おまけ、イベントを体験する
私は急ぎ足で商店街へとやって来た。
さて、あのチョコワッフルを売ってるお店はどこかなぁ?
閉まっちゃう前に、急いで探さないと!
そう思い、私は一歩足を踏み出した。
すると。
「あれ? ソラちゃんじゃん、こんな時間に何してるの? 夜だし、もうそろそろどの店も閉まるよ? 買い物なら明日にしな。はい、これあげるから、今日はもう帰りなね?」
「え。シ、シンさん……?」
なんとシンさんが現れ、私に紙袋を差し出した。
反射的に受け取ると、それはさっきゲームで貰ったチョコワッフルで……。
え、え?
何これ……シンさんの台詞まで、さっきやってたゲームと一緒だよ……ね?
まさか……いや、でも、ただの偶然かもだし……う~ん、でも……。
「ソラちゃん……? どうかしたの?」
「……よし、確かめてみよう。公園に行けばわかるはず……! ……シンさん、これ、ありがとうございました! さようならっ!」
「え、ソラちゃんっ? ちょっと……! 公園って、確かめるって……ああもう、帰りなって言ってるのに、仕方ないなぁっ。ソラちゃ~ん、ちょっと待って! 一緒に行くから~!!」
「えっ? あっ……ありがとうございます! ごめんなさい、シンさん!」
しまった、さっきゲームで、帰らなかった事をシンさんに怒られたんだった。
あの時は強制送還だったけど、今回はついてくる事で妥協してくれたみたい。
ゲームの事を確かめたかったから、ありがたい。
そうしてシンさんを伴い、公園に着いた私は早速ベンチへ向かう。
視線はベンチの隣に固定だ。
暗くなって見えづらいから、近づいてそこを覗き込む。
すると、そこには。
「嘘……あった! あの鞄だ……!!」
五百万エネが入っていた、あの鞄と全く同じ鞄が置いてあった。
念の為、恐る恐る開けて、中を見る。
するとやはり、そこには五百万エネがびっしりと入っていた。
「うわっ、何この大金……!! ソラちゃん、ヤバい金だといけないから、騎士団支部に届けに行こう? 少し遠いけど、そうしたほうがいい」
「はい……けど、その前に……! 火事を、消さなきゃ……っ!!」
「へ? か、火事?」
「行きましょう、シンさん!!」
「えっ、ちょ、ソラちゃんっ!? 火事って何っ!?」
慌てて駆け出した私の後ろを、戸惑いながらもシンさんがついてくる。
申し訳ないけれど、説明をしている時間が惜しい。
商店街では、シンさんに会ってチョコワッフルを貰った。
公園には、鞄があった。
それならきっと、酒場の火事もある。
騎士団支部に行った帰りではかなり燃えてた酒場も、今ならまだ、そんなに燃えてないかもしれない。
その分、怪我した人だって少ないはずだ。
だから、急がなくちゃ……!!
鞄をなくして困ってたあの人には申し訳ないけれど、少しだけ待って貰おう。
今は火事が優先なんです、鞄は後で必ず届けますから、許して下さい!
心の中でそう謝りながら、走って走って走り続けて、漸く宿屋と、その隣の酒場が見えて来た。
けれど。
「あれ……燃えてない……?」
酒場は燃えていなかった。
窓から中を覗いても、そこには楽しく食事するお客さんと、明るい笑顔で対応する店員さんという、ごく普通の光景が広がっている。
「えっと……あれ?」
「ソラちゃん? どうしたの? 火事って、どこが?」
「えっと……酒場、が……」
「酒場? それなら……ここだよ?」
「はい……」
どういう、事だろう?
何で燃えてないんだろう……ゲームでは、火事になっていたのに。
それともやっぱり、ゲームはゲームでしかなかったの?
商店街でシンさんに会ってチョコワッフルを貰ったのも、公園に五百万エネが入った鞄があったのも、ただの偶然?
でも……そんな偶然、あるのかな?
シンさんにチョコワッフルを貰ったくらいなら偶然って事も十分にあり得るだろうけど……五百万エネなんて大金が入った鞄まである偶然って起こるものなの?
う~~~ん……?
「…………。……酒場が火事、ねぇ」
判断しかねて首を傾げるばかりの私を不思議そうに見ていたシンさんは、一度私が持つ鞄に視線を移し、そしてもう一度私を見ると、そうポツリと呟いてゆっくり歩き出した。
「シンさん……?」
シンさんが向かった先は、酒場の裏手。
そこには酒場の裏口があり、青い色の大きめのゴミ箱が二つ置かれていた。
シンさんはそのゴミ箱のほうに目を向けると、視線を鋭いものに変えた。
「おいお前、そこで何してる?」
「!」
「えっ?」
シンさんの放った言葉に私もそこを見ると、ゴミ箱の影にしゃがみ込んでいる人影があることに気づく。
そしてその人影の手元には紙の束があって、そこが赤く……。
「っ! それ、火っ!? 火を……つけたの!?」
「ちっ……!!」
「逃がすか! ソラちゃん、至近距離から水魔法を使って火を消して! あいつは俺が追うから! いいね、魔法を至近距離から使うんだよ! 叫んで火事を知らせる事も忘れずに、いいね!!」
「はっ、はい!!」
シンさんは素早く私に指示を出すと、逃げ出した放火犯を追いかけて行ってしまった。
私はそれを見送る暇もなく、燃えている紙の束に慌てて駆け寄ると、手のひらをそこに突き出す。
火から発せられる熱気が伝わって熱いけれど、そんな事は気にしてはいられない。
「ウォーターボール! ウォーターボール! ……火事、火事です! 誰か来て~! 火事です~~! 酒場が火事です~~っ!! 酒場の裏手がウォーターボール! なんです~~~!!」
私は小さな水の玉をいくつも燃えている紙の束に向かって放ちながら、火事である事を叫び続けた。
……慌てていたせいか、何か若干違う事も口走った気がする。
ともあれそんな私の叫び声に気づいてくれた人がまた人を呼び、次々に水が運ばれてきて消火活動が行われ、この火事騒ぎは一人の怪我人もなく、ボヤ程度の被害で済んだ。
犯人も無事にシンさんが捕まえて騎士団に引き渡されお縄となって、一件落着。
私とシンさんは酒場のご主人に凄く感謝され、明日のお昼をタダでご馳走になる事になった。
そうして消火活動でクタクタになった私だったが、まだ一つ、大事な用事が残っている。
そう、あの鞄だ。
大分遅くなってしまったけど騎士団支部まで行くと、その前で頭を抱えて蹲る男性を発見した。
その姿はあのゲームで出てきた鞄の持ち主そのものだったから、私は迷わず近づいて、『これ、公園にありました』と言って鞄を差し出す。
私の言葉にノロノロと顔を上げた男性は、鞄を目にすると大きく目を見開き、そして泣きそうな顔で何度もお礼を言って頭を下げた。
繰り返され続けるそれに終止符を打ったのは、心配してついてきてくれたシンさんの『子供はとっくに家に帰る時間だから』という一言で、その後宿に戻ってくると、シンさんは私の頭を一撫でし、『どうやら君の特殊能力は凄そうだね。内容はむやみに人に話しちゃいけないよ?』と言って去って行った。
これは……詳しい事はわからないまでも、何かしらの勘が働いてある程度は見抜かれたのかもしれない。
でもまあ、シンさんは優しいし、たぶん大丈夫だろう。
ともかくこれで、あのゲームで起こる事は現実にも起こる事がはっきりした。
ゲームの制限は、一日三時間だったっけ。
……寝る前に、もう一回やろうかなぁ。