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白狐の事情

『玉藻の前』は本当に悪しき妖狐だったのでしょうか?当初は妖狐が子供達を拐かしていたってストーリーを考えてネット上でネタ探ししていたんですが、ふと玉藻の前が冤罪で追われたのではという疑問がわきました。


すると私好みの女に化けた『玉藻の前』が夢枕にたったのです。


小説に書いて誤解を解いて欲しいと泣かれ仕方なく・・・。

森田健介の住む裏野ハイツは私鉄沿線の安アパートだ。


駅前の繁華街にある不動産屋が賃貸物件として管理しており、その不動産屋の女主人である葛西洋子は近衛洋介社長の親戚筋である豪快な婆さんだ。


世の中が狭いのではなく、洋介が狭い親戚筋の庭先から表に出たことがないお坊ちゃまなだけだった。


その葛西婆さんが不動産屋のカウンターで電話に向かって怒鳴っているところに三人の美女が現れた。


『うちは別に疚しい商売はしておりませんからねぇ。ちゃんと調査機関に調べてもらってるんですから。


幽霊が出るなんて変な噂たてられたら困るって言ってるだけなんですよ。兎に角、もう切りますからね』


来客に気付いた葛西婆さんは素早く電話を切ると商売人の笑顔に戻った。


「いらっしゃい。騒がしくして申し訳ありませんねぇ。何かお探しの物件でも?」


三人のうち、やや年長の落ち着きを見せている女が上品に頭を下げる。


「お忙しいところ申し訳ありません。私たち首都圏に拠点を確保したくて、安いアパートの空きを探しているんです。こちらに何か良い物件はありませんか?」


葛西婆さんは、先程の電話の言い訳をするように応える。


「勿論ございますよ。うちは幽霊が出るって噂の物件とかは全部事前にご説明することにしてますから、何も心配はいりません」


しかし、女は意外な反応をした。


「まあ、今時幽霊を怖がる人とかいらっしゃるんですか?私たち、民俗学の研究をしていますので、逆に幽霊がでるとかの噂がある物件の方がありがたいぐらいですわ」


「学者さんですか、そりゃ頼もしい。


いえねぇ、さっきも幽霊なんか出たためしのない物件に住んだ若い男が文句つけてきましてねぇ。


うちは心霊現象とかある場合には専門の調査機関に調査させてますから、まずは初めての一人暮らしで不安になっただけなんだと思いますが、最近の男は・・・」


女が話に割り込むように訊いた。


「専門の調査機関なんてあるんですか?」


婆さんは『食い付くとこ其処か?』と突っ込みたくなったが、取り敢えずスルーして女に話を合わせた。


「ええ、うちは近衛不動産超常現象検証機関って会社にお願いしてるんですけどね。ここの近くの裏野ドリームランドで子供が行方不明になったという噂も調査引き受けたみたいですよ」


女の目が一瞬、怪しく輝いた。手にしていたハンドバックから名刺を取り出す。


「私、和泉葛葉いずみくずはと申します。民俗学的に興味深い話ですわ。是非、その会社をご紹介いただけないでしょうか。


できればその会社の近くのアパートで空きがあればよろしいのですけど」


何やら他の二人もあわてて名刺を出した。


宮内玉藻みやうちたまもです」

根本八重ねもとやえです」


葛西婆さんは女達の喰い付き具合に面食らっていたが、すぐに商売人の顔を取り戻す。


「そりゃ、お嬢さんたちのような別嬪さんが訪ねて行けば社長も大喜びですよ」


結局、葛西婆さんは近衛社長に電話して事情を話しアポイントメントを取ってやった。


ついでに曰くつきのアパートの話になり、これも何かの縁かと思い森田の住む裏野ハイツを紹介する。


女達は今日にでも住み始めたいと言い、水道・ガスは翌日以降になる条件でも構わないという。


まあ、身元さえはっきりしており、更に敷金・礼金もポンと現金で払ってくれるのだから文句はない。


葛西婆さんはとんとん拍子に話が進み、何か狐につままれたような思いがしていたが、身分証明書も実印も持ってきていたので契約書を手早く用意して裏野ハイツ203号室の鍵を渡した。



このような話に至ったそもそもの原因は、裏野ドリームランドで多発する子供達の行方不明事件が、先日の白狐会議で要対策検討議案第一号として提出されたことに端を発する。


白狐はこの国の平安を守る精霊のようなものだが、人間の男と情を交わすことが多い。正体がばれて一緒に暮らせなくなることもあるが、それはそれで情緒のある生き方とされ、白狐達は悲恋をのろけ話程度に語り合い、長い年月を面白おかしく過ごしていた。


そう、平安時代までは・・・。


平安時代のある日、鳥羽上皇の寵愛を受けた『玉藻の前』が白面金毛九尾の狐として追われたとの一報が、お気楽な白狐社会に激震となり走る。


事態を重く見た白狐達は取り敢えず地下組織を結成、追われている『玉藻の前』の救助にあたった。


急ごしらえの地下組織構成員は、人間たちの犬追物という野蛮な犬を使った狩猟部隊に苦戦しながらも、『玉藻の前』を殺生石とすり替え救出することに成功。


しかし、このようなことが繰り返されては白狐もたまらない。何が原因でここまで話がこじれたのか、白狐は人間社会に密偵を送り込み事件の背景を探り始めた。


判明した事実は恐ろしいものだった。鳥羽上皇の寵愛を一身に受ける『玉藻の前』に危機感を覚えた人間の女達が、玉藻の前を失脚させるべく悪しき噂を流したそうな。


初めは大したことのない噂であったが、いつの間にか尾鰭がついて、『玉藻の前』は人間に害をなす妖狐に祭り上げられてしまったらしい。


人間は恐ろしい。自分で真実を見極める能力に欠ける。人間の噂を放置せず、適度な管理を行い、白狐に住みやすい環境を維持するようにしなければならない。


そう思った白狐達が立ち上げたのが白狐会議。人間に対する諜報活動の最高意思決定機関である。


諜報活動の実働部隊としては、すっかり人間不信に陥った『玉藻の前』が立候補したが、それだけではバランスに欠いて不味かろうということになり、チームのヘッドとして葛葉が選ばれた。


葛葉は安倍保名と情を交わし、有名な陰陽師 安倍晴明を産んだ。人間の男と情を交わした白狐の中では大成功の人生で、所謂、『勝ち犬』のひとりである。


勿論、『玉藻の前』は『負け犬』ということになるのだが、白狐達もそれを面と向かって言う程子供ではなかった。


更に狩人から助けてくれた心優しい筵売りの若者 忠五郎と情を交わした八重も、平凡だが幸せな人生を歩んだ白狐もいた方が良かろうということでチームに加わり、ここに白狐会議の諜報Aチームが生まれた。


さて、話を元に戻そう。白狐会議は久しぶりの要対策検討議案が提出されたことで一気に盛り上がった。議長が厳かな声で諜報Aチームに命令を下す。


「エージェント葛葉、エージェント玉藻、エージェント八重。資料は既に目を通してもらっていると思う。この数か月間の間に子供が行方不明になるという事件が多発している。背後を調査し、必要とあれば障害を排除してほしい」


議長は最近Xファイルに嵌っており、調査員を呼ぶときには頭にエージェントとつける。


更に楕円形の円卓に座りながら、何故か膝の上に乗せたペルシャ猫を派手なルビーの指輪をはめた手で撫でていた。


FBI長官と言うより、悪の秘密結社の首領にしか見えない。どこかで間違ったイメージを固定化した悲しい親父なのだろう。


「勿論です。人を陥れるような輩は八つ裂きにして見せましょう」


一番で答えたのがエージェント玉藻であった。犬追物をぎりぎりでかわしながら生き残った玉藻の前は、自分の身は自分で守るしかないことを痛感。


以来、古今東西の格闘術・戦闘術を極めるに至っている。


筑波大の比較文化学科の研究員として潜り込んだ当初、挨拶がないと言って絡んできた筑波山の四六の蝦蟇を血祭りにあげた前科があった。


議長は引き気味で葛葉を見た。葛葉は委細承知という顔でフォローする。


「勿論、人間の弱さは十分に配慮して、我々白狐の名に恥じない行動を取りますわ」


八重が空気を読まずイレギュラーな発言をする。


「人間って弱くても良い人多いのよねぇ。忠五郎さんなんか本当に優しかったわぁ。早くもう一度生まれ変わってこないかしら・・・」


その瞬間、議長は玉藻の脳の血管がブチッと切れる音が聞こえたような気がした。いや、間違いなく聞こえた。


漫画の中での話だと思っていたのだが、本当に聞こえるものなのだと感心したのは、恐怖のあまりの現実逃避だった。


玉藻の周りの狐火がメラメラと燃え上がる。議長は恐怖で失禁していた。葛葉が慌てて玉藻を羽交い絞めにして耳元で叫ぶ。


「玉藻さん、落ち着いて!私、今度のミッションで玉藻さんの良い人が見つかりそうな気がするの。鳥羽上皇みたいなヘタレじゃなくて、本気で玉藻さんを守り抜くような本物のいい男よ。


考えてもごらんなさい。順番からしたら玉藻さんが幸せになっておかしくないじゃない?私の予感が良く当たるの知ってるでしょ?」


玉藻が一瞬ゆるんだ。顔を赤らめて上目遣いで葛葉を見て玉藻が訊いた。


本気マジ?」


本気マジよ。だから落ち着いて」


しかし、折角、玉藻が落ち着きを取り戻したところで、八重が再びイレギュラー発言。


「玉藻、もしかしてチョロイン?ギャー・・・」


八重が玉藻の狐火に包まれて黒焦げになった。



私、葛葉は白狐会議エージェントのリーダーとしてここ数日間に起ったことを回想していた。


混乱の末に終わった白狐会議の後、取り敢えず活動拠点を筑波大周辺から裏野ドリームランド周辺に移して調査を開始しようと準備を進めていたら、筑波山の四六の蝦蟇が噂を聞きつけて挨拶に来た。


満面の笑みで嬉しそうに蝦蟇が言った。


「いや、姉さん達、暫く出張とか聞きました。心細いんで早く帰ってきてくださいやし。


でも、都会の生活って結構いいもんすからねぇ。姉さん方が気に入られたなら、寂しくっても我慢しなきゃあねぇ、ヘヘヘッ・・」


そのまま帰ってくるなと言外に匂わす蝦蟇の横面に玉藻の回し蹴りが炸裂する。


興奮する玉藻を必死に抑えて、不祥事が起こらないうちにと筑波を後にし、藁をもつかむ思いで裏野ドリームランドに近い私鉄駅前の不動産屋に飛び込んだのだが・・。


まさかそんな所で事件を調査する人間への渡が得られるとは思わなかった。面倒なことは上手く人間に押し付けて、結果だけを白狐会議に報告できるというなら有難い話。


その話、是非乗らせてもらおう。


明日は手足となって働いてもらう人間たちに会う予定で、今日は活動拠点を確保した。順調じゃないか。


駅前で購入した毛布や枕は店の人が配送してくれるという。部屋について軽く掃除すると、程なく配送業者が寝具を持ってきた。


受け取りを済ますと、一階の住人が帰ってくる。しめた、男だ。上手く使えるかもしれない。


「はじめまして。今日からこちらに越してきた和泉葛葉と申します。色々教えてくださいね」


葛葉は男を一撃で仕留めると言われる百万ドルの笑顔でニッコリと微笑みかける。案の定、男はかなり驚いた様子だ。こんな所にこんな美人が来るとは思っていなかったろう。


玉藻と八重も紹介し、それとなく近衛不動産超常現象検証機関のことを聞いてみた。するとなんと、近衛不動産超常現象検証機関の社員だと言うではないか。


この森田という男、使えるかもしれない。


明日の訪問のことを伝えると、社長の近衛も楽しみに待っているという。幸先が良い。苦労の絶えない私に、白狐の神が『人間の男を利用してください』と土下座して頼んでいるようだ。


私はその夜、テンションを高めて玉藻と八重に昔話をしてしまった。


「保名君は格好良くって誠実だったし、とにかく優しいんだよねぇ。晴明君はその血を引いてるから優しくって格好良くって誠実で妖狐の力まで使える有能な陰陽師だったじゃない?今でも映画になったりするぐらい有名だからねぇ。


小娘たちが晴明君の追っかけやっててさぁ。でも、晴明君ぜんぜん相手にしてなかったから。


そういえば、『思いが伝わらないなら川に身投げする』とか、結構美人なんだけど痛い小娘がいてさぁ。


晴明君が『あっ、そう』とか言って通り過ぎちゃったら、悔しがって小便ちびりながら泣きわめいてやんの。その時初めてわかったんだぁ、痛快って言葉の意味」


ウットリしながら昔話をする私に玉藻がイラついた。


「何回繰り返してんだよ。耄碌したんじゃねぇだろうな。早く寝ろ、このくそ婆」


「くそ婆って誰よ。場合によっては生かしてはおけないんだからね」


戦闘モードに入る私を見て、白狐会議で玉藻に黒焦げにされた八重が慌てる。


「お願い、二人とも落ち着いて。なんで私のように小さな愛を大切にしないの。本当の幸せってそういうものよ」


まずい、玉藻が完全にキレた。空を暗雲が覆い、雷鳴が轟く。いきなりアパートを壊しちゃまずい。


私は天空高く飛び上がって玉藻を引き付ける。稲妻が私鉄の架線を直撃した。手加減できるような相手ではない。


結局、玉藻が落ち着くまで数時間かかった。おかげで翌日、私たちは大いに寝坊してしまったが、『勝ち犬』として『負け犬』に配慮してやれなかった私にも責はあると思う。まぁ、近衛不動産超常現象検証機関とかの面談は午後からだ。問題は無かろう。

葛葉と玉藻の関係調整には苦労しました。


八重の仲裁で何とか合意にたどり着きましたが、毎夜のように枕元に立つのは勘弁してほしいです。

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