑っている。
玲子は何故か二人に調子を合わせてフレンチ・トーストと紅茶を頼んでいた。大方、『気品で負けると三人に舐められる』とか焚きつけられたのだろう。
取り敢えず油の滴る肉厚ベーコンと目玉焼きで気分を落ち着けようと註文すると、本日は油の撥ねる料理は出していないとか言われる。
ボイルしたソーセージと温泉卵が代わりに出てきた。泣きたくなってくる。
食後の一服は当然外だ。席に戻ると旅行ガイドの地図にマークが付けられていた。玲子が背筋をピンと伸ばして訪問地候補リストを配る。
近衛社長が真面目な顔で朗々と会議の趣旨を説明する。
「さて、本日は連続幼児失踪事件の解明に向けて、東北地方の予備調査計画を検討したいと思う。尚、場合によっては学者の同伴もあり得るため、その方面の配慮も怠りなくしたい」
その時、玲子の手控え資料がパサリとテーブルに落ちた。候補地の横に『きりたんぽ』とか『わんこそば』とか、地域の名産が書き込まれていた。
玲子は慌てて隠すがもう遅い。上目遣いで俺のことを恐る恐る見上げる。社長が慌ててフォローしようとした。
「違うんだ森田君。各地の名産をある程度旅程に組み込むことにより、旅行の経験が少ない学者先生にもリラックスしてもらおうと思ってるんだ。
宿泊は公営キャンプ場を上手く利用するから安く行けるはずだ」
比較文化学専攻していてフィールドワーク苦手なんて使い物にならんだろう。
しかし、ここまで盛り上がった話をひっくり返しても士気にかかわる。俺は仕方なく助け船を出すことにした。
「女性連れなら公営キャンプ場は止めた方が良いでしょう。拠点は出来るだけ移さない。風呂とトイレがある程度清潔で、寝具も衛生的なものが用意されるのを確認できるのが必須です。
その上で公営の温泉とかに入りながら、地元民から情報収集とかの戦略にした方が良さそうです」
玲子は清潔なトイレと風呂に反応しコクコクと頷く。
「倉林さんは現地に近付けば呪いの源泉とか多少はわかりそうですか?」
「ああ、近付けばより正確に位置を割り出せそうだ。今は盛岡から仙台あたりの何処かとしか言えない・・」
「なら仙台周辺の温泉に一泊。大体の方角を決定したら、翌日の午前中に次の宿泊地を決定。最も元凶に近い地域を絞り込んでいくんです。
今回は大まかな地域特定を目的に2週間を予定。次はその地域を詳細に調べた上で第二回調査を行いましょう。
まぁ、コネクションも大切ですから、学者先生にもある程度楽しんでもらえるよう、お楽しみイベントで食べ歩きの一つくらいは企画しても良いですけどね」
近衛社長が我が意を得たりと立ち上がる。
「そうだ、そういうことをイメージしてたんだ。ならキャンピング・カーを購入しなきゃいけない。あれ、普通免許で運転できるのかなぁ」
何聞いていたんだ馬鹿社長。俺は泣きたくなる気持ちを抑え社長制御に全力を尽くす。
「落ち着いて下さい、近衛社長。今、キャンピング・カーなんて購入したら麗子お姉様になんといわれるか想像してください。その瞬間に第二回調査旅行の可能性は消えます。
今回は途中で自由に動けるよう、ハイ・エースか何かのレンタカーを東京から、次回は現地を特定した上で少し高級な車両を現地の駅でレンタル。新幹線で親睦を深めるのも旅情を味わえていいですよ。北の方なら寝台列車って手もあります。
それに民間企業のタフさを印象付けた方が頼られるだろうから、まずは質素な調査旅行を企画して、順々にステップアップしていくんです」
近衛社長がそれを聞いてハッとしたが、直ぐに済まなそうな顔をして言った。
「もう、麗子姉ちゃんに見積もり送っちゃったんだよね。森田君が何とかしてくれると思ったから・・・」
けたたましくアルトカイールの電話が鳴った。全員が一瞬硬直する。倉林が嫌そうな顔をしながら受話器を取る。
「あっ、麗子お姉様。いつもお世話になっております。はいっ、はいっ。勿論、森田君はこちらにおります。その件に関しては一任しておりますので・・・、勿論すぐ代わります!!」
倉林が青ざめた顔で受話器を俺に突き出す。俺は渋々受け取った。
『あんた、何考えてんのよ。あの馬鹿の見張りは、あんたに任せてあるはずよ!!このキャンピング・カー一千万円とか何?』
激しい頭痛に襲われる。社長は身を小さくしてブルブルと震えるだけだ。俺は落ち着いて、麗子さん好みの低い声で話した。
「ご心配おかけして申し訳ない。社長も悪気はなく、子供達の安全がかかっているとお考えになって慌てて調べたものを麗子様に送ってしまったそうです。
今、予算に対比して、わが社としてはハイ・エースのレンタルで対応すべきと納得してもらったところです」
『相変わらず話が上手いじゃない。でも、騙されないわよ。そもそも車で移動なんて贅沢なのよ。それに、車なら商用の軽自動車があるはずよ』
「その軽自動車で先日裏野ドリームランドへ調査に参りました。霊能者の倉林さんのお話では、外部から呪術をかけられた可能性があるというのです。
しかし、その呪術の発信源が盛岡から仙台辺りの何処かとしか言えず、近付けばもう少し絞り込めるかもしれないとのことでした。
社長を含めチームで検討した結果、まずは仙台周辺で一泊、方向を見定めてから徐々に北上しながら、発信源の大まかな地域を特定することを思い付きました。
ただ、倉林さんも経験したことが無いほどの遠くからの呪詛とのこと。仙台の南に本拠地がある可能性も否定できません。今回は不測の事態にも対応できるよう東京からレンタカーで調査に行きたいのです。
又、不動産屋の葛西様から偶然事件に興味を持つ比較文化学の学者様をご紹介いただきました。これから会って話を伺う予定です。
呪詛という性格上、地方文化に根差した問題である可能性も高く、できればご同行いただきたいと考えております。社長も危険を察知した上での安全策と思われているようです。
大人数で移動することを考えれば、JRは決して安くはありません。肉体的な負担を考えれば、JRで適当な駅まで移動してからレンタカーを使う方が理にかなっておりますが、今回は経費の問題も考慮して、東京からのレンタカーを認めていただきたいのです」
麗子はかなり緩んできた。
『ふ、ふんっ。上手い理由を考えたものね。学者なんか本当に必要なの?田舎が危険なんて聞いたことがないわ』
「麗子様。都会の危険を知らないものを田舎者、田舎の危険を知らないものを都会者というという話を聞いたことがあります。
麗子様は都会で過ごされるかたですから、田舎の本当の恐ろしさをご存知ありません。知る必要もないと思いますが・・・。
ただ、社長は麗子様に似てお優しい方です。子供の安全がかかっていると聞いて、前後の見境が無くなられたのでしょう。
今回はご心配おかけしましたが、どうか社長の優しさもご理解いただきたくお願い申し上げます。学者の件はまだ面談しておりませんので、先方に了解していただけるのかわかりませんが、葛西様のお話では熱心な方々と伺っております」
『まぁ、・・・そうよね。あの子は私と同じで優しいものね。ちゃんと森田君が責任もって監督するのよ!!』
電話は切れた。社長は俺の説得技術に感涙を流しており、倉林はしきりに見事だと呟いている。
どっと疲れが出たが、まだ学者が妙齢の婦人との情報は得ていないとの印象を麗子さんに植え付けといたし、まぁ、何とか当面の危機は回避できたようだ。
もう直ぐ昼時。俺たちはサンドイッチを簡単につまみ、社長と倉林はシャワーを浴びて着替えると言ってアルトカイールから出て行った。
◇
約束の時間になると、ドアの鐘が鳴り、落ち着いた女性の声がする。
「失礼いたします。近衛社長はいらっしゃいますでしょうか・・・」
いきなりドアを開けて入ってきたのはリーダー格の和泉葛葉だった。俺よりやや低いぐらいだから、身長165cmぐらいだろうか。胸はF-Cupぐらい、嫌らしくなく大きい胸だ。ウエストは引き締まっているが、それよりもヒップに続くラインの柔らかさを損なわない程度に脂肪がついているのが色っぽい。髪は軽くウェーブのかかったロングで、ちょっとした美の女神の雰囲気がある。色白で右目の下には泣きぼくろがあり、大人の女なのに男の庇護欲をそそらせる雰囲気がある。一言でいうなら美女と表現するしかない。
しかし、その美女葛葉が倉林を見て硬直しバックを落とす。なんかドラマの中の一シーンのようだ。
「・・・晴明ちゃん?まさか、・・・こんな出会いが再びあるなんて。・・あなた霊能力も」
美人は大歓迎だが、いきなり硬直してバックを落とすなんてガチなリアクションする女は要注意だ。
((こりゃやばい展開だ。関わっちゃなんねぇ))
(まってくれ、俺はどうすれば良い?)
咄嗟に俺達は目だけで会話する。近衛社長と俺は獣の本能で危険を察知し撤退を決意した。一方、ターゲットとしてロック・オンされたらしい倉林は怯えて助けを求めている。
しかし、葛葉は意外にも冷静さを取り戻し、再び挨拶をする。
「突然失礼いたしました。私、和泉葛葉と申します。本日は近衛社長のお時間を戴いているのですが・・・」
流れるような仕草で目を近衛に向ける。近衛が慌てて返答する。
「お待ちしておりました。近衛不動産超常現象検証機関社長の近衛洋介です。こちらが数理分析主任の森田健介君。研究員の安西玲子君。そしてマスターの倉林信也さんは社員ではありませんが、優秀な霊能力者として我々の調査を手伝って下さってます」
朝のテンションから一転、近衛社長は俺や倉林を押し出すように紹介する。俺と倉林をデコイにして、まずは自分の安全を確保する戦略に変えたらしい。
入り口をブロックするような葛葉を邪魔そうに押しのけて長身細マッチョ体形の女が割り込んできた。身長は俺と同じぐらい。173cmか?もしかしたら少し俺より高いかもしれない。胸はB-Cupぐらいだが、この体形の女性は胸が下手に大きくない方が格好良い。何故か倉林を見た瞬間に親の仇を見つけたように目が細くなる。しかし、直ぐにポーカーフェイスに戻って自己紹介した。
「宮内玉藻と申します。和泉さんと一緒に比較文化学の研究員をやってます」
俺達は無難に終わった宮内の自己紹介に胸を撫で下ろす。
しかし、油断はできない。何故だか知らないが痛い女は群れる習性がある。イワシの遺伝子でも取り込んでいるじゃないかと思う。
最後にもう一人が横から身体をねじ込んできた。身長は三人の中では一番小さいが、それでも163cmぐらいはあるのではなかろうか。バストはC-cupといったところだろう。柔らかい家庭的な雰囲気がする女性だ。
「もう、みんな入り口で固まらないでよぅ・・・。
失礼しました。根本八重と申します。同じく研究員です」
新たな敵機が現れた。
(ATフィールド展開!)
(ブレイク!)
『エヴァンゲリオン』のDVDを未だに観続ける近衛社長と、『トップ・ガン』のDVDを未だ観続ける俺との行動パターンの違いが明暗を分けた。
近衛社長は『ATフィールド』を展開した気分になってその場を動かなかったのに対し、俺は咄嗟の『回避行動』でミサイルのロックを外すイメージで素早く観葉植物の影に隠れたのだった。
八重が妖艶な眼差しを近衛社長に送る。近衛社長は後方警戒装置に反応があったようだ。ミサイルをロックされたのだろう。何とか回避しようと足掻くが逃れられまい。
ひとり攻撃を全て回避できた俺の頭の中には『トップ・ガン』の勝利のテーマが鳴り響いた。
美女3人が近衛社長の目の前に座る。あらかじめ打ち合わせていた通り、俺は少し離れたところで従順な下僕のようにメモをとる準備をした。
こういう時は主体性のない書記係のような振りをすると女はターゲットから外すことが多い。雑魚には用無しってことだ。
近衛社長は危険な捕食者を察知して逃げ回るイワシのように、何とか他人に厄介ごとを押し付けようと必死になる。
説明に入る前に『優秀な霊能力者の倉林君』とか、『影の社長の森田君』とか繰り返すが、八重のロックは外れない。玉藻は興味なさそう。葛葉は露骨に倉林を見つめる。
漸く諦めたのか、近衛社長が連続幼児失踪事件の概要を話し始めた。
「まぁ、そういうことで来週あたりに東北まで事前調査に行こうと考えております。ご興味があればご同行いただいても結構ですが、貧乏な会社の出張ですからお薦めは・・・」
「行きます!!!」
有無を言わさず葛葉が即答する。倉林の顔が引きつった。こうなったら何を言っても無駄だと思うのだが、倉林も往生際悪くネガティブな情報をインプットする。
「我々は別に構いませんが、調査の性格上、2週間程度と期間は決まっても宿泊地は行き当たりばったりになります。トイレや風呂が不衛生な宿もあるかと思いますが・・」
「大丈夫ですわ。私たちフィールドワークで慣れてますから。野宿でも雑魚寝でも構いませんのよ。こう見えて3人とも大型自動車と牽引、大型自動二輪の免許まで持ってますのよ。それにしても、お風呂とおトイレに気を使えるなんて、倉林さんは紳士なのね」
倉林は墓穴を掘ったようだ。冷静になれば後でゆっくりとポイントを落とすこともできたろうに。女は思い込みが激しいから、こうなると失望させるのも至難の業となる。
週末の日曜日に出発するということで、明日以降も打ち合わせのためにアルトカイールに立ち寄るのでよろしくと言い残し三人は帰っていった。
どっと疲れが出る中、俺はレンタカーの手配をして、第一日目の宿泊地に仙台近辺の温泉を選ぶ。誰からも異論は出ない。というか言い出す元気すらないのだろう。
人心地ついたところで、ぼうっと遠くを見ていた倉林が呟く。
「気が付いていたか?あいつら妖狐だ・・・」
「妖狐ってキツネの?あの美人たちが?まさか・・・」
俺が冗談は止せとばかりに笑うと、倉林は真剣な眼差しで顔を寄せて低い声で言う。
「冗談じゃない。俺の先祖は安倍家に所縁がある。『晴明』とか俺を見て言ってたろ?安倍晴明の母は葛葉という狐だったという。
それに玉藻、『玉藻の前』って聞いたことないか?鳥羽上皇の寵愛を受けた『玉藻の前』は白面金毛九尾の狐だったという。
八重、これも確か人間の男と情を交わして子をなした『八重』という狐の伝説がある」
近衛が恐ろしそうに質問する。
「つまり信也は、ひいひいひい婆ちゃんあたりに愛を打ち明けられそうなのか?それって近親相姦じゃ?」
恐ろしいポイントはそこか?しかし、倉林も一瞬呼吸を止める。俺は倉林が哀れになって、何か言ってフォローしてやろうと思い慌ててコメントする。
「大丈夫ですよ、倉林さん。『七代祟る』ってのは、七代経てば血の濃さは128分の1になって、99%他人だって理由だそうです。近親相姦じゃありません」
「あとは婆であることだけだ、フゴッ・・」
近衛社長が言ってはならないことを言って倉林に殴られる。俺は倉林を羽交い絞めにして押し止める。
「落ち着きましょう、倉林さん。本当に妖狐だったら、我々とは異なる理の中で生きる存在です。年齢なんか気にしなければ、永遠に妙齢の女性があなたの伴侶になるかもしれないんです。悪い話じゃありません。介護老人になっても心配ありません」
老後は俺達共通の悩みだ。倉林は肩で息をしながらも落ち着きを取り戻した。近衛は復活して再び質問を続ける。
「しかし、白面金毛九尾の狐なら殺されて殺生石になったんじゃなかったけか?確か小学校の修学旅行で日光に行った時、殺生石も途中で見たような・・・」
「大方、空蝉の術かなんか使って追っ手の目を誤魔化したんだろう」
取り敢えず落ち着いた倉林が答える。しかし、善良なイメージがある『葛葉』と、凶悪なイメージのある『玉藻の前』がつるんでいるのもおかしな話だ。その質問には倉林が苦々しそうに答えた。
「じつは『玉藻の前』が冤罪で追われたって噂があるんだ。『玉藻の前』が狐だと暴いたのは安倍晴明の5代目の子孫、安倍泰親らしい。
公家の勢力争いだったのか、はたまた他の女の嫉妬だったのかはわからない。だだ、泰親は陰陽師の才能は無かったはずだ。葛葉の血も32分の1まで薄れ、更に家名に頼って修行を怠りっぱなしだったという」
「・・・で、お前は先祖返り?それとも近親相姦で血が濃くなったとか、グビャ・・」
懲りない男だ。社長が鳩尾を押さえて地べたを転げまわる。
確かに玉藻は人との間に障壁を作りそうな雰囲気にも見えた。人間不信症が原因とも考えられ・・・、いや、ないない。幽霊はあっても妖狐とか吹っ飛び過ぎてる。
倉林は続けて言った。
「心を開け森田。幽霊がいるんだから妖狐だっている。事実、俺は妖狐の血を引いているんだ」
俺は必死になって考える。しかし、どうしても受け入れられない。
「以前、自分ことをニワトリと思い込んでいる精神病患者の話を聞いた、ヘゲェ・・」
俺は無様にも近衛社長と一緒に地面を転げまわることになる。
「お前ら馬鹿の相手してると話が進まない。おかしいと思わねぇか?本名で名前が『葛葉』やら、『玉藻』やら、『八重』やら、全部狐がらみじゃねぇか。
同じ大学の同じ研究している奴が全員狐がらみの名前持ってるなんて偶然にしちゃ出来過ぎだろう?科学的に確率ってのを考えてみろ」
無茶苦茶なロジックだ。古風な自分の名前に興味を持った少女が民俗学を志したとして何の不思議があるというのだ。後にランダムに名前が設定されたというのではあるまい。
しかし、狂信的な超常科学信望者に科学的な議論は通用しない。これ以上、殴られても馬鹿らしいので納得した振りをする。
玲子は俺と近衛社長が倉林に殴られている間、ずっと仙台周辺の食べ歩きを調べていたようだ。昨年は数学者に成りそこなった馬鹿親父にイジメられてメソメソしてたのに、強くなったものだ。ふと見ると近衛社長も倉林も玲子の姿を見て目を細めている。こいつらが馬鹿な事ばかりするのは、玲子に図太い精神を植え付ける教育的な目的もあるのかもしれない。
俺は頃合いを見て玲子に言った。
「予想外のことに喜んだり悔しがったりするのが旅の醍醐味だ。生命に関わる重要なポイントは慎重に計画するのが良い。でも、全てが計画された、まったく後悔のない旅なんて面白くない。人生と同じだ。
オジサンは君が悲しい時に一緒に悲しんでやることができる。嬉しい時に一緒に喜んでやることもできる。ただ、悲しい時を幸せな時に変えてやることは出来ない。それが出来るのは自分自身だけだ。
でも、全てを含めて、一緒に旅をする間、一緒に楽しんでやることはできると思うぞ」
玲子は暫く考えて、こくりと頷いた。
シリアスに問題提起するようなホラーにしたかったし、東北大震災でどれだけ被災者の家族が苦しんだか伝えるような作品にしたかったのですが・・。
悲しみに沈んでいると、自分が作ったはずのキャラクター達が勝手に巫山戯て暴走しはじめるような気がします。次回こそシリアスに・・。